106氏より 嫌な手紙を見る凛ちゃんのss
衆愚は憶測で物を語る。
冷静に考えればどんなに馬鹿馬鹿しくなるようなことでも、自分の感じたことならば正解である、真理である、と無意識に驕っているから。
賢人は脳味噌にそれを修正する機能が付いているが、残念ながら阿呆には備わっていないのだ。
だからこういう事態も起こる。
「……『××さんは良いお医者様だったから、子供に暴行なんてする訳がない。捏造だ。嘘を吐いて人を貶めて恥ずかしくないのか。どうせ週刊誌にも目立ちたいから自分でリークしたんだろう。被害者ぶってチヤホヤされるのがそんなに嬉しいか。そのうち天罰が下るぞ。神様は見ていらっしゃる』」
くしゃくしゃに丸めた状態でポストに投函されていた手紙とも呼べないコピー用紙のメッセージを、誰に聞かせるでもなく淡々と読み上げ、再び手のひらで握りつぶすと凛はポケットに突っ込んだ。
昔なら怒りに任せて玄関先に叩きつけるか、そうでなければビリビリに破って地面に撒いてから踏んづけていただろう。
ある程度の年を食った今となっては、そんなことをすれば後で掃除してくれる母や仕事から帰ってきた父の目にコレが入ってしまうと予想できる。
だから不快と嫌悪と憤怒と失望のたびたひ渦巻く脳内でも、こんなものを見せまいとする家族への気遣いくらいはなんとか実行できた。
「──いねぇよ神様なんか。そんなことは今時のガキなら8歳でも知ってる」
少なくとも、兄も自分もその齢で身をもって痛感させられた。
神様はいないか、あるいはいたとしても自分たちのことなんて大嫌いなんだということを。
毎朝、毎晩、じっくりと、はっきりと、悍ましく、厭らしく、暴力的に、屈辱的に。
思い返すも悍ましい言葉と行動の限りを尽くして。
出鼻を挫かれて引き返した家の中、真っ先にゴミ箱へさっきの紙きれを捨てると凛は苛立ちをぶつけるような荒々しさでリビングのソファーへ座り込んだ。
地獄と称するべきかつての経験を何者かが世間に公表してから数ヶ月が経過したが、自分たちの家を取り囲むマスコミの姿は消えてもこういった根も葉も無い一般人からの誹謗中傷はなかなか終わらない。
まだワールドクラスの知名度は持たない凛と、同じ家に住む両親でさえこうなのだ。
世界的に名の知られている兄などは今頃もどんな目を向けられているか想像もしたくない。