11/11
「ふいー、疲れました……」
スレッタはうーんと伸びをする。テスト対策でエランさんたちの家で勉強会の真っ最中なのだ。といっても主に教えてくれるのはケレスさんで、エランさんとエランくんは茶々を入れるのがほとんどだが……。
「おつかれ、少し休憩にしようか」
「そうします……」
ケレスさんがテーブルの上に散らばっている参考書を片付けだす。他の二人もそれに倣ってテーブルの上を整頓している。スレッタは自分のカバンの中をガサゴソと探ってあるものを取り出した。
「せっかくなので、おやつにしましょう」
「それは……ポッキー?」
「プリッツもあるね」
エランさんとエランくんがテーブルの上に置かれた箱を眺めて言った。4つの箱は2つがポッキーで残りがプリッツだ。ポッキーは冬季限定の少しお高いものと極細のもの、プリッツは定番のサラダ味とクリスピーピザ味だ。
「今日はポッキーやプリッツを食べる日、らしいです」
「今日って、11/11か?」
ケレスさんがリビングの壁に留められているカレンダーを見て、日付を確認した。今日が特定の菓子を食べる日と言われても全くピンと来ていないようだ。
「兄さん知らないの?ポッキーの日だよ」
エランくんが目を丸くして遅れてると言いたげにケレスさんを見た。ケレスさんは忌々しげにふんと鼻を鳴らす。
「それくらい知ってるさ。あれだろ?自社製品の販促に熱心な製菓会社が勝手に広めた日だろ」
「陰謀論かな?わー、やだやだ」
「頭にアルミホイル巻く?」
エランさんとエランくんに可哀想なものを見る目で眺められるケレスさん。ぐぬぬ……と何か言いたそうにしているけれど、頭にアルミホイルを巻く様子はない。
「ケレスさん、甘い物を食べて落ち着きましょう」
ケレスさんに冬季限定のポッキーを差し出して言ってみる。イライラしたときは甘い物を食べると気分が落ち着くのだ、たぶん。
「ああ、そうだな。いただくよ」
「兄さん、そのまま普通に食べるとか言わないよね」
箱を開けようとしているケレスさんにエランくんが待ったをかける。面倒くさそうに顔を上げたケレスさんに近寄ったエランくんが耳元で何事か囁く。
「(ポッキーの日といったらポッキーゲームでしょ?)」
「(俺にんなこっぱずかしいことやれって?しかもスレッタはよく分かってなさそうなんだが)」
「(じゃあ、僕がやろっと)」
ひそひそと内緒話をしていた二人だが、最後はケレスさんが驚いた表情になって終わったようだ。一体何を話していたんだろうか……。
「スレッタ、僕とポッキーゲームやろうよ」
「ぽっきーげーむ?」
エランくんが極細のポッキーの箱を持って笑いかけてきた。知らないゲームを持ち掛けられて、頭に疑問符が浮かんで首をかしげてしまう。
「知らないんだ。えっとね、スレッタがポッキーの先端を咥えて僕がもう片方の先端を咥えてお互いに食べあっていくんだ。先に口を離したりポッキーを折った者の負けになる。簡単なルールでしょ」
ね?簡単でしょ、と言わんばかりにエランくんがウィンクを飛ばしてくる。確かにシンプルなルールの決闘?だ。
「はあ、確かに簡単ですね。……え゙、それって……」
お互いに一歩も譲ることなく決闘?が続いた場合、結果的に最後はどうなってしまうのか気付いてしまった。みるみるうちに顔に熱が集まる感覚がする。きっと今の顔を鏡で見るとリンゴのように真っ赤だろう。
「想像の通りだよ!リア充向けの甘ったるいゲームさ」
ケレスさんは僻みを隠そうともしない。何か嫌な記憶でもあるのだろうか……。
「下らない遊びだよ。やりたくないなら、やらない方がいい」
エランさんもポッキーゲームには否定的だ。というより、何となくやって欲しくないように見える。
「君たちノリ悪いね。それで?スレッタはどうする?やる?」
困った顔で笑っているエランくんはポッキーの箱を振っている。カタカタと鳴る音を聞きながら思考がぐるぐると巡る。
ポッキーゲームという名称は知らなくて結び付かなかったけど、そういうことをやっているイラストや漫画は見たことがある。正直言って少し興味もある。自分がすることになるとは思っていなかったけれど。でも、これは恥ずかしい、とても恥ずかしい。
「う……えと……その……やってみたい、です……」
最後には興味と好奇心が勝った。恥ずかしいけれど気になるものは気になるのだ。
「じゃあ、スレッタはチョコの方を咥えてね」
いつの間にか箱を開けていたエランくんが細身のポッキーのチョコがかかった部分を差し出してくる。それを口に含んで咥えるとエランくんも反対側の方を咥えて決闘?の準備はバッチリだ。
エランくんがエランさんの方を見て何かをするように促している。エランさんはしばらく無視を決め込んでいたけど、やがて渋々といった様子で動いた。
「フィックスリリース……」
「は……?マジで何なんだそれ?」
ヤル気ゼロどころかマイナスに振り切ったエランさんの覇気の無い決闘開始の掛け声と、ケレスさんの気の抜ける声が響いた。
サクッ、ポキッと子気味のいい音が重なって響く。音が響くたびにエランくんとの距離がじわじわと縮まっていく。目を逸らすこともできず、ただ彼の整った顔を見つめるしかない。
エランくんは普段通りの顔で恥ずかしがってるのは自分だけなのかな……と考えながら、早くしないとチョコが溶けてしまうと思い、大きく食べ進めると彼との距離は目と鼻の先、息遣いすら感じるほどに近くなった。
ここからどうしよう!?と固まっていると、突然パキッと折れる音が聞こえてエランくんが離れていった。
「あ……」
短く声を漏らす。距離が離れたことで普段通りに見えたエランくんの顔が、実は耳だけ赤く染まっていることに気付いた。
エランさんは無言でどうでもよさそうな表情をしていて、ケレスさんは早速煽り始めた。
「おいおい、臆病風に吹かれたか?あんなヤル気見せておいてこれかよ」
自慢の表情筋を駆使して、声、口調、表情の三点で最大出力で煽ってみせる。どうして人を煽ることに全力を傾けられるのかよく分からなかった。
「じゃあ、兄さんがお手本を見せてくれよ。もちろん出来るんだよねぇ?」
エランくんも負けずに言い返す。ニコニコと笑っているが、目が笑っていない。
「おう!やってやらぁ!」
ケレスさんが声高々に言い返した。あれ?この流れ既視感があるような……
「フラグが立ったね」
「華麗な回収を楽しみにしてるよ♪」
ある意味ケレスさんは二人から大きな期待を向けられていた。
「スレッタはチョコの方を咥えてくれ」
「は、はい」
ケレスさんに促されて冬季限定のポッキーのチョコ部分を咥える。ケレスさんも反対側を咥えて決闘?の準備が整った。それを確認してエランくんが決闘?の開始を宣言する。
「フィックスリリース!」
ケレスさんの口が塞がってなかったら、「だから、何なんだよ!それは!」とツッコんでいたことだろう。しかし今は決闘?の最中、余計なことを言う暇はなかった。
決闘?が始まってしばらく、膠着状態が続いている。目の前のケレスさんは目を開けたまま気絶でもしてしまったのか、瞬きもせず身動きしない。
流石にチョコも溶けそうだしと思って、サクッと一口食べ進むとにわかに顔を真っ赤にしたケレスさんが突然動き出して、べきっとポッキーをへし折って離れてしまった。
「フラグ回収乙」
「兄さんは相変わらずだね。見習いたくないけど」
エランくんとエランさんは生温かい目線を向けている。それからエランくんはお返しとばかりに煽り始めた。
「人にとやかく言えないザコさ加減じゃないか。しかも一歩も動けないヘタレときたから笑っちゃったよ」
「~~~っっ、何も言い返せねえ……」
事実陳列を前にケレスさんは煽りを正面から受け止めるしかなかった。しかしケレスさんはハジケた。
「この流れだとお前もポッキーゲームやるしかないだろ。というかやれ」
ケレスさんがエランさんに迫る。こうなればエランさんのことを絶対に巻き込んでやるということなんだろう。
エランさんは心底うんざりした表情をケレスさんに向けるが、ケレスさんは全く動じないし引かない。
しつこいケレスさんにたいして深いため息を吐いてから、エランさんは何故かこちらを向いた。
「スレッタ、いいかな?」
「は、はい!」
エランさんはポッキー、ではなくサラダ味のプリッツを手に持っている。射るように真っすぐな目線で少し緊張してしまう。
プリッツを一本取ってスレッタに咥えさせると、そのままの状態で話しかけてきた。
「僕はゲームとかどうだっていい。君に触れてみたいからこうするんだ」
「!?」
咥えた状態でそんなことを言われても返答出来ないけれど、驚愕で目が大きく開いた。それから、目の前にいる彼にしか分からないくらい小さくこくりと頷いた。
エランさんが反対側を咥えてバキバキと大きく食べ進んでいく。こんな建前、僕には必要ないとばかりに噛み砕いて鼻先が触れるほどの距離まで近づいた。
そこで彼は一旦停止してジッと目を見つめられた。深い翠の目が許可を取るように少し伏せられる。それに答えるように目を閉じると、二人の間を隔てていた最後の一欠けらが砕かれて唇が触れ合った。
唇を触れ合わせながらエランさんの舌が伸びてきて表面を舐めとられる。それから彼の舌が唇のあわいにねじ込まれてくにくにと動くから、迎え入れようと小さく口を開くと隙間から舌が差し込まれた。
お互いの舌を絡め合わせてほんのりと塩味の効いた唾液を交換すると、くちゅくちゅと水音が聴覚を犯す。かくんと腰が抜けても、彼が腰を抱いて支えて深い繋がりから逃がしてくれない。
角度を変えてまた貪ろうとしたところでストップがかかった。
「おい!!なにやってるんだ!おまえー!!」
「ちょっとこれは許せないかな」
ケレスさんとエランくんが二人がかりでエランさんを引き剥がし、遠くの方へ引きずっていく。無理矢理引きずられてあれこれ文句を言われているのにもかかわらず、エランさんは勝ち誇った表情を浮かべていた。
スレッタはエランさんたちの声を遠くに聞きながら、酸欠や恥じらいやその他諸々でそれどころではなかった。とりあえず呼吸を整えて唇に触れてみるとまだ湿っていて、彼との交わりの気配を残していた。
その後、スレッタはしばらくの間ポッキーやプリッツを見るとエランさんとの深い口づけを思い出して、恥じらいで居ても立っても居られないようになってしまった。随分と刺激的なポッキーの日になった。