179氏より 両親が事故に遭ってしまった凛ちゃんの六歳の誕生日のss-3
「兄ちゃん。おれ、おなかすいたよ」
おれはとうとう我慢できなくなって、ついに言ってしまった。床に座って自分のスパイクを弄っていた兄ちゃんが振り向く。
「……遅いな、母さんと父さん」
兄ちゃんはちらりと壁に掛かっている時計を見てから、そう言った。
時間はもう七時を過ぎていた。でも、母さんと父さんは帰ってこない。
少しずつ、もやもやがふりつもっていく。どうしてかはわからないけれど、こわい。なにかが、おかしい。そんな気がした。
どうしたんだろう……なにか、あったのかな。
そう思いかけたとき、突然家の電話がけたたましく鳴った。びっくりして、持っていたおもちゃを落としてしまった。
『……はい。糸師です』
スパイクを床に置いて、立ち上がった兄ちゃんが電話に出る。おれは落としてしまったおもちゃを拾えないまま、電話を取っている兄ちゃんから目が離せなかった。
『……はい、冴ですけど。凛もいっしょにいます』
兄ちゃんの様子から、かけてきたのは兄ちゃんが知っているひとなんだなって、わかる。
なんだろう……?こんな時間に。
『落ち着いて聞いてって、何を…………』
『……………………え、』
受話器が落ちる音がした。兄ちゃんが落としてしまったみたいだった。
「……兄ちゃん?どうしたの?」
急に固まってしまった兄ちゃんにかけよる。兄ちゃんはおれの声にはっと気がついて、こちらを見た。
……その顔は心配になるくらい、真っ青に染まっていて。
「…………り、ん」
「兄ちゃん?」
何も知らず見上げるおれに、兄ちゃんは告げた。
「……母さんと、父さん……事故に遭った、って……」