14話後if
英寿くんがリタイアしたあとなんやかんやあって復活してきた時の話「英寿!おかえり!」
サロンに鞍馬祢音の声が響き渡る。
デザイアグランプリ不敗の男、浮世英寿がまさかのリタイア。
その後紆余曲折あった後見事に復帰を遂げ、彼はこの見慣れたこのサロンに戻ってきた。
「またよろしくね!」
そう自分を迎え入れる祢音の笑顔につられるようにふっと笑いながら
「いいのか?ライバルが増えるのに歓迎なんかして」
と返すと、
「もちろん、負けるつもりはないよ!ね、景和!」
「あ、うん…」
明るい祢音とは対象的に、歯切れの悪い反応の景和。
「心配かけたな?」
と軽口のつもりで景和の肩を叩いた英寿に返ってきたのは沈黙だけだった。
「景和?どうしたの?」
いつもと違う様子に祢音が話しかけるが、景和はそれを無視してこちらの腕を掴んできた。そのままサロンのドアに近づいていく。
「え、ちょっと、どこ行くの!?」
景和に半ば引きずられるようにサロンを出ながら、英寿は背中から追いかけてくる祢音の呼びかけに心配するな、という意味合いを込めてひらひらと手を振った。
そして今。
英寿は景和の膝の上に乗せられ抱きしめられている。いや、むしろぎゅうぎゅうと抱きつかれている、と言った方が正しいのかもしれないが。
どこに連れて行くのかと思ったら、個室に連れ込まれいきなり抱きしめられた。「どうした?」と話しかけても何の返事もない。
サロンのど真ん中でやらずにここまで我慢したのを褒めるべきか…。まあ今は運営側が明示したインターバル中だからそれなりに時間はあるし、個室だから好きにさせてもいいか、とそのままにしていたが、もうかれこれ10分は経っている。
「おい、タイクーン」
「……」
「タイクーン」
返事の代わりにぎゅう、と抱きしめる力が強くなった。
流石に少し痛いし苦しい。あと体勢も変えたい。
どうしたものか、としばらく思案し、
「…景和」
「…」
「景和、痛い」
「……」
「そんなに強くしなくても、俺は逃げたりしない」
そこまで言って、やっと抱きしめてくる力が少し弱まった。どうやら離してくれる気は全くないらしく、本当に少しだけ。
そこでやっとはあ、と一息ついた。
「……ごめん」
「謝るくらいならやるな」
「それは、うん…ごめん」
「…もしかして、俺がドライバーを手に入れる前にゲームクリアした事を気にしてるのか?」
「そうじゃなくて、…いや、それも関係ないわけじゃないけど…」
「けど?」
「英寿くんが、リタイアになって」
「うん」
「俺のこと、全部忘れて…今までのことが全部なかったことになると思ったら、すごく嫌だった」
「…俺は何があってもデザグラに戻ってくる。だからお前の事もきっと思い出す。まあ、結果的には、だがな」
「それでも!…一瞬でも『なかったこと』になるのは嫌なんだ。英寿くんの中から俺がいなくなって、…そのままどこかに行ってしまうなんて。……父さんと母さんの時みたいに、置いていかれるのは、もう」
最後はほとんどつぶやきのような声だったが、どうしてだか、はっきりと耳に届いた。
『置いていかれる』
彼の両親は、10年前に亡くなった。景和の姉、沙羅の目の前でジャマトに襲われて。
その時、景和本人は入院していたと言っていたな、と思い出す。
…両親に置いていかれたと、そう思っているのか。
何も分からないまま、さよならも言えずに。
自分の中にもある母への感情を思い出し胸が痛む。
だが今はあえてそれには蓋をして、英寿は努めて明るい声を出した。
「…お前、もしかして俺の事すごく好きだな?」
「そうだよ、今だって離したくないの、すごく我慢してるんだよ」
また抱きしめる力が強まる。
「だから、痛い。…全く、我慢なんか全然出来てないじゃないか」
うう…、と眉をハの字にして、あからさまに渋々と言った感じで腕が緩められた。
「そんな情けない顔するな。ちゃんとここにいるから。それに」
やっと自由になった手でぐい、と顔を引き寄せ、
「あんまり強く抱きつかれてちゃ、キスも出来ないだろ」
と頬と唇に1回ずつ、チュッチュ、とリップ音を響かせるようにバードキスを送る。
「……」
「どうした?」
「…いや、俺って随分現金な奴だったんだな、って思って」
「?」
「英寿くんがキスしてくれてなんか元気出ちゃったからさ」
「なら良かった。ま、スター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズのキスだからな、元気になってもらわなきゃ困る」
「うん、ありがと。…英寿くん、好きだよ」
「ああ、知ってるよ」
ふふ、と笑いながら戯れるようなキスが段々と深いものに変わり、そのまま二人はゆっくりとベッドへ沈む────、と思いきや、
「…ストップ」
景和の唇にむに、と人差し指を押し当てた英寿の無慈悲な一言によって中断せざるを得なくなった。
「なんで…?今すっごいいい雰囲気だったよね…?」
「お前、今がゲームの待機中だって事忘れてるだろ。最中に呼び出しかかったらどうするんだ」
「…そうでした…」
一気に現実に引き戻され、ガックリと肩を落とす。
そんな景和を見て英寿はくすくすと笑いながら言った。
「まあ、元気出せ。このゲームが終わったら好きなだけしていいぞ」
「…ほんとに?」
「ああ」
「まさかとは思うけど、化かしてないよね!?」
なおもしつこく食い下がってくる景和に、英寿はいつものように何を考えているか読めない笑みで返した。
「俺の言葉を信じるかは、お前次第だな」
「あ!戻ってきた!」
その後、サロンに戻って来た二人に、早速祢音が近づいてくる。
「二人共、ちゃんと仲直りしてきた?」
「いや、祢音ちゃん、俺ら別に」
ケンカしてたわけじゃ、と言おうとして、
「ああ、ちゃんと仲良くしてきたから安心しろ」
な?と英寿に促される。
「…あ~、まあ、そうだね」
ほんと?よかった!と無邪気に喜んでいる祢音といつもの笑みで答える英寿を見ながら、
…実際ケンカはしてないんだけど、ずっと抱きしめさせてくれてたしイチャイチャ出来たから『仲良くしてきた』のは間違いではないよね。久々に英寿くんに触れて充電できたし、うん。
と自分に言い聞かせる景和であった。