00の笑殺・2

00の笑殺・2



「あ”…あ”…はぁ”……はぁ”……クソ、が……」


「おや、終わりですか。楽しい時間はあっというまですね。」


ロボットアームがようやっと停止し、ネルは枯れた喉で、荒い息を吐いていた。悪態も絶え絶えで、疲れ切った顔は、この十分が彼女を存分に苦しめたことは明らかであった。


「ですが、ご安心をネル先輩。ゲーム開発部の皆さんはこれからが楽しい時間ですから。」


「あ”……畜生……。」


息を切らし、下を向いていたネルは悔しそうな顔で画面を見る。そう。快楽と爆笑の中で浮かんでいた自身の無力への後悔と、怒りが改めて身を包んでいく。自分が負けてしまったせいで、彼女たちには砂糖が振舞われるのだ。


「楽しみですか、皆さん?ネル先輩はとても楽しそうでしたよ。」


「…あ?……あ……。」


トキの問いかけた先、画面を見たネルの目が見開かれ、口が半開きのまま固まってしまう。

ゲーム開発部の三人の目隠しは、いつの間にか外されていた。こちらを不安げに、心配そうに、おびえた目で見ていた。

あの自信が乱れ狂った痴態を、彼女たちに見られていたのだ。


「……っ!あ、あれは、あ、あたしは…っ!」


みるみるうちにネルの顔が赤く染まる。守りたいと思っていた後輩たちが見ている前で、散々に乱れる様を見せつけてしまったという怒りと恥辱がこみあげる。その上、自信が敗北したせいで、今から彼女たちは、また快楽の渦に叩き落されてしまう。弁解を述べようとして、言葉がでてこず、空気をパクパクとネルは噛んでいた。


『だっ、大丈夫だよ!ネル先輩っ!ネル先輩があんなの一度受けたくらいじゃへこたれないって私知ってるから!!!』


だが、それは明らかに空元気だとわかる。それでも、めいっぱい明るくした声が遮った。


『なにがおきたかわかんないけどさっ!たぶん、ネル先輩はわたしたちのためにたたかってくれてるんでしょっ!だったら、大丈夫だよ!わたしたちなら、まだ大丈夫だからさっ!ネル先輩もがんばってよ!』


「チビ……」


モモイが必死に声を張り上げて、こちらに呼びかけていた。


『さっきから、震えが止まらないですけど、徹夜四日目の震えと比べたら大分マシですから、たぶん大丈夫です。ネル先輩は、自分の勝負に集中してください!』


『何が起きてるかわからなくて、す、すごく怖い、ですけど。で、でもっネル先輩なら、ああなった後でも、きっと、大丈夫だって、勝てるって思い、ますから。』


「お前ら…」


ミドリもユズも。怯えの抜けきらない顔で、必死にこちらを励まそうと勇気づけようとしている。

それをどこか呆気にとられたような顔で聞いていたネルの変化は明らかであった。

笑わされ続け、トリップの混沌とした渦に巻き込まれ、憔悴の色が目に見えていた顔に、再び火が戻ってくる。ギラギラと攻撃的な笑みが帰ってきている。


「へっ…そうだな……」


「……02、03。皆さんお元気そうですから、少し多めにあげてください。」


『うぅ…。』


『……。』


それを間近で聞いていたカリンとアスナの顔には、一回戦後の陶酔的な表情とは打って変わって、その前に浮かべていた、罪悪と狼狽が戻ってきていた。


『ね、二人もそんなこと、ホントはしたくないんでしょ!C&Cのエージェントが負けちゃったぐらいで、言いなりになっていいの!?私が知ってる二人は、もっとつよくてすごい人だよ!!何度負けたって、仲間にひどいことしたって、諦めないなら、何度でもやり直していいんだよ!?まだやり直せるはずだよ!!』


モモイの叫びに二人の足が止まる。その表情は、彼女たちに砂糖を振舞った時よりも、ずっと深い惑いと狼狽が浮かんでいた。


『えい。』


『んごっ!!むぅ”ー!!ん”””ー!!!!』


『ふぅ、いやー、部長を見てるのも楽しかったけど、こっちになんとなく来ておいてよかった~。モモイちゃんはすごいね!人の心に刺さることをズカズカ言えちゃうその姿!憧れちゃうな~。』


「…アスナ。」


だが、それ以上のさえずりを、画面の外から現れたアスナは許さなかった。モモイの口にすばやく猿ぐつわを噛ませ、ニコニコと笑いながら、立ち止まっているカリンとアカネの方へと近づいていく。


『でもね、二人とも、もう迷っちゃダメだよ。私達、もうこうするしかないんだって、散々教えたでしょ?』


『……そう、です。』


『はい…。』


二人を抱き寄せて、肩を組むアスナが言葉をつづれば、カリンとアカネの顔に惨めな笑みが戻ってくる。


『はい、じゃあコレ!好きな子に打ってね!』


「おい…アレは…!!」


「ええ、ネル先輩が負けたら、その度により気持ちがよくして差し上げようと思っていましたから。」


アスナが二人に手渡した筆箱程の大きさのケースは、先ほどネルが打たれたそれとまったく同じ、注射器が納められたものだ。二人ともソレを手に取ると、それぞれミドリとユズへと向かって行く。


『やだっ!!やだッ!ふざけないでくださいっ!見損ないましたよっ!こんな、こんなことするなんてっ!!』


『やだっやだぁっ!やめて、やめてください!いたいこと、しないでください…!』


『ん~~^!!!んn~~!!!!!』


三人の懇願に耳を貸すことなく、注射器の針はその腕へと突き刺さった。素早く溶液が注入されきった途端、ガクンッ、と激しく三人の身体がけいれんする。そのまま椅子の上で激しくバタバタと手足をふり、身体を自由にさせようと苦しみだす。口々に出るわけのわからなくなっている悲鳴が、ネルの耳にガリガリと入りこみ、心を削り、クラクラと頭が揺さぶられていく。


「はぁっ…はぁっ……」


「そんなに苦しそうな顔をしないでいいのですよ、ネル先輩。アレがとても幸せな気持ちになれることは、先ほどよくわかったでしょう?」


「!!ふざけんなよっ!!テメェ!!アレがっ!!アレが!!幸せな、わけが!!ねぇだろうが!!!あんな、あんなもんが………!!!」


ネルの絶叫が、途切れた。砂時計が返されたからではない。

注射を打たれて、くすぐられ、サイダーを味わった時の記憶を思い返して、出てきた答えが一つしか浮かばなかったからだ。


「……幸せなわけ、ねぇだろうが。」


トキから目を反らして放たれたその声は、やけに細く小さなものであった。


「そうですか。皆さんとても幸せそうですが。」


「う”……。」


画面の先、注射を打たれて激しくひきつけを起こしていた三人は、アスナたちからスティックシュガーを口に再び流し込まれていた。


『うへっ、こんな、こんなのちがう、ちがうけど、まって、ちょっと、ちょっとタンマ!!あはっ、あはは??あれ、ナニ。ナニしてたんだっけ。』


『あまい、あまいぃ。あまいよぉ。。おねえちゃん。おねえちゃんんんん。せんせぇ、すっごくあまいよ。』


『ううう??あ。え、ってあれ、あれ、あまい?まって、まってよぉ。』


口々に、うわ言と幻覚を目にしている彼女たちの顔には、無理矢理に浮かべられた笑みが、張り付いていた。


「……こんなのが、幸せなもんかよ。」


喉の奥から絞り出すような、ネルの怒りの声。だが、その声からは随分と最初の勢いが失われていた。


「そうですか。なら、次は我慢、できますよね?」


トキが砂時計をひっくり返す。その冷たい目線を、ネルは見上げるように睨み返す。

ドローンたちが、そのロボットアームを再び、ネルへと近づけた。



「ぅつっう~~~~~~~””””!!!んん”””~~~~!!!!!」


「ふむ。」


ネルは耐えていた。注射の効果はまだ抜けきっていない。ロボットアームにこちょこちょとくすぐられるたび、服がかさかさと肌に擦れるたびに、今にも叫びだしたいほどのもどかしさ、くすぐったさが、己の内側から湧き上がってくる。

だが、激しく椅子に頭をぶつけ、手足を暴れさせながら、ネルは耐えていた。なぜか?トキは口元に手をあてて考える。だが、その答えは自明であり、すぐに結論がでた。


(やはり仲間を苦しめていることへの怒り、ですか。)


くすぐったさにもだえ苦しみ、時折白目を向きながら、ちらりちらりとネルが見るのはモニターの先。再び意識を失い、涙やそれ以外の液体を流しながら、ビクビクとひきつけを起こしているゲーム開発部の三人たちだ。

美甘ネルにとって、怒りとは原動力そのものだ。許せない、ふざけるな、納得できない、満足できない、湧き上がる怒りを力に変えて、骨が砕けて尚立ち上がれる。トキは、それをよく理解していた。

ちらりと砂時計を見れば、既に半分ほどの砂が落ちている。このままであれば、ネルが2勝目をあげてしまうかもしれない。


(それは不味いですね。できる限り急がなくては。)


口元から手を離すと、トキはインカムに指を二度ほど当てた。


「っ!………?」


ぬるりとロボットアームたちが、ネルの服の内側から抜け出し、もどかしかった感覚が突然終わることにネルは面食らい、同時に油断なくソレを睨みつける。意味も無く、ゲームの間に手を抜くなどあり得ないからだ。

当然、引き抜いただけでアームたちは動きを止めなかった、本体であるドローンへとその手を収納すると、何度かガチャガチャとした機械音が響き渡る。


「………!!?(っ…なんだ、ありゃあ?)」


そして、機械音が鳴り終わり、ぬるりと再びアームがドローンから伸びてきた時に、その先端についていたのは、ただの機械の手ではなかった。

先ほどまでの機械の手は、金属とプラスチックの中間のような、滑らかで美しい流線型の外装で包まれていた、だが、今はその指先が、白くてふわふわとした、ふわりと開くような筆先へと変わっていたのだ。


「失礼しますね。」


「!!………(!、コイツ、あたしのメイド服を…!)」


そうして眺めていると、トキがハサミをとり、ネルのメイド服に手をかける。それは戦闘や度重なる調教によってすっかりボロボロかつぐちゃぐちゃになっていた。手際よく、あっという間に脱がされ、ネルは下着にスカジャン姿で、肌を空気に晒すことになる。


「(クソッ…服が擦れるのは擦れるので、くすぐたかったが、空気が直接肌にあたってるのも十分やべぇ……気を貼ってねぇとゾワゾワが背まで駆けあがってきて、声をあげちまいそうだ……!!)」


「少し、趣向を変えましょうか。」


そうトキが言うと、指を筆へと変えたロボットアームたちが、一気にネルへと近づき、さわり、さわりと、ねっとりと見えるようになった彼女の肌を撫でまわし始めた。


「んぅぅぅ~~~~っっっ!!!!んっ!んんっっ!!!(こ、これはっ……!!)」


筆先は下から上、上から下へと、全身をくまなく撫でていく。足裏を、指の間を、ふくらはぎを、ふとももを、パンツの上を、腹を、脇腹を、脇を、胸元を、肩を、鎖骨を、耳を、顔を、首筋を、ゆっくり、ねっとりと撫で上げてくる。

先ほどまでのこちょこちょとした激しい刺激とは全く違う、焦らすような、ゆっくりと、だが、もどかしさが高まっていくようなくすぐりが、ネルを襲っていた。


「んっ!んんんんぅtっんんっ!!(耐えられない、わけじゃねぇ、むしろどうにかなる…だが……!)」


それは2回戦の耐えようのない刺激とは違う、耐えられる刺激。だが、裏腹にネルはその表情にどこか焦りを見せていた。


「んんんんんっっっっっ!!(身体の奥の方に、ドンドン熱いのが溜まってきてやがるっ!!)」


そう、これが焦らしであることを、ネルは身体と心で理解していた。


「んぅっ…んっ……ぅぅぅっ!!」


段々とネルの声が抑え気味になっていく、だが、代わりに全身がひくひくと細かく震えだした。言わば、今のネルは限界寸前まで空気を入れられた風船のようなものだ、針を勢いよく一刺しされれば、間違いなくこのため込まれたものが破裂してしまう。


「ぅぅ……んんぅぅ………!!(耐えろ、構えろ。いつやるかは知らねぇが、いつかそいつを確実にやって来る!…もう、さっき見たいな不覚を晒したりしねぇ!絶対に、耐えて見せる!!アイツらのためにも…!!)」


ちらりと、画面の中をネルは見る、ゲーム開発部の三人は、こちらを見ていない。それどころではないのだろう。そのような状態に、自分が負けたせいでしてしまったのだ。


「ぅぅぅぅ………!!(もう、絶対にっ…あたしは負けねぇっ!!!)」


ガチリと歯を噛み合わせ、ギロリと自分を撫でるドローンたちを睨みつける。怒りを胸に、覚悟をたぎらせたネルは強い。これまでと同じような攻めならば、陥落することなどないだろう。

だが、その視界内に、トキがいなくなっていることへの反応が、ネルは一歩遅れた。


「ふぅ~~っ♡」


耳に掛かる、暖かい吐息。耳のうぶ毛を逆立て、首筋にゾワっとした感触が走る。

焦らされ続けていた身体に初めて差し込まれた、あまりに刺激的なトキの耳攻め。


「っっ!!っ!ぅつっ!!!!!!!!」


ゾクゾクとしたモノが一気にネルの体内を駆けあがっていく。ため込まれていたモノが暴れ狂い、今にも漏れ出しそうになる。

だが、耐える。耐えられる。直接触れられていないそれなら、ギリギリ耐えられる。


そう、直接触れられていないなら。


「ぅ!?」


いつの間にかネルの横にしのびよっていたトキの手が、ゆっくりとネルの下腹部へと伸びていく。ロボットアームの筆先たちが、ここを狙えといいたげに、じんわりとそこで円を描き、熱を集中させていく。

ネルは暴れ、手足をばたつかせようとする。だが、届かない、抵抗できない、トキのほっそりとした指が、そこへと到達するのを妨害できない。


「お終いにしましょう。」


たららっと、まるでピアノでも引くように、トキの指は、ネルの細いむき出しになった下腹部の下あたりをくすぐった。

じわり、とその熱が走った瞬間、まるで数秒が数分間に引き延ばされたかのようにネルは感じた。なぜならば、それほどまでに。


「あっ”!?!?ひxt!!?!?ひゃっ!?!?」


そこで爆発してしまったため込まれたくすぐったさの感覚は、あまりに多きく、強く、処理できない程に重く。


「あへっ!?や、だめっだ!?わらっ、わらったら、っ!!ダメだっつうのにっ!?!?あっ””あっ!!あはははははあはっはあはっははははははははh!!!!!あはははあははははははははははははh!!!!」


あまりに狂おしいほどにくすぐったいものだったからだ。


「くしょっ!!くそっあと”っあとちょっとだったのにっ!!あはぅt!!あはははははっっつ!!!!」


一度決壊してしまえばもう止まらない。先ほどから続いていたゆったりとした筆のくすぐりですら耐えられなくなって、笑い声が爆発し続けてしまう。


「くそっ!くそっっ!!!くそっっっ!!!ごめんっ!!ごべんっっ!!あたしっ!!あたしぃっ!!また、まけ”っあはばっ!あははははははははははははっっ!!!」


悶え、笑いながら、ネルの瞳から涙が溢れ出る。彼女の目の前で、砂時計の砂は、ちょうどぴったりと落ち切った。



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