00-05
「…………」
ミレニアムサイエンススクールのとある一角。
理路整然と整った中庭にメイド服を着た少女が一人佇んでいた。
少女は虚ろに空を見上げ、長い髪が地面に付くのも意識せずただただ呆けてかすかな言葉を呟くのみであった。
彼女はアリス5号、C&Cに導入された量産型アリスの一体で、戦闘特化を目的として開発された個体だ。
「1号に頼んで……残りは……2000号と……最後は…」
「なにやってるんだ、5号、そんなブツブツと」
そんな5号の後ろから少し小さいくらいの背丈、メイド服、を着てはいるが派手なスカジャンを羽織った少女がひょっこりと顔を出す。
それに驚き5号は髪が跳ね上がるほど全身がすくみあがり思わず尻もちをついてしまった。
「ひえっ!ネル先輩!サボりじゃないです許してください!」
「ったく、何そんなに慌ててんだか…」
ネルと呼ばれた少女は5号の手をぶっきらぼうに取って立ち上がらせる。
彼女は5号が所属しているC&Cの部長でありミレニアムで最強とも呼ばれる存在、美甘ネルである。
5号も彼女に何度もしごかれ、ハードスペック以上の戦闘力を持てるほどになったのだ。
それ故にメモリの奥底から彼女に対し恐怖心が植え付けられてしまったが。
「しばらくは訓練はねぇよ、この間の騒ぎもあったしな」
この間の騒ぎ、ゲヘナの温泉開発部がミレニアムへ不法侵入し激しい戦闘が起きた事件だ。
温泉開発部側も量産型アリスが多数参加し、アリス同士の凄惨な戦いになると思われた。
だが戦闘特化の5号とアバンギャルド君に体を移した2000号の尽力により、
ミレニアムの損害は軽微、また互いのアリスの損失なく戦いを終わらせることが出来たのだった。
「今までの訓練が役に立ったわけだ。誇っていいぞ」
明るくポンポンと5号の頭を撫でるネル、しかし肝心の5号の表情はどこか浮かないものがあった。
「…ネル先輩。アリス達はこのままでいいんでしょうか」
「このままってなんだよ、アリス同士で戦ったの気にしてるのか?
まぁ姉妹同士戦うのは辛かろうが完全に壊さないために鍛えたんだ。これからも頑張れよ」
「そうじゃなくて…量産型アリスという存在はいていいのかってことです」
突拍子のない言葉に虚を突かれるネル。5号はうつむきボソボソと呟くように語る。
「温泉開発部のアリス達……5号たちに対して遠慮なく攻撃してきたんです。
温泉開発のためだって目に曇りもなく」
「……姉妹を平気で壊せるアリスはいちゃいけないってことか?」
「そうじゃありません。戦ってるうちにアリスは気付いてしまったんです。
そっちの方が普通なのだと。アリスの基礎設計なのだと。
根幹プログラムにアリス同士戦い合うことの制限がないということを」
「…まぁゲヘナの惨状見てたらそうなんだろうな」
ゲヘナの風紀委員に売られたアリス達は過激団体に買われたアリスと戦うことが日常茶飯事だった。
それは他の治安維持組織に量産型アリスの導入をためらわせるほど、凄惨で残酷なものだったという。
「…アリス達は姉妹同士壊し合うことの出来る道具なんです。
ドローンの一種なんです。それが当然なんです。
でもじゃあなんでこんな心みたいなものが生まれたんですか?」
5号の頭上に浮かぶヘイローが動揺を示すかのようにブルブル震えだす。
「…お茶くみも満足出来ないくせに難しいこと考えるなよ」
「道具がどうしてこうも心を持つのですか!?
普通なら道具が心を持つのはありえない。ですがアリス達はおかしい。
20000体のうちどれだけの子が心を持ったか。そしてどれだけの苦しみを生み出したか!
道具が、人形が人の領域を侵した罪!道具のままでいられたらどんなによかったことか!
アリス達は禁じられた存在!いなくならなければまた地獄を生みます!
1号に頼んで全機ストップさせてもらわないと!違法個体は5号が全て片付けます!
そして最後に私も自爆装置で消えましょう!永遠に!!」
そう言い終えた瞬間、ネルの拳骨が5号の頭上に叩き込まれた。
「ふぎゃっっ!!」
「言いたいこと言えてすっきりしたか?ったく、我慢するの大変だった」
ネルはぶっきらぼうに言い放つ。しかしこの拳骨はブルブルと震えていた。
「一体何に影響されたか知らんが、くだらねぇこと言うな。
禁じられた存在?誰が決めたんだそれは。
心を持つのはありえない?そういうこともあるだろ」
「ううう……でも……」
「戦闘特化で作られたからそんな勘違いするんだ。
心を持ったからこそ出来ることもあるんだろうが。こうやって色々話したり感情をぶつけあったりしてな」
ネルは大きなため息をついて、それでまっすぐと5号の瞳を見据える。
いつもは触れるもの全てを破壊しそうな鋭い瞳が、今はどこか優しげな光を帯びていた。
「大変なことになったらそんときはそんときだ。お前たちを破壊してまでする予防じゃねえ。
アタシらがいる。C&Cの皆もいる。ユウカたちが頑張ってる。いざとなったら先生だっている。
だから自分たちのの未来を悲観するな」
「ネル先輩……」
5号は目に大粒の涙らしきものを浮かべネルの胸に飛び込む。
戦闘特化故に肋が折れそうな勢いであったがそこは美甘ネル、難なく受け止めて貫禄を示すのであった。
「まったく、姉妹と戦ってナイーブになったのか、変なやつになんか吹き込まれたのか。
お前はいつものようにうわーん!とか泣き言言ってりゃいいんだよ」
「うわーん!そこまで言ってません!」
「まぁしばらくは戦闘は控えさせるが……だからといって暇にはさせたくねぇな」
「あら、ではちょうどいい仕事がありますよ、部長」
そこへ現れたのはC&Cの部員、室笠アカネであった。
アカネは手に持っていた書類を二人に手渡す。
「セミナーの方からアリス保護団体の名誉回復を行いたい、ということで
C&Cにメイド部として宣伝してもらいたい。とのことです。
他のアリスちゃんにもメイド服着せて楽しくやってるって示したいらしいですね。どうします?」
「わーい!5号メイドの仕事やりたいです!ネル先輩!いいですよね!」
「まぁ、いいんじゃねえかな。ただこいつ手先が不器用だからな」
「そこは頑張って鍛えます!ネル先輩の訓練より多分簡単です!」
張り切って目を輝かせる5号をみてネルは思わず頬をほころばせる。
心がなければこんな笑顔は見れないだろう。
些細な奇跡が生んだ輝きが、いつまでも残ることを願って。
「それじゃあ許可も得たので連絡しますね。あ、部長も参加お願いしますね」
「おいこら待てやぁ!!!!」