106氏より 初めてクソ親戚に凌辱された己の八歳の誕生日の回想をする兄ちゃのss-2
「あの……何か用すか?」
両親が目覚めるまでの間だけ預かってくれることになった遠縁の親戚、という微妙な関係性の相手に完全なタメ口も丁寧語も憚られ、もっぱらこのような砕けた敬語で冴は男に接している。
ちらりと凛に視線を投げながら問い掛ければ、暗に込めた「もう夜遅いから大きな声で弟を起こさないでくれ」という意図は伝わったのだろう。
男は口にそっと手を添えて冴の耳元で囁いた。
「冴ちゃん、今日お誕生日だっただろう? 明日にするのも考えたんだけど、こういうのはやっぱり当日に渡しておきたいからね。日付が変わる前に来たんだ」
「はあ、そりゃどーも。……ケーキだけでも充分だったんすけど」
傲岸不遜が服を着て歩いている生意気なガキと噂されたこともある冴とて、生活や学業のみならずサッカーに必要な金銭まで負担してくれている相手に対する遠慮くらいは持ち合わせていた。
故にその発言は嘘偽りない本意である。ここから更にプレゼントまで貰う気なんて無かった。期待もしていなかった。
が、この口振りだと断ろうにもすでに用意されているに違いない。ならば断るのはむしろ余計な軋轢を生むだろう。
「……じゃあ、今年だけ貰います。来年はきっと、親も目ぇ覚めてると思うんで」
希望と願望を多分に含んだ呟きをこぼし、脳裏に病院のベッドで横たわる実際の両親と、自分たち兄弟に笑顔でクラッカーを鳴らしてくれる想像の両親を思い描く。
1秒後にはどちらをも振り切るように軽く目を伏せて、それから男に手招かれるままに静かな動きで部屋を出た。
曰く、プレゼントは大きいから持って来られなくて男の部屋に置いてあるという。
10月の夜は秋とも冬ともつかない独特の肌寒さで、厚着をしすぎれば寝苦しいし薄着すぎれば風邪をひきそうだ。
前を歩く男に買い与えられたシルクのパジャマにかぎ編みのカーディガンを羽織って、無言で長い廊下をついて行く。
もはや一軒家よりも屋敷と称した方が適切な広さは大病院のお偉いさんとしての懐の潤い具合を感じさせる。
それだけに電気もついていない月明かりだけの道のりが不気味で、幼い凛が夜トイレに行きたくなるたびに「兄ちゃ……」と涙目で冴の手を握るのも当然のことだと思った。