1日限定執事喫茶 in いちごプロ
「ねぇねぇ、アクたんってメイド喫茶に興味あったりとかしないの?」
「は?」
いちごプロの事務所で京極夏彦の新刊を読みながら寛いでいたら、MEMのやつが唐突にそんな事を聞いてきた。
「なんだ藪から棒に。しかも何でメイド喫茶なんだよ」
「ルビーから聞いたんだけど、アクたんって高校で結構モテてるみたいじゃん?でも全部突っぱねてるし、あかねともお仕事でのお付き合いでしかない。何でだろうねって話題になったの。
それでそういう所に行ったりしてるから別に興味無いのかな~って話になってさ」
話が飛躍し過ぎだろ。何で同年代の女子と付き合ってないだけで俺がメイド喫茶に行ってる疑惑が浮上するんだ。
そもそもそんな店に行く気も無いし余裕も無い。こっちは仕事もあるし学生の身分だぞ。
「興味無い。コーヒーなら別に家とかファミレスで飲むので十分だろ」
「分かってないなぁお兄ちゃんは」
やれやれとでも言いたげな雰囲気のジェスチャーをしながら、ルビーがそう言った。
そういえば今日は、新生『B小町』のチャンネル用に動画を撮影するとか言ってたから全員ここに居るんだったか。
「いい?可愛いメイドさんが持ってきてくれたコーヒーを、可愛いメイドさん達を眺めながら飲むことに意味があるんじゃん。常識だよ?」
「なんで一番理解を示してんのよ。どっちかと言えばアンタはメイドをやる側でしょうが」
ルビーから要らない常識を説かれてしまった。お前は実の兄のそんな姿を見たいのか?
「面白そうだから見てみたい」
ナチュラルに人の心を読むな。
「やる側……?メイドを……やる側……はっ!」ピキーン
MEMに電流走る。何か妙なインスピレーションが湧いてきた様子だが、俺からしたらここまでの話の流れもあって嫌な予感しかしない。
「アクたん!執事喫茶やらない!?」
「断る」
「即答!?」ガーン
そりゃそうだろ、面倒だ。
「そういえばついこの前ドラマで執事役のオファー来てたでしょ?その為の練習だと思ってやってみなさいよ」
「ぐっ」
何で有馬がその話を知ってるんだ。どこかで話してるのを聞いたか、或いはミヤコさん辺りから話を聞いたのか。
確かに有馬の言うように半月程前、鏑木Pからドラマのオファーを受けた。内容は、生まれつき感情を殆ど持たない名家のお嬢様が幼なじみの男の子と一緒に、様々な感情を知っていきながら自分の中に芽生える恋に向き合っていくラブストーリー。俺はそのお嬢様の付き人の執事として出演する運びとなった。
「アクたんお願い!アイドル活動頑張ってる私達にご褒美として癒しを!この通り!」
「そこまでする程の事なのかよ」
ここまでMEMが頼み込んでくるのも珍しいし、有馬の言う事も一理無くもない。執事役を演じるのは初めてだし、一般家庭の生まれである俺は名家の執事みたいな優雅な所作とは縁遠い。
……口車に乗せられる形になるのは少し思うところが無い訳ではないが、経験を積むって意味でやってやるか。
「分かったよ、やってや……」
「ただいま戻りました。あれ?皆揃ってどうしたのかな。何か相談事かい?」
「あ、パパだ!おかえりー!」
父さんが稽古から帰ってきた。今日は金田一さんに演技の事で相談があるから少し遅くなるかもしれないと言っていたが、思いの外早く済んだようだ。
「!!」
またもやMEMに電流走る。さっきと同じ顔をしているMEMを見て、嫌な想像が浮かんだ。お前まさか……。
「ヒカルさん!ヒカルさんもアクたんと一緒に執事喫茶やりませんか!?」
「え?執事喫茶?ちょっと話が見えないんだけど……」
~MEMちょ説明中~
「……という話をしてたんです。どうですか?」
「そういう事だったんだね。うん、面白そうだから僕も乗るよ」
「お前、俺だけじゃなくて父さんまで巻き込みやがって…。はぁ、どこでやるんだよ。場所の目処は立ってんのか?」
「それは勿論ここだよ。言い出しっぺは私だし、社長と副社長に1日だけ部屋を借りれるように話はしとくから!」
そこまでして見たいのか。インフルエンサーのMEMの事だ、大方写真を撮ってSNSにアップしたいんだろう。まぁ単なる事務所内の催し物に過ぎないし、俺達親子の関係がバレる事には繋がらないだろう。いちごプロの男性役者が俺と父さんだけなのもこの場合はプラスに働きそうだ。MEMが投稿する前に、写真を検閲すれば問題無い。
「あ、そうだMEMちょ!当日はママも呼ぼうよ、やってもらうのは日曜日でしょ?」
「お、ルビーナイスアイディア!新鮮なヒカルさんを見てもらって仲を深めてもらおう。私この夫婦推してるし」
「欲に欲を重ねていってるじゃないの。ホント強かねMEMちょは……」
「アイも呼ぶのかい?それなら僕も気合いを入れて全力でやらせてもらうよ」
「「わーい!」」
「ま、アンタも頑張んなさいよ。楽しみにしとくわ」ニヤニヤ
「……はぁ」
MEMの唐突な思い付きから始まった執事喫茶の話はどんどん膨らんで行き、いちごプロまで巻き込んだそれなりに大きい企画となってしまった。
まぁ……母さんもルビー達も滅茶苦茶頑張ってるしな。こんなので癒しになるって言うなら、折角だし父さんが言ったように全力でやってやるか。
さて、執事服の調達と動画資料集めから始めるか。
◇◆◇◆◇◆
───日曜日・事務所までの道中
今日は待ちに待ったいちごプロ執事喫茶の日!パパとお兄ちゃんは私達より先に出て、事務所の方で着替えと最終セッティングをすると言っていた。お兄ちゃんからLINEで準備OKの連絡が来たので、ママと一緒に事務所へ向かう。
道中で先輩とMEMちょとも合流したので、4人でワイワイ話をしながら歩いていた。
「私執事喫茶とか行った事無いからよく分からないんだよね。ヒカルとアクアなら様になってそうなのは想像つくんだけど」
「パパはともかくとして、お兄ちゃんが執事っていうのがイメージ湧かないなぁ。普段が口数多くないクール系だし」
「ふん、愛想の悪い接客態度だったら文句つけてやろうかしら」
「あ、有馬ちゃん。私が無理言ってやってもらったんだから穏便にね…?」
先輩はブレないなー。でも確かに若干ぶっきらぼうな態度の執事さんなイメージしか出来ないのが正直なところ。パパとママ譲りの顔の良さだけで全部黙らせてもおかしくないかも…?
そうこう考えていたらいちごプロに到着した。前もってMEMちょから今日の会場となる部屋の場所は聞いていたので、皆で2階の角部屋へ足を進めた。
部屋の前に立ってノックすると、中から「どうぞ」と返事が返ってきた為、ドアを開けて中に入る。
「パパー、お兄ちゃーん、来た……よ…………」
「「おかえりなさいませ、お嬢様方」」
「「いや誰!?」」
ホントにパパとお兄ちゃん!?嘘でしょ!?いつもはやらないような後ろに搔き上げた髪型はまだ良いとして、柔らかい笑みでこちらを見るお兄ちゃんと全てを見透かすような妖しい笑みを浮かべるパパは、普段の雰囲気とはまるで違うものを醸し出していた。
これ執事喫茶なんてもんじゃない!ホストクラブじゃん!行った事なんて無いけど。
「ふわぁ…2人ともすっごくカッコいいなぁ……」
「え、あれホントにアクアとヒカルさんなの?歌舞伎町のホストじゃなくて…?」
「言い出したのは私だけど、これは想像以上だよ…。頼んで正解だった……」
各々が放心気味になりながら各々の思ってる事を口にする。すると2人が私達の前まで歩いて来て、テレビでしか観た事が無いような本当の執事さながらのお辞儀をする。
「本日、お嬢様方の御世話をさせていただきますヒカルと…」
「アクアで御座います。どうか御ゆるりとお寛ぎいただき、心行くまでお楽しみください」
こ…これはまずい、ヒジョーにまずい。相手はパパとお兄ちゃんなのにすっごくドキドキしちゃってる。芸能科に入った時は周囲の顔の良さに地元の中学との差を感じたけど、これはそれ以上の差だ。
いけない胸の高鳴りを頑張って押さえつけていたのに、目の前の2人が更なる追い討ちをかけてくる。
「ではルビーお嬢様、かなお嬢様はあちらの席へどうぞ。僕が誠心誠意おもてなしをさせていただきます」ニコッ
お兄ちゃんが私と先輩の手を優しく取って、甘い笑顔でそう呟いた。
「「ひ、ひゃいっ!」」ドキッ
まともな返事が出来なかった私達はお兄ちゃんに誘導されるまま、案内された席に着いた。
「アクア、本当の執事さんみたい……」
「最初は乗り気じゃなかったのに、ノリノリじゃんアクたん…怖…」
「アイお嬢様、MEMお嬢様」
パパに呼ばれたママとMEMちょが、肩をビクッとさせながらパパの方を向き直る。
「アクアの方ばかり見られていては私の立つ瀬がありません。お2人共…どうか今だけは、私だけを御覧になってください…」スッ
「「~~~っっっ!!」」タラ…
パパが2人の前で膝をつき、真っ直ぐな目で見据えながら囁くようにそう言うと、ママとMEMちょは蒸気が出てそうなくらい顔が真っ赤になった。ついでに鼻血もちょっと出てた。私がパパに同じ表情で同じ事言われたらママ達みたいになってたのかな……私の担当がお兄ちゃんで助かった……。
「こちら、お水とおしぼりでございます」
「お召し上がりなさりたいものが決まりましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「「「「は、はい……」」」」
開幕から全員大ダメージをお見舞いされたけど何とかこらえ、席に用意されていたメニュー表を見る。
そこには簡単なドリンクやパパお得意のすぐに作れるスイーツが並んでおり、私は先輩と、ママはMEMちょと一緒にそれぞれ頼みたいものを選んだ。
「私アップルジュースとパンケーキにしよ。先輩は何頼むか決まった?」
「んー、私もルビーと同じものにしようかしら……あら?メニューの下の方に書かれてるこれ何なの?」
下の方?あ、確かにドリンクやスイーツとは別に何か書かれてる。何々…『追加オプション』?
「あ、メイド喫茶とかで定番のやつじゃんこれ。へー、『パンケーキに好きな文字』とか『チェキ撮影』とかあるんだ。もうガチじゃん本気出し過ぎでしょ……」
「これで唯の事務所内企画ってのがおっそろしいわね……」
先輩の言う通りだよ、こんなの十分お金取れるレベルじゃん。単純に執事服来た2人からコーヒー出されてちょっと雑談でもしたら終わりー、とか考えていたのに。
「…ねぇルビー」
「どしたの先輩?」
「このオプションの『スマイル+あーん』って何なのかしら?」
「んー、分かんないけど…ニッコリ笑顔をしたまま食べさせてくれるとかなのかな?」
「ヒカルさんはともかくとして、あのアクアがそんなのやるなんて想像出来ないんだけど…。2人で頼んでみない?」
正直魅力的な提案だと思った。あの仏頂面がデフォルトのお兄ちゃんがどんな笑顔を見せてくれるのか。そんなの……
そんなの見たいに決まってるじゃん!
「よし、注文しよう先輩!こんな機会多分この先2度と無い気がするもん!」ニヤニヤ
「アンタって結構いい性格してるわよね、正直嫌いじゃないわ」ニヤニヤ
今めちゃくちゃ悪い顔してるんだろうなー私と先輩。でもしょうがないよね、だってメニューに書いてあるんだもん。注文出来ませんなんて理不尽は通させないよ!
ママ達も注文が決まったらしく、私達と殆ど同じようなメニューとオプションを注文するらしい。
よーし、早速注文しよう!この鈴を鳴らせば良いのかな?
「すみませーん、注文お願いしまーす」チリンチリーン
「お待たせ致しました。ご注文を伺います」スッ
うーわオシャレなメモ帳。衣装といい小道具といい、この部屋の内装だってたった1週間でどうやって調達したんだろう。
※ ヒカルが金田一さんに土下座してララライの伝手をフル活用しました。
「えーと、この特製パンケーキとアップルジュースをください。それとこのオプションで『スマイル+あーん』を!」
「あ、私も同じものを」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
お兄ちゃんが両テーブルの注文をメモってから奥に戻って行った。厨房でパパがパンケーキーを作って、お兄ちゃんがドリンクを淹れるのかな?
待ってる間じっとしとくのも暇だなと思っていたら、先輩に話題を振られた。
「ねぇ、アクアって料理とかするの?それとも作るのはヒカルさん?」
「うちはパパがメインで料理作ってくれるんだ。パンケーキもパパの得意なおやつメニューの1つだから味は保証するよ」
「仕事終わりの私とかレッスン終わりのルビーの為にちょっと甘めに味を調整してくれてるんだよ。シロップとか掛けなくても十分美味しいよ」
「「へぇ~…」」ゴクッ
私とママの話を聞いた先輩とMEMちょが小さく喉を鳴らす。女の子はいつになってもいつの時代でも甘いものが大好きなのだ。ふふーん、パパお手製の絶品パンケーキに舌を唸らされるがいいよ2人共。
「「お待たせ致しましたお嬢様方。こちらご注文のドリンクと特製パンケーキでございます」」
そんなこんなでお兄ちゃんとパパが4人分の注文の品を運んできてくれた。
「来た来た、やっぱり美味しそう!」
「うーん甘くて良い香り。やっぱヒカルのパンケーキはこの時点で美味しいのが分かるねー」
「あら、ホントに美味しそう。私こんな綺麗に作れないわよ」
「超絶イケメンお手製のパンケーキとか絶対バズる。SNS用に撮っとこ」パシャ
まるでお手本のように、まんまるで鮮やかな焼き色をした3段重ねのパンケーキ。家でよく焼いてくれているのとは違い、トッピングでホイップクリームとさくらんぼが載っているのがこれまた可愛い。
すぐにでも味わいたいのだけど、今この時だけは我慢しなければならない。
「ではお嬢様方、僭越ながら私達がこの特性パンケーキを」
「とびきりの笑顔を送りつつ食べさせてあげますね」
((((きたっ!!))))
そう、オプションの『スマイル+あーん』があるのだ!普段は殆ど全くと言っていい程に笑顔を見せないお兄ちゃんと、スマイルというよりは微笑みが多いパパ。そんな2人はどんなスマイルを見せてくれるのだろうか、特にお兄ちゃんの方。実際に見せられて私笑わずに居られるかなぁ、自信無いなぁ(笑)。
2人同時には流石に無理なので、こっちの席は私→先輩、あっちの席はママ→MEMちょの順番で食べさせて貰う事になった。
さてさて、2人のお手並み拝見といきましょー!
「では、ルビーお嬢様」
「アイお嬢様」
「「はい、どうぞ。あ~ん♥️」」全開スマイル
「「「「────────────っっっっ!!!!」」」」
え、なにいまの。ぱぱとおにいちゃん、あんなかわいいかおするの……?あまりのできごとにあたままっしろなんだけど。
こんなことになるなんておもわなかった。ふたりをからかおうとおもってたのに、そんなよゆうなくなっちゃった…。
あ、ぱんけーきたべなきゃ……。
私とママがそれぞれあーんして食べさせて貰った直後に後発の先輩とMEMちょも同じ事をしてもらったので、4人共計2回ずつ意識が吹っ飛んで行きかけた。食べさせて貰ったパンケーキはとても美味しかった。
……と言いたかったのだけど、今世紀最大級の衝撃のせいで味が全く分からなかった。こっちが皆致命的なまでのダメージを受けたのに、何であの2人はちっとも赤くならないで笑顔のままで居られるんだろう。役者根性凄すぎない?
お兄ちゃん、もう既に立派な役者だよ……。
◇◆◇◆◇◆
「どうだったかな。この手のものには疎いから調べた限りでやってみたんだけど、変じゃなかったかな?」
「準備に時間も手間も掛かり過ぎるし、あんな恥ずかしい事させられるとは思わなかったからもうやらないけどな」
「「「「最高でした」」」」
ルビー達がパンケーキと各々のドリンクを食べ終わった辺りで、俺達の今回限りの執事喫茶は幕を閉じた。実の所、メニュー表のオプション部分はMEMが考えたものだ。前世まで含めた俺と父さんでは流石に思い付かなかったから、言い出しっぺにも一仕事担ってもらうかという事で丸投げした。
結果として、考案者本人すらも意識を吹き飛ばされるレベルの劇物みたいなものがお出しされた。させられる身にもなってほしい。
「アンタあんな顔出来たのね、いつもムスッとした感じなのに。ねぇねぇもっかいやってみてよ」
「絶対やらん」
「ヒカル…その…たまにで良いから、家でもやってくれる……?」モジモジ
「そんなに気に入った?だったら…いつでもお申し付けください、アイお嬢様?」ボソッ
「はうっ!?」プシュー…
うちの両親はいつまで経っても熱いまんまだな。今回で図らずも、新たな燃料を投下してしまったのかもしれない。
「あれMEMちょが考えたの?」
「うん、ちょっとしたお遊びのつもりだったんだけどね。まさかアクたんとヒカルさんが本当にやると思わなかったし、あんな事になるなんてのはもっと思わなかった…」タハハ…
「いやいや、グッジョブだよMEMちょ。パパとお兄ちゃんの今後絶対に見れない貴重なシーンを拝めたし」グッ
各々の表情を見たらルビーと母さんは勿論、有馬とMEMも満足してくれたようで、その1点だけは良かったと言える。他の点はもう見ない事にした、ドラマの役とは程遠かったし。
「……そういやMEM、写真撮るとか言ってなかったか?」
「え?……あ"っ!!」
忘れてたのかよ…。
今日は大分疲れた。慣れない事はあまりするもんじゃないという事を、表情筋の微妙な筋肉痛により痛感した。
けど、まぁ…途中から俺も少しだけノってた気がしないでも無い辺り、そこまで悪いとは内心思っていない…………のかもしれない。
何度も言うように、もう次は無いけどな。
「アクたん、もう1回やらない……?今度はあかねも呼ん「絶対やらん」また即答!!」