12年ぶりの姉妹喧嘩

12年ぶりの姉妹喧嘩


海軍の人にウタが毒キノコを食べて死のうとしてると聞いてから、居ても立ってもいられずに走り出した私は、静止も振り切り一度は逃げ出したライブ会場へ来てしまっていた。しかし、たどり着いたそこは既にライブ会場ではなく、虹色の湖のようだった。私は一人佇むウタへ、息を切らせながら話しかける。


「ハァ……ハァ……お姉ちゃん、私聞いた……。毒キノコで死のうとしてるって!!」

「ハァ……アドなら分かってくれると思ったんだけど。違うよ、あたしは……あたし達は新時代に行くの」

「違くないよ!!」

「何が!?逆に死ぬって何さ!!大事なのは心!!幸せなら肉体なんていらないの!!」


ウタは私につられたのか声を荒げる。


「なんで……ゲホッ、なんでそうなるの!?お姉ちゃんがいなくなったら、残されたルフィやお父さんの事は!?」


大声を出す事なんて、余りにも久しぶり過ぎて咽てしまう。


「残された?自分からあたしをココに置いてったのに?笑わせないで。ルフィは一緒に新時代に行ってもらうけど、アイツは来させない」

「そんな……あんなにお父さんの事大好きだったのに!!ゲホッゲホッ……何で!!」

「もう、慣れないのにそんなに何度も大声出すから……。あたしも、昔は実の父親のように思ってた。でもアイツは……あたしを捨てたの」


そう言うと、ウタは12年前に何が起こったのか語り出した。

エレジアの事、ゴードンの事、シャンクスの事、赤髪海賊団の事。

私はそんな事、何も知らなかった。誰も教えてくれなかった。何の根拠も無いのに、絞り出すように否定する。


「嘘、嘘だよ……そんなの……」

「あれ、聞いてなかったの?ビックリ。よっぽど愛されてたんだねアドは。あたしなんかと違って」

「――っ違う!!お父さんもお姉ちゃんのこと――」

「もういいよ」


会話が打ち切られる。


「あたしは“海賊嫌いのウタ”。アドは赤髪海賊団の音楽家、“蜃気楼のアド”。あたしは赤髪海賊団の音楽家じゃなくなったの。アドと違って」


悲しさと怒りと辛さと……色んな感情の混ざった表情で、ウタは言った。


「でも……!」

「じゃあ……そうだ、久しぶりの姉妹喧嘩といこっか、アド。いつもみたいに勝った方が1回だけ言う事聞くの。あたしが勝ったら……ふふっ」


軽快な音楽が鳴り響く。『逆光』のイントロだ。いつもならばうっとりと聞き入る神曲が、まるで魔王の行進曲にも聞こえた。

昔はよくやってた姉妹喧嘩。いっつも私は負けていた。何連敗したのかもう覚えていない。でも、今日だけは……絶対に負けられない。


「“凪(クワイエット)”」


気配の消失。気配を感じ取る見聞色に対する対抗手段。そして……。


「……スーッ……フーッ……下がれ、心臓の鼓動。“4‘33(ジョン・ケージ)”」


心拍数の上限を固定化し、肉体の無駄な震えを“凪”にする。感覚の先鋭化と射撃精度向上。そのように作られていない身体を悪魔の力で縛りつけるのだ。当然負荷は極大。技名の通り4分半しか保たず、それ以上は心臓がそのまま止まってしまう。……それでも、私は彼女に勝たなきゃいけない。

せっかく会えたのに、またお姉ちゃんのいない世界に戻るなんて嫌だから。


「すごい!アドが目の前にいるのに目の前に誰もいないみたい!それが悪魔の実の力?」


疑問の声と一緒に何体もの音符兵が迫る。得物を引き抜き、見聞色で感知した数と同じ量の銃弾をばら撒く。

右手には副船長に憧れ手にした愛銃『カムパネルラ』。

左手には銃の師匠に渡された愛銃『喜劇』。


「それ、ベックマンとヤソップの……」

「……私も、お父さん達の役に立ちたかったから」


私とお父さん達の繋がりが不愉快だったのか、ウタの歯軋りが聞こえる。


「なんで……なんで今更!!12年も放置しといて、あたしに会いたかった!?」


ウタは黄金の鎧を纏い、襲い掛かる。武装硬化したカムパネルラで槍の突進を受け止めると、ギリギリと金属音が鳴る。


「アドがシャンクス達と一緒にいた時!!あたし何してたと思うっ!?」


鍔迫り合いが激しくなる。


「ずっと……ずっとずっとずっと!!あたしは寂しかった!!ゴードン以外誰もいない!やる事も音楽の練習くらい!外の事なんて何にも知れなかった!!」


気迫に弾かれ離れると、今度は黄金の槍が何本も撃ち出される。

カムパネルラを両手で構え、武装色を強く込めて撃ち返していく。


「なんでアドばっかり!!」


背後から音符兵に斬りかかられる。直ぐ様喜劇を引き抜いて迎撃。


「なんで!!」


五線譜が鞭のように翻り、音符が銃弾のように降り注ぐ。撃ってみるが効いた様子は無く、見聞色を用いながら避け続ける。


「なんでぇ……!!」

「……やめようよ、お姉ちゃん」


悲痛な叫び声と共に放たれた再びの突進を受け止め、私は言った。


「本当はまだ、皆のこと嫌いじゃないでしょ……?」

「――っうるさい!あたしがまだ好きだからって!!今更……っ!!今更何が変わるって言うの!?私は皆の歌姫になって、皆を新時代に導くって決めたの!!過去の事なんて知らない!!」

「じゃあルフィの麦わら帽子を見てお父さん来てないか確認したのは!?私に赤髪海賊団の事を聞いたのは!?左腕のマークは何!?」

「それは……っ!でも、シャンクス達はあたしの事なんて」

「違う!!お姉ちゃんも大切に思ってる!!あの日……フーシャ村に戻ってきた時、あんなに悲しそうなお父さん達、初めてだった……!!」

「――っそんなの、今更……今更知らないよぉ!!」


大振りに左腕の盾を振り回されて弾かれ、離れた所でまた槍が放たれる。迎撃の為にまたカンパネルラを構える。


「お姉ちゃん、また一緒にお父さんに――」


ガチン。

ザシュッ。

撃鉄は軽い音を鳴らし、銃は弾を吐き出さなかった。

ウタとの対話に集中力を割き過ぎた結果、弾切れに気づかなかった。完全に虚を突かれた私は、武装硬化も間に合わず、槍は私の胸を裂いた。薄れる意識の中で見た最後の光景は、半狂乱とも言うべき絶望した表情の姉の姿だった。

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