1話命令

1話命令

初心者

軍議は玉座の前において、魔王の御前にて開かれる。


暗い魔王城の石畳の廊下を進む。もはや歩き慣れた道と言っても過言ではないが、ほとんど人通りのない場所なのに新築のように綺麗なのは、私を度々不思議な感覚にさせた。


奥の奥、大抵の者は足を踏み入れることさえ許されない玉座の間に、我らが魔王様はいる。


まさにラスボス。城進んでいけば魔王の元に辿り着くシステム。分かりやすくていいね。

そのまま廊下を進んでいけば、ゆうに10mはありそうな扉に辿り着く。人力で開けようものならどれ程の力があれば良いのか、ひどく重く厚い印象を受ける扉は、私の存在を分かっているかのようにゆっくりと開かれた。

玉座の間は広く、天井は空のように高い。床に引かれた深紅のカーペットは奥に伸び、視線は玉座まで誘導される。ゆったりと鎮座するそのひとの御前まで近づき、跪いて挨拶する。


「四天王第二位トラディーレ、参上致しました」


トラディーレとは私のことだ。魔王軍は実力主義で、階級は強さを表す。実は私結構強く、四天王二位…つまり魔王軍で三番目に強い。ふふん。

私の挨拶に魔王が反応するより早く__いや、基本的には反応しないんだけど__横から叱責が飛ぶ。


「随分な登場ですネ。貴方が最後ですヨ」


くすんだ黄緑色の肌をした男だ。四天王第一位、軍師のアストゥート。高い身長と骨ばった体格が相まってひょろっとした印象を持たせ、キッチリとシワのない貴族服に身を包む姿は神経質な性格を体現している。私は密かにこいつを『雑草』と呼んでいる。名前も知らない、ひょろっとした雑草似ているから。

落ちくぼんだ瞳が非難がましい視線で私を見ている。…別に明確な開始時間がある訳じゃないし、昨日僻地に行っていたんだから仕方ないと思うんだけど。

それに。


「……ここには四人しかいないようですが?」


軍議に出席するのは魔王様と4人の四天王のみ。魔族の運命5人で決めていいのか問題は置いておくとして、現在ここには四人しかいない。1人足りない。だから、私は最後じゃないと思ったんだけど。


(第四位トルトゥーラ…)


意地悪なあの女。拷問と悲鳴が好きとか言い出すイカレ女。彼女がいない。魔王に随分ご執心だった彼女がまだいないのは確かにおかしい。


(さてはこれはアレだな…巷で噂の…)


私の結論を肯定するように、アストゥートとは逆の方から応答がある。


「トルトゥーラは討たれた。勇者を名乗る者にな」


そう答えたのは、四天王第三位のネオストだ。ゆうに5メートルを超える巨体の魔族。その体は毛で覆われているものの、その毛は鉄のように堅く尖った剛毛だ。巨体から繰り出されるパワーは凄まじい。まあ、私は彼を下したことがあるわけだけど。彼は生粋の実力主義、私に敬意を払う数少ない魔族だ。


「儂も今朝報告を受けた。いつものように自ら勇者の元に向かい、返り討ちにあったと」


勇者。伝説上の、悪を打ち果たし平和をもたらすとかいう存在。まあこの世界には神託とか選定の剣とかないので、大抵は自分から名乗っているか周りが言っているかのどちらかだが。魔王様を倒すために実に約800年もの間、様々な『勇者を名乗る者』がいたが、同様に約800年間、魔王を倒すものは現れていない。大抵はパチモンで、大した奴らじゃない。トルトゥーラは、希望溢れる『勇者を名乗る者』に対してちょっかい(比喩表現)をかけることが好きだった。悪趣味なことだ。それで今回返り討ちあったと。

口角が上がりそうになるが、流石に自重する。


「へぇ、驚きました。今回の勇者は随分とお強いらしい」


「大したことでは無いだろう。奴は我らが四天王のなかでも最弱…」


それ実際に言ってるの初めて聞いた…。

私の心は、既に有名なセリフを生で聞けた感動に傾いていたが、アストゥートは極めて厳粛に言う。


「魔王様は、今回の事態を重く見ていらっしゃいまス」


魔王の意向を示す言葉に、にわかに空気が引き締まる。


「何故だ?たかだかトルトゥーラひとり討たれたところで魔王軍は揺るぎますまい」


「四天王は代替わりこそあれど、外部による撃破は実に400年振り。当時の四天王は慢心の末に半数が討たれ、魔王軍も甚大な被害を受けましタ。ならば、相応の脅威として早急に対処すべきでしょウ」


「…そういえば貴方は当時からの四天王でしたね。余程痛い目を見たんでしょうね」


それを想像すると愉快だが、ことの重大さは間違いないのだろう。慢心は強敵の最大の弱点だし、不穏要素を取り除くべきという考えには私も賛成したい。


「その対処について、魔王様からトラディーレへ、直々にご命令がありまス」


「……!?」


突然の発言に驚き、視線を上げて魔王様を仰ぎ見る。魔王の顔色は依然として変わらず、凪いだ瞳で見下ろしている。

……魔王様は普段から殆ど喋ることがない。つまり、魔王の言とは重要なものであり、絶対。

魔王が口を開き、命令を下す。




「勇者の一行に潜入せよ。そしてその程を見極め、一行を始末せよ」




………潜入!?!?何故!?!?!?




潜入って…案にしては突飛すぎるのでは!?始末しろだけならまだ分かるけど潜入フェイズいる!?そもそも魔族のなかには変装や潜入を生業にする者もいるし、わざわざ幹部がやる必要ある!?私の専門は魔法なんだけど!?


「お、お言葉ですが…人を騙すのならば専門の者もございます。私はこのとおり素人で…いや、魔王様のご命令とあらば私も本望ですが…作戦の成功を思えば、私より適任の者がいるのではありませんか?」


精一杯の説得を試みるが、魔王はもう口を開く気配は無い。


「貴方の想像するような疑問程度、魔王様はお分かりでス」


「……これが最善の案だとでも?」


「これはご命令ですヨ。それとも、魔王様に逆らうおつもりですカ?」


その言葉は禁止用語だろ!!


「…滅相も御座いません。魔王様のご命令とあれば、命を賭して望む所存です」


クソがよ!!!








軍議はお開きとなり、私は魔王城の執務室へ戻る。

ソファに身を投げ出して目を閉じ、先の命令のことを考える。


(まさかそんなことある?)


勇者パーティに敵が潜入しようとする。なんて明らかな(敵の)負けイベント。私はこれから勇者パーティとかいうパリピ集団にボコボコにされるんだ。やってらんねぇ!

勇者よどうか偽物であってくれ、と願うしかないが、それが叶うようなら私はここにいない。神は死んだ。

もし、勇者が本物の『世界に平和をもたらす者』なら。


(なんで今なんだ)


私が死ぬまでの数十年、あともうちょっとくらい、いなくたっていいじゃんか。


私は不貞腐れつつ、短い人生だったな、と思いながら過去を回想した。




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