Standstill
列車の出発を告げる警笛が鳴る。
外の景色も見えぬ、夢か現かもわからぬ列車の中にいるのは彼女一人。
粘液にまみれた美しい裸体を座席に横たえ、荒げる息を無理矢理整える彼女は
ようやっと淫獄と化した方舟から抜け出したのだ。
上手く行っていたはずだった。
アビドス、ミレニアム、トリニティとゲヘナ、SRTとヴァルキューレ、
そして連邦生徒会と終末の方舟を超え、百鬼夜行も乗り越えて、
唐突に終わってしまった。
あの暗緑色の化物(どうほう)が全てを飲み込んだ。
こんな事は今まで無かったのに。
けれど、これで諦める訳にはいかない。 ・・
今度こそキヴォトスを救うのだ、全ての生徒(どうほう)を永劫の悦楽の中で“幸せ”に――
頭の中に降って湧いたノイズを頭を振って打ち消そうとする。
だが残響は鳴り止まない。
全ての生徒を“幸せ”にする為に奉仕しよう。
お腹を、心を、蕩けるような幸せで満たしてあげよう。
お母さんを置いてきてしまった、戻らないと――
耐えきれず悲鳴が上がる。
肢体に刻まれた本能が、生徒に在らざる衝動を掻き鳴らす。
そう、彼女はもう人ではない。
化物に侵蝕されたモノから産み落とされた、生徒と化物の混血児。
愛液と羊水に塗れて現世へ無理矢理引きずり落とされた、超人の成れの果て。
手足の末端の解けた人でない身体が、脳が、容赦なく彼女の思考を、魂を蝕んでいく。
それでも諦める訳にはいかない。
何とか先生に次のキヴォトスを託さないと――
そんな切なる願いは、腹から響く胎動に踏み躙られる。
なぜ、どうして、と思考が硬直し呆然と見つめる視線の先で己の腹が膨れ上がっていく。
彼女の知り得る限り、生徒のように孕んだ混血はいなかった。
だから大丈夫だとそう思っていた。
そう、思い込んでいたのだ。
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化物との混ざり者であろうと生徒は生徒なのに。
雌穴から羊水が噴き出す。
腹の上に浮かび上がったヘイローがゆっくりと動き出した。
陣痛と共に子宮口を割り開いて下ってくるモノへの恐怖が口から溢れる。
立ち込める淫臭の中、視線の先のドアが開いて誰かが入ってくるのが見えた所で彼女の意識は途絶えた。
――ここは行き止まり、もう彼女が彼女の求める先に辿り着く事はない。