2022/12/18 仮面ライダーギーツ×ファイズショー

2022/12/18 仮面ライダーギーツ×ファイズショー



「はじめてくれ。レベルはハードだ」


──ゲームマスターからあなたへの、スペシャルミッションが用意されました。

そんな文言と共に案内された特設ステージで、英寿は仮想エネミー相手に肩慣らしをしていた。高難度に設定していると多少は頭を使うんだな、などといった感想を抱きながらも、英寿が思案するのはまた別の事柄であった。


今回与えられたルールは『ジャマトを倒してポイントを稼ぎ、より多くのポイントを獲得したものが勝者となる』『ライダー同士での戦闘は違反であり、違反者はポイントの減点がされる』というシンプルなものだ。それはいい。

英寿が眉を顰めたのは参加者が己ともう一人のみ、という点である。仮面ライダーギーツとして参加しはじめて以来、連続でデザ神となっている英寿の実力は運営もよく理解している筈。

そして思い返すのはひとつ前のゲーム。今回ほど露骨なものではなかったが、開始されたかと思えばすぐに終わる……自分が向かったエリアで目についたジャマトを倒し、その際に現れたミッションボックスの中身を拾いあげたタイミングで終了のアナウンスが流れたという程の拍子抜けなものだったのである。


(ジャマトが現れている以上対応が必要だったがそれほど脅威ではなかったというだけか? それとも……)


そこまで考えたところで英寿は残った二体の連携を崩し、お互いの武器が絡み合ったところを同時に倒した。カエサルの言葉である『分断して、征服せよ』といったところだなと誰にでもなく呟いたところで、英寿は新たな気配を感じ取った。


「正を以って合し、奇を以って勝つ……流石です」

「孫子か」


振り返った先にいたのはミリタリースーツにヘルメット、ゴーグル、マスクと全身を黒い衣装で隠した男であった。デザイアグランプリ参加者に支給される衣装と異なる装いではあるが、腰に装着したドライバーが『今回のミッションの相手である』ということを証明していた。

「スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ、浮世英寿……」

何やら念が込もった声でそう呟きながら胸元のポケットに手を伸ばした男はやる気充分といった様子だ。英寿も気を抜かずにマグナムシューターを構える。



「浮世、エイスゥゥ………ッさま!!! サイン下さい!!!」



勢いよく駆けてき、両膝をつき、差し出してきたものはサインペン。

それを確認した英寿は二つ返事をし、背を向かせる。突然サインを求められるのはスターとなってから何度も経験していたが、デザグラでは初めてだなと思いつつも書き上げてやると「ありがとうございます! 一生の宝にします!」などと大袈裟に喜ばれた。渡したものを喜ばれるのは悪い気分ではないが、英寿はその背とサインペンに刻まれていたものの方に関心を持っていた。

「それより、そのロゴ」

「嬉しいなぁ……あっテレビ、バラエティも、CMも全部チェックしてます! 写真集も観賞用、保存用、布教用、しよ「そのロゴ」」

「……ロゴ?」

「スマートブレイン、あの大企業だよな」

あらゆる分野に手広いその会社の名前が入った衣装を纏うその男が只者ではないことは、サインを書く際に察している。この現代では珍しい、魅せるためのものでなく戦うために作られた身体であった。


「大企業様が金に物を言わせてデザグラに介入、それを利用する運営か……どいつもこいつもなりふり構ってないな。だが、俺のファンなら戦えるのか?」

「勿論です! 仕事ですから」

「フッ……良い応えだ」

死を迎えても転生を繰り返し二千年以上を生き、狐は化かすものというのをスタンスにしている英寿の目には先程のファンだと告げてサインを求める姿は偽りに見えずに問いかければ、返される言葉も偽りだとは思えないものであった。

目の前で迷う様子を見せつけられるよりは余程戦いやすくはあるが手強そうだ、などと英寿が感じていると男は気負うそぶりも見せずに、憧れのスター相手に宣言をしてみせた。

「確かにこれは会社の命令……ですが僕が貴方の前に立っているのは運命」

「運命?」

「神は僕を愛している。僕の望みを叶えるために……改めて英寿様、このホープ・オブ・ザ・ホープズ・オブ・ザ・ホープズ。ホソミズノウが貴方を倒します」


そんな恐れ知らずの名乗りを聞き届けると同時に、それぞれのスパイダーフォンが通知音を鳴らす。

「ジャマトが現れた、ゲーム開始だ」

「はい、よろしくお願いします!」



 *



「見たところただのジャマトだな」

「倒したスコアで勝敗を決める……初心者の僕でもチャンスはありますね!」

ライダーを探しているのか、ウロウロとぶらつくポーンジャマトを見つけた英寿たちは物陰から様子を伺っていた。いつでもやれるとマグナムシューターを構える英寿とは異なり、ホソミのドライバーにはまだバックルさえ装着されていない。

「それよりお前、変身しないのか?」

「『敵を知り、己を知らば百戦危うからず』です」 

「つまり考えがあるか。悪いが俺は運営のご機嫌取りはしない。忖度なしで行かせてもらうぜ」

気になっている点は何一つわからないままではあるが、先ほどホソミが言ったように今回のゲームは単純なルールのみである。

先手は取ったとその場にいた二体の死角から急所を撃ち抜く……が、相手はポーンであると言うのに倒れることなくそのまま英寿の方に視線を向けてきた。

見た目に寄らず硬いなと追撃を重ねるもなおジャマト達は倒れる様子がない。

「簡単なルールには裏がある、か……銃が駄目なら」


遠距離耐性があるというのならと繰り出した蹴りにも、ジャマト達に効いているという手応えはない。

これでも駄目かと呟く英寿の耳に、「英寿様!!」と大きく自身を呼ぶ声が届く。

「「ジャ?」」

「あっ、しまった……わ、わわっ、うわぁ〜〜〜!!?」


様子を伺っていたのに推しである英寿がピンチにと感じ、つい声を上げてしまった様子のホソミはしっかりと標的と認識されたようでジャマト達に追われていく。互いに想定外であろうが助けられたな、と英寿がジャマト達に攻撃した時の手応えについて考えていると突然ナビゲーターであるツムリからの通信が入ってきた。


『あのジャマトは、今まで使用してきたレイズバックル全てに耐性があるようです』

「なんだそのヤケクソなチート……けど流石俺の姉さん、助けてくれるのか」

『その呼び方はやめてください!』

「わかってるよ。……でも個別回線で伝えてきたってことは、これもゲームマスター様の独断か」

『ノーコメントです。ですが、あんなジャマトはじめて見ました』


いま英寿が使用しているバックルはマグナムとブーストの二種である。これまで使用してきたバックルの全てに耐性があるというのなら、このままではジャマトを倒すことができない。

「エントリーで殴り勝つにはパワーが足りない。切り札はあるっちゃあるが」

『持ってるんですか? 使ったことのないバックルを』

「まあな。けど話がうまく運び過ぎだ……もう少し様子を見た方が、」


英寿の言う切り札とは、前のあまりにも早く終了したゲームで『55.5秒ジャストでジャマトを倒す』というシークレットミッションにクリアした際に獲得したバックルのことである。しかし前のゲームすら仕込みであったというのであれば、使用するのに躊躇するのも致し方ないことであろう。

そんな風に思案していると、どこからか拾った鉄パイプでジャマトと応戦しつつも決定打のないホソミが逃げ帰ってきた。

「お前もそろそろ変身したらどうだ」

「英寿様に心配されるなんて……! ネットで自慢できないのが悔しいぃ!!!」

「攻略法はわかった」

「え!? 流石は英寿様!」

「ただ……ッ、気が乗らない! どんなゲームでも攻略法は一つじゃ……ホソミ!」

耐性があるとしても、攻撃が透過してるわけではない上にあちらからの攻撃も防ぐことはできると応戦しつつ言葉を紡ぐ英寿の目に、ホソミを背後から狙うジャマトの姿が映った。


斬りつけられたその身体を受け止め、ジャマトから距離を置く。

「しっかりしろ!」

「英寿様の、サインが……」

「そんなもの、もう一度書いてやる。光栄だろ」

「あの英寿さまが……ぼく、に……」


再び迫り来るジャマトの攻撃を凌いでいる間に、背後で倒れる物音を聞き逃さなかった英寿は、沈黙の後に自嘲した。


「……何を今更、これは最初からそういうゲームだ。だからこそ、他人の願いのために戦うなんて間違ってる。こんなゲーム、オレがすぐに終わらせてやる!」


〈SET〉〈FAIZ DRIVER〉


ゲームマスターが仕組んだ盤上で、所属する会社の命令で派遣されたプレイヤー。ホソミズノウという社名を和訳しただけのそれはおそらく本名でもなかっただろう。

きっと、この場で散ったという事実さえ運営と自分以外の誰も知らないままとなる男に小さく黙祷を捧げた英寿は切り札と称していたバックルを装着した。……だが、


『ジジッ……ジジジジッ』

「クッ、こいつは……ッ!?」

ドライバーからノイズ音が響いたと思えばその途端にバックルが弾け飛ぶ。その反動で床に転がされた英寿のその身に突如倦怠感が訪れ、やはり罠だったのだと察した。


「そう。これが我が社とゲームマスターの狙いです」

「……『兵は詭道なり』。いや『人に致して人に致されず』か」

ゆらりと起き上がったホソミに、まんまと化かされたと賛評の意も込めて英寿は相手がよく学んできたであろう孫子の兵法から引用をした。しかしホソミは英寿を計画通りに騙せたことを誇ることもなくただ歩を進め、バックルを拾い上げる。

「その優しさ、心から敬意を抱きます。……ですが、どうしても貴方にこのバックルを使って頂く必要がありました。貴方でなければこのベルトを解放することは出来ないから」

「ベルト?」

「かつて行方知らずになり、我が社がずっと探していたベルト……王を守る三本のベルトの一本、ファイズドライバー」

その言葉に英寿は自身の体力が喰われる前のバックルの起動音を思い出した。あのバックル自体がひとつのドライバーの力を持っていたということなのだろう。


「お待たせしました英寿様。今こそ、僕が変身する時です」 

〈Complete〉


黒と銀の装甲に赤いラインを走らせたスーツを身に纏わせ、首から上は大きな黄色い複眼が特徴的なマスクを被った姿のものが英寿の目の前に現れる。自身のよく知る意匠と一致する要素は少ないが、それを何と呼ぶべきなのかは理解していた。

「仮面ライダー……」

「ファイズ。これが我が社がデザイアグランプリに介入した理由」 

ライダーとしての名を告げたホソミはそのままジャマトたちに回し蹴りを繰り出した。耐性を持たない攻撃を与えられた者たちは、先程まで英寿の攻撃を耐えていたとは信じられないほどあっさりと倒れ、スコア獲得の音声が流れる。

まるで子どもが親に成果を見せたかのような浮かれた仕草でホソミが振り返った。

「これでゲームは、僕がリードですね 」

「全てはシナリオ通りか」 

「そうです。ここまでが彼らの、ね」


そのまま流れるように自身へと向けられた蹴りを躱した英寿にホソミは仰々しくお辞儀をした。

「でもここからは、僕のゲームです」 


突くかのような鋭い蹴りや足払い、パンチと見せかけてのカウンター、振り返りざまに首を狙った高い蹴り。足技を主体とした攻撃を英寿はバックルに力を喰われたのもあるのかなんとか決定打は避けているという様子で、しかしホソミは感嘆と享楽を交えたかのような笑いをこぼす。男はルール違反からの減点を知らせるアナウンスに関心がないようだ。

「やはり強いですね。英寿様」 

「最初から気づいていたさ。こうなることは」 

「……とは?」 

「お前言ったろ。『僕の願いを叶えるための』って。ホソミ、お前はハナから会社とゲームマスターを利用していた。そうだろ」


自らの台詞からそう指摘されたホソミは大きな笑い声を上げる。その声に見当違いを嘲るような色はない。

「最ッ高だな! そこまで僕のことを理解してくれてるだなんて!!」

膝をつき、思わずと言ったように胸元に手を置いたホソミは、その手をまるで神々しいものに向けるかのように英寿の方へと伸ばす。


「やはり貴方こそ、オルフェノクの王に相応しい!」


「オルフェノク?」

「死を乗り越えた先にある人類の進化! 選ばれた者のみがなれる新たなる人類!! 英寿様。貴方ならきっと、オルフェノクに進化出来ます!」

「その口振りだと、誰でもなれるってわけじゃなさそうだな」 

「えぇ。ですが貴方ならなれる! だって貴方は選ばれし存在!! スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズなんだから!!!」


英寿の首を掴みかかるホソミ。マスクで顔は見えていないが、声音からも察するに興奮しきって正気ではないだろうと英寿は感じとる。


「僕が貴方を殺します。そして貴方は王になる! 僕の王に!!」


力強く殴り倒した相手に傅く男の語る言葉を理解しきれないとはいえ、なぜこのような想いを向けられたのかは理解できた英寿は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「熱狂的ってレベルじゃないな。ここまでスターになったことが裏目に出たのは初めてだ」

減点でスコア差は無くなっている。それならば次にやるべきことは体勢の立て直しだと、英寿は地に弾を散らして目眩しをし、この場から撤退することを選んだ。





「まだゲームを続けるのですね」

貴方がそのおつもりならと追おうとしたホソミの端末にゲームマスターであるギロリからの着信が入る。


『何を考えている? 君の行動は重大なルール違反だ。この件は君の会社に報告させてもらう』

本来スマートブレインから提示されたシナリオは『デザイアグランプリ側のライダーを犠牲にしてファイズドライバーに本来の力を取り戻させ、それをスマートブレイン社員が使用しジャマトを倒す』と言ったものだった。

ゲーム内のジャマトはファイズの力でしか倒せない設定なので、ファイズとなった社員が即座に倒すことでゲームは終了する。ギロリは世界の平和を尊重し、またそれを守ろうとする参加者には好意的な念を抱くゲームマスターであったがスポンサーからの支援を打ち切られるわけにはいかない……。そこで選んだのがいまだに目的の読めない、厄介な参加者でもある浮世英寿を脱落させる道であったのだ。


ギロリの厳しい口振りは鼻にもかけず、ホソミはひとつの提案を掲げた。

「僕達は協力できますよ、ゲームマスター」

『……何?』

「貴方は英寿様を疎ましく思っている。我が社と共謀し英寿様を脱落させるのも、全ては貴方の個人的な感情……違いますか?」

『貴様、私を脅迫するつもりか?』

「だから協力なんですって。僕も個人的な感情で動いている。だからこそ、これは僕が勝手にやった事。英寿様の死は不慮の事故なんです……貴方にとっては」


『……時間をやる。その間に浮世英寿を始末しろ』

「それでいい。貴方は僕を利用せざるを得ない」

『だが、表向きの対応は取らせてもらう。君に帰る場所は無いぞ』

そんな宣告とともに通信を切られても、ホソミの心が揺るがされることはなかった。


「王となった英寿様こそ、僕の居場所だ……!」


それこそが、今回の任務で浮世英寿と相見えるとわかった瞬間から、ホソミが夢見ている未来であった。





イレギュラーな事態が起こりはしたが、まだゲームは継続中である。ライダーを探す一体のポーンジャマトが歩みを透明の壁に妨げられた。

見えない障壁をペタペタと確認し、これ以上は進めないのだと察したジャマトが去っていき……それを見届けた英寿が同じく壁に触れた。

「どうやらここが、ジャマーエリアの端みたいだな」

制限時間がわからない以上、英寿が選べるゲームの攻略方法はボスを見つけて倒すというシンプルなもののみである。しかし今回ジャマトに攻撃を通すことができるのはホソミが持つあのバックルのみ……ならば減点は最小限を意識しつつ奪い返す。そこまで考えたところでホソミが現れた。


「かくれんぼは意味がありませんよ、英寿様」

「ゲームマスターはお前と組むことを決めたか」

英寿の命のみを狙うホソミと運営の内部を探ろうとする英寿と考えればこの展開も英寿にとっては想定内ではあるが、ホソミ自身の交渉術もあってこそなのだろうなと予想をする。


「あんなの、望みを果たす為の踏み台……僕にとっても貴方にとっても。そうでしょう?」

「飛び越えられる物を、わざわざ踏む必要は無い」

「まさに王者!」

「今更お喋りでお互い考えが変わる訳でもないだろう? 望みは勝ち取る。それだけだ」

「その言葉に報いてこそ、僕は貴方に仕える事を許されるのですね!」

傅き、天啓を得たかのような声をあげるホソミに対し挑戦を受け入れるかのように佇む英寿。

互いに譲れないもののために戦う。これこそが本来あるべきゲームの姿なのだ。


「ゴングは鳴ってるぜ。来いよ」

「ええ。参ります!」


先の戦闘で攻撃スタイルはおおまかに理解した英寿は攻撃を受け流しつつ隙を探るが、相手の戦い方を見ていたのはホソミも同じである。その上、英寿がゲームのクリアを目的にしているのならと狙いも正確に理解している。相手が膝をついたからと銃口を向けても、余裕のある態度で両手を広げて見せれば引き金を引ききれない英寿を蹴り飛ばす。

「デザグラに拘っている貴方は僕には勝てません。どうやってもね!」

「勝負は最後まで分からない!」

放たれた回し蹴りを反射で避けたホソミの足元に弾丸を撃ち込む。

「そんな牽制……ッ!?」


〈TACTICAL SHOOT〉


後退しすぎたホソミの身体がジャマーエリアの壁にぶつかり、明確な隙が生まれた瞬間に大きめの一撃を決める英寿。ホソミの変身は解除され、減点のアナウンスは一度しか流れていない。これならばまだ巻き返せるだろう。

「ジャマーエリアの壁を利用するなんて……」

「勝利の女神は、諦めない奴にしか微笑まない」


「やはり駄目ですね……自分の望みを叶えるのに純粋じゃなかった」

変身が解かれたことへの焦りも、うまく相手に嵌められたことへの怒りもなくただ自嘲するかのように笑うホソミ。

「貴方には苦しんでほしくなかった……けど、それこそが僕の傲慢」

「お前……」

「申し訳ありません英寿様。僕はもう、僕を止める事ができない!」


唸り声をあげたホソミの体が変異していく。大きな体格に三角の耳、そして尖った牙とネコ科の肉食獣を思わせる身体を全て灰色で染め上げたその姿を目にした英寿は「それがオルフェノクか」と呟く。


「スマートブレインはそういう会社なんですよ。これが本当の僕……受け止めて下さい、英寿様!」


先程までのスタイルに加えて殴り技も加えたホソミの攻撃は、先程以上に一撃一撃が重たい。そもそもホソミの任務はベルトの回収であった為にファイズとして戦うのは先程までの戦闘が初めてであり、こちらの方がよく慣れている……というのに加え、本人の言うところである傲慢さを捨てたというのも大きいのだろう。


「僕はスマートブレインに育てられた。闇ですよ。ただ王の為だけに存在する小さな世界……でも、そこで僕は光を見た!」


片手で英寿の首を掴み、持ち上げる。

仮面で隠れていたとしても苦しませたくないと考えてしまった、甘さとも取れる優しさに触れた……少し関わっただけで、名を呼ばれただけで強くなる気持ちは全てその光と出会わなければ知ることのないものであった。ホソミが見たそれこそが、


「英寿様……。スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ。貴方という太陽を!!!」


力強く殴り飛ばされた英寿の身体は見えない障壁に弾かれ、床に倒れるがまだ死んだわけではない。オルフェノクであり、スマートブレインに育てられたホソミは当然のように人の殺し方を教えられているが、今回はただ殺すだけでは駄目なのだ。


「その時僕は分かった……僕の王は、あんな紛い物物なんかじゃない。貴方こそ僕の王! 貴方こそ、オルフェノクの真の王になるべき人なんだと!!!」


王の覚醒を望むように育てられた。オルフェノクは人より進化した存在であると学ばされてきた。万年平社員であっても会社に忠実に従い続けるという在り方しか知らなかった。そんなホソミズノウがはじめて何かに目を奪われた……それを衝撃以外のなんと表現できるのだろうか。

ホソミは王を擁立させて不死となることを望むわけではなく、英寿が王である世界を差し上げる為に殺意を向ける。自分はその側にいられるだけで幸せなのだと。


「僕がそうします。共に……英寿様!」



 しかし、その拳は受け止められる。

 ホソミのその夢は受け入れてもらえない。



「悪かったな……お前をそうしたのは俺だ!」


英寿は自身に焦がれた男を殴り返し、明確に拒絶を示す。

「俺の望みが、お前をそこまで歪ませた」

「何を……こうしたのは僕の夢。こうしたかったのは僕だ!」

 

英寿がスターになったのは本当の願いを叶えるための手掛かりになるかもしれないと考えたからであって、思い入れがあったわけではない。スターという立ち位置を得るのに必要な積み上げをすっ飛ばしてファンを作り出す……言わばデザ神になった報酬で世界を、記憶を、感情を歪めて手に入れた。こうしてホソミに命を狙われているのは他人へ与える影響まで視野に入れていなかった英寿の落ち度だ。

 

「だが悪い……俺は俺の夢を諦める事はできない。デザグラで勝ち続けて、必ず望みを果たす」

英寿の本当の願いはまだ叶っていない。それにこれは英寿しか知り得ないことであるが、ホソミの言う夢へ辿り着く為に一度英寿を殺す必要があるというのなら、きっとその夢も叶わない。ならば英寿がしてやれることは一つしかない。

「ホソミ……お前の夢は、俺が忘れさせる」

「そんな事、僕は望まない! 僕の夢は、僕と英寿様が作った夢! 貴方一人の夢なんかに、負けるはずがない!!」

「じゃあ勝ってみろよ。夢を叶えられるのはたった一人。それが、デザイアグランプリだ!」 








「どっちも間違ってないさ」 








〈Standing by… 〉


「──変身!」 


〈Complete! 〉



ゲームマスターの采配か、ホソミの激昂と共にジャマト達が現れ、英寿が言葉を返したタイミングでどこか凪いだ第三者の声が加わってきた。そして現れたのはホソミが真の姿を晒す前に用いたものと同じ姿のライダー。


「誰の夢も、そいつが勝手に決めたことだからな」 

「ファイズ!? 誰だ……ッ」

状況を理解していないままに襲いかかったジャマトに反撃する姿を見て、ホソミは息を飲む。手首にスナップをきかせる動作も、パンチ主体のその戦闘スタイルも、今回の作戦を告げられた際に与えられた映像資料で見たものと類似している。まさかと呟いた声の先はスコア獲得の音声に掻き消された。


「スコア? なんのことだ」

「お前……」

「お前とは失礼だな。俺は乾。乾巧だ」 

「オレは浮世英寿。そうか、アンタがそのベルトの本当の持ち主か」 

「まぁな」


しかし本人の口から明確に発せられたことで自身の予想は間違いではないと示された。だが、ホソミにとってそれは受け入れてはいけない真実でもあった。

「存在しないやつが……、僕の夢を邪魔するのか!」

こんなことがあってはいけない。乾巧が今ここにいるということも、この場所に現れることも。そんなホソミの言葉に堪える様子も見せない男は、正面から向き合った。

「俺にも夢がある。だから、戦って決めればいい」 

「オレたちにジャマト、それにコイツ。最終ステージ、役者は揃ったってわけだ」 

「……わかりました。なら証明するだけです。僕の想いを!」 


「いくぞ」 

「あぁ。……ここからが、ハイライトだ!」 


真っ先に英寿を狙うホソミとそれを理解してるが故に弾を撃って応戦する英寿。ならばと巧はジャマト達を相手取る。

とはいえ対ギーツに特化しただけの、ファイズの攻撃に耐性を持たないポーンジャマト達では肩慣らしにもならない。唯一残ったルークでさえもその力強い一撃を前に散って行く。


ミッションクリアの音声が流れる。これがゲームだとは理解していない様子の巧を横目で見たホソミは、認めたくないというのにどうしようもないものが立ち塞がった時のような、受け入れるしかないといったような声をこぼす。

 

「その力……。これも運命だというのか。じゃあ英寿様、この結末は僕の夢? 貴方の夢? それとも乾巧の?」 

「何だったとしても、結末はオレたちだけのものだ」 

迷子をあやすかのような声で問いに返されたホソミは、少しの沈黙の後に顔を上げる。その目に映るのは妄想でも幻覚でもない本物の浮世英寿だ。


「……そうですね。では英寿様、最高のハイライトを」

「あぁ。刮目しろ……お前が憧れた、スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズを!」 


英寿がマグナムシューターで放った一撃を起因に攻撃の応酬が始まる。

ライダーとなってから何度も世界を救い、経験を積み重ねてきた英寿と、ひとつの大きな戦いを終えた後もこうして戦いの場に現れた巧。隣接戦をしかける巧の攻撃の間に的確に弾を放つ英寿と即席とはいえ息を合わせて連携を重ねてこられれば、ホソミは体制を立て直すのも難しくなる。けれど、自分を育てた会社を躊躇なく切り捨てるまでの夢を抱いた男が不利だからという理由で諦めれる筈もない。

 


「僕の夢はぁぁあ!!」 



攻撃を受けるのも承知の上で接近し、殴り飛ばした二人に掴み掛かる。


──しかし、それでも届かない。



〈Exceed charge〉



ファイズポインターから放たれたポインティングマーカーに拘束されたホソミ。

悔しげな呻き声をあげるホソミに対し、ライダー達は必殺技を放つ態勢を整える。


「これで打ち上げだ!」 


〈BOOST TIME !〉


〈MAGNUM BOOST GRAND VICTORY !!〉





人間の、黒ずくめの姿に戻ったホソミが倒れる。

「英寿、様……」

「ゲームは終わりだ」 

「ゲームの決着なんて、とっくに着いていた。……それでも貴方を、」


本来二人が参加していたゲームはバックルを利用してジャマトを倒すというものである。英寿がジャマーエリアの壁を利用し、ファイズの変身を解除されてからのホソミのそれはただの悪あがきに過ぎず、英寿はそんなホソミに付き合っていただけなのだ。それが英寿にとって、自分の願いから本来見る筈もない夢を見たホソミにしてやれる唯一の贖罪であった。


「ホソミ。もう二度と、お前が俺を想うことはない」 


「……それでも。貴方は私の光です。さようなら、英寿様」 


なんと言われようと、それだけは譲れないのだと言うようになんとか立ち上がったホソミは、相手が背を向けているにも関わらずお辞儀をして退場をしていった。


振り返ることもなくただ強く拳を握りしめた英寿に巧が声をかける。

「これでよかったのか」 

「脱落者は一番の望みを失う。だが、今回はそれでいい」

「……どっちにしても、アイツは長くないだろうけどな」

「スマートブレイン、世界の闇の一つか」 

 

巧はオルフェノクという種族特有の短命について話したつもりであったが、気付いていないならわざわざその説明をする必要はないだろうと判断した。


「戦いは終っていない。アイツらはきっと今も。だが、俺は戦い続ける。俺の夢のためにも」 

「アンタの夢、聞いてもいいか?」 

「『世界中の洗濯物が真っ白になるように、みんなが幸せでありますように』」 

「……フッ。戦う価値のある夢だ」 

「あぁ。じゃあな」


そう別れの言葉を口にした巧がいた筈の場所にはバックルが落ちていた。それを拾い上げた英寿の脳裏に、ホソミの告げた『存在しないやつ』というワードが浮かびはしたがあの男が何者であったのかなど考える必要はない。英寿がやるべきことは他にある。



「夢のために戦い続ける……か。いつか叶うさ。戦い続けるなら。……そうさ、戦い続けるだけだ」 



本当の願いを果たす為の手がかりはまだ掴めてはいない。それでも、諦めずにまた次のゲームに挑み続けるしかないと英寿は決意を新たに顔を上げたのであった。



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