31人投票順位順

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①伏黒恵:結局月食が終わったら跳ねだした

脱兎の動きは、月の満ち欠けの周期でほんの僅かにムラがある。新月の日は少し動きが遅く、満月の日は少し高く跳ねる。昔から月といえば兎と言うが、だからか?

今日は皆既月食。興味本位で欠け始めを狙って脱兎を出してみたら、揃って南東を見上げたまま動かなくなってしまった。何故か解除も出来ない。俺は今脱兎に埋もれながら、一緒に南東を見上げて困り果てている。



②虎杖悠仁:蜘蛛の糸

小学生の頃、よく近所の大学生の兄ちゃん家に遊びに行ってた。優しくていつも話し相手になってくれたから。宿題も手伝ってくれたし。

兄ちゃんはフーリューな人で、ガラスの水盤をすごく大切にしていた。色んな花を浮かべては綺麗だろう?と見せてくれた。

ある日、兄ちゃんが蓮の浮いた水盤に細い糸を垂らしていた。何してるんだろ。釣り?魚もいないのに?盤面を覗き込むと、兄ちゃんは柔らかく俺の頭を撫でた。

「釣りでもいいさ。いつか君が糸を垂らしてくれるのを、僕はずっと待っているよ」

数日後、兄ちゃんは殺人の罪で捕まった。放火や強盗の余罪も出て、暫くしてから刑務所の中で亡くなったらしい。

…え?いや違う!俺ヤバイフェロモンなんか出てないって!

 

拾遺

「あの子をひと目見た時から、僕はあの子に救われるのだと分かりました。宿命だと。あの子は僕の、僕を救ってくれる…」

「……」

「だから糸を。そう、糸を貰うために。あの子がくれる糸を掴むために…僕は犍陀多にならなければと」

「カンダタ…蜘蛛の糸か」

「あの子はきっと犍陀多に糸を垂らしてくれる…僕は犍陀多になれば救われる…だから罪を犯しました」

「…続けて」

「人を殺しました。火を付けました。物を盗みました。犍陀多はそうだから。だから殺して、焼いて、盗んで、蜘蛛を助けて、助ければ…あの子は僕を」

「個人に対する殺意はなかったと?」

「…さあ?犍陀多に殺意があったなら、僕にもありました。僕は犍陀多にならねばなりませんから」

「……」

「…貴方も、あの子を見るといい。分かるはずだ。あの子に救われることが。僕がそうだったように…救いを得る…あの子の、あの子の目を、見さえすれば」

「…そうか」

「目を、目を見ることです。あの子の目を。僕は犍陀多になって、あの子から糸を貰う。貴方もあの子に救われる。きっとあの子の目を見るといい。目を!なぁ、

弁護士先生」

 

(彼は刑務所の中で自殺しました。有能な弁護士が心神耗弱を主張して刑を軽くしてしまったからです。罪人のまま死なねば糸を垂らしてもらえないと思ったので、釈放される未来に至る前にサクッと死にました。弁護士先生の根幹が揺らいだ一因かもしれませんね)


 

③五条悟:青のお客さん

今日の先生はいつになく厳重だ。目隠しの下に包帯を巻いて、面布もつけている。どうしたのと言うと、先生はつまらなさそうに手を振った。

「青のお客さんが来てる日だからねー」「誰?」

「青いものが大好きで、片っ端から食べちゃうの」

先生は黒板を漁って机の上に青いチョークを転がした。首を傾げていると、サリ、サリと音がしてチョークが端から欠けていく。暑苦しくてヤなんだけど食べられたら困るから、と目元をトントン叩いた。

「無下限は?」「効かないよ。呪霊じゃないから祓えもしない」

「え、じゃあ何なの?」「さぁ?」

サリ、と音がした。チョ-クはいつの間にかなくなっていて、先生の面布の端が僅かに欠けた。

 

拾遺

廊下を歩いていると伊地知が「あ」と声を上げた。

「何?」「そろそろ鳴ります。これは青のお客さんかと」「マジ?オマエよく分かるね」「声が…いえ、音が違うので」

伊地知の予言通り、職員室の手前でチャイムが鳴って放送が入った。

『美術部からのお知らせです。明日は4階美術室よりお客さんがいらっしゃいます。皆さま、青の供物をお忘れずに。明日も1日、健やかに過ごしましょう』

放送を聞きながら職員室に入り、ドッカリ腰を下ろす。

「ハ!誰のせいで健やかに過ごせなくなってんだっての!」「あの、面布の用意は」「伊地知おねがーい」「はい…」

全く。ウチには美術部も4階の美術室もないのに。一体どっから来るんだって話だよねぇ、あのお客さん。

 

(実の所、五条が学生時代に4階美術室を見つけてドアに攻撃したことで悪化しています。不要な呪詛師を放り込んで贄にしたので少し落ち着きましたが、やはり五条本人に対する殺意には溢れています)

 


④夏油傑:やっぱりまた会ったわね

ガラリ。教室に入ると、長い黒髪の同級生が1人。真っ赤な西日に浸って、クスクス笑いながら本を読んでいた。

「何を読んでいるんだい?」「人間失格」「…笑える本じゃないと思うけど」「悲劇の対は喜劇だもの。逆さに読めば喜劇になるでしょう」

彼女はひらりと本を掲げた。上下逆さにして読んでいるらしい。気味の悪い女だ。なのに、スッと本に視線を戻した彼女ともう少し話したくなって、どうにか言葉を引っ張り出した。

「…おすすめの本はある?」「なにが読みたいの」「愛があるやつがいい、かな」

思わず愛だなんて言葉が零れ落ちた。中学で1人だけ見える環境に疲れていたからだろうか。彼女は黒目がちの不気味な目でビタリと私を見据えた。

「地獄変」「え」「屹度、逆さに読みなさいね」「は?」

「理想の為に愛を捨てるのでなく、愛の為に理想を捨てなさい」「何を言ってるんだ…」「さすれば此岸は喜劇。腹の底から笑えるはずよ」

パタンと本を閉じて彼女は立ち上がった。西日を背負って、まるで火に包まれているようだった。笑っている。美しい女が、業火に焼かれて笑っている。

「地獄で会わないことを願っているわ」

 

拾遺

Q や、本逆さにしたら全然読めないですけど…

A そう?人によって見え方が違うのね。私は泣きたい時、ギャグマンガ日和を逆さに読むわ

 

Q 地獄変って芥川龍之介の?

A ええ。理想のために愛を見殺しにする男のお話よ。逆さにできる紙媒体を薦めるけれど、青空文庫でも読めるわね

 

Q いま猿の話した?

A 猿?そうね…地獄変の猿は良心の象徴だもの。ふふ、因果ね

 

Q 私はともかく、君はどうしてここにいるんだ

A さあ?どうしてかしら

 

(地獄で中学同窓会ができてよかったね)

 


⑤乙骨憂太:一緒にかえりたかったのに

とぷんと音がして、目を開けたら海の中にいた。色鮮やかな珊瑚や魚に陽が射し込む幻想的な海中を、海月のように漂っていた。うん、これ夢だ。イルカと泳いだりシャチに掴まったり、十分遊んだ所でふと気付く。

どうやったら起きれるんだろう?

その瞬間、身体の自由が効かなくなって、僕はするする深海に落ち始めた。寝ている鯨の間を沈み、水温の冷たさに凍えた。ついに光すらなくなった頃、「かえりたい?」と暗い底から声がした。すぐに頷きかけたけど、里香ちゃんの焦った顔が脳裏にパッと浮かんで、慌てて言葉を変える。

「お、起きたい!」

ハッと目覚めたら僕はベッドから転がり落ちていた。後日先生にこの話をしたら、「かえるって還るに孵るとも言うし、危なかったかもね」と言われた。

 

 

⑥禪院直哉:蓮の花

俺の家の庭池には蓮が浮いとって、夏になると花を咲かす。せやけど数年前、8月に入っても一向に咲かへん時があった。

花なんか俺は興味ないねんけど、親父たちは妙に慌ただしなって。暫くして遠縁の…アカン。どうでも良すぎて名前忘れてもた。ソイツが連れられてきて、池にドンッ!てな。少しして引き上げたら腕と足を1本ずつ失くしとった。

翌日には縁が桃色の白い花が満開に咲いた。どうやら花が一向に咲かへん時は蓮が贄を欲しがっとるんやて。その度に禪院の血ぃ引く遠縁をやるようにしとる。そうせんと家の護りが薄れるやらなんとか言うとった。

…ソイツ?生かしてんで?次に咲かへん時にリサイクルするつもりやからね。


 

⑦七海建人:海の縁

証券会社に勤めていた時、2つ隣の部署に上から下までズブ濡れの方がいました。誰も気付いていない様子だったので口にはしませんでしたが。

話す機会は数える程度でしたが、仕事の出来る溌剌とした方でした。方方から目をかけられていたように思います。かと言って仕事人間でもなく、プライベートも充実しているようでした。

しかし、ある休日。その方は海へ行くと言い残してふらりと消え…それきり。ご遺体すら揚がらなかったそうです。あの濡れた姿は、彼女の最期だったのでしょうね。


 

⑧狗巻棘:おにぎりの具

先輩ってたまに、おにぎりの具以外を言ってる時ない?や、呪言を使ってるわけじゃなくてさ。え、聞いたことない?

じゃあ勘違いなのかなぁ。先週校庭の木の傍で、少し上を見ながら「じんにく」って言ってた気がするんだけど。聞き間違い?

それとも…先輩にとってはおにぎりの具、とか?

 

 

⑨禪院真希:神隠し

まだ7つになる前、家の中で迷ったことがある。襖を開けたら見知らぬ小部屋で、奥に襖があった。それを開けたらまた小部屋。なんだか先が気になって、奥へ奥へスルスル開けていった。

多分、途中からおかしくなってた。ボタボタ落ちる鼻血も拭わずどんどん駆けた。眩む視界のまま何十枚目かの襖に手をかけて…そこで気を失った、らしい。

気付いたら布団に寝かせられていた。不気味だったのはこれに関して、誰にも、何も言われなかったことだ。暫く近寄られもしなかった。

一番奥には何があるんだろうな。駆けだしそうになる足を、私は今でもグッと堪えている。

 

(ギフテッドとは神または天から与えられた天賦の才能、寵愛の証である)


 

⑩脹相:血染めのハンカチと迷った

「悠仁が気に入ると思って」とか言って、脹相が黒い髪の毛がミッシリ詰まった花瓶を買って来た。いや、全然ひとつも欠片も気に入る要素ないけど。そもそも花飾らんし。え?150年前の呪霊のセンスってそういう感じ?

あんまりかな〜って遠回しに言ったら、今日は多分指の骨で出来たブレスレットを買ってきたので、今からちゃんと説教しようと思う。


 (普通にめっちゃイイと思って買ってきています)


 

⑪伏黒甚爾:記憶買い取ります

怖い話ィ?あー…使っちゃいけねぇ金に手を付けたのがアイツにバレた時だな。でもギャンブルなんてそっからが本番だろ?

ハ、冗談冗談。そうだな…引き受けた覚えのねぇ依頼がある。数ヶ月前にかなりの額が振り込まれてたんだが、心当たりがない。額からして相当面倒な依頼だとは思うが、その頃別に何もしてねぇんだよ。振込先の誤りってんなら連絡のひとつもあるだろうしな。

…あと考えられるとすりゃあ、記憶ごと持ってかれたってとこか。どうやってだと?そんなこと知るかよ。

ま、生活に支障がねぇんだからどうでも良い記憶だったんだろ。その金?いやもう全部スッちまった。


 

⑫両面宿儺:玉椿

平安の頃、童女が贄に寄越された。冬の時節だったか。瑩の髪に深緑の目を持つ、蘇芳の汗衫を着た唖の童だ。舌は根から落とされ、足の腱も切られていた。にも拘わらず、童女は恐れや絶望なぞ一切知らぬ目をして、不香の花のように微笑むばかり。つまらん。食出のない肉で興に乗らなかったが、気まぐれで裏梅に世話をさせた。

ふた月ほど経った頃、童女が伺候したいようだと聞き、暇潰しに参上を許した。童女は変わらぬ笑みを携えて立膝で俺に拝し…そのままボトリと頸を落とした。床が赤く染まる。

落ちた頸の目がぐるりと動き、庭に植えていた寒椿を向いた。然して、やをらに目交ぜをひとつ。寒椿が一斉に花を落とした。

もう一度童女を見ると、そこには既に頸も骸も血すら無く。ただ玉椿の花がひとつ、落ちているばかりだった。

 

拾遺

Q おんなのこっておばけ?

A 椿の妖精さんです!椿ちゃんって呼んであげてね

 

Q すっくんはなんで椿ちゃんをおせわさせたの?

A 椿ちゃんのぱうわで警戒心がゆるゆるになってたからです!

 

Q 椿ちゃんはなんでおくびおとしたの?おくびまだすわってないの?あかちゃん?

A もうすぐ散る時期だったからえいや!と潔く落としました。すっくん今までお庭の私を愛でてくれてありがと!の挨拶できて嬉しかったみたい。庭の自分も連れていきました

 

Q すっくんってロリコンなの?

A 椿ちゃんは5000年前から日本にいるので、それで言えばお姉さんがタイプなのかも?

 

拾遺2

瑩:みがき。光沢のある白

蘇芳:暗い赤紫

汗衫:かざみ。公家の童女の正装

唖:おし。発話できないこと

不香の花:雪

目交ぜ:まばたき

 

(すっくんは桜とか白菊には好かれないけど、椿とか蓮とか牡丹には好かれる)

 


⑬釘崎野薔薇:人形流し

あの村には川が流れていて、毎年夏になると人の形の折り紙を流す風習があった。

下流は別の村に繋がってて、あの村とそこはお互い1番近いのに、何故か死ぬほど仲が悪かった。正確に言えば、下流の村があの村を敵視しているようだった。

子供の頃は理由が分からなかったけど、最近ふと気付いたの。あれ人形流しだ、ってね。村の穢れと厄を全部下流に流してたのよ。そりゃあ敵視されて当たり前だわ。

 


⑭庵歌姫:善意

この間、アンティークのドレッサーを買ったの。ロココ調の白いテーブルで、繊細なデザインも可愛い猫脚も、ひと目で気に入ったわ。ドレッサーの前に座ると気分が上がって、化粧にも気合いが入るってものよ。

だけど時々、ふと違和感を覚えるの。視界の端で私が鏡に映った姿が見える時、この傷がない気がするのよ。え?と思ってちゃんと見るとそんなことないから、気の所為かもしれないけど。

でも、もし本当に傷のない私を映すのだとしたら、分かってない鏡よね。

 

(女の顔の傷は終わりって時代の鏡なので、完全に善意です)

 


⑮パンダ:幸せになれるおまじない☆

夜になって急に雨が降ってきた。寮への道を急いでいると、パンダが傘もささずに脇道で誰かと話をしていた。すっかり濡れそぼっている。随分長い間そこにいるようだった。仕方ねーなと歩み寄ると、パンダの声が聞こえてきた。

「…へーそうなのか……を書いて……を入れて作るのか!でも俺、血が流れてないから……様を招く鳥居が書けないぞ?あと……と…を燃やした灰を酒に溶かして飲むっていうのは…」

「おい!パンダ!!」「お…?あれ、真希?」「お前…誰と、何の、話をしてんだ」

「誰とってコイツ…あれ、いない?幸せのおまじない全部聞いてねーのに…」


(人ではないのでやべーおまじないのラインが分からない)

 

 

⑯加茂憲紀:泡沫

昔、私を可愛がってくれた人がいた。年に1度新年の集いの時だけ会える人だ。彼はいつも宴会に出ず離れの縁側にいて、色んな話をしてくれた。彼と話すのが毎年の楽しみだった。

しかし、次期当主のため宴会を抜けることが難しくなってきた頃。今年がまともに話せる最後かもしれないと、私は目を盗んで宴会を抜け、彼に事の次第を伝えた。彼は縁側に腰掛けたまま透明に笑って私の頭を撫で、そのままぱしゃん!と弾けて水になった。

そこで漸く、彼のように銀の目を持つ者は加茂家にいないと気が付いたのだ。思い返せば名前も分からないし、顔立ちすら朧気だ。彼は私の見た夢だったのだろうか。

…それでも。足に跳ねた水の冷たさを、私は今でも覚えている。


(歴代の妾の子の無念が集まったもの。当主に内定したので見えなくなった)

 

 

⑰禪院真依:ごっこ

子供の頃、妹と入れ替わりごっこをしたことがある。服を取り換えて髪を弄れば誰も見分けられなかった。数日それで過ごしてから、そろそろ戻るぞと言ったら、入れ替わりなんてしてないって言われたの。

だから私、それからずっと真依なのよ。

 

 

⑱鹿紫雲一:雷神

桃の実が嫌いだ。どんなに瑞々しかろうが、俺がひとつ齧ると口の中で腐り落ちるからだ。吐き出すと真っ黒でドロドロした何かになっているもんだから、気味が悪い。

しかも、池の底の泥とくさや液を煮詰めた液体に三日三晩黴だらけの蜜柑を漬けたのと同じ味がする。

江戸の頃はこれで時折面倒な目に遭った。全く、追儺なんかしやがって。鬼じゃねぇぞ俺は。

 

 

⑲秤金次:ジェーン・ドゥ

元カノがマルチ商法に…あ?そういうんじゃない?別のってもなぁ…そうだ。あの婆さんが居たわ。

パチ屋でよく見かける婆さん。近所に限らず、隣の県でふらっと入った所で出くわしたこともある。気付いたらちっと離れた席で打ってんだよ。最初は空似かと思ったが、左目がほとんど潰れてるのも同じだしな。

別に直接何かされたわけでもねぇんだが…この間気付いたら俺の賭場に居たんだよ。非術師の客に紛れてな。

んで思ったんだけどよ。あの婆さんに会うの、もしかしたら偶然じゃないんじゃねーか? 

 


⑳日車寛見:私を見るな

昔、仕事帰りに日車さんと向日葵畑の横を通ったことがあって。一面の黄色い絨毯に、思わず綺麗ですねぇって言ったんです。そしたら日車さん。綺麗なものかって顔を顰めて畑に近づいて行って。向日葵って日車さんより大きいんだなぁと思ったところでハッとしました。

花、全部日車さんを向いてる。見下ろすように首を俯けてる。さっきまで全部こちらを向いていたのに。…ゾッとしました。日車さんが帰ってきたら元に戻ったんですけど、最初と同じように残らずこっちを向いてて。それでやっと気付きました。向日葵は、ずっと日車さんを見ていたんです。

「私を見るな」

日車さんが唸るように呟きました。パッと何かが弾けて、気付いたら向日葵は全て左を向いていました。後で気付いたんですけど、私たちが歩いてたの北側の道でした。向日葵が北を向くはず…ないですよね。

 

(何番煎じかな。日車=向日葵という素材の味。日車は幼少期に向日葵畑で2日行方不明になったことがある)

 


㉑東堂葵:REGARD

ロケットペンダントを探しに蚤の市に行った時、心惹かれる物があった。繊細な薔薇の彫りが入っていて、2人の写真に値するペンダントだった。店番の老人によると、19世紀にヨーロッパで作られたものだと言う。

買うか考えていたら、ついてきた真依がサッと取り上げてジロジロ眺め、結構ですと老人に返してしまった。立ち去る真依を追いかけると、

「宝石が嵌っていた痕が6つ。多分、センチメンタルジュエリーね。誓いが失われたアクセサリーなんて碌なものを呼ばないわよ」と言われた。

後日聞いたところによると、俺の後にそのペンダントを買った若い夫婦が、帰路で鉄骨に押し潰されて亡くなったらしい。


 

㉒真人:結納品

「なー、これ拾った」「またか!止めろと言っただろう」

ここひと月、真人は時々何かを拾って来る。どこで拾ったと聞いても分からないらしく、首を傾げるばかり。捨てろと言っても拾ったから俺のだと言って聞かない。

「今日は何だ」「これ」

「扇子か…」「食べ物じゃなかったね」

今までに拾ってきた物は4つで、うち2つは昆布と鰹節だった。乾物とはいえ食物だ。何故拾う?残りは酒樽と白い麻紐で、今日これに白い扇子2本が加わった。

…嫌な予感がする物ばかり揃う。次がスルメか鮑の乾物か…帯だったなら、本格的に拾うのを止めなければ。


(求婚。逃げきれたかは真人のみぞ知る)

 

 

㉓家入硝子:失敗

「実はね。硝子が煙草吸ってる時、いつも煙が首に巻きついてるように見えるの」

5年前、あの人はそう言って禁煙を勧めてきた。まるでゆっくり首を絞めるように、煙が首元に滞留して見えるんだってさ。自分では分からないけど、こういう類の冗談を言う人でもないし、嫌な感じするじゃん。だからそれを切欠に禁煙してたんだよね。

そう呟いてから、彼女は重たい煙を吐いてカラリと笑った。

 

 

㉔伊地知潔高:チャイム

呪術高専のチャイムが女性の狂笑に聞こえると言った補助監督がいました。彼女は間もなく取り返しのつかない怪我をして、亡くなってしまわれました。不思議なことに、チャイムが笑い声に聞こえると仰る方は時々います。皆さん、間もなく命を落とされますが…。

え、私ですか?ええと…私、実は。学生の頃からずっと笑い声に聞こえるんですよね。

 

 

㉕日下部篤也:あ めだま

カラン。少しだけ包装が剥がれた棒付き飴がゴミ箱に投げ込まれた。食べてすらいないのに何やってんだ、勿体ない。腕を叩いてそう言うと、草臥れた担任は肩を竦めて「腐ってたんだよ」と呟いた。飴に腐るも何もあったもんかよ。何となくゴミ箱を覗こうとしたら、ぐいと襟首を引き戻された。

「やめとけ。目が合うぞ」

は?何とだよ。

 

(たまに気にせず食う)

 


㉖灰原雄:人形婚

灰原の葬儀はしめやかに行われた。窓から覗く顔は穏やかだ。立派な棺の半分は伽藍堂だと知っている身からすれば、遺族のいじらしさは酷く心に刺さる。

出棺が近付き、花入れのために蓋が外され…そこで私達はギシリと固まった。白無垢を着た大きな日本人形が、灰原に寄り添っていたのだ。

胸元に頬を預け僅かに微笑む人形は只管に不気味で、私達はそそくさと棺から離れた。最後の挨拶も、真面に出来なかった。

灰原の家族や親戚は、向こうでも幸せに、お前は1人じゃないぞと笑い合っていた。どうやら彼は人ですらない何かと天国にゆくらしい。そしてそれは、大層喜ばしいことらしかった。

…そんな訳ないだろう。

 

 

㉗猪野琢真:他人の不幸 蜜味

この間、街中でどっかの会社?商社?のアンケートに答えたら小袋を貰った。中には琥珀色の丸い飴が3つ入っていて、袋には蜜味と書かれていた。

1つ食べたら黒蜜みたいな味がした。翌日、日頃から七海サンを馬鹿にしてた術師が手酷い怪我を負った。何かに足を引っ張られたらしい。

数日後、もう1つ食べたら蜂蜜みたいな味がした。その晩、補助監督が1人昏睡状態に陥った。五条サンを目の敵にしてる上層部の回し者で、次のターゲットは七海サンだったらしい。

俺は、残り1つを食べるかどうか迷っている。

 

 

㉘三輪霞:ちなみに偽物の方がちょっとだけシュッとしてる

「三輪」「あ、日下部さん。なんで京都に?」

「ちっと用があってな…ちょうど飯時だろ。いこうぜ」「嫌。いかない」

「おい…俺だって傷付くんだぞ」「日下部さんじゃないですから」

「は?」「それ、煙草ですよね?あの人今禁煙中ですよ」

「…チッ。また駄目だったか」「いい加減諦めてください」

バサリ。斬り捨てた兄弟子(偽)はざらざら崩れて風に消えた。


 

㉙漏瑚:後日その街で女が1人、殺されたらしい

「そこの君」

道端で声をかけられ振り返ると、長椅子に女が座っていた。呪術師ではないようだが儂が見えている…否。視線はこちらを僅かに逸れている。感じ取っているのか。

「貴様、盲女か」「ああ。少し話をしないか」

気まぐれに距離を詰めると、女はじわり微笑んだ。

「お前、私が嫌いだね」「フン。貴様に限らん。儂は人間が嫌いだ」「そうか。私もだ」

つるりとした歯が覗く。女は頸を傾けて何かに聞き入るように耳を澄ませてから、

「ふふ、お前の恨みは心地が良いなぁ…」

昏い声でざらりと呟いた。成程、儂に声をかける訳だ。ふと女の視線が逸れ、それを追って振り向くと、母親らしき女が遠くからこの女を呼んでいた。

スラリと立ち上がって儂の横を過ぎる女の影の落ちた眼差しと、母親が女に向ける悪意の籠った表情に、呆れた。全く面倒臭い生き物だ。



㉚与幸吉:お手紙

物心ついた時から年に1度、同じ日に手紙が送られてくる。俺はこの手紙が薄気味悪くて仕方なかった。宛先は俺だが、内容が絶対に俺宛じゃないからだ。

『こうきちくんへ きのうはブランコたのしかった

またあそぼうね』とか、『幸吉くん

今度の修学旅行同じ班でうれしい!食べ歩き楽しみだな』だとか。

年々成長を感じさせる文体も気味が悪いが、とにかく内容が癇に障る。相手を突き止めてやろうと思ったのも1度や2度ではないが、何故か見つからない。クソ!いつか絶対に突き止めてやるからな。

『やった!やった!やった!幸吉君、これからはずっと一緒だな! 2018年10月19日 君の僕より』

 


㉛髙羽史彦:先行投資

コンビで活動してた頃、取り置きノルマのあるライブに出ていたことがある。集客が大変で数回で出るのやめたんだけどな。でもその間、毎回来てくれたお客さんがいた。だから一応最後の回の終演後、もうこのライブは出ないって言いに行ったんだ。

彼女は明るくて口の回る人で、気付いたら3人で飯を食べてた。あのネタが好きだとか、ここを変えたのが良かったとか、色々褒めてくれてかなり嬉しかった。

だけど次第に雰囲気が変わって、彼女の会社で売ってるなんかの水とか身を守る札の話を始めてさ。マルチだよな?なんとか2人愛想笑いで切り抜けたら、後で相方に、彼女ずっとお前しか見てなかったって言われた。気付かなかったけど、なんか怖いよな…


(彼女は有能な営業職なので心にもないことをペラペラ言えるんですね)

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