183勝、1引き分け
これは二人の逃亡生活が始まってから数日後のこと。
場所は流れ着いた孤島の洞窟。旅の準備すらなかった逃避行。
焚火の傍でボロボロになった”正義”の文字が掛かれたマントにともに寄り添いあいながら眠る二人…のはずだった。
「ウタ……?ッ!?」
常日頃から隣に感じている体温が無くなっていることに気付いたルフィはその場から飛び起きる。よほど疲れていたのか、見聞色の覇気でいつウタがいなくなったのかさえ気づけなかった。ウタを守ると誓ったのになんてざまだ。
「ウタ!どこいった!?」
洞窟の中にはいなかった。
しかし洞窟の外からは歌声は聞こえた。誰よりも聞き馴染んだ大切な少女の歌声。
起きたのなら俺も起こせと言わんばかりに駆けだすルフィの視界の先に確かにウタはいた。
海に面した断崖絶壁の端、目を閉じながら震えるような、あるいは安心したような歌声を奏でながら彼女はその身を風に委ね…。
「何やってんだお前!!」
宙を舞うウタの体にゴムの腕が痛いほど巻き付き、跳ね上がるようにウタの体がルフィのもとへと落ちてくる。
ルフィから見れば最愛の人が身投げを行おうとしていたのだ。普段であれば決してウタへと向けられることのない覇気が大気を揺らす。
ルフィの腕に抱えられているウタの表情はどこか遠くを見ているようで、呆然としていた。
「……ウタ?」
「え、あ、私……わたし、あ“、あ”“”!!ごめ“ん”なざい!ごめ“ん”な“ざい”!!」
改めて自分の名を呼ぶルフィの声に反応したのか、そこからあふれ出すように涙と嗚咽がウタを現実へと引き戻す。ルフィはウタを抱きしめると安心させるように頭を撫でる。
「大丈夫だ!ここにはあのムカつく野郎はいねぇ!来てもまた俺がぶっ飛ばしてやるからよ!!」
「ち“がう”の!わたし、わだじ!!」
「………ゆっくりで、ゆっくりでいいぞ」(ポンポン)
「……わたし、ルフィのことが好き。大好き」
「あぁ!俺もウタのこと大好きだぞ!!」
「わたしのわがままに付き合って海軍に入ってくれて、そこでもずっと私のこと守ってくれて、ずっとそばにいてくれた」
ウタが思い出すのはフーシャ村から海軍に入ってからの慌ただしい毎日。戦って感謝されて笑って泣いて掛け替えのないものがたくさんできた。
「…じょ、ぞれ“な”の“に!わたしのせいで、ルフィがづくっでぎだ居場所!!全部無くなっちゃった!!」
「あれはウタのせいじゃねぇだろ!!」
「でもわたしはずっと私の事情にルフィを付き合わせてきた!!ルフィは、ルフィは本当はもっともっと自由に大きな男の子のはずなのに…ッ!!」
「だから死のうとしたのか」
「ッ」
ルフィの胸元に顔をうずめるウタの体が震える。ルフィの服を握る手に力が入る。
「お前が死んで!!本当に俺が自由になれると、そう思ったのか!?」
「だっで!だっで……!!」
肩を掴まれ引きはがされたウタの表情は自分への怒りとルフィへの申し訳なさに染まり泣き崩れていた。
「ルフィの居場所を奪っちゃって、ずっとずっとルフィを縛り続けるような私なら死んじゃったほうが――ッ」
途端、引きはがされたウタの唇に柔らかいものが押し付けられる。涙で掠れる視界にはルフィの眼が至近距離にあった。それは熱くて重たいキスだった。
「言わせねぇぞ」
「ルフィ……ッ!?」
ルフィは顔を真っ赤に染めるウタを抱き上げると、そのまま走り出す。
「ちょっ、ルフィ!?」
「見ろウタ!お前なんかちっとも重くなんてねぇ!!縛り付けたきゃ縛り付けろ!!そんなんじゃ俺のウタへの想いは止まらねーぞ!!にっしし!!」
「そんな屁理屈!!」
「や~い負け惜しみ!!」
ルフィはウタを抱いたまま夜の孤島を走り回る。軽快な足取りで、まるで羽が生えたように。
「ウタ、約束するぞ!俺はこの世で一番自由な男になってやる!!どんな相手からでもお前を守る!!そうしればお前が気にする理由も無くなるだろ?」
「……」
「だからさ、お前は俺の隣で笑って歌ってくれよ!俺はそれが一番なんだ!!」
いつの間にやらルフィはとても大きくなっていたのかもしれない。いや、ウタが好きなった男はもとからこういう人だったか。
いつの間にやら涙は止めっていた。ルフィの笑い声につられてウタの口元も弧を描いていた。
「ルフィッ!」
「なんだウ――」
それはそうとやられっぱなしは性に合わないのがウタという女。ルフィの首元に腕を伸ばすと勢いのまま万感の想いでお返しをした。
「これで、私の183勝、1引き分けだね!!」