19番目
待ってたぞ世一ぃ……「つかれたー」
第伍号棟の大食堂。凪は、良い香りを漂わせているステーキを前に、疲労困憊だった。
「おい凪ぃ、お前が肉喰いたいっつーから、ゴールポイント使っていっぱい持ってきたんだぞー」
「ちかれたー」
「俺のポイントも使ったのにー、ったくもぉー」
そんなこと言われても、というのが凪の意見である。食べたかったのは事実だが、まさか剣城のポイントまで使ってくれるとは思ってなかったし。てかそんないらない。5皿は多過ぎるだろ、御影と剣城の分入れても。
「しょーがないなー」
「ホラ美味いぞ凪! 一皿くらい喰え!」
「えー……めんど……」
剣城と御影がステーキを食べながらそう言ってくる。しかし、本当に指一本動かしたくない凪にとっては、一皿食べるのも億劫だった。
「(つーか……なんで俺、馬狼相手にあんな頑張っちゃったんだろ……。ムカついたから……? いや、それとも……、これが”エゴ”ってやつ……?)」
と言っても、何に起因する”エゴ”なのかは全くわからないのだが。凡才というのは、自分の気持ちもよくわかっていないものだから、仕方無いことではある。
「(まぁ良いや……。考えるの面倒くさ……)」
もう食べるのを止めてしまおうかとフォークを戻しかけたそのとき、妙に明るい誰かの声が聞こえた。
「なぁ! チームVの御三方。俺は次の対戦相手、チームZの久遠渉! ちょっと取り引きをしないか?」
「(うわ、怪しー)」
糸目に胡散臭い笑顔、おまけに取り引き。怪しくなくなる努力をしてから『取り引き』とか言って欲しい。
「ん? トリヒキ?」
「なんだお前?」
ほら、剣城はともかく、御影も少し訝しげにしている。
「キミらにとっても良い話なんだ!」
「うぃんうぃん系?」
「そう、ウィンウィン系!」
2人が席についたところで、久遠はやっぱり胡散臭い笑顔で、ペラペラと話しだした。
「簡単に言えば、チームZの情報を君らに教えるから、0点に抑えて勝ってくれって話! 具体的には──」
「(なんだろこの人……めっちゃ必死……)」
よく見たら汗だらだらだし、試合直後にわざわざここに来たと考えて良いだろう。話し慣れたプランの内容で、これまで同じようなことをしてきたのも伺える。で、必死ってことは、この人はもう、失敗している。
「(そんなことに必死になるくらいなら、練習すれば良いのに……)」
この凡人でもできることを、何故やらないのか。人の気持ちってつくづく難しい。
「な!? どうだ!? 俺と組まないか!?」
「断る」
「面倒くさーい……」
「つまんねぇ」
「え……」
絶句する彼に反応するのも面倒くさい。凪は、完全に食事を投げ出した。
「もう良いよレオ。この話面倒くさい。つーかもう咀嚼すら面倒くさい。帰ろーおんぶしてー」
久しぶりに怒りの方向に感情を持ってかれたので、いつもの何倍も疲れているのだ。許してほしい。
「凪! お前が飯食いたいっつーから連れてきたんだぞー」
うんしょ、と凪を背負いながら御影が言う。マジでその通りなので、凪は内心申し訳無く思っていたけれどそれより疲れた。
「ごめん、面倒くさくなっちゃった」
「待ってくれ、もう少し話を……!!」
必死に縋ってくる久遠を見て、凪はちょっと困った。早く帰りたいんだけどこっちは。
「ねぇレオ。なんでこの人こんな必死なの?」
「勝つためだろ?」
「ふーん……(そりゃそーか)」
縋らなければ、何かを捨てなければ生き残れない『凡才』。
「頑張んなきゃ勝てないなんて、弱い奴って面倒くさいね」
お互いに、ね。
絶句する久遠を見たくなくて、凪は目を伏せた。取り繕うように、『天才』の言葉を並べる。
「俺なら辞めちゃうけどなぁ……。ねぇレオ……負けてもやりたいほど、サッカーって面白いの?」
「……おい、待てよ」
──と、誰かの声が、また聞こえた。
「……なんだお前」
後ろに顔を向けると、どこかで見覚えのある、地味な誰かが立っていた。
「サッカーなめんな!」
「…………(アイツ……あのときの……)」
そう、平々凡々なのに、スゲー奴。
「だから、誰だよてめぇ」
御影の問いに、彼は真剣に答えた。
「チームZ、潔世一。お前らに勝つ人間だ!!」
ところで、『天才とは、1%のひらめきと99%の努力である』というエジソンの言葉はご存知だろうか?
この言葉は一見、努力の必要性を説いているかに思える。しかし、エジソンはこうも言っていたという。
『1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になる』
と。つまり、天才とは圧倒的なひらめきがある者のことであり、凡才の99%は、天才の1%という最後のピースに、届かないのだ。
しかし、サッカーは、そうではない。
ひらめきと努力だけでは、決して評価されない。
「(実戦の中でひらめいても、すぐに使えなきゃ、負ける)」
ひらめきが早くても、論文や検証が遅れて評価されなくなるように。
だから、サッカーは、すぐにひらめきに対応できる──適応できる天才が、強いのだ。
チームZとの戦い。それが、凪の運命を、大きく変える。