00の笑殺・3

00の笑殺・3



「…クソ……クソォ……なんで、なんで、ガマン、できなかったんだよ、あたし……クッソォ……」


ビクン、ビクンと先ほどまでの爆笑の名残のようにひきつけを起こしながら、ネルは椅子の上で悔し涙を流していた。

ほぼ裸のような姿で、椅子にくくりつけられながら、ボロボロになった顔で泣くその様は、彼女らしくもない、惨めで、無様なものだ。


「…ごめんな……おまえら……あたしがまけた…せいで……クッソ…っ…!!」


その視線の先にあるのは、画面の中、椅子の上で気絶しているゲーム開発部達だ。

悔しさ、申し訳の無さ、こみ上げる怒りで頭がキリキリと痛むようだ。


「悔しがらなくていいのですよ、ネル先輩。むしろ、勝つよりもイイ事を、ネル先輩はしたのですから。」


「……はぁ”?…なんだと”?」


どこか気遣うように語り掛けるトキを、ネルは即座に睨み返した。どれほどボロボロになった顔をしていても、その瞳は未だに鋭くトキをねめつける。


「ええ。砂糖を拒絶し、救いが来ると、どうにかなると信じながら、必死に耐え抜くだなんて、なんの意味もありません。今、あなたがするべきなのは、早急に敗北を認めて、アビドスに下ることなのです。その方がずっと気持ちがよく、よい事なのですから。」


「…いい加減にしろよ。」


思わず、トキは目を見開く。


「ようやっとわかったぜ、今日のテメェらを見てるだけでイライラ来ちまう理由。」


この目の前の先輩から、立ち上っているように感じる熱気はなんだ?

枯れかけた喉からひねり出されている声が、ここまではっきりしているものか?

これが、つい先ほどまで、砂糖でトび、笑い狂い、惨めに泣きわめいていた生徒か?


「テメェら、諦めやがったな?アタシがまだ、諦めていないのに、さっさと諦めていやがったな!?!?」


怒り。C&Cの仲間達に向けられている怒り。それが彼女を再び奮い立たせている。

疲れ切り、擦り切れて確かに火が小さくなっていっていたはずの彼女の心が、また、業火のように燃えている。


「勝つのは無意味だ!?早急に敗北を認めた方がよい事だ!?ふざけんな、NOだ!!アタシは諦めねぇ、2回も負けちまった、コイツらを酷い目に合わせちまった。けどそれが諦める理由にはならねぇ!!アタシはまだ諦めねぇ!!こっから勝ってやる、巻き返してやる!来いよ、次は楽勝で勝ってやるからよ!!」


「っっ………。」


トキはこのネルを知っている。かつて己が相対した時の彼女の姿が、今のほぼ裸で椅子に括りつけられているはずのネルの姿と思わず重なる。

勝利の象徴。ミレニアム最強のエージェントの強さ。

これを折ることに苦戦することはわかっていた。だから、名乗り出たアスナに徹底的に砂糖漬けにする下地作りをするように指示が下っていたし、私も、容赦も、手加減も無く彼女を怒らせてからへし折ることで、再起不能にしようとした。

だが、まだだ、この先輩は折れない。

既に全身が敏感にされ、つもりつもった砂糖の作用と副作用で、全身はどろどろの快楽に何度も溶かされているはずなのに。まだ、折れないというイヤな予感が脳裏に浮かんで仕方がない。


「………はぁ。」


「あぁ”?」


ネルの再び燃え上がった怒気に気圧されたようであったトキの口からでたため息に、ネルは眉根を潜める。そのため息は、トキらしくもない悩ましげで、イヤがっているようなニュアンスのため息であった。


「仕方がありません。本当はやりたくありませんでしたが。」


トキがその手にとったのはスマホであった。軽く操作をすると、どこぞに電話を始めた。


「はい、トキです。そうです。…えぇ、はい。……そうです、すみません。……わかりました。おねがいします。……はい。ええ。」


「なんだ?助っ人でも呼ぶのか?」


ネルの挑発するような問い掛けに、トキは無表情で、だが確かに残念そうな声でネルに言い返す。


「はい。とても頼りになる方です。…来るまでお時間がかかりますので、待っていてください。」


そう言うと、ネルに背を向けて、トキは廃墟の暗闇の方へ歩いていってしまう。


「あ?いいのか、アタシを一人で置いてちまって?」


「問題ありませんよ。逃げられませんし。」


「っ!」


一人残されるネルに向かって再びロボットアームが伸びてくる、その指先は再び焦らすための筆先に変わり、自分をたっぷりとできあがらせる気が満々であると示していた。


「ああ、好きに声は出していていいですよ。それと…特別に、ゲーム開発部の皆さんへのお砂糖は無しにしますので…『ゆっくり』待っていてくださいね?」


「…なんだと?…っぅ!んぅっ、!おいっ!まてっ…!!んんっっ…!!」


トキは再び廃墟の暗闇へと消えてゆく。後には全身を筆先でくすぐられながら、どこか不安そうに震えるネルと、画面を写すドローンのみが残された。



廃墟の一角から声がする。トキはそこへと迷うことなく歩みを進めていく。阿鼻叫喚の声は一つではない。そうなることがわかっていたから、ネルを一人きりにした。


『うぇ”っうえぇぇぇぇつ””おえ”っ…たすけ…たすけ”て……おえぇ””……』


『こないで!こないでこないでこないでこないで!!いやっ!のぼってくるっむしっむしがっ!やだっやだぁ!!!』


『くらいぃぃみえない…みんな、どこに、いるのぉ…うぅぅぅ、うぅぅぅぅぅぅぅぅ……』


画面から聞こえてくるのは、ゲーム開発部三人の狂える声だ。


砂糖を直で摂取するのは素早くトベる。だが、それ相応のデメリットがある。それは、その分冷めるのも速いということだ。投与が途切れてしまえば、砂糖の副作用である幻覚が、その全身をすぐに襲ってくる。

注射にもデメリットがある。強烈すぎる意識の拡張は、冷めてしまえば快楽を通りこして悪夢に変わる。あるはずのない感覚や見えていたものが見えなくなる感情の暴走の渦の中にとりこまれてしまう。


「あぁ……はぁっ……ぁあっっ…うぇ””っ……」


そしてソレは、ネルであっても例外ではない。

全身を筆で撫でられてすっかりデキあがってしまった身体で、えずき、うずき、瞳孔をガクガクと揺らして、トキが来たことにも反応せずに、宙を見つめている。


「ネル先輩。」


「っっ…あっ!はっ…はぁっ…あれ?ど、どれぐらいたちやがった。」


だが、トキが声をかけるとビクンッと反応し、すぐさま周囲を見回すのは、流石の頑健さといったところだろうか。とはいっても、目の前の画面でゲーム開発部の面々が、中毒症状に苦しんでいるのを見て、その表情はすぐさま酷く辛そうなものに変わった。


「あ……く、そ……」


「『ゆっくり』と、お待ちいただいたわけですが…どうでしょうか。」


「どう、だ?どうもこうもねぇよ…コイツらをこうやってぶっ壊しやがったテメェらと、それを指示してる奴…それに自分にずっとブチキレてるよ…!!」


「あぁ、流石に指示役がいることには気づいていましたか。」


副作用のせいか、トキが一度去った時のように叫ぶ元気は、ネルからは既に失われていた。だが、その分その言葉にはどこか冷静さがあった。ギロリと睨みつけるネルの目を、トキは静かに受け止め返す。


「…誰だ。」


「焦らないでください。連れてきていますから。」


「何だと。」


ぐらりと再びネルの身体から熱気が立ち上った。ことの現況がいる。そのことを知らされたネルの胸中に、ソイツを一発、否、一万発ぶん殴ってやりたいという怒りと殺意が立ち上り、あっという間に活力に変わっているのだろう。

だが、今度はトキはうろたえなかった。それどころか、どこか余裕のある表情さえしていた。


「今すぐ…ソイツを目の前にだしやがッ!!!!」


「落ち着いてください。」


トキは優雅にその場においていっていたサイダーの瓶を開封する。よく密閉されていた瓶の封を開けると、プシュッという心地のよい炭酸の弾ける音と、ふんわりとした甘い香りが、気泡となってその場に飛び散った。


「れ…え……あ……あぁ………。」


その瞬間。ネルの叫びは中断されてしまった。それどころか、サイダーの瓶をじっと見つめて、パクパクと口を開閉する無様な魚のような顔になってしまっている。


「次のゲームでネル先輩が敗けた場合、ネル先輩の敗北は確定。ゲーム開発部の皆さんは自由にはなりませんし、むしろ今よりもっと酷い砂糖中毒者になるでしょう。ネル先輩は決して負けたくないと思っている。違いますか?」


「あ、あぁ。そうだ…。(なんで、だ。アレから、目が、離せねぇ。)」


気勢も気炎も無い、ぼうっとした目で、トキが開けたサイダーをネルは眺めて空返事をしてしまう。


「先輩、あなたはやはりとても強いです。あのままだと勝てるかどうかわからない、と私は判断しました。本来であれば私独りで勝利し、無事ご褒美をもらうという計画だったのですが…やめました。確実な任務遂行のため…まずは、ネタバラシをしてしまおうと思います。」


トキは、映像を写しているドローンへと近づくと、いくつかのボタンをカチカチと操作する。トキが開けたサイダーを手にもって動くので、ネルの視線も、自然と画面の方へと導かれる。


「え?」


だが、その画面に映ったものに。ネルの目線はようやっとサイダーから離れ、そして、小さな呆気にとられた声と、愕然とした目だけが残った。


エンジニア部が、自分を散々責め苛んだドローンを嬉々としたイカレた笑顔で作っている写真があった。傍らにはサイダーがあった。


ヴェリタスが、アビドス印のエナジードリンク缶が積み上がる中で、鬼気迫る取っ組み合いの喧嘩をしている写真があった。そこに明らかに友愛はなかった。


セミナーのユウカが、ニコニコと笑いながらこちらに一枚の書類を見せつけてきている写真があった。そこには、大量のアビドスからの菓子製品の仕入れの明細があった。写真の隅ではノアが一心不乱にクッキーを口いっぱいにほおり込んでいた。


ヒマリとリオが、仲睦まじげに机を囲んでいる写真があった。だが、二人の手には注射器が握られており、その笑みは破綻していた。


生徒達のコンペの写真があった。如何に効率的に砂糖を血中投与し、快感を味わうのかの発表がされていた。


ミレニアムが、徹底的にドラッグ漬けにされて、すっかり堕落していることを示す写真が、画面には大量に写されていた。


「ネル先輩、ミレニアムは、とうの昔にお終いなんですよ。ゲーム開発部の皆さんを自由にしたところで無駄なんです。ミレニアムにいるだけで、皆楽しい砂糖中毒者になるだけなんですよ。」


「ウソだ…ハッタリだ…いつのまに、こんな…ありえねぇ。ふざけんな…だれが、どうしてあたしらに、バレないで…こんなことっできるわけっ…!!!」


みるみる内にネルの顔から血の気が引いていく。もはや怒りを通り越し、混乱と恐怖が彼女の胸には去来する。

それは、彼女が信じていたものの否定であった。勝利の先にあるもの。自身のする勝利によってもたらされるもの。その一つの理由が丸ごと気づかぬ内に消失していたという絶望的事実の提示であった。


「…これが、いいことだと、幸せだと、教えられたら、素直に信じてしまって。おかしなことはないと、あなたたちが信じている所からなら。できるのではないでしょうか。」


「…え。」


トキの言葉に、ドラッグの副作用でかえって冷静になっていたネルの頭にその存在が像を結びかける。


「そんなわけねぇ…そんなわけねぇよ!ありえない、アイツはそんな奴じゃないッ!!違う、ちがうだろ、なぁ、ちがうよな、馬鹿にすんなよ、冗談だろ、なあ!?そんな、そんなわけっ!!!」


その像を必死に掻き消すように、開いた瞳と、ありえないと必死に信じ、すがりつくような声で、ネルはトキへと身を乗り出して叫ぶ。それは、心からの訴えだった。ありえないと、そうであってほしくないという、真に迫った望みだった。



”やあ、ネル。”



その懇願は、とても聞き覚えのある声に、あっさりと砕かれてしまった。


「あ…。」


その瞬間のネルの顔は、まるで紙を何度もぐしゃぐしゃと丸めては広げるようだった。

驚愕して、絶望して、嫌悪して、絶望して、憤怒して、悲嘆して、絶望して、憤怒した。


「なんでなんだよぉっっっ!!!!!」


そして、絶叫した。


「テメェは!!こういうのを一番嫌ってんじゃねぇのかよっ!!よりによって、なんでテメェなんだよっ!!先生!!!!!」


もはや怒りだけにはとどまらない、ありとあらゆる感情がごちゃまぜになった絶望の叫びが、先ほどまで力無く受け答えていただけだったネルから吐き出される。


「あたしは!!先生のッ!!先生のことをッ!!!」


”うーん。簡単な話だよ。”


「え…。」


だが、そんなネルの絶叫を先生は悲しそうな顔をしながら聞き流して、ゆっくりとネルに近づいてきた。


”コッチの方が、皆を幸せにできるんだって、思ったからさ。”


そして、ネルの眼前にトキが持っていたサイダーの瓶を突き出した。


「ぁ……。」


それだけで。ネルは黙ってしまった。黙らされてしまった。


(さっきまで、さっきまでいろんなことおもってたのに…!)


いざこうやって目の前で、封を開けてパチパチと飲み口から立ち上る甘い香りを嗅がせられるだけで、全身が疼く、舌が垂れる。

これがほしくてほしくて溜まらないと、脳髄の奥から欲求が湧き上がってきて、頭がぼーっとして何も言えなくなる。


”先生も色々頑張ってみたんだけどさ。みんなコッチの方が良さそうだったから…ね。”


どこか愁いを帯びた先生の言葉もネルの耳に入ってこない。

いや、それどころか、サイダーの香りを嗅いだ時からそうだった。さっきまであんなに心配して、悔しかったゲーム開発部のチビ共の悲鳴すら耳に入ってきていなかった。


(ウソ、だろ、あたし、もう、とっくの昔に、アイツらみたいな、ゴミみたいなことに…)


ミシミシと、何かが悲鳴を上げている音がした。


”ほら、あーん。なんて、ネルなら怒るかな?”


先生が、あたしの顔の上で、サイダーの瓶を傾けようとしている。あたしは、そういうのは苦手だ。誰かに、なにかの世話をされるようなのは、はっきりいって好きじゃない。それに、今、ここであたしがキッチリ拒否したら、何か変わるかもしれない。先生も、勇気づけられるかもしれない。だからキチンと、口を閉じて、何か、何か言わないと。


”……そっか。”


瓶が傾くシュワシュワと音を立てながらあたしの顔めがけて甘いサイダーが振ってくる。それを受け止めるあたしの口は、馬鹿みたいにぽっかりと開きっぱなしだった。


「にゃぁっ…あっ”x…ちがっ!げほっ!げほげほっ!ちがっ、これはちがっせんせ、ちがぁあああああああああっあ!!あひっっ!ひっ!ひひひっ!!」


ミシミシとした音が大きくなる。頭がわれる。幸福感がさっきまで辛かったのも、怒っていたのも、滅茶苦茶になっていく惨めな気持ちも全部泡になって押し流してしまう。


「ちがぅ、ちがうんだっ、あたしっあたしはぁ…まだ、まけでっ、まけてないっ、つぎっ、つぎ勝つからっ!まってくれよ、ばんかい、ばんかいさせてくれって!!」


”…トキ、ごめんね。つらいことさせて。”


「いえ。私こそ不甲斐なくて申し訳ありません。本当に私だけで済ませたかったのです。先生にこれ以上背負わせてしまうのはメイドとして恥だと思っていましたから。」


幸福感に喘ぎながら、必死に訴えるネルをよそに、トキと先生は静かに言葉を交わしている。それはもはや、彼らがネルの状態に興味を失っていることに等しい態度であった。これ以上、彼女が変わることはないと、失望している態度であった。


「おい”っまてよ、なめんなよ”!あたし”あたしまだまけてねぇから!こっからかつから!だからまてよ、あきらめんなよ、なあ、なああ!!!」


叫ぶ、叫ぶ、必死に叫び続ける。認めたくない、諦めたくない。こんな最悪の結末だなんて認められない。


「…先輩、もうわかりましたね。あなたの勝利には、何の意味もないのです。素直に負けて、皆で気持ちよくなる方が、いいことなのです。」


「違うっ!違う!!違う違う違う違うッ!!そんなわけないっそんなわけねぇっ、!こんあに、こんなに気持ちよくったって!幸せだって!そんなわけねぇだろ!!!」


「では、試してみましょうか。」


トキが砂時計を手に取る。ドローンが起動し、ロボットアームたちが、その手をつるりとした指先に変え、ストレッチのようにカチャカチャと蠢く。


「さあ、勝利の象徴、コールサイン00。勝って、無意味な勝利を得てみてくださいよ。」


ぬるりと、ロボットアームが近づいてくる。そんな直前にいたって、ネルはようやく自分の今の身体の状態を省みた。

全身の肌という肌がピリピリする。身体の奥の方でパンパンになるまで膨らんだ熱い塊が脈動している。幸福感で頭がフワフワして、口角が自然と上がってしまう。近づいてくるロボットアームを睨みつけることすら出来ず、むしろ、どこにやってくるのかをじっと待ち受けてしまっている。


「(あ……これは。)」


口元に笑みが浮かんだ。

いつものような勝ち気で、獰猛で、獣のような笑みではなかった。

ゲーム開発部たちが苦しんでいる姿を見ながら、スティックシュガーをなめとっている、アスナや、カリンやアカネとそっくりな。

酷く卑しく、惨めな、敗北の笑みだった。





「ぎゃはっ!ぎゃははは!!あひゃはははははははははははははは!!!!むりっ”!むり””むりむりむりっ”!!ぎゃははははははははは!!あひあひっあひあぃぃいい~~~~~~!!!まけ”っ!まけだぁ”!!あたしっ!あたしの”ま”け”!あは”っあはははははははははははは!!!あ~~ははははははははははは!!!!はははははははははははははははははっ!!!!!!!!!」




爆笑する。拘束された椅子の上、じたばたともがきながら、涙を流してネルは笑う。全身をくすぐられるきもちよさに身を委ねるように、脇腹に、脇に、足に、耳に、入り込んでくる狂おしい刺激につんざくように笑い続ける。


「クソ”っクソォ“!!あたし、あたし”あはhっ!あははっ!あたしまけちまったぁ!!まけてっまけたからっ!!あいつらまもれなかったっ!!あはははは!!あははははは!!でもっ!!わらい”っとまんえぇぇ!!しあわせなの”っとまんねぇよぉぉぉ”””!!!あはははははhっ!!!ぎゃぁ~ぁははははははあははははははあはははははっっ!!!」


狂う、たける。頭を振り乱して、後悔と謝罪を喜悦で滅茶苦茶にして、敗北の快楽を噛み締めながらネルは笑っていた。


「はぁ…まあ、ネル先輩でも勝てませんよね。知っていました。」


『あ~、部長も負けたんだ~~。えへへ~そっかぁ負けちゃったんだぁ~…えhっへへ…』


『そう、だよな、勝てない、よな…じゃあ、いっか。』


『うふ、ふふふっ…これで、おそろいですね、ええへっへへえhっ』


『たすけてったすけてよぉっせんぱいせんぱいぃ!!』


『ネル先輩っ、まけてないですよねぇ!わたしっ、わたしなにっなにがおきてるのかわからないっいぃぃx……』


『え”…あ”…っももい、みど、り、せんぱいは…せんぱい…は…あx、ああ…ぁぁぁtね…』


悲痛と失望の声がする。けたたましく笑っているのに、心に声達がねじこまれていく。

けれど、その上から幸福感が塗り固められる。気持ちがいいって、幸せだってことにされる。


「あは”っあ”っ!あはははっ!!!はははhっ!!!あは”っ!!あたしぅ””あたしぅっつ!!!」


これが、敗北。あたしの敗北の味。最悪で悔しくって、今すぐにでも怒りださなきゃいけないはずなのに、気持ちよくって幸せでたまらない味。


”ネル。”


「えはぅt…あはっ…せんっせ……あははっ……」


先生の声。少し悲しそうで、でも嬉しそうで。落ち着いた大人の声。


”もう、諦めていいんだよ。”


それは、かつての先生ならばいうはずのない、深い絶望の言葉。

生徒の前に差し出された、悪い大人の甘い逃げ道。


「あはっ…。」


もう、ネルの幸福で塗り固められてしまった心の内側に、その路から外れる選択肢はの固定無かった。



「あはははははっ!!そうだっそうだよな!もうかてるはずないもんなっ!あはっ!あははははは!!あははははは!!ぎゃははははははははは!!!ぎゃははははははははは!!!!あたしもっ””そっちについちゃっていいんだよなっ””!!あはっ””!!あはははははははははははははははっ!!!!!」



ネルの心の内側から、もうミシミシとした音はしない。

何かが砕けた、大きな音が聞こえた気がして。

それは自分の爆笑に塗りつぶされて消えていった。



その日、ミレニアム最強のエージェント。勝利の象徴は、惨めな敗北者となった。


その後、ミレニアムがどうなったかについては、もはや語るべくもない。


ただ、それからしばらく後のミレニアム校営カジノの中には、歪んだ笑みを浮かべる5人のバニーを見かけるようになったのだという。



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