11傑探偵事務所

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「バルトアンデルスは創作だろ……!」


 次々と姿を変えて向かってくる怪物に向かってカイザーが吼えた。怪物は先までバルト、と名乗った青年だったことから連想した言葉だが、届いていたのかどうか。本来の依頼人に付き添ってきたという青年には当然のように警戒の目を向けていたが、本当に襲ってくるとは。杞憂で済めばいいと思っていたのだが。

 ひゅるん、と鞭のようにしなって茨の蔦が動く。ぎち、ぎちと捕らえた怪物を締め付けるが、それよりも小さな物質に変化されては捕らえきれない。それに対応して蔦も締め付けを強くすればいいのだが、適応前に逃げられてはどうにもこうにもだ。反射で動かせるほどに練度があるわけではなかった。

 真っすぐに怪物は動く。犬……いいや、狼に変化して、カイザーの喉元を狙う。

 あわや噛みつかれるか、というところで、不敵にカイザーは笑った。獣に変化した相手がそれに気がつくはずもないし、気がついたところで理由がわかるはずもない。くわえて理由がわかったところで、今さらどうしようもなかった。元より獣の強みは知性ではなく、その圧倒的な暴力だ。


ごう、と。

 炎が、翻る。

 アルミニウムの炎色反応のような、綺麗な銀色だった。アスファルトが溶けたことからもその温度の高さがわかるだろう。

 それが、狼と化した怪物に襲い掛かったのだ。予期せぬ苦痛に狼は喘ぐ。

 いいや。

 それだけではない。

 先まで捕獲に専念していた茨が、真っすぐに狼を狙っていた。それも、両の目と、ぱくりと開いている口を。純粋な痛みに吼えようにも、その器官は既に潰れている。モズの早贄のように吊りあげられ、高温の炎にあぶられ、狼はもはや何もできなかった。

 普通なら死に絶えているだろう。生きているのなら、苦痛から逃れることを選ぶだろう。どのような存在であれ、死とは恐怖の象徴に他ならない。本能に忠実ならばなおさらであり、この状況で恐怖にかられないのは並大抵の生物ではありえない。

 つまり、怪物は普通の生物ではなかった。元より「怪物」なのだから当然といえたかもしれない。姿を変化させるほどの力は残っていないようだが、目はまだ戦意を残している。それに対処したのはカイザーではなくもう一人。炎を出した張本人、冴だった。

 「cambiar」

 短いスペル。それだけで高温の炎はたちまちのうちに氷へと変化せしめたのである。

 いかに強大であろうと、人智を超えた力を持っていようと、動くことができなければなんの意味もない。また、魔女の裔の作りだした氷がそう簡単にとけるはずもない。

 結果として、怪物にはもう成すすべがなかったのである。


 本来の依頼人を当人の世界に戻していたロレンツォも戻って来て、怪物への私見を述べていく。誰かが害意をもって差し向けたものだろう、というところでおおむね一致したところで、その先へ進む前にそう言えばとばかりに冴が疑問を口にした。


 「バルトアンデルスってのはなんだ?」

 「うち(ドイツ)の作家が記した『阿呆物語』に登場する生物だ。様々なものに変身するからな。『Baldanders(すぐに変身するもの)』──すなわち『Bald(すぐに)』と『Anders(別のもの)』の組み合わせだ」

 「ああ、狼に鼠に象に虎に獅子に……」

 「発案者はプローテウスから着想を得たらしいがな。もっともコレは動物にしか変身できないようだが。それもあって炎にしたんだろ?」

 「当然だろ」


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