42年5月
「では、交渉成立ですな」
「はい、感謝いたします。これでファシスト共との戦いをより円滑に進めることができるでしょう」
「財務官のあなたに言って良いものかとは思いますが、ご武運をお祈りいたします」
「ありがとうございます」
そう言うとスーツ姿の男…ダート財務省の高官が立ち上がって退出する
「ふう…」
その部屋にいたもう一人の男…ゴールドディガー商会北ダート大陸支部長は息を吐きながら振り返り、ニューヨークの摩天楼を見つめる
「しめて200億ドルのダート国債…我々だけが買うわけではないが、返済が滞らなければかなりの利益になる」
いかにダートいえど、総力戦遂行のためにはどうあっても財源が足りない。それこそ今やっているように所得税を94%に引き上げたとしてもだ。故に国内で国債を大量発行し、何度も国債購入キャンペーンを行っているが、それでもやや心細い
そこですでに連合国大分肩入れしているウマムスタンは氏族の力を合わせ連合主要国の国債を購入することを決定し、各国に強い経済的パイプを持つプロスペクター氏族がその交渉人に選ばれていた
「失礼致します」
そこにさらにもう一人の男が入室してくる。未だ若輩であるもののその能力を買われ、GDグループにおいてもかなり高い地位についていた
「ダート、およびアルビオン軍との交渉がまとまりました。ウマムスタン製銃器が小銃だけでさらに100万丁以上発注されることになりました」
「大変結構、よくやってくれた」
「いえいえ、あちらも物資は足りませんからすぐに食いついて来たので、大分楽な交渉でした。なんでもレジスタンス向けに“リベレーター“なるおもちゃのような銃まで計画していたそうで…流石にアレはどうかと思いました」
「アレは私も見せてもらったが、あんまりにもあんまりだったな…銃とも呼べんぞあんなものは」
「すごい顔をされてますな、そういえば支部長は銃がお好きでしたか。しかし…」
若者が表情を変える
「こちらに来て初めて知りましたが、世界に冠たる工業大国、ダートと言えども意外と生産力はないのですな」
彼はダートに来て各種の工場を巡っていた。当然現在最も重要視される軍需工場も巡っており、その生産管理技術に驚嘆していた。だが
「アレほど優れた生産方式をとっていても、中戦車の年産は3万両、歩兵用ライフルの生産量は年間300万丁に届かない」
そうした情報は彼にとっては衝撃的なものであった。各氏族の有力者たちは口を揃えて列強の工業力の高さを述べ、ウマムスタンより遥かな高みにいると言っていた。しかし実際はどうだ。ダートに来て自分で調べた情報やゴールドディガー商会が持つ統計資料をあわせてみればダートといえど生産力は決して高くない。海上戦力も考えればウマムスタンの方が全体の生産力は低いかもしれないが、決して負けてはいない。全面戦争になってもそう負けはない。地球の裏側であればなおさら
「これなら戦後ウマムスタンの旧領奪還も夢では…!」
支部長が目を細める
「その事、本国の誰かに言ったか?」
「え?いえ、こちらでの仕事の内容は基本的に秘密ですので」
「だろうな、しかしよく決まりを守ってくれた」
支部長が立ち上がり、彼の隣に立つ
「その事、決して口外するな」
「え?」
「列強の生産力の低さ、決して本国の有力者に知られてはならん、無論プロスペクターの上層部は例外だがな」
さらに続けて、
「君もわかっているとは思うが、その程度のこと、我々はとっくに把握している」
「そうでしょうね、故に本国で誰も列強の真の実力を知っていなかったのが疑問でした」
「我々がそう仕向けた」
「は?」
支部長は再び窓の方を向きながら言った
「もし本国の連中、いやテュルク人とパシュトゥーン人にその事が知れ渡れば必ず連中は戦争と言い出す」
「はい」
「それが我々にとっては不都合なのだ」
「…」
「プロスペクターは世界各国で商業活動を行い、多量の債権を持っている。もしウマムスタンが戦争を起こし、外交状況が悪化したらそれらの継続、回収が不可能になるかもしれん」
「故に情報を流さないと?しかしそれは…」
「国家への背信行為、そう言いたいのかね?」
「いえ、そこまでは」
「良い、そんな事我々もわかっている」
だがね、と支部長が言葉を続ける
「別に、我々が情報を止めているだけで本国がそのような状態になっている訳ではないのだよ。というか、八大氏族の一つが謀略をめぐらせただけでそんな状態になる訳がないだろう?」
「というと?」
「本当に度し難い事にだ、彼らは列強の工業力を漠然とイメージしているだけで、その実態を全く調べようとしない」
「なっ…!?そのような事が?」
「残念ながら事実だ
彼らは列強の煙突の数を数えた事がない
一年に何トンの鉄が作られるのかも知らない
一年に何台のトラックが作られるのか、何隻の、何トンの船が作られるのか、何バレルの石油が採掘されるのか、何機の飛行機が作られるのか、何台の機関車が作られるのか、どれだけの金が動いているのか、
知らないし知ろうともしない
漠然と列強の工業力の高さとその危険性を得意気に語っているにも関わらずな
それが紛れもない事実だ」
「…」
そして、嘲るように続ける
「なぜそんなバカどものために我々の資産を危険に晒す必要がある?なぜタジク人がテュルク人やパシュトゥーン人のために命を散らさねばならない?」
「…」
「まあここまでで言いたいことは大体わかってくれたとは思うが…
国家に尽くそうなどと考えるな、我々はただ我らのことだけを考えれば良い
如何にして国家を欺き儲けるか
いかに嘘をつかない範囲で連中を誤魔化せるか
そして国を売らない範囲で儲け話を持ってこれるか
それだけを考えろ、奴らのために命を危険に晒す必要はない。それがプロスペクターの掟だ」
「…承知しました」
若者は納得していないようであったが、そう返事をして退出する
「まだ若いからな、致し方ない。彼は賢い、いずれ納得してくれるだろう。それに引き換え…」
彼はデスクから一枚の書類を取り出す
「『ドースト・ムハンマド・パンジシール、カガンの参加する参謀本部会議にて連合国への侵攻計画を語る』…全く余計なことを。大方我らとのパイプを通じて情報を得たのだろうが…恩を仇で返すような真似を…」
冷たい視線でその書類を見つめ、さらに別の内容に目をやる
「『ナリタブライアン、大ウマムスタン主義者の集まりに参加』こちらも中々にまずいな…ロベルトがそちらに傾けばウマムスタンの状態がひっくり返りかねん」
「国内向けのプロパガンダが必要だな…そうなると嘘をつかない範囲でダートの工業力を大きく見せる情報を送った方が良いか、例えば」
『ダート、週刊空母開始か!?』『それでもなお艦艇生産に向ける生産力は2割程度と見られる』
「そして週刊で就役する空母がカサブランカ級護衛空母だという事には触れず、エセックス級、そして新型の大型空母(ミッドウェイ級)のみ記事で取り上げる…うん、これで良さそうだ。本国の連中相手ならこれで十分だろう…我ながら言ってて悲しくなってくるな」
「全く、馬鹿というのは度し難い、そしてその馬鹿の群れに紛れ馬鹿を助け導こうとする者はそれ以上に厄介なものだな」