3/14。 #生塩ノア
∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴
「……っていう夢を見たのよね」
「それは……なんとまあ、反応に困ってしまいますね」
それは、ある日の深夜のセミナーでの出来事。
その日は仕事が立て込んでいて、ノアと二人きりでセミナーの執務室で夜遅くまで残業をしていたんだ。
一段落して一息ついていた時に、なんとなく世間話のつもりで「そういえば、昨日はちょっと怖い夢を見たのよ」なんて軽い気持ちで話してみたのだけど……流石のノアもちょっと引き気味で苦笑してた。
ま、まあ……いきなりこんな突拍子もない内容の夢の話なんてされたら当然よね。
私が悪漢に監禁されて、乱暴されて、あわや女の子として大切なものを失っちゃう~……なんて。
どうして私がノアにそんな突飛な話をしたかと言えば、いわゆる深夜のテンションってやつだったのだろうけど……
ちょっとした雑談で話す内容としては流石に悪趣味すぎた。反省。
……うーん、なんだか頭がぼうっとしてる気がするし、残りの仕事が片付いたら流石に少し仮眠を取った方がいいのかも。
「……でも、本当に怖かったんだから。
頭ではただの夢だって分かってるはずなのに、妙にリアルで……まるであっちの方が本当の現実で、今ノアといるこの世界の方が夢なんじゃないかって、今もちょっと疑っちゃうくらいに」
「ふふっ。胡蝶の夢、ですか。それはまた哲学的な……えっと、ごめんなさい。ユウカちゃんにとっては笑い事ではなかったのでしょうけど」
くすくす笑うノアだけど、その瞳の奥に一抹の気づかわしげな感情が隠されているのを、私は見逃さなかった。
……まあ、やっぱりノアに隠し事はできないわよね。本当に、ちょっと怖いくらい私のことをよく見てるし、分かってくれてる子だから。
……本当は、私も。
まだちょっとだけ、あの夢の内容を引きずってる。
夢は夢だって割り切れたらよかったんだけど……それくらいにあの夢はリアルだったから。
だから、こんな話をノアにしたのもきっと、ただの夢だって笑い飛ばしてほしかったから。
それで、私自身が安心したかったから……なのかも。
「……さ! くだらない話はここまでにして、さっさと残りの仕事も片付けちゃいましょう!」
気持ちを切り替えるようにパンパンと手を叩いて、再び仕事と向き合おうとする私だったけど……
そこで思いがけず、ノアが声を上げる。
「あ、ちょっと待ってくださいユウカちゃん。ええっと、そうですね……あと5秒くらいだけ」
「……ノア?」
「ごー、よん、さん、にー、いち……」
どうしたんだろう? ノアは腕時計を見ながら、何かを待っているかのように数を数え始めて……
「──ゼロ!」
∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴
「な、何? ノア……きゃっ!?」
カウントがゼロを迎えたその瞬間、いきなり私はノアに正面から抱きしめられて。
戸惑う私の耳元で、ノアが愛しげな声でこう囁いた。
「──お誕生日おめでとう、ユウカちゃん」
「あ……」
告げられたその言葉に、今さらながらに思い出す。
たった今、深夜0時を回って……日付が変わった今日は3月14日。
──他でもない、私の誕生日だってことに。
「ふふっ、プレゼントもちゃんと用意してありますから、今日はみんなでパーティしましょう。
でも……とりあえず今は、先にこの言葉だけを私から贈らせてください」
満面の笑みを浮かべながら、ノアは私に祝福の言葉を掛けてくれる。
「ありがとうございます。ユウカちゃんがこの世に生まれてきてくれて。
私、ユウカちゃんと出会えて友達になれたこと、とても幸せに思っていますから。
……また一年、よろしくお願いしますね」
「ノア……」
心の底から嬉しそうな親友の笑顔を見ると、なんだか私まで心が暖かくなってきてしまって。
「ううん。私の方こそ、いつもありがとう、ノア。
それと……私の方こそ、これからもよろしくね」
だから、私も笑顔でノアにそう告げる。
……いつの間にか、悪夢の記憶なんて頭から吹き飛んでいた。
だって、今の私はこんなにも幸せ者で──こんなにも素敵な友達がいてくれるんだから。
本当に、最高の誕生日プレゼントを貰えた気分。
ああ、かみさま。どうか。
今日という日が、今この瞬間が──決して夢なんかじゃありませんように。
∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴