26.秋の空

26.秋の空



【閲覧注意】【えってぃ注意】このエピには物書き経験ほぼ0の初心者が頑張って書いてみた、BLエロ描写が多少なりとも含まれております。苦手な方と18歳以下の方は速やかにブラバでお帰り下さい。

※BLのお決まり事を殆ど知らない奴が、なんとなくのイメージで書いてますので一般的なBLではないと思いますが、ご容赦ください。


 季節は秋に差し掛かろうとしていた。秋、とは言ってもここは宇宙フロント。自動制御され人工的に作り出された季節ではあるのだが、空気は確かに薄っすら秋めいてきている。


 ボブは広い箱庭となっている敷地の中で、樹木の剪定作業に精を出していた。

身体の方はほぼ元通りに回復している。ただ数月ほどぽっかり空いた記憶の穴は、未だに埋められないままだ。

衣食住の保証はされているが宙ぶらりんの状態で、この囲われの身のような環境の中、いつまでこうして過ごすのだろうと、思うとやはり胸の内がザワつきだす。


早く無罪放免を勝ち取って、自由を手に入れ釈放されたいという気持ち。

目に見える形で親愛を寄せてくれるラウダさんの傍に、ずっといたいという気持ち。

相反する気持ちはどちらも本心だ。だからこそ手に負えない。

彼の事は大好きだし、少しでもその支えになれたら嬉しいと、そう思ってる。


それどころか__。

俺が傍にいなきゃ、時々壊れそうになる彼を俺が守らなきゃ、俺がしっかりしなきゃなどと、烏滸がましくも強く思ってしまうのは何故なのか。

だから余計にここから離れ辛い、そう感じてしまうのだ。

おかしいな、彼に庇われ、守られてるのは自分の方なのに__。


 この彼の生家で暮らすようになって暫くすると、俺は内心怯えるようになった。自分が記憶を取り戻す日が、いつかは来るであろうことに対して。それを決定的に自覚したしたのはあの日だった。俺が過去の自分を疑い、それに恐怖を覚え、こらえきれずに取り乱したあの日。

私物のパーカーから転がり落ちた詳細なメモ__。それを目の当たりにして。

ただ怖くなってしまった。ひょっとすると自分がテロリストの一人なのではないかとの考えがフッとよぎった後は、もうそうとしか思えなくなった。

そうであれば考えられそうな事。現代表である彼の首筋に刃を宛がい人質として、現行機の横流しを足の付かぬ形でジェターク社に強要する__。そんな事が頭に浮かんだ。

だから、記憶を取り戻す前に、一刻も早く彼の元から離れなくてはと思った。彼を自分の手が届く場所から、手の届かぬ遥か彼方へ遠ざけなければ__。記憶を取り戻した俺は何を仕出かすか分からないと怖かった。

それなのに__。彼は『君はそんなんじゃない』と遮った。断じて違うと言ってくれた。それでもここに居ろと言ってくれた。『あなたの傍にはいられない』と、言葉で彼を振り解こうとしたあの日、彼はそのアンサーとして、お前がどう思おうが、誰であろうが、これからも自分の傍に居ろと__、怯える俺を押さえつけ、渾身の力で抱き締めてくれた。実力行使でその想いを『分からされた』形となった。

 今は思う。もしテロリストであったと言う記憶を取り戻しても、俺はきっとそれをしない、いや、出来ないと思う。それほどに好きだから。彼のことを、心の底から愛してしまっているから。彼と一緒にいたい、彼を守りたい、その役に立ちたい、そんな気持ちがこうも膨らんだ今となっては、抜け落ちた記憶の方に、勝ち目など万が一にも無いだろう。

 だから、最近俺は記憶の穴を埋めるべく、作業の傍ら記憶を掘り起こそうと自分なりに努力している。それで漸く分かってきた事は、俺の持つ記憶は不確かな情報が多く、一層不可解であるという事だ。

断片的に思い出す場面を整理してみる__、
友達だろうか? 子ども達によって投げられる小石が俺に向かって飛んでくる、それが体に当たる音がして。痛みは全く感じなかった。

大人達は俺を丸く囲んで、後ろ手に縛った俺を転がし、矢鱈めったら殴る蹴るの折檻を加える。

頬を殴られる。胸や腹は、踏み付けられるついでに蹴り上げられることが多かった。反射的に体を丸める。それが気に食わないのか、折檻は激しさを増す。痛みはあったが全ては俺の非があってのこと。だから何とも思わなかった。

それを派手な色のアロハを着た、濃い肌色をした屈強な髭の男が遠くから腕組みをして見下ろすような形で眺めている。細い眼鏡の奥から向けられる視線は冷たく、刺し射られるようだった。

蹴られ殴られながら暫く経つと、どこからか現れた壮年の男の一声によって暴行が止む。どうでも良かった。殴られるのも蹴られるのも当然の報いだと思った。俺が悪い子だったから。それがいけなかったのだから__。

額に古傷のあるこの男に髪を強く引かれ、重たい体を引き摺りながら、今度は便所に繋がれる。心底どうでも良かった。

男の瞳はスミレ色で、俺がなにより恐ろしく思い、苦手だったのはこの男だ。この男は寡黙でありながら、手荒いことを無表情のまま平気で行なう。無理やり流し込まれる配給の時間は、一番の恐怖だった。

俺は地球の孤児院で取り返しのつかない失敗をして、そうやって大人達から叱責を受け、友達とは呼べないような子供達から石を投げられ__。

あれ…? あの仲の良かった唯一の友人は、いったい何処に居たんだっけ__?

なんだろう、何故かズキズキと頭痛がする。決まってこうなのだ。過去を深く探ろうと記憶を辿り出すと、こめかみのあたりが悲鳴を上げるように痛み出す。

何か大事なものがすっぽりと抜け落ちてしまって__。でも抜け落ちたものがさっぱりわからない。そこが知りたいのに、考えようとすると決まって耳鳴りと酷い頭痛が発作のように襲ってくる。

一度梯子の上でその症状が出て、足を滑らせそうになってからは、梯子の上で余計な物思いは止めようと決めた。

 それにしてもだ。今現在俺は何故かジェターク社の御曹司と暮らし、その元で保護され、囲われ、愛される身となり、せめてもの恩返しにと、こうやって庭木の手入れに精を出している。冷静に考えると何なんだこの状況は……と頭が混乱してくる。
だが、好きになってしまったものは仕方ない。
凛として美しい、切っ先のような表情が、ニコリと崩れる瞬間が好きなのだ。言葉にならない程に。あの温かい飴色の、明るい茶色の瞳が、狂おしいほど愛おしい。見凝めていると胸がギュッと苦しくなってくる。だけどそれが嫌じゃない、かえって心地良さに頭がふわつき、時々クラリとすらくる。

もし、明日から自由の身だよと告げられたなら、きっと俺は当惑するし、咄嗟には動けないだろう。まぁ、出ていったところで、素性の分からぬ自分を雇ってくれる所など、この宇宙では無いだろうな。結局地上に戻る事になるのだろうが、それでも__。

ああそうですか、と即刻彼の元から荷物を纏めて出ていける気がしない。

正直に言うと、離れがたいのだ、俺の方だって__。

言い合いになった末に、俺と暮らすのは楽しい事だと、珍しいくらいにキラキラした笑顔を向けてくれた彼。易々手放すものかとムキになって口を尖らしてくれた彼。その笑顔も不満顔も、まるで無邪気な子供のようだった。あれは間違いなく本心から出たものだ。

売り言葉に買い言葉で、『今すぐ解放して下さい』だなんて言ってはみたが、彼が口にしたその言葉に、思わず胸が苦しくなった。『君と一緒に居ると楽しい、言われて易々離れられるものか』それは俺の方だって同じだから__。

たぶん、俺は俺が思うより、意識するより、もっと、ずっと。

ちょっと変わったところのある彼のことが、大好きなのだ。愛しているのだ。

たぶん、きっと__。

だけど、彼の方はどうなのだろう?

最近少しばかり様子がおかしい気がする。帰って来てもなんだかソワソワして落ち着かないし、かと思えば、ふと視線を上げるとこちらをじっと観察している時がある。

何ですか?と問えば、何でもないよと、視線を逸らす。

首をかしげるような事、心に引っ掛かる事も増えてきた。

彼は先日、突然引っ越しを提案してきた。
本社との距離が少しばかり遠くて不便なので、便宜上そうしたいとの話だった。『じゃあ、俺がここに残りましょうか? 手入れもやはり必要でしょうし』と進言したのだが、君も一緒に来るんだと、全く相手にされなかった。仕事ならまた新たに探すからと、こちらの意見は少しも聞き入れられないまま、彼はその話を早々に切り上げた。

この屋敷の管理は、ちょっと前に任されたばかり。正直かなり落胆した。結構張り切ってたし、頑張ろうと思ってたのに__。

それから彼は、あんなに大事にしていた自室のアルバムを突然何処かへ仕舞いこんだ。掃除の途中でぽっかり穴の開いた本棚を見つけ、『あれ、アルバム無いみたいですけど。どこかへ移動されたんですか?』と聞けば、『ああ、うんそうだね、ちょっと片付けてみた』とまた不自然に目を逸らす。

帰宅後なんだか元気が無さそうな時、先日の楽しそうな彼の顔を思い出して、そうだ今日は一緒にアルバム開きませんか?と誘ってみるも、『もういいんだ、止めてくれ!!』と俄かに叫ばれ、その後急に声を落として、『いや、やめとこうよ…今日はそういう気分じゃないから……』と小さく言われ、余計に落ち込ませてしまったように感じた日もあった。何が悪かったのかは分からない。少し体調でも良くなかったのだろうか。

そして__。

寝台の上で彼がこちらに向ける瞳を、時折怖いと思う日がある。

鋭い視線は明るい茶色の瞳の奥で、今日も烈火のような火花を赫々と散らしている。

そんな際どい瞳で見ないで欲しい。心がじんわり温まる、暖色を帯びた優しい飴色が恋しい。いつも通りの可愛らしくて柔らかな、優しい茶色の瞳で見つめて欲しいのに__。

歪んだ形に引き上げられた口角が、こちらを虐めるように意地悪い形で弧を描いて。

彼は終始無言だ__。

前はあんなに好きだとか、愛してるとか、離さないとか、飽きるほどの言葉を浴びせ、この耳元に口を寄せては囁きながら、散々愛してくれた。その背筋がゾワリと逆立つような言葉の響きと、吐息混じりの彼の声が大好きだった。

ここ最近の彼は無機質に感じる。こちらの反応を窺いながら、早く理性を手離せと、せっ突くように猛り狂うばかりで__。

行動と気持ちがかけ離れてるんじゃないか、そんな風に感じる瞬間がある。刹那だが、瞳の奥に冷たい何かを感じる時すらあるのだ。

そんな時、俺はふと思う。研究者または観察者と実験動物の関係みたいだな、と。

熱に浮かされているようにも見えるし、何かに駆り立てられ、追いつめられ、追い立てられてるようにも見える。何かを堪えるように必死になって身体を揺すって、なんだか泣きそうな表情に見えてくる日もある。

どうしてだろう__?

彼は変わってしまったんだろうか__?

いや、ただの気のせいなのかも知れない。

微妙に変わってしまったのは、俺の方なのかも知れない。

そんな日は、こちらから彼の背中を抱き寄せて、ひと際強く抱き締めながらその首に縋りついて。彼がしてくれたように優しく歯を立てながら、何度も何度も、自分でも呆れるくらいにキスを落した。


何をそんなに怯えているの? 何にそんなに怯えているの?

俺の気持ちは変わってないから、安心してよ。

俺はあなたが望むのなら、もうどこへも行かないから__、

そんな想いが伝わればいいと、そう思って。



 そんなわけで、余計に何かをしていないと落ち着かない。屋内の家事雑事の他に何か仕事を__、とお願いし、提案されたのが屋敷の管理で、手始めに手を付け出したのが庭仕事だった。しかし折角手にしたこの仕事とも、あと数週でおさらばなのかと思うと、思わずため息が出てしまう。…が、嘆いていても仕方がない。

 彼に教えられた物置小屋は、言葉通り屋敷の裏手の片隅にあった。中には年代物の小道具が綺麗に整頓されて揃えてあった。錆びてはいるが、手入れをすれば使えそうだった。工具や電動器具の手入れはバイト先で初っ端から叩き込まれたので手慣れている。

 ボブは人工降雨時間が終わるのを待って、連結梯子を立て掛けて今日も黙々と庭木の手入れに没頭する。

数時間の作業の後、梯子と剪定鋏を小屋にしまい、最近増えて来た色付き始めた落ち葉を掃き集めていると、どこからか、か細い鳴き声がした。

最初は猫が迷い込んだのかと思った。時々そんな時がある。自然とそちらに足が向いた。足元にすり寄られると心が和んだりするからだ。最近どこを撫でたら機嫌が良くなるのか少しばかり分かってきた気がする。

またゴロゴロ言わせてやろう、ボブは小さく笑みを作って鳴き声の出所を探す。

電子錠の掛かる門の近くまで歩いてきてから、そこで初めて気が付いた。

猫じゃないな__、これは子供の泣き声だ。

一瞬躊躇った後で、ボブは作業着のポケットから灰色のニット帽を取り出すと、目深に被った。万一外部の人間に接触された場合に備え、庭仕事を頼まれた業者というテイで受け答えできるよう、いつも通り作業着を着用しているし、髪は縛って束ねて纏めて留めてある。人相が分かり辛いよう帽子も深めに被った。うん、これで準備は万全だ。

そんな風体で子供の傍に近寄ったりして、不審者扱いされないかだけが逆に心配だが……。


少しの間だけ、門塀の電子錠を開け放しにしてすぐに戻れば問題ない。

迷い子なら、預ければいい。

此処へ連れて来られた当初、逃走の二文字が頭を掠めた当時の記憶を辿る。たしか取り上げられた地図で素早く盗み見たフロント管理社の詰所、つまり交番は、1ブロック先を曲がった所にあった。

いざとなれば、手渡された胸ポケットの通信端末で、ラウダさんに連絡すればいいだけのこと。

電子錠のロックを内側から解除する。
門を開いたままにして、色の付いた洒落たレンガの敷石から続く歩道へと足を向ける。その外へ、初めて一歩を踏み出した。



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