お嫁様旦那様な英寿くんのSS
誰かと英寿くんの話時計の針が天井を指し、空には星も瞬いている深夜。
俺は帰路を急いでいた。
本来なら、今日は何が何でも定時に帰っているはずだったのだが、もうすぐ定時だという直前になって新人がやらかした見過ごせないミスが発覚し、そのフォローに駆けずり回らなくてはいけなくなった。泣く泣く恋人に今日は遅くなる旨のメッセージを送り、俺以上に…というかほぼ半泣きな新人のフォローもして、なんとか状況が落ち着いた頃には時計はもう23時を回っていた。
英寿、もう寝てるだろうなあ、本当なら今頃は…。
今朝、散々自分を煽ってきた恋人の顔を思い出しながら、ため息を付きつつ、寝ているであろう英寿を起こさないように、静かに玄関のドアを開け、また閉めた…ところで唐突に明かりがついた。
えっ?と振り返った自分は相当マヌケな顔をしていたのだろう。そこには呆れた(ように見えた)表情で腕組みをして、壁に寄りかかりながらこちらをじっと見ている英寿がいた。
「おかえり」
「英寿!?なんで…」
「お・か・え・り」
「あ…、た、ただいま…」
英寿と一緒に暮らし始めて分かった事がある。
英寿は意外と律儀だ。「おはよう」と「おやすみ」、「行ってきます」「行ってらっしゃい」は物理的に無理な場合を除いて、忙しい時でも必ず言ってくれる。
でも、返事を強要された事は一度もない。
だけど、今回は。
自分の返事に寄りかかっていた壁からすっと身を離す英寿を見ながら、ああ、やっぱり怒ってるよね、そうだよね、だって流石に俺にただいまを言わせる為だけにこんな玄関先で待ってたわけじゃないだろうし…、なんて思いながら怒られる覚悟を決めようとしていた矢先、俺の視界に映ったのは自分に腕を伸ばしている英寿の姿で。
抱きつかれたと思うより前に、ついいつもの癖で両手で受け止めていた。持っていたカバンが落ちる鈍い音がしたけど、とにかく今は英寿が最優先だ。
「英寿…?」
「…」
何も言わずに擦り寄せてくる頬が冷たい。
ああ、怒ってるんじゃなくて寂しかったのかと気づくと同時に、いつからここで待っていたのかと思うと申し訳ない気持ちになってくる。
「待たせちゃってごめん」
「…別に。待ってない」
「そっか。ごめんね、遅くなって」
「…仕事なら仕方ないだろ」
「でも…」
「こら」
尚も謝罪の言葉を重ねようとした自分の口を、英寿のすらりとした人差し指が塞ぐ。
「自分で『待たせてごめん』と言いながら、お前はこれ以上恋人を待たせるつもりなのか?」
朝、キスでさんざん俺を煽ってきた時とはまるで正反対の表情で、身体を擦り寄せてくる。
「ここは寒いから、早く温めてくれ」
そう耳元で囁かれ、ギュッと抱きつかれる。その心地よい重さをしっかりと抱きしめ返しながら、健気にも自分を待ってくれていたかわいい恋人を際限なく愛そうと決めた。