00の笑殺・1

00の笑殺・1



「ゲームのルールを説明しましょう。」


そう言って、トキがどこからか取り出したのは、一つの砂時計であった。静止したドローンの上に砂時計を置きながら、トキは語りだす。


「この砂時計の砂が落ちきるまでのおよそ10分間、先輩が一言も声を出さなかったら勝ち…早い話が我慢比べですね。何をしても、何をされても、声を出さなければいいだけ…とても簡単ですよね?」


ネルは反応を返さず、ただトキを睨みながら話を聞いていた。

ネルの沈黙による促しに答えるように、トキは淡々と説明を続ける。


「当然、それだけではつまりません。なので、まずはあなたが勝ったらどうなるのか、お教えしましょう。…仕事ですよ、02、03。」


トキがドローンへと呼び掛けると、画面外からノロノロと二人の後輩たちがやってきて、見知った声をスピーカーから響かせた。


『…すまない、部長。』


『ごめんなさい、皆さん…。』


「……。」


そこに映っていたのは、自分と同じC&Cの後輩二人。

コールサイン02 角楯カリン

コールサイン03 室笠アカネ

アスナやトキと同じく、バニーガールの衣装に身を包んだ彼女たちは、その腕にアビドスの腕章を括りつけ、己達のミレニアムへの背信を示していた。

だが、彼女たちの表情には、罪悪感が滲んでいる。アスナのような蕩けたいやらしい笑みはそこにはなく、目を伏せ、カメラから目を反らしていた。


「ほら、さっさと始めてください。」


『…わかった。』


『はい…。』


トキの冷たい声に従い、二人は拘束されているゲーム開発部の三人へと近づいていく。

最初に映像に写された時から、モモイ、ミドリ、ユズの三人はひどく静かで椅子から動くようすがない。気絶でもしているのだろうか。二人がヒールの音をさせながら近づいても、身じろぎもしなかった。

故に、彼女たちは己の身に近づく危険に気づかない。


「!…クソッ!やめろ!おまえら!!」


その姿を睨んでいたネルは、何かにきづくと画面に向かって叫んだ。視線の先には後輩たちが震える手で持つ白い棒状のものがいくつかある。ネルは知っている。アレが何なのか身をもって体験している。


「ソレをやっちまったら、もう後戻りできねぇんだぞ!!わかってんのか!!」


ネルの怒りと嘆き、必死に引き留めようとする叫び。それが伝わったのであろうか。画面越しに後輩たち二人がゲーム開発部の周りで動きを止めた。その表情は、先ほど画面の前に出てきた時以上の、罪悪感と狼狽に支配されている。何かに縋るように、画面の方をチラチラと見ていた。


「何をしているのですか。だらしのない先輩たち。」


『ッ…。』


『うっ……。』


だが、トキはそんな身じろぎをする二人を見て、凍てつきそうな程に冷たく言葉を投げかけた。それに二人の身体は、ビクッと波打ち、罪悪感と狼狽の上から、恐怖の色が顔を覆っていっていく。


「やらないのなら『おあずけ』です。いいですね?」


『ヒッッ!!やっ、やるっ、やらせてくれっ、だからおあずけだけはっっ!!』


『ごめんなさいっ!やりますっやりますから!』


「……おまえら…。」


トキの淡々とした脅しの言葉が出た瞬間、二人の様子は瞬く間に豹変した。謝罪の言葉と媚びるような笑みを顔に浮かべて、ゲーム部の生徒たちにガバリと掴みかかった。

惨めで無様な存在に堕ちた二人を、憐みとやるせなさの籠った眼で見つめるネル。その視線の先で二人は、モモイとミドリの顔を掴むと口を開けさせていた。


『んあ……んえっ!?ふぁに!?』


『ん……んぐ!?くら、みえな、ふぁなして…!!』


直接触れられたことで、流石にモモイとミドリは目を覚ます。だが、視界は目隠しで閉ざされ、手足は拘束されている。しかも、何者かに無理に口を開けさせられている。そんな訳のわからない状況に二人がまごついているうちに、カリンもアカネももう片方の手で白い棒状のものの封を切り終えていた。


『!!げほっ!ごっ!!んっ”!ん””~~!!!』


『むぐっ!!んぐ!!!んんんん!!』


棒状のものから、細かな粉がモモイとミドリの口内へと押し込まれ、二人はむせ返るが、がっちりと抑え込まれ、苦しそうに椅子の上でのたうち回ることしかできない。そんな暴れる二人を押さえつけつける二人の手には、封を切った紙屑が絡みついている。

それは、アビドスの砂糖を加工したスティックシュガーであった。


『っ……!にゃっ…あぁ~~~……””””』


『むぅ””…!!んぅつ!?!?えぁ??』


ビグンとモモイとミドリの身体が一際大きくのたうつと、その瞬間、暴れていた二人の身体からヘナヘナと力が抜けていった。荒い息を吐きながらカリンとアカネが口から手を離しても、だらんと口をだらしなく開け、うわ言をあげるだけになっている。

アビドスの砂糖は、砂糖としての性質を持ち、様々な調理に用いることが可能である。成分を調整し、煮詰めることで、よりトべる代物へと加工することも可能だ。

だが、それでもほぼ加工のなされていないそのままの砂糖を舐める生徒も少なくない。

なぜならば、直は非常に『速い』のだ。


『うぅえぇぇ…んぅつぅつっ……』


『へっぇ……うぁっ…えへへへへへ……』


『…モモイ、?ミドリ?どうした、の?だいじょうぶ、なの??ね、へんじして!?』


すぐそばで起きる騒ぎに、ようやくユズも目を覚ました。彼女の恐る恐るだが、めったにない大きめの声にも、モモイもミドリも明確な反応を返さない。否、返せないのだ。直接、スティックシュガーを臓腑の中に強制的に流し込まれたことで、二人の意識は今、多幸の混濁に取り込まれている。現実という認知は消え、意識は正に空の彼方まで飛んでいるような心地だろう。


『ユズちゃん…大丈夫ですよ。あなたもすぐにわかりますから…。』


『え?アカネ、先輩?んぅっ!!!?…あ””っ、うぅ??えぁぁ………』


罪悪感で目じりを歪ませ、もはや笑うしかないような線の曲がった笑みを浮かべて、アカネはユズにもスティックシュガーを流し込む。程なくしてユズからもモモイやミドリと同じような、しあわせな夢でも見ているような、多好感に満ちたうわ言が溢れ出した。


「ぐずぐずしすぎですね。お二人とも。C&Cのエージェントならば適切かつ迅速に任務をこなしていただかなくては。そうは思いませんか、ネル先輩。」


「黙れ。あたしを煽りたいだけなら、もうテメェとは会話しねぇ。」


自分の後輩たちが、かつて助けた友人たちに砂糖(ドラッグ)を投与した。そして今、後輩たちは、砂糖の快楽に喘いでいる友人たちの前で、気が触れる寸前のような笑みを浮かべながら、下を向いて荒い息を吐きながら過呼吸を起こすか、呆然とその様を眺めている。

それを只、画面越しに眺めることしかできないネルの顔には、烈火のような怒りに満ちていた。だが、その表情がどれだけ彼女の胸の内に今燃えている怒りの熱を伝えられるだろうか。大切なものを目の前で踏みにじられている激情、それに対して何もできず、こうなるまで何もできなかった無力への怒り。映像を見せつけられている間に渦巻く炎は高まるばかりである。

少なくとも、映像の先のかつての先輩たちを冷たく見下したトキを、睨みつけたその目線は、氷の彫像のようであった彼女が一瞬たじろぐほどに恐ろしい目線であった。


「……。説明の途中でしたね。砂糖を投与され続けるとどうなるのか、先輩は既に身をもって体験なさっているでしょう。後輩たちをあのような目には…合わせたくはないですよね?…なので、先輩が勝つ度に、あの子たちへのお砂糖はおあずけにしてあげます。そうですね5回勝負にいたしましょうか。見事に勝ち越せば、あの三人は自由にして差し上げましょう。」


「…上等じゃねぇか。ナニされようが、声一つあげねぇでいてやるよ。…ただ、約束は守れよ。守らねぇなら…あたしがどうするかぐらいは、わかるよな?」


一瞬、トキはたじろいたが、淡々とゲームの説明を再開した。その内容は、己の身と引き換えに、友の安全を担保する。自分を削るためのわかりきった悪どいやり口のふざけたゲームだ。そもそも、クリアさせる気すらないのだろう。

だが、それでもネルは怒りの火が引かぬ顔に、獰猛な笑みを浮かべてそれを承諾した。仲間を人質にとることで、強者の行動を制限するのはよくある手口だ。だが、時にそれは強者を更に燃やす薪になる。先の体験で、この先の己に訪れるであろう責め苦が身の毛もよだつようなものであると、理解していてなお、ネルは笑っていた。


「ええ、約束しましょう。コールサイン04の名にかけても構いません。ぜひ頑張ってみてくださいね、ネル先輩。期待しています。」


例え口約束で、煽るようなエールを送っているとしても、C&Cとしてその番号をかけるのは間違いなく誠意である。少なくとも、ネルが耐えぬけば、ゲーム開発部たちを解放するというのは、真であると思ってよいように思えた。

トキは耳のインカムに指を当てた。廃墟の暗闇から、ドローン達が駆動音を立てながらやってくる。無機質で情のないアシスタントと言ったところだろうか。

 

チラリと、画面に映るゲーム開発部の三人をネルは見る。トリップの頂点に達しだしたのだろうか、彼女たちはもはや声ですらないうめきをあげながら、だらしなく口を開けてヨダレをたらしていた。何が起きているのかなど、なにもわかっていないだろう。それでいい。友人に裏切られ、ドラッグを投与され、自分が犠牲になっている所を知れば、きっとアイツらは傷つく。なら、知らないままでいい。


(安心しろよ、お前ら。あたしは負けねぇからよ。)


「…ほら、来いよ。」


「では、始めましょうか。」


コツリ、と砂時計をおく音が静かな廃墟に響く。続いて、機械の激しい駆動音が響き渡り始めるのだった。



「~~~ーーーッッ!!!ッッッ!!!」


数刻後、ネルは椅子の上で激しく悶えていた。歯を必死に食い縛り、白目をむきそうな程に目を見開いている。だが、声だけは必死にあげまいと耐えていた。

彼女を攻め苛むのは、ドローンから伸びたマニピュレーター。滑らかでひんやりとした外装で覆われた機械の手が、ネルのメイド服の内側へとぬるりと潜り込んでいる。


ネルへの責め苦として選ばれたのは『くすぐり』であった。


「んんっ~~~っ!!んっ~~!!」


服を擦らせながら脇腹をひんやりとした人差し指がなぞり、つつき、ネルの内側からゾワゾワとした心地が沸き上がってくる。拘束された手を握りしめながら、くすりと漏れてしまいそうな笑いを、ネルは必死にこらえていた。


「っ!!っ!!」


ドンッドンッとくすぐられる中で裸足にされた足を椅子に蹴りつけて、服の中をモゾモゾとはい回る手が、脇腹から腹にかけてさわさわと指先でなですさってくるもどかしい刺激に必死に耐える。


「っ!っ!!っ!!!」


こみあげてくる悶える声を、息を止めて無理矢理止め、ネルの顔は赤に染まる。そんな必死な様子を、トキは冷たい目でじっと見ていた。だが、その視線がちらりと外されると、ふぅと小さくため息をついた。


「流石ですね。一回戦はネル先輩、あなたの勝ち、ですよ。インターバルの時間です。どうぞお好きにお声を出してください。」


「ぶはぁああぁっっっっ……!!はぁぁ””っっ!!!はぁっ…はぁっっ……」


気づけば砂時計の砂は、下まですべて落ち切っていた。ネルはドローンの触腕によるくすぐりに苦しみながらもなんとか耐え抜き、勝利したのだ。

だが、決して楽勝だったと言えないことは、今、荒い息を吐いているネル本人がよく理解していた。まるで人の指が触れているかのような絶妙な力加減で、ひんやりとした温度が自身の熱い体温の上をねっとりと撫でてくるあの感覚。快楽にも近いくすぐったさであり、あれ以上続けていたら、声を出していなかった自信はない。


「へ、…へへ、どうだよ。この程度じゃあ、まだまだだな。」


だからこそ、不敵にネルは笑う。

挑発として以上に、己を奮い立たせるように、こんな程度が己の限界ではないと、言い聞かせるように笑う。

目線の先には、画面のむこうで、ぐったりとしているゲーム部の三人がいた。ネルがくすぐりに耐えている間に、砂糖の快楽の頂点はすぎさったのか、今は席の上で伸びているようだ。

それを見れば、まだ、自分が負ける姿なんて、少しも想像できはしない。まだまだ戦えると、そう思える。


「そうですか。では次…に行く前に、02、03。先輩は実に見事に勝利しました。許可します。」


ネルの虚勢を冷たく流し、トキは画面へと声をかけた。声をかけられた二人が怯えたようにこちらを見る。

ゲーム開発部に砂糖を投与したあと、カリンとアカネの二人は、トリップに悶える三人のことをチラチラと見つつ、部屋の隅の方に立ってこちらをぼぅっと眺めていた。ネルが勝利した時には少し安心したかのように嘆息したのも映っていた。だが、トキが二人にたいして『許可』を出した途端、その顔には、砂糖を三人に無理矢理流しこんだときのような惨めな笑みが浮かぶのを、ネルははっきりと見てしまった。


「?…おい…まさか…!やめろ!!!」


『うひっ…ひっ…ひっ……』


『はぁっ…はぁっ…』


胸をかけぬけるイヤな予感に、必死に二人へと声を張り上げるが、カリンとアカネはネルの声など耳にはいっていないかのように、手元のスティックシュガーを見つめている。そのまま荒い息を吐きながら、封を素早く切り、口へと一気に流し込んだ。


『あ”~~~~…ふひ…ひひひっ…ごめ…ごめんなさい…ごめっ…』


『うふ…ふふふふふふふふ…あはは~……は””~……』


口元についた砂糖の粒をベロベロとなめとり、だらしなくその場にぺたんと座り込みながら、二人はあっというまに惚けてしまう。バニーガール衣装に身を包み、幸せそうな笑みを浮かべ、滂沱の涙を流すその様は、二人のC&Cのエージェントとしての誇りが地に堕ちたことを示すものだった。


「トキィ!!!!!!!!!」


「では、2回戦を始めます。」


「ッ……!!!!」


ネルの激昂を叩き消すように砂時計がひっくり返され、ネルは憤怒のこもった目でトキを睨み付けることしかできない。その突き刺さる視線に返すように、トキは言葉をつづる。


「使わなかった分はあげてもよいと二人に言っていただけですよ、ネル先輩。先輩方お二人もあのようにとても幸せそうではないですか。うらやましいですね。」


「っっっ~~~~~!!!!!」


「何か言いたいことでも?どうぞお話しください。負けてもいいなら、ですが。」


淡々と事実を述べるように。だが、加虐的な悪意を感じるトキの煽りは、ネルの内側の火に薪を投げ入れていく。


(コロス…ぶっ殺す…後輩だろうが、おかしくなっちまうような何かがあったんだろうが、コイツは一発ブン殴ってやらねぇと気が済まねぇ!!!)


怒りで今すぐにでも叫んでつかみかかってやりたい気持ちを、彼女が胸のうちで煮えたぎらせるだけに納められるのは、物理的な拘束と、精神的な拘束…ネルの視界に画面が入っているからだろう。

いま、ここで叫び出した所で、なにも事態は好転しない。自分と同じく椅子に拘束されている後輩たちを解放するには、耐えるしかないのだ。


「では、ネル先輩。次は少し難易度をあげますね。」


トキがそう言って手に取ったのは、筆箱ほどの大きさの平坦なケースであった。トキがケースを開き、その中に収納されていたものを見ると、思わず、睨むのを忘れる程に、ネルの表情がイヤなものを見たように歪む。

それは注射器であった。


「ご安心を。中はブドウ糖溶液です。アビドスシュガーを原材料としたものですが。」


怖気がネルの背を走る。もし、それを投与されたらどうなるのかを、ネルは知らない。アスナから投与されたものの中に、注射は無かった。だが、知らずとも察しがつく、恍惚とした夢のような甘い砂糖の溶液を、血中に直接注射したらどうなってしまうのかなど、言われなくとも最悪だと理解できる。


「っ…!っっ!!!(ヤベェ、さすがにそれはヤベェッッ…!クソっ…とにかく歯ァ食い縛って、何も言わねぇように耐えないとッッッ……!!!)」


「はい、チクッとしますよ。」


なれた手付きでトキは注射をあっというまに準備し、椅子にくくりつけられたネルの腕へと針をむける。


「ヒュッ…!?」


冷たい針と、チクリとした痛みの感触を味わっていられたのは数秒間だけ。全身に一息に回ってくるその感覚に、ネルの口から声にならない細い息のようなものが思わず漏れた。


熱い熱い熱い熱い

寒い寒い寒い寒い

血管の中を溶岩が流れているように熱い。

全身が氷塊の中にいるように寒い。

意識がまるで水風船の中に入れられて、振り回されるようにぐちゃぐちゃに揺れているようだ。

椅子ごと奈落に浮かんでいるような、

空の果てへと落ちていくような、

上と下もない場所に自分がいるように感じる、


これまでの砂糖菓子達には「甘い」という確かな感覚があった。


だがこれはもはやソレではない。

壊れる。おかしくなる。意識が心が、分厚い刃でぐちゃぐちゃに切り刻まれてミンチにされていくようだ。


「っぁ……ぁっ………!!!!」


だが、ネルは口をパクパクと開きながら、ギリギリ意識を保っていた。

何かを考えるという行為はロクにできてはいない。それでも、声を出さず、意識を飛ばさないよう耐えているのは、もはや常識すら越えた、彼女の狂気じみた意地によるものだろう。


「………。」


だが、トキはそんな先輩を見ながら思う。この注射は単なる前準備に過ぎないのだという愉悦を。

ドローンたちからアームが伸びる。そして、その手を滑りこませようと、ネルの衣服を軽く持ち上げた。



「んぁっ!……」



ただ、それだけ。身体に触れてすらいない、ただの衣擦れ。

それだけで、ネルの口から、甘い声が出た。


「?…!?………っ〜〜〜!?!?」


驚いた表情で何が起きたのかわからないと言いたげに、必死にネルは口を閉じて首を振る。

ネルが出した甘い声に合わせて、ドローンの動きを停止させていたトキは、相変わらずの鉄面皮で、しかし、どこか見下すようにネルの顔を覗き込んだ。


「ふむ?ネル先輩、ひょっとして今、声をお出しになりましたか?なんとも可愛い声だったような気がするのですが…気のせいだったのでしょうか。」


「っ…!っ……!(なんだ!?今のは、何が起きた!?触れられた途端、意識がヤケにハッキリした…あたしが、声を出したのか?クソ、うるせぇよトキ。そんなにでけぇ声出さなくても聞こえてるっつうの…なんだかわからねぇが、流そうとしてやがる…だったら、これからはもう絶対に声を出したりなんか…!!!)」


ガンガンと耳鳴りのする頭を振りながら、ネルはどうにか自分をのぞき込むトキを睨み返す。

確かに、くすぐりというのは、口を無理矢理わらせるには有効かもしれないが、我慢しようと思って出来ないものではない。少なくとも先ほどまではそうだった。注射の作用で気が抜けてしまい、何か不意をうたれたのかもしれない。くるとわかっていれば、また我慢ができる、そのはずだ。


「確かめてみましょうか。スイッチオン。」


服の中にもぐりこんでいたロボットアームが、ネルの脇腹を弾くようにつついた。


「にゃぁ~~っ!!!…えっ!?あっ!?、いやっちがっ!」


言い訳のしようもない嬌声がでる。思わず、喋ってはいけないのに、必死に弁解をしようと自分らしくもない弱々しい声がでてしまう。だが、ロボットアームの動きは止まらず、そのなめらかな五指を使い、ネルの脇腹をこちょこちょとくすぐり始めた。


「ひうっあっ!?ふっぁっ、こんなっっ!!さっきまで、たいしたことっなかっ!!うぇはははははははははははは!!!」


止まらない。口を必死に閉じようとしても、どうしてもこみあげるものに我慢ができず、笑いが口から溢れ出てしまう。苦悶しながら笑うネルをのぞき込むトキは、どこか楽しそうにネルに言う、


「溶液の注射は、ただの砂糖菓子とは訳が違います。直で舐めるより尚速く効き、心を切り裂き、一瞬で全身に回り…そして、様々な感覚を限界まで鋭敏に変えます。どれほど敏感になってしまったのか、わかりますよね、ネル先輩?」


「くはっ!くしょっっこんなっ!こんなのでまけっ!くゃはははははははははははははははははははははっ!」


ネルのメイド服の中でもぞもぞと動きながら、ロボットアームは緩急をつけながらこちょこちょとネルをくすぐり続ける。せめて抵抗しようと、言いかえそうにも、ネルの口からは笑いばかりがでてしまう。


「さて、2回戦はネル先輩の負け、というわけです。」


「ちくっっちくしょxtにぅっ!にゃっ!ははっひはははははははははは!くしょっ!いいひゃげんっ!とめっ!くははっははっははっはははははっ!!!」


肌に服が擦れるだけでそこにピリピリとした感覚が走って、思わず声が漏れてしまうのが注射によって敏感にされた今のネルだ。

ならば、滑らかなロボットアームが、肌の上をひんやりとした感触でぴとぴととくすぐってくる感覚のくすぐったさは、どれほど歯をくいしばろうと到底耐えられるものではない。拘束された手足をバタつかせ、逃れようとしても逃れられない刺激に、くやしそうな顔で笑ってしまわざるを得ないのである。

そんな無様なネルの顔をたっぷりと近くで覗き込んだトキは、ネルに敗北を宣言しながら、一歩下がると、最初に用意してあったソレに手を伸ばした。


「では早速ですが、負けてしまったネル先輩にはこちらを振舞わせていただきます。」


片手サイズの小ぶりな瓶。新生アビドスのロゴが入ったサイダー。注射とは違う、だが、明らかに特別な、砂糖を使ったキメられる飲料。


「飲みずらいでしょうが…たっぷりと味わってください。」

「あひっ!?ひ!や”め”ぅtはごt!!げぼっげぼっつごほほほほほっ!!!」


くすぐりは一旦停止され、余韻の笑いを起こしていたネルの口もとめがけてトキはサイダーの瓶を逆さにして流し込んでいった。突如として口に入れられ、喉に到達したサイダーは息に押し返されて、ネルはむせかえる。口回りだけでなく、服に、顔に、サイダーが跳ね返り、パチパチとした感触を、鋭敏になった肌が感じとって、それだけでくすぐったくてまた笑ってしまう。


「にゃえっ!?あっ!あっ!あっ!あっ!あっっ!」


注射は、感覚を鋭敏にさせるとトキは言った。それは肌の感覚だけではない。

味覚、聴覚、視覚、嗅覚といった感覚器官すべてが異様に鋭敏になっている。


(甘いっ、あまぁい!なんだこれぇ!?あますぎてぇ、あたまガンガンってしてきやがるぅっ!?!?)


故にむせ返りながらも口の中に入ってくるサイダーの甘いかんかくはネルの脳髄まで焼ききれそうな程に甘い。


(口で、のどでパチパチと弾けるたんびにっ!気持ちいいって感じがのうないでバクハツしてやがるっ!!!)


気泡一粒一粒が弾ける感覚すら感じ取れて、その甘い感覚のくすぐったさが、内側からネルを苛む。


(なにより、ヤベェ、この『シアワセ』だって感じがヤベェ!!どこから来てんだよっ、こんなのっ!あたまがいっしょくに染まりかけるッ!!)


何よりも、幸福感。喉の奥をむせながらとおったそれが腹の内がわに入ると、全身が泡だつような、とてつもない幸福感の津波が訪れている。

ネルは椅子の上で全身をビクビクと振舞わせて、口をぽっかりと開けながら、白目を向きかけていた。いわば、完全にトンだ状態だ。


だが、トキは手を休めない。サイダーの瓶が空っぽになるまで、ネルにすっかりとソレを注ぎこむと、インカムについているスイッチをぽちりと押した。

止められていたロボットアーム達が動きを再開し、今度はネルの狭い脇へともぐりこむと数本の指で徹底的に細かにくすぐり始めた。


「あひっ!?ひゃっ!!ひゃははははっははっ!!ははははははhっはっっ!!あえっ!?これっ!?こえっやべっ!やめ!もうやべろっ!あひっ!にゃはははははあっははははははは!!!」


ネルの笑い声も再開し、こみあげるくすぐったさに抵抗できるわけもない。

何より、先ほどと違うのは。


「(やばいっやばいぃぃ!!わらってるとシアワセだって感じがドンドンあがってきやがるぅぅ!!バカになるっバカになるぅあたまシアワセすぎてバカにされちまうぅぅ!!)」


そこに圧倒的なまでの多幸感がついてきていることだ。

それは笑う度にボルテージをあげていき、苦しいはずの、悔しいはずのネルの心を幸福の色一色で無理矢理に染め上げていく。


「砂時計の砂が落ちきるまでの間は、たっぷりとくすぐってあげます。見ているとうらやましくなってきたので、私もこちらをいただきます。…んっ!ふうっ…はぁぁ~~………」


「くしょっ!とけてんじゃっ!ねっ!ぎゃは!ははうぅ!ははははははははははっ!!ちくっしょ!!すま、ねっあはっ!あはははっ!!あははははははははははははっははははははははははっ!!!!!」


砂の最後の一粒が落ちきるまで、ロボットアームは繊細な動きでネルの身体のあちこちをまさぐり、くすぐり続けた。廃墟には、彼女の盛大な笑い声が響き続け、その中心でネルは笑いながら涙を流しているのだった。


Report Page