15年、冬の終わり際で
元性別化したウマ娘的な世界観。怪我の話注意冬の終わりの肌寒さと鼻につく薬の匂いに目を覚ます。ーーそうか、ここは病院か。感覚がないようで動かせば激痛が走る左手首が嫌にも気づかせる。
「あ゛っ!…はぁ…ホント不便な身体。なんですぐに怪我するんだか。」
栗毛の男ーーリッキーは溜め息とともに不満を吐き出しながら上体を起こす。
「レースの使いすぎ、身体の作りすぎ。虚弱体質なのに無理をするからでしょ。」
右手側にいた鹿毛の男ーータルマエはそう答える。
「うわっ!なんでここに居るんだよタルマエ!?ドバイに行ったんじゃなかったのか!?」
「ドバイはもう少しあと。ライバルの調子を見にきただけ。」
「…ふーん。ほかの子にもこういうのやってるの?」
「嫉妬?」
「ちょっとね。」そう言ってリッキーは頬をぷくりと膨らませる。
「はぁ…まあいいや。だいたいなんでそこまでレース使ったりしてたの?身体弱いのは自覚あるんでしょ?」
タルマエの問いかけにリッキーは顔を少し歪ませる。
「…ライバルって言うんなら察しろよ。お前に勝ちたかったの。去年の東京大賞典でお前にぶっちぎられたときに、『あぁ、俺はこんなやつを相手にしてるんだ』って胸がドキドキしたんだよ!でもそれってつまり高い壁になるってことじゃん!だから身体壊すのも覚悟しないと、お前に勝てないと思ったの!」
リッキーが感情的に声を上げた瞬間、その頬を軽く叩かれた。
「っ!何すんだお前、こっちは怪我してるんだぞ!」
「自分を大切に出来ないライバルならいらない。身体を壊さないと勝てないレベルなら、俺のライバルと言うには程遠い。…それだけ。病室で騒ぐな。」
その言葉にリッキーは少し俯く。
「タルマエ」
「何?」
「手、握って。右手ね。」
「なんで」
「お前みたいにあったかいやつの気は傷の治りを早くすると思うから。」
「…素直に不安だとか言いなよ。」
そう言いながらタルマエはリッキーの手を握り締める。その手はじんわりと暖かかった。
「タルマエ」
「今度は何?」
「好き。大好き。これからもずっと一緒に走って、ずっとライバルでいて。」
「ずっとってまた重い言葉を…」
「ダメ?」
「…今度のレースでちゃんと走れよ。約束だぞ。」
「へへ、ありがとう。大好き。」
リッキーのその言葉のあと、タルマエは静かにその場から去っていった。少しだけ、左手首の痛みが引いた気がした。