>>4概念 妄想
私は、転生した。前とよく似た違う世界に。
呪術自体は存在してても全然平和で。
禪院家には、男女云々や呪力云々のクソみたいな価値観はなく、シンプルに「強いやつが正義」が念頭に置かれてる。
で、こっちの世界で私は、完全なフィジカルギフテッドとして生まれた。最初から強い肉体を手に入れた私は当主になった……んだが。
「当主様」
「真希様」
「お早う御座います」
…廊下で人と出くわしただけでこれだ。
ああ、いつ聞いてもうんざりする。
この世界で当主になってみたからって、ほとんど面白いことはない。
真希様当主様~~ってへりくだられるのも毎日続けば飽き飽きするし、仕事は普通に大変だし、御三家のゴタゴタも面倒臭いし……
でも、それでもいくらかは私に救いがあった。
例えば、向こうで起きた事件が、まだあんまり起きてない事。
このままずっと起きなきゃいいんだが。
他には、あっちより平和なおかげか、高専で一緒に過ごした皆が割かし平和に生きてる事とか。
特に恵たち。何か知らんが、こっちの世界だと禪院家出て、パパ、ママ、あと津美紀サンと恵で平和に暮らしてるらしい。良かったな。
でもそのパパさんが"あの人"ってのは……まぁ、ビックリだよな。
あ、それと何だかんだ、当主の立場は面倒で大変でも、力はあるだけ悪くない。
面倒で、うんざりするが。
……そして、何より。
この世界では、私の大切な人が生きている。
それは、妹の真依のことだ。
「今日も不機嫌そうね」
そう、こんな風に声をかけてくれるのだ。
真依が、私の背後から。
あっちの世界じゃ、叶わなかったはずのことだ。
「…お、真依か、おはよ」
私が振り返りながら返事をすると、真依は口元を抑えて軽く笑う。
「…ふふ」
「……んだよ、いきなり笑って、最近ずっとそうだよな」
「だって、いつも分かりやすいもの」
「あぁ?何が?」
そんな私の短い問いに対して、真依は態とらしくクスクスと肩を揺らした。
「私が声掛けたら不機嫌じゃなくなるのがよ」
「なっ……!」
「へぇ、当主サマでも顔が赤くなるのね」
「…るせぇな!悪いかよ!」
「さあ、どうかしら?面白いとは思うけど」
「腹立つ顔で言いやがって……」
「だって……力と武器は巧みに操れても感情は全然ダメなの、滑稽で面白いからしょうがないでしょう?」
「おう、その得意の力で捕まえて反省させてやってもいいんだぞ……?」
私が軽口のつもりで言うと、真依は少し固まって。
そして、さっきより大きく口を開けて、声を上げて笑った。
「あっははは!真希って嘘も下手ね!そんなこと私にできないクセに!」
そう言った真依は、しきりにバカみたいに笑い続けた。
「オっマエ~~…なぁっ!」
私は、ちょっと怒ったような声を出しながら、真依に飛びかかるように抱きついた。
「コイツめ」とか「反省しろ」とか「あとお姉ちゃんって呼べや」とか、
半笑いで言いながら、軽く抱き寄せて頭をガシガシと撫でてやった。
真依は「ウザい」とか「離して」とか「もうそういう年じゃない」とか、
鬱陶しそうに、でもたまに笑って、私から離れようとする。
結局数十秒このやり取りをして、私は真依を解放した。
しばらく息を荒くした真依は、「はーうざ」と、私に乱された髪を直しながら自分の部屋に戻っていく。
「ははっ、ちゃんと反省させれたな」
お返しとばかりに笑ってやると、真依は照れと苛立ちの混じった目で私を少し睨んだ。
「……うっさい!どっかいって!」
あいつにしては珍しい、まるで子供のような捨て台詞を吐いて、そのまま真依は部屋に戻る足を早めた。
__お返しなんて、全く嘘だ。何なら、怒ったように言ったこと全部。
いや、全く嘘は言い過ぎかもしれない。
真依はどうしても、煽り気質なところがちょっとあるから。
それでも、少なくとも私は、真依に怒りなんて全く抱いていない。
だって私は、真依が笑うのに何の異議もないから。
お前が「私の感情が分かりやすいこと」なんて、そんなことぐらいで私を笑って笑顔でいてくれるなら、私は嬉しい。
生きているお前に声をかけられる度、この世界にお前が存在している安堵感に包まれて。
同時に、前の世界で守れなかった悔しさ、不甲斐なさが込み上げてくる。
せめてこの世界でぐらい、お前には幸せで、笑顔で過ごして欲しい。
前の世界じゃ、真依のことを見れていなかった。
だから、置いていってしまった。
そして私の強さも、必要な時に無かった。
だから、守ることが出来なかった。
今は違う。今の私には、両方出来る。
絶対にお前を置いていかないし、守れる。
でも……だからこそ、こんな事を思ってると知られたくない。
私はいくらでも、この気持ちは隠し続ける。
真依には普通に過ごして欲しいから。
「……もう、どこにも行かないよ」
投げ捨てられた真依の言葉に、私はひっそりと聞こえないぐらい小さな声で返事をした。
「なんで一緒に落ちぶれてくれなかったの」、なんて言葉はもう出てこなさそうな、私からずんずんと離れていくお前を見つめながら。