1日お嬢様

1日お嬢様



 私は担当の顔にちょっと弱いだけな普通のトレーナー。シュヴァルグランの担当になってからはや3年、レースに勝つ度にカッコよくなっていく様にドキドキしながら日々の業務をこなしていた。


「そういえばシュヴァルの誕生日、ちゃんとお祝いできなかったなぁ…」


 お互いに忙しかったとは言え、プレゼントを渡すことしかできなかった。その事が私の中でもやもやとした感情を現在進行形で生み出している


「次のレースはまだ先だし、来週の土曜日はお休みにしようかな」


 ここ最近はトレーニングも詰め気味だったしと誰にしてるかわからない言い訳をしながらシュヴァルにメッセージを送る。それに合わせてトレーニングの内容を調整しようと思いスケジュール帳を開いたところで通知音が鳴る。シュヴァルからのメッセージには"今から電話してもいいですか?"と書かれていたので"大丈夫だよ"と返して電話が来るのを待った


「もしもし?」

「夜遅くにすみません、今お時間大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。シュヴァルからかけてくるなんて珍しいね、どうしたの?」

「大したことじゃないんですけど、その…メッセージだと言いたい事が纏まらなかったので直接お礼を言いたかったんです」


 そんなの気にしなくてもいいのにと思ったけど、そこがシュヴァルの良いところ。彼女の言葉を遮らず、一言一句聞き逃さないように静かに耳を傾けた。


「トレーナーさんがお祝いしたいって言ってくれて、嬉しかったんです。おめでとうって言葉と一緒にプレゼントをもらえただけで胸がいっぱいになるくらい…それなのにまだこれ以上の事をしてもらえるなんて、全然予想してなくって」


 本当に一杯一杯なのだろう。ところどころ言葉に詰まりながらも感謝の気持ちを伝えてくれるのを聞いてるうちに自然と表情が綻んでしまう。そんな調子だからか油断していた…最近自分の担当のイケメン度合いがどんどん上がっていっていると言う事に


「僕が貰ってばかりなのも悪いのでトレーナーさんにもお返ししますね。……楽しみにしてください」


 お休みなさいとそう言われてからすぐ電話が切られる。なんとか「お、お休みシュヴァル…!」と返すことはできたものの、心臓の高鳴りは治まりそうもない。耳元でされるのと変わらない距離でシュヴァルの低音囁きを受けた私が元の調子を取り戻すまで15分の時間を要した。なんとか立ち直った私がトレーニングの見直しを終えて布団に入る頃には、シュヴァルに言われた言葉をすっかり忘れているのであった。


〜そして時は流れ約束の日〜


「すごい…お嬢様が着るような服って実在するんだ」


 シュヴァルに渡された服を見つめること数分、漫画やアニメでしか見たことない衣装を前に絶賛現実逃避中。青を基調とし、派手すぎず簡素すぎずで纏まっているそれは相当なお値段がすると予想できる。だから、着る覚悟が決まらないのは仕方のないことだと思う…


「こ、これはシュヴァルのためだから……!」


 そう呟いてから覚悟を決めて袖を通し、鏡の中の私を見る。シュヴァルとお揃いの色に包まれた私はどこか浮かれた表情をしていた。


「トレーナーさん、もう入ってもいいですか?」

「う、うん!大丈夫だよ!!」

「では失礼します」


 シュヴァルに見られると思うと途端に恥ずかしくなってしまい、思わず顔を背けてしまう。彼女がどんな格好をしているか予想もつかないが、私にはそれを直視できる自信がなかった。


「良かった、充分似合ってますよトレーナーさん……いえ、お嬢様。その可愛らしいお顔、もっと見せてください」

「っ〜〜〜!!!」


 しかし私がそういう行動を取るのも予想済みだったようで、近づいてからの顎クイで強制的にシュヴァルを見つめる事になる。執事服に身を包んだ彼女は同じ女性だと言う事を忘れてしまいそうになる程カッコよく、しかし柔らかく笑うその表情や体のラインはしっかりと同じ性別である事を示していて私はどうにかなってしまいそうだった…


「なん、で……執事服っ……なの!?」

「トレーナーさんが去年の学園祭で逃げたからですよ。客として来る予定だと聞いていたから楽しみにしていたのに、入り口の少し手前で引き返されて寂しかったんです」

「そ、それは……」


 入り口から見えたシュヴァルがカッコ良すぎて思わず逃げてしまったところを見られたらしい……

 寂しい思いをさせてしまった埋め合わせをしたいと言う気持ちはあるが、今の私に執事服のシュヴァルは刺激が強すぎる‼︎しかし当の本人はそんな事お構いなしにグイグイと距離を詰めてきて私の目の前に右手を差し出してきた。


「だから今日1日、お嬢様の事を"おもてなし"させていただきます。まずは僕の手を取ってください」

「ふぁ…ひゃい♡」


 言われた通りにすると腰に手をキュッと回され抱き寄せられる。突然のことに混乱してるともう片方の手も繋がれ、社交ダンスが始まる。広めとはいえ個室では十分なスペースが確保できず、そのせいで密着した動きが多くなりクラクラしてしまう。それでも、シュヴァルのリードのおかげてなんとか踊り切る事ができた


「流石です、お嬢様」

「あぅ……」

「頭撫でられるの気に入ったんですね。お顔、だらしないことになってますよ。そんなお嬢様も可愛いので問題ありません」


 シュヴァルの大きくて暖かい手で撫でられて理性も表情も蕩けきってしまう。2つの青い瞳に見つめられるだけで心の中まで見透かされているような錯覚まで覚えた。


「ですが」

「!!」


 不意に腕を引かれ、腰に手を回され抱き寄せられる。急に密着したことでシュヴァルの温もりと匂いに包まれて一瞬頭が真っ白になった


「これで満足されては困ります。まだ"おもてなし"は始まったばかり、お楽しみはこれからですよお嬢様♡」

「ひゃいぃ……♡」


 そんな隙を見逃してくれるはずもなく、耳元で低く囁かれる…電話越しでも15分は悶えてしまうほどの破壊力があるそれを直接受けてしまい、全身から力が抜けていくのを実感する


「おっと!危なかったですね。このままだとまた転んでしまいそうなので……お嬢様、ご無礼をお許しください。………っと、それではお食事の場へと案内させていただきます」

「ぁっ♡」


 そう言うや否やお姫様抱っこで抱えられ部屋の外へと連れ出される。今日が終わるまでにどれだけの"おもてなし"があって、何回惚れ直すことになってしまうのか……そんな少しの不安と期待を胸にシュヴァルへと体を預けることにした


Report Page