18提督×大佐
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ワプワプの定期便。
ちょっぴりそんなことを思ってしまっているのは胸の内にしまい込んで、コビーは大人しくオーガーの腕に抱きかかえられたままじっとしていた。
今回も急な迎えだった。哨戒の報告書を提出し終え、廊下を歩いていたところにフッと彼が目の前に現れたのだ。驚きに目を見開いて、オーガーさん?と口走る前に強く抱きしめられて。次の瞬間には海軍基地から忽然と姿を消していた。
能力を使ってしまえば、基地からもほんの一瞬で拠点の中に着ける。だがオーガーはいつも少し離れた地点に降り立って、そこから徒歩で拠点へと向かう。二人きりで話したいからということは分かりきっているから、コビーも敢えて指摘はしないのだけれど。
「……少し重たくなったか」
「筋肉量が増えたんでしょうか? 身長の方は、そのぅ……伸び悩んでますから」
「フ。息災ならば何よりである」
「そちらは? みなさん元気ですか?」
「概ね相変わらずだが……提督が若返っている」
「えっ……」
それは何かの比喩か。
コビーはきょとんとオーガーの顔を見上げる。
「不老には出来ないが、一時的という条件付きで若返る薬なら開発できたと。ドクQがな」
「すごいなドクQさん……」
「まだ彼奴は試験段階だったようだが、逸った提督がそれを飲んだ。結果、記憶まで若返ってしまった。我々のことも何も覚えていない」
「あの人らしいですね」
「ハッキリ言って良いぞ」
「軽率だ。本末転倒じゃないですか」
「返す言葉もない」
「それで、ティーチは今いくつくらいに戻ってしまってるんですか」
「18である」
「僕と同じ歳か……」
「……それもまた何かの巡り合わせ。移動するぞ」
コビーは応じるように目を閉じて、オーガーの胸元に顔を預けた。抱きかかえる腕に少しだけ力が籠り、重力と音が無くなったかと思えば急に周りが賑やかしくなった。瞼を開けば、既にそこは今や見慣れた黒ひげ海賊団の拠点の中だった。提督のイレギュラーに、幹部達はおよそ揃っているようだ。
王子もかくやという恭しさで、オーガーの腕から降ろされる。そこまで丁寧にしなくて良いのにと思いつつ、コビーは振り返って「ありがとうオーガーさん」と微笑んだ。
「おや、お出ましですか。本日のデートは短めでしたね、オーガー」
「今日はいつもより近めのところに帰ってきてたからニャー」
「趣味が悪いわねェピサロ。二人の時間を覗き見?」
「お前に言われたくねェニャ」
「ムルンフッフフ!」
「…………どこに出るかはワープ次第。全ては巡り合わせなのである」
三人に平然と仏頂面で切り返すオーガーに苦笑いしていると、少し離れたところから驚愕の声がコビーの耳を貫いた。
「おいおい海兵じゃねェか!!」
声の方を振り返ると、こちらを見てあんぐりと口を開けている一回り小さい──若返るに伴って縮んだのだろうが──ティーチがそこにいた。あ、と目が輝いたのも一瞬のことで、奇異の目を向けてくる彼の寂しさにコビーの表情は翳った。
若いティーチの反応も当然のものだ。“正義”を背負った人間が、ここにいるはずがない。コビーが何者であるか知らないのなら尚更だ。
どうしよう。会いたかったと素直に伝えるのも、何かが違う気がする。
躊躇いから動けずにいると、傍からやってきたシリュウに肩を抱き寄せられた。
「テメェが連れ込んだ嫁だ」
「嫁?海兵が?」
「ああ」
「汚職海兵か?」
「なんなら英雄とすら呼ばれている、清廉潔白な海兵だがまあ……“色んなこと”をおれ達で教え込んだ……」
革に包まれた手は肩から首筋をたどり、指の腹が頬を撫で、その大きな親指を咥え込ませるように唇に触れる。
思わず陶然としてしまいそうになるのを振り切って、コビーはシリュウの手から逃れた。
「ちょ、ちょっと!今のティーチの前でやめてくださいよ!彼、僕のことまだ何も知らないんですよ!?」
「どうせ同じことじゃねェか。なァ……?」
振られたティーチは怪訝そうな顔のまま、コビーに視線を向け続けている。
「“色んなこと”って……」
「そりゃテメェで確かめてみな」
「うわっ!」
ドン、とティーチの方へと背を押され、コビーはつんのめりながらティーチと対峙した。顎を掬い取られ、まじまじと視線が注ぎ込まれる。
精査してやろうというその眼差しが、やけに、真剣で。
「そ、そんなに見られると……あの……」
コビーは顔を真っ赤にして、顔を掬い上げる手をぎゅっと握った。瞳が揺れ、唇が戦慄いてしまう。
ティーチは目を細めて控えめにゼハハと笑うと、ゆっくりとその手を離した。
「おい、おれの部屋はどこだ?」
「お前は“提督”だ。当然一番奥だ」
「そうか……。来い」
ティーチはコビーを一瞥すると、扉から部屋を出て行ってしまった。少し呆然としてしまったコビーだったが、慌ててその背を追いかける。
石造りの廊下に二人分だけの足音が反響している。何となく気まずくて黙ったままでいると、ティーチの方からこちらを見るでもなく話しかけてきた。
「お前、手柄を立てたいのか?」
「え?」
「随分熱っぽい顔してたが……あれだけの首級がありゃ、将官も夢じゃねェよな。あいつらは大悪党だ。よく知らねェが見りゃわかる」
「そんな!あ、 あの人たちを利用しようなんて……!」
「利用しない手は無ェと思うがなァ。お前、将校なんだろう?」
チラリと視線を寄越され、コビーは曖昧に目を逸らした。まるで背をナイフで撫でられているかのような問答。信用されていないに違いなかった。
「奴らに取り入って、機が熟すのを待ってんじゃねェのか? 海兵を娶るたァ面白そうなことには違ェねえんだ、乗ってやったって良いが……どうにも引っかかるぜ。今の時代にゃ盗み聞き出来る電伝虫がいるらしいしなァ」
いつの間にか辿り着いていた、部屋の扉が開かれる。
見慣れた部屋のはずなのに、火が灯されていないだけで、“部屋の主人”がいないだけで、そこは魔窟のように感じられた。置かれた数少ない家具達からも、その間を埋めるように積み上げられた歴史書達からも、まるで歓迎されていないかのようだ。冷え切った闇が、ぽっかりと口を開けてそこに鎮座している。
コビーが立ち竦んでいると、コートを剥ぎ取られて部屋の隅に放り投げられた。
「あっ……」
「今もどっかに隠し持っていたりしてな」
コビーが思わず手を伸ばすのも構わず、ティーチは無遠慮に体を抱え上げた。いくら縮んでいると言えど、彼は相変わらずコビーよりも遥かに大柄で、身じろぐことすら出来ない。
ベッドに放り込まれて背後から骨が軋む程の強さで押さえつけられ、もう逃げる術もない。服もほとんど破くようにして、素肌が晒されていく。
「いっ……ま、まって、ティーチ……ひっ!」
必死の呼びかけにも応じず、ティーチは首筋に噛み付いてきた。ガブガブと噛み付かれる度に体を跳ねさせるコビーの反応を、観察しているらしい。いやに冷えた体にまた歯を立てられて、じわりじわりと不安ばかりが募っていく。
ふと訪れた静寂に、恐る恐るティーチの顔を振り返った。バチ、と強い眼差しを注ぎ込んでいる彼と目が合い、その眼の色が変わる。どうやら喰らう気になったらしい。口の端を釣り上げて、腰だけ高い位置に持ち上げられる。
……このまま?
顔もよく見えないのに?
………………怖い。
滲み出す視界に唇を噛み締める。
「ッ…………」
「なんだ?」
「は、離してください……。なにも、持っていませんから……」
「おれのモンになったんじゃねェのか?」
肩を押さえつけていた手が離れ、見せつけるように乱雑に尻を揉みしだかれる。
そこで何かが、決定的に割れてしまう音がした。
「……。…………あなたの、」
「んん?」
「貴方のものになった覚えなんて無いッ!!」
コビーは振り返り際に脚を振り上げて、その横っ面に思い切り叩き込んだ。部屋の角まで吹き飛ばされ、ひっくり返っているティーチを尻目に、転がるようにベッドを降りる。落ちているコートを引っ掴んで、体に巻き付けるようにしながら部屋から飛び出した。
「痛ってェ〜〜!!!!」
叫ぶ声が後ろから聞こえてくるが、気にしていられない。ポロポロと溢れてくる涙を必死に拭いつつ、コビーは廊下を駆けていった。
<2>
若い二人が出て行った大広間。そこはそのままなし崩し的に酒の席へと変貌していた。
ふと一つだけ戻ってきた人影に、幹部達はどよめき始めた。
「トプトプトプ!!早すぎるんと違うのんか〜?」
「おいやめておけバスコ、提督は今18だ。早いものは早い」
「ウィ〜ッハッハッ!! オーガー、お前も同罪だろ!?」
下品な野次が飛び交う中、現れたティーチは右頬を押さえて微妙な顔をしていた。その様子に何かがおかしいようだと、幹部達も顔を見合わせる。
「……蹴られちまった」
「「「蹴られたァ!?」」」
「ギャハハハ!!」
「ティーチも青二才ということか……」
シリュウは紫煙を吐き出して、ティーチにも酒を手渡した。ティーチはグラスを受け取るなり、それを一気に呷った。にわかに囃し立てる歓声が湧き起こる。
「良い飲みっぷりだけど……ヤケかしらねェ?」
「何をしたんです?コビー大佐が貴方といて、蹴り付けるなんて初めてですよ」
「味見してやろうとしただけだ」
「本当に?」
ラフィットに問い返され、ティーチは目を逸らして口を閉ざした。手持ち無沙汰に、空になったグラスの淵を親指の腹でなぞっている。
「……海兵が海賊の嫁ってのはどういう了見なんだ? “親父”の嫁になりたがって、たかってる奴らはみんな海賊だ。あの白ひげの嫁と来りゃァ海賊としても箔がつくってもんだ、なりたがるのもわかるさ。
だが、あいつがそれを欲しがってるとは思えねェ。おれも今、四皇なんだろう?」
「ええ。実際のところ、彼はそうではないでしょうからねェ……」
「じゃあ、なんで……」
「ホホホホホ。もっと簡単なことです、考えすぎですよ。貴方にもそんな時期があったとはね……。
酒で柔軟に。ウイスキーはいかがです?」
「もらう」
ラフィットがティーチに飲んでいたウイスキーを注いでやる傍ら、デボンが肘でシリュウを突いた。
「そもそもふっかけたのアンタでしょ? 責任くらい取ったら?」
「知らねェ。思いの外こいつがまだガキだったってだけだ。口出す方が野暮だぜ」
「何にせよ、まずは彼をよく知ることですよ。貴方がいつまでその姿なのか知りませんけど」
「ドクQの奴も知らねェってよ」
「……」
「…………」
「提督……」
「ティーチ…………」
「やっぱ船長代わるかニャ?」
「おれじゃねェよ!! おれだけど」
「……まああと覇気、だな。能力そのものを破るしかねェ」
「コビー大佐のことがありますから、取り敢えずはこのままでしょう?これは今の貴方がなんとかするべき問題ですよ、“ティーチ”」
「……おう」
酒の味が分かっているのかいないのか、ティーチは遠くを眺めながら、また一口グラスの中身を呷った。
<3>
ドクQのブラウスに身を包んでストロンガーに抱きついているコビーと、そのコビーの髪の毛をモハモハしているストロンガー。
ドクQは今し方コビーに巻いてやった包帯の残りを仕舞いこんで、自らもベッドに腰掛けた。ベッドが軋んだ拍子に、コビーが顔を上げる。
「……だいぶ落ち着いたか」
「すみません。お騒がせしました」
「ヒヒン」
ドクQが頬のあたりに触れると、コビーの眼の淵に溜まっていた涙が一筋溢れていった。その涙の跡をストロンガーにペロリと舐められて、コビーはくすぐったそうに笑う。お返しにと首を撫でられ、ストロンガーも嬉しそうに鼻を鳴らした。
「全く服も着ないでやってきて、何事かと思ったぞ……ゲホ」
時は少し遡る。扉を突き破るようにして医務室に駆け込んできたのは、海軍コートだけを身に纏ったコビーだった。やってきた時にはもう桃色の髪もぐしゃぐしゃで、座り込んでしゃくり上げてしまっていた。どうしたと尋ねても「ティーチが……」と溢したきり泣き出してしまい、言葉にはならなかった。
ひとまずドクQは目に見えて黒く痣になっているところを手当し、なんとか宥めて自分の服を着せた。温かいものに触れると良いだろうとストロンガーに体を預けさせ、ストロンガーもコビーを気にしながらもされるがまま、現在に至るのだが。
「提督がどうした……? その痣も提督か?」
ドクQに指差され、コビーはビクリと体を揺らして肩のあたりを撫でた。その怯えを含む挙動に、ドクQは珍しいものを見る目をしてしまう。
「……ベッドから、逃げてきちゃったんです。いつもより遠慮が無くて、僕のことも、なんとも思ってないみたいで……こわ、くて……」
「ああそれで……ゲホ、ゴホ!」
にわかに咳き込みだすドクQにコビーは心配そうな顔をしたが、ドクQはいつものだと手を振る仕草をした。
「ゲホ、ハァ……。まあ、ここに来たのは正解だったな。提督はしばらく出入り禁止だからな」
「勝手に薬飲んじゃったからですか」
「誰かから聞いたのか?」
「オーガーさんに」
「ああ……」
「でも、会わないのもどうなのかな。ティーチ……嫌われちゃったらどうしよう。嫌だなぁ。
僕、出てくる時に思いっきり顔を蹴っちゃって」
「顔!? ッハハ! ハハ!! ゲホゲホッ、ハァ、ハァ……なんだ、意趣返しか?」
「なんか同い年だと思ったら、負けていられなくなっちゃって……」
「泣くほど嫌なことされたんだ……それくらいの灸を据えてやったって良いだろうさ」
「…………」
ブルルン!とストロンガーも主人に同調するように声を上げるが、コビーは迷いをたたえた表情でストロンガーのたてがみを撫でている。
「ティーチは、いつ治るんですか」
「さあな。いずれ効果は切れるだろうが……」
「記憶が無くなったりは……」
「多分しない」
それならあの年頃のティーチとこそ、歩み寄りたいものだが。コビーは晴れない表情のまま、ストロンガーに突っ伏して瞼を下ろした。