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好きな人には自分の好きなものを好きになって欲しいけど好きな人の好きなものだって知りたいよね

インモラルルートがアップを始めるような内容

　今日の私は東京いち緊張している男だろう。鏡の前で何度も衿を正しては震えるため息を吐く。どこにも見咎められるような乱れはないはずだが、どれだけ確認しても安心には程遠い。

　友人達にも身なりを指してどこかおかしい所は無いかと尋ねて回っては呆れた顔で「しつこい」だの「お前は顔さえあればじゅうぶんだろ」だの素気なくあしらわれ、とうとう「いいから早く行け」と尻を蹴り飛ばされてしまった。

　我ながらさすがにくどかったとは思うがしつこくなるのも許して欲しい。今日は久しぶりに姉と会える日なのだから。　

　長く自分は一人っ子なのだと信じていた私に異母姉が居ると教えてくれたのは士官学校で教鞭を取る菊田という軍曹だった。

　些細な偶然から顔見知りと自分の生徒が異母姉弟だと知った軍曹は親切心から両者の間を取り持ってくれたという話だが、正直なところいくらなんでも怪しいと感じている。きっと私の知らない事情が軍曹と姉を取り巻いているのだろう。

　それでも幼い頃に憧れて諦めた過去さえ忘れていた、きょうだいという存在が突然現れた事に戸惑いこそあれ嬉しかったのも確かだ。

　菊田軍曹の傍らで控えめに佇んでいた姉は、か細く尾形百と名乗った。

　怜悧な雰囲気を纏う寡黙な人が、顔を合わせる度に内面の柔らかさを見せてくれるのは花が綻ぶ過程を見ているようで、私は人生で初めて浮き足立った気持ちで逢瀬を重ねた。

「美味しいですね、姉様」

　姉を食事に誘うにあたって味はもちろんのこと清潔感があって、しかし格式張りすぎない店を探すのにはずいぶん苦労した。いくつかの候補の中から選んだ洋食店はどうやら姉のお気に召したようで、咀嚼したまま小さく頷いた彼女の食べるペースはそれなりに早い。

　私は味も分からぬ程であったが無言で食べ進める姉を見ているだけで胸が満たされていく。

「気に入っていただけて良かったです。他にも姉様にご紹介したい所が沢山あるんですよ」

「そうですか」

「それにしても今日は晴天に恵まれて良かった。ただ、近頃は朝晩が冷えるようになってきましたから姉様も身体を冷やさぬようお気をつけ下さい」

「はい」

「ああ……そういえば先日は金木犀が咲いているのを見ましたよ。もうすっかり秋ですね」

「そうですね」

「せっかくですから次お会いする時は花を見に行きませんか？少々遠出する事になりますが季節の花で有名な公園があると教えて貰ったのですよ」

「そうですね」

　手応えのない返答にめげそうになるが、密かに盗み見た姉の常から化粧っ気のない蒼白い肌が僅かに赤みを帯びている。分かりにくいが、どうやら前向きに検討してくれているらしい。

「姉様は、」

「なんでしょう」

「姉様のお好きなものはなんですか？」

「私ですか？」

　姉の視線がついと斜め上を向いて少し荒れた指先が顎を撫でる。自分が聞かれる側になるとはまるで思っていなかった様子にほんの少しだけ寂しさを覚える。

　しばらくそんな姉を眺めながら待っているうちに、吸い込まれそうな黒々とした瞳がスイと流れてこちらを捉えた。

「そうですね、こうしてあなたの話を聞くのは好きですよ」

　思いもよらなかった発言に耳にまでカッと熱が集まるのが分かる。油断をしていたところに狙い澄ました一撃とはさすがは銃の名手である。ではなくて。

「……からかわんで下さい」

「ははッ」

　浮かれきった姿を指摘されたようで先程とは違う理由で赤面してしまう。今日は私用のため軍帽は被ってきていないから顔を隠す事もできやしない。

「すみません。あまりに楽しそうだったもので、つい」

「酷いですよ……」

「ふふ……それと好きなものですがね、一番好きなのはあんこう鍋ですけれど、前に食った白鳥鍋もなかなか美味かった」

「白鳥ってあの白鳥を？食べられるんですか？」

「食えますよ。けどね、白鳥を食べると将来白髪になるなんて言い伝えがありまして。誰だったかな……一緒に食った奴が白髪になるなら禿にはならないとか言い出すもんだから、怖ーい爺さんにそれはもう怒られて怒られて。勇作さんも一度食べておきますか？将来禿ませんよ」

　目を細めて悪戯に笑う姉の口から当たり前のように告げられる将来という言葉に鼻の奥がツンと痛む。膝の上で拳を握り締めて堪えなければ姉の前で作り上げた矜持の面が剥がれ落ちてしまいそうだ。

　私には老いを迎える日など訪れない。それを覚悟して軍人としての道を歩んできたつもりだった。だというのにその覚悟があっさりと揺らいでしまいそうになる。この人と共に生きたい。そんな願いが首をもたげて叫びを上げている。

「冬には素手でも獲れるぐらいですからね。そのうち食わせてやりますよ」

「……ええ、必ずですよ。約束ですからね」

　きっと食い意地の張った弟だとしか思われていないが、それでいい。この約束に翳りを持ち込みたくはなかった。

　当たり前のように未来を約束してくれる人が愛しくてたまらない。

　よすが。心の拠り所となるもの。私はそれを秋晴れの無垢の中に探り当てた。

三行

勇作さんの性癖「💥」

心配でこっそり見ていた菊田さん「😧」

何かの気配を感知した海賊「🤗」