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「…もう、まだかしら」

仄暗い部屋の中、適当にテレビのリモコンをいじる。忙しいから先に行ってて、と言われて指定された場所がラブホだなんて、彼は私をデリヘルとでも勘違いしているのではないだろうか。

きっと今も、私のことなんか忘れて女の子と…

（どうせあの人も、若い子の方が好きなのよ…）

男はいつもそうだ、と聞く。待ってる女の気も知らず、自分が好きなように振る舞う。

はあ、とため息をつく。これならローズとスイパラにでも行きたかった。ドウは私の名前をたくさん囁くけれど、愛の言葉は一つも囁いてもらったことはない。もらってもいないくせに…誘われるだけで、つい来てしまう。私はなんて尻の軽い女なのだろうか。

「ドウの馬鹿」

「ご、ごめん！遅れたっ…」

「遅いわよ」

「何見てたの？」

「プロ○ェクトX。…別になんでもいいでしょ」

なんで遅れたの、なんて聞くのは面倒臭い女だ。聞かない。

「…じ、実は今日遅れたのには理由がありまして」

「…別に、怒ってないからいいわよ」

まさか自分から言うとは。別に知りたくもないのでそっぽを向く。これで「女の子と喋ってて…」なんて言われたら、きっと帰ったベッドの上で枕を濡らすのだろう。

「今日機嫌悪い？」

「……別に」

あわあわと慌てる様子に、どこか優越感を感じる。少しでも私を見てくれるなら、嬉しい。

そんな仲で良い、とどこか諦めのついたようなため息をつくと、突然ドウは私の手を掴んだ。

「〜〜〜〜、そ、その！結婚しよう、スターズ！もう不安にさせないから…！！」

「……は？」

突然手を握られ、顔を真っ赤にしながら叫ばれる。このダービー馬は何をいっているのだろうか。

「や、やっぱり不安にさせちゃったよね！？今日は、その、君のために指輪を買ってて…っ」

ごそごそとポケットを漁り、ドラマで見るような小さな四角い箱を取り出すドウ。

冗談だとしても、すこしタチが悪い。

「あ、あのね…私に対してのリハーサルだからよかったけど、普通女の子への告白にラブホは無いわよ…？」

「り、リハーサル？」

これがリハーサルでなければなんなのだろうか。付き合ってもいない相手にプロポーズ。きっとドウにはプロポーズする相手がいて、私はその予行練習なのだろう。

そうでなければ、色々とありえない。

苦しい胸を抑えながら、平然を装う。

「え、え、俺、そろそろ一緒に住みたいって思って…っていうか、付き合って結構経つし、正直早く結婚したいというか…」

「……“付き合って”？　私がいつあなたと付き合ったのよ」

がーん、と頭に付いたかのように口をあんぐりと開けるドウ。おかしなことは言っていない。事実、愛してるだとか付き合って欲しいだとかも言われてない。

「え、え〜…“好きだ”って、ほら、有馬の後のご飯屋さんで…」

「あれって、ご飯に対してじゃないの？」

…正直、恋人同士なんて思ったこともない。

「愛の言葉の一つも、囁いてくれたことだってないくせに」

「へ？」

ぽかん、と心当たりが無いかのように間抜けた声を出すドウ。

「い、いっぱい言ってるよ！セックスしてる時、好きとかかわいいとか愛してるとか！ま、まあ確かに、公衆の面前だと恥ずかしくて言えないけど…」

「………え？」

今、なんと言ったか。…をしている時、に何度も言っている？

頬が熱を持つのがわかる。た、確かにそう言われてみれば…暗い視界に、蕩けたような瞳でこちらに口付けるドウの顔が思い起こされる。

「わ、わわわ、分かるわけないでしょう！？だって、気持ち良くて訳わかんなくなってるのに…！！！」

「ご、ごめん！全然優しくできなくなるからっ…」

なんだ。今まで“どうせセフレのような関係だ”と必死で言い訳していた自分が馬鹿見たいではないか。だが、なぜドウは私のような女を選ぶのだろうか。

「わ、私でいいわけ…？もっといい人なんてたくさんいるのに…」

「確かに女の人を見るとちょっと気になるけど…俺はずっと、スターズが好きだし…これからは見ないようにするから…だめか？」

これはどう考えても上目遣いのプロだ。受けるつもりはなかったのに、気持ちが揺らいでしまった。

「わ、わかったわよ！…わかったから…」

「本当！？じゃあ…指輪つけてセックスしようか」

がしり、と腕を掴まれる。力が強く、逃げられない。

「お、お手柔らかに…して」

「…できるだけ善処するね」