🎃🏔🛷

ワンクッション

ハロウィンしてる🏔🛷です🎃

今年じゃないいつかのハロウィン🎃

あまり細かいことは考えずに🎃

🎃

🎃

🎃

🎃

🎃

「オーソリティくんはっぴーはろうぃ〜ん！」

「オーソリティ〜！お菓子ちょうだい！お菓子！」

　ドアを開けたことを少し後悔した。

　このままドアを閉めてしまおうかとも思ったが、悪質な訪問販売員のように隙間に脚を入れられてはもうどうしようもない。悲しいことにそんなことをしているのは悪質な訪問販売員ではなく、実の父親というところだ。

　しかもその父親が娘を伴ってハロウィンにかこつけてお菓子をねだりに来ているという。

「お菓子って…」

　オーソリティが呆れたようにジト目で見つめる。赤ずきんちゃんの格好をしたライラックと、狼……男？もふもふの狼の帽子と手袋とブーツを身に付けた父が、満面の笑みでお菓子をもらえることを疑いもせず手を出してきていた。

「いやいやララちゃんはともかく、ハロウィンって子供がお菓子貰うもんでしょうが」

「パパはぁ、ララちゃんの引率ですからぁ。てへっ」

　可愛こぶりっ子して舌をぺろっと出す父に、頭痛がしてきたオーソリティはため息をつく。

「オーソリティくん！お菓子お菓子！あるんでしょ、出せ出せ〜！」

「甘いやつがいいなあ！持ってるんだろ〜ちょうだいちょうだい」

「あーもうわかったわかった！」

　完全にカツアゲか追い剥ぎだ。このまま拒否していてもうるさい要求が続くだけ。

　一旦部屋の奥に引っ込んでからほどなくして戻ってきたオーソリティの手には、二つのカップケーキ。

　小さな赤ずきんと狼の手にポンと乗せる。

「ほら、これでいいんだろ」

「わあ、カボチャのケーキだよお父さん！」

「これ甘い？甘い？」

「甘いからどーぞ安心して食べろ」

「やったー！」

　無邪気に飛び跳ねて喜ぶ親子。

　厩舎の後輩たち用に用意していたかぼちゃのカップケーキがちょうど二個。余ったというか、残しておいて良かった。

「オーソリティくんありがと〜！じゃあね！」

「じゃあなオーソリティ！お前もちゃんとパーティ楽しむんだぞ〜！」

「お父さん、ララ、おじいちゃんのところ行くって約束したの！行っていい？」

「え、それどっち？カメさん？クソ親父？」

　全力でハロウィンを楽しんている親娘がバタバタと去っていく。

　まさに嵐を呼ぶ親娘。というか嵐そのものの親娘。嵐のド不良馬場で元気に走ってそうな親娘。台風一家。いや一家だと下手したら自分も入る。自分はあそこまで落ち着きがないつもりはない。台風一過。

　どっと疲れた。

「あーあ、あのケーキ…」

　ぼそりと独りごちる。

　…まあ、いいか。あいつがこんなお祭り騒ぎにわざわざ参加しているとも思えない。別に今日じゃなくたってケーキなんていつでも食べられるし。

　ドアを閉めようとした瞬間、誰かにガッと戸先を力強く掴まれた。

　何事かと目線を送る。

「よ、オーソリティ。トリックオアトリート〜」

「………」

　力が抜ける。

　白いもふもふの帽子を被ったウシュバが飄々とそこにいた。何やら大きな紙袋を持っている。貰ったお菓子でも入れる袋だろうか。

「……なんだって……どいつもこいつも俺にそれやりに来るんだよ！」

「まあまあまあまあ、他の連中もここ来たんだ？」

　オーソリティを部屋の中に押し込んで自分も押し入るウシュバ。後ろ手でドアを閉める。閉めたドアの横に袋も置いた。

「来たよ、元気でうるさいガキどもが」

　その中に父親も含まれているとは夢にも思うまい。ヤケクソ気味に笑って見せる。

「ふーん…。お前は？仮装」

「するわけないだろガキじゃあるまいし」

　いやガキじゃないはずのひとも仮装してお菓子強奪して行ったけど。

「お前こそこんな騒ぎに参加するのな」

「…なんか後輩にむりやり被せられた」

　少し憮然とした表情のウシュバ。でもまあ食べ物もらえるなら…とぶつぶつ言っている。

　白いもふもふの帽子に手袋にブーツ。ほとんど父とお揃いのいでたちがなんとなく癪に触るので、先ほどの嵐のことは教えないことにした。

「それなんの仮装？」

「イエティ」

「イエティ」

　イエティ。といえば雪男。もふもふの白いでかいUMA。誰が着せたかはわからないが、ウシュバにこのもふもふが合うと思ったのだろうか。ウシュバの体格がでかいから？

　……ハッと気がつく。イエティ。雪男。ウシュバテソーロ→ウシュバ山→山に住む雪男ってことか！いやいやイエティはヒマラヤ山脈だろ、ウシュバ山はコーカサス山脈じゃねーか！

「あっはははははは！！！」

　ウシュバがギョッとする。

　何かがオーソリティのツボにはまった。突然ウシュバを指差して大笑い。

「あはははは！にっ、似合う似合う！その後輩センス最高だな！あははは！」

　涙まで出てきて視界が歪むオーソリティには見えていない。口角は上げているものの、目が全く笑っていないウシュバが。

　ひとしきり笑った後、ぽんぽんとウシュバの肩を叩く。

「あー笑った笑った。その後輩によろしく言っといて」

「いや後輩はどうでもいいから。俺のお菓子は？」

「は？ないけど」

「は？」

「さっき、あー…来たので全部あげちゃった〜」

　目を逸らして、ちょっと情報を暈す。

　それがまたウシュバのこめかみあたりにぴきりと青筋を浮き上がらせた。

　にっこりと満面の笑みを浮かべたウシュバは一歩、オーソリティに近づく。

「俺より優先してあげたいやつなんている？」

「どういう理屈だよそれ。なんで俺がお前のためにお菓子用意してると思うわけ」

　まあ実際は確かにふたり分、残ったというか残しておいた分はあったにはあったが。まさか父親が娘を連れて来るとは思うまい。

　ウシュバの張り付いた笑顔になんとなく嫌な圧を感じて、一歩後退る。

「誰にあげた？」

「うちの後輩とか〜」

「何あげたの」

「かぼちゃのカップケーキ」

「え、それ手作り？」

「ノーコメントで」

「ぷっ、お前不器用なくせに」

「うるっさい！いいだろ別に！」

　ウシュバは一つ質問するたびに、一歩ずつオーソリティを追い詰める。ついに壁際まで追い込んでもう後がない。

　安い挑発に乗って軽く振り上げたオーソリティの拳をすかさず掴む。もふもふの手袋の触り心地が案外良かった。

「俺だけ食えないのずるくない？」

「別にずるくねーし。どんだけ食いたいんだよ」

　食い意地張りすぎだろ、と呆れてジト目で睨む。対してうーんと考え込むウシュバ。もふもふの帽子についているやたらファンシーなイエティの顔と目が合う。

「すごく食べたい」

　神妙な面持ちのウシュバ。どこまでもシンプルかつ素直な返答だった。

　オーソリティははあーと深いため息をつく。あーもうわかった観念した。

「また用意してやればいいんだろ。別に今日じゃなくたって」

「わーい、やったー」

　ウシュバが軽く万歳をして、ようやくオーソリティの手首を解放した。

　無邪気な笑顔がまたどことなく父に似ていて怒るに怒れない。

　話はついたんだしいい加減そこどけよと、ウシュバの胸を押して退かせようとした、ら。

「じゃ、そういうわけでイタズラな」

「あぁ？」

「最初に言っただろ、トリックオアトリートって」

「だから後でお菓子あげるって」

「いやいや今の話だから。ハロウィンは今日だけだから今日、今、お菓子貰えなきゃイタズラするしかないんだな〜」

「それこそずるいだろうが、ていうか本当はそれ目当てで来たんじゃないだろうな！？」

　焦るオーソリティの質問に、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるだけのウシュバ。

　やられた。瞬時に察する。何がイタズラだボケナス。子供でもあるまいし。いや、子供の考えるイタズラなら可愛いもの。絶対こいつ碌でもないことしか考えてない。

「…何する気だよ」

「どうしようかな〜何しようかな〜」

　ニヤニヤと楽しそうに。

　なんでだろう。オーソリティは少し後悔した。なんでこいつと一緒に仮装して回らなかったんだろう。一緒にいてイタズラする方に回ればこいつになにかされることもなかったろうに。

　ウシュバだけは敵に回したくない相手だった。いや敵というほどでもないか。

　とん、とウシュバが壁に手をつく。完全に囲まれた。逃げられない。息を呑んだ。

「じゃあ、目瞑ってもらおうか」

「えっ」

　これあれじゃん、絶対あれじゃん、いやらしいことされる流れじゃん。オーソリティはこの先ウシュバにされることを想像しては赤くなったり青くなったり忙しい。

「ほら早く」

　ニヤニヤ、ニヤニヤと本当に楽しそう。腹が立つくらいに。こっちの反応を見て楽しんでる。

　そこではたと、オーソリティは気づく。そうだ、これはわざと何かあるような言い方をして反応を楽しんでいるわけだ。目を瞑れ、なんて意味深なこと言って、キスでもそれ以上のことでもされるのかと動揺している自分を見て楽しんでいる、そういう遊びだ。今まで散々揶揄われてきたからもういい加減読めた。どうせ目を瞑って待ち構えていたら頬をつねるとか額にデコピンするとかして、呆気に取られた自分を見て「何期待した？」とかなんとか言ってまた反応見て楽しむ気だ。こいつはそういうやつだ。

　そこまで読めたらもう怖いものなどない。落ち着きを取り戻したオーソリティは堂々と目を瞑る。

「ふん、来るなら来い！」

「来るなら来いって…なんでそんな注射我慢する子供みたいな顔」

　これは逆にウシュバの方が動揺しているんじゃないか？どこか引いたような声のウシュバに、今度はこちらがニヤリと口角を上げたい気持ちだった。さあ頬か？額か？鼻でもつまむか？

　待ち構えているともふっとしたものに頬を包まれる。ウシュバの手だ。あれ？この手袋してたらつねるのもつまむのもデコピンもできないのでは？そう考えた瞬間。

　ちゅ

「？？？？？？？？？」

　唇になにかが。

　閉じていた目をバッと開けると、眼前にウシュバの顔。は？こいつ顔良すぎだろ。何故かそんなことしか考えられなかった。

「オーソリティお前さぁ…」

　端正な顔を呆れたような、いや困ったような表情に崩して、軽くため息をつくウシュバ。

「チョロすぎない？ピュアすぎない？お兄さん心配だよ」

「誰がお兄さ、え、ていうか今、え、なにんむむんんん…っ！？」

「…………隙ありすぎっていうかさ」

「なんで今ダメ押ししたー！！！」

　胸ぐらをつかんでもびくともしない。もふもふにずっと頬を包まれたまま。まだ何をされるかわかったもんじゃない。一切油断できない。

「いやお前のそういう真っ直ぐなとこ好いと思うけどね、俺以外の男の言うことホイホイ聞いちゃだめだぞ」

「お前が一番信用ならねーんだわ！！！」

「あーーーーー、やっぱりお前ひとりにしとくの心配だわー」

「はあ！？」

　もふもふ越しにオーソリティの頬をぐりぐり撫でくりまわす。それを力尽くでオ引き剥がされてようやく手を離した。

「まあ、そういうわけで」

　ドアの横に置いてきた紙袋を手に取ってオーソリティへ差し出した。

　けれどオーソリティは受け取ろうとしない。警戒心が最高潮なので。

　仕方がないなと言わんばかりにウシュバが息をついて自ら袋の中に手を入れる。

「お前も仮装して俺と一緒に歩き回ること」

　いい笑顔で黒いもふもふを取り出して見せた。

「な……なんだよそれ」

「ネコちゃん。お前にぴったりだろ♡」

「どこが！ってそうじゃなくてなんで俺がうわっ」

　問答無用でもふもふの黒猫の帽子を被せてやる。

　それでもまだ拒否を訴えようと開いたオーソリティの口を、再び塞いでやった。

「……じゃあ選ばせてやってもいいけど」

　すぐに放して、唇をぺろりと舐めて見せる。それだけで、目の前のオーソリティの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

　これが楽しくてやめられない。

「これ被って俺と一緒にその辺歩き回るか、このままここにいてもっとすごいイタズラを俺にされるか」

「もっと…！？」

　オーソリティには、満面の笑みを浮かべて黒猫の帽子を見せてくるウシュバが悪魔にも見えてくる。仮装なんかしなくたっていいだろうこいつ。

「どうする？」

　あまりにも理不尽すぎる選択肢に、肩を震わせるしかなかった。

　どちらを選びますか？

　　黒猫の仮装をしてウシュバと歩き回る

　▶︎部屋にいてウシュバにもっとイタズラされる

「さーてまずは誰のところにお菓子もらいに行くか」

　もう夕暮れ時、ずいぶんハロウィンの雰囲気が出てきた。ハロウィンパーティに浮かれる喧騒がどこか遠く感じる。

　白いもふもふのイエティに連れられる黒いもふもふの猫。イエティはともかく黒猫も大分サイズが大きいのはもうご愛嬌だった。

　結局父も息子ふたりももふもふの帽子と手袋とブーツを装備することになったことに頭を抱えるオーソリティ。しかも自分は尻尾に鈴までつけられた。絶対鉢会いたくない。

「ここからたくさん魑魅魍魎がいるぞ」

「なんで和風なんだよ。ったくなんで俺がこんなこと…」

「選んだのはお前だろ〜」

「ほとんど選択肢なんかないだろあんなの！カップケーキ一つあげなかったくらいでこんな目に遭うか普通？」

「いや俺としては本題はそこじゃなかったっていうか、どっちでも良かったっていうか」

「あぁん！？」

　ウシュバがオーソリティを振り返る。少し意地悪に笑っていた。

「お前が俺と一緒にいたいんじゃないかと思って」

「…………言ってろターコ」

　別に図星は付かれていないけれど、否定もしなかった。

　繋いでいたもふもふの手は振り解こうとも一瞬思ったがやめておく。ムキになるほど本当っぽくて。

　軽口を叩き合いながら、ふたりで怪物の群れの中に飛び込んだ。