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⚠時系列は⛵引退直後

⚠昔に書いたものなので呼称や口調が違う所があります

⚠自デザ注意



足が痛い。それに、腫れている。僕はそれが何か少し考えた後にわかった。

「……屈腱炎だ」

多くのウマの引退及び長期休養の理由となるそれは突然起きる。僕はそう確信した時、悲しみの感情よりも安堵する気持ちの方が僅かに大きかった。

(ああ……終わるんだな)

そう思った時に、自然と涙が零れた。

「あぁ……やだな……まだ走りたかったなぁ……」

もう走ることが出来ないのなら、せめてボルトくんに好きだと言っておけばと思ったがもう遅かった。これからどうやって生きていけばいいんだろうと不安になる。


「(……ボルトくんにはもう会えないのかな)」

そう思うと悲しくなり涙が溢れてくる。しかし、それと同時にほっとした気持ちもあったのだ。これで良かったんだという気持ちともう走らなくていいんだという安堵感が入り交じり複雑な気分になるが……やっぱり僕は走るのと彼が好きだったんだなと思い知らされる。 


その時、スマートフォンのチャットアプリにメッセージが入った。

『アズール』


『俺、アズールと一緒に居たい。これからもずっと』

僕は一瞬それを理解できなくて呆然としてしまったが、その意味を理解した瞬間に顔に熱が集まってくるのを感じた。

それでも僕はボルトくんに好き、の二文字が言えなかった。今の僕に言う資格はあるのか?という思いが頭から離れなかったのだ。ボルトくんはそれを知ってなのか再びメッセージを送ってきた。


『なぁ、今から海行こう』

『今から行くと帰りの終電間に合いませんよ』

『それでも、行こう』

『はい、ボルトくんがそこまで言うのであれば行きます』

僕ががそう返すと彼から場所が送られてきたので僕はそのまま駅に向かって行った。

冷たかった体も、今は心の奥底が温めてくれるような気がした。


「アズール」

「ボルト、くん……」

やっと聞きたかった声が僕の鼓膜を震わせる。それに涙が溢れそうになりながら彼の元に向かった。

「…さむ」

「12月の夜って思ったより寒いですよね」

僕達は夜の砂浜をひたすら歩く。吐く息が白く、風に舞う。

「うーん……なんか眠くなってきた……」とボルトくんは欠伸をしている。

「誘ったのは自分なのに……」と苦笑しながらも、僕も少し眠気を感じていた。

「……ボルトくん」

と僕はボルトくんの手を引く。

「ん……」ボルトくんは素直について来てくれる。

ふと空を見上げると月が雲の裏に隠れており、滲んで見える。僕達の足音しか聞こえない静かな空間で、波の音だけが響いていた。


「……手、温かいですね」

「そうか?」

「はい、本当に温かくて…凄く安心します」

それから暫く無言で歩いていると潮の香りと共に海が見えた。

「…海だ」

と僕は呟き立ち止まったのでボルトくんもつられて足を止めた。目の前に広がる水面には星空が反射しているように見える。

「あの、ボルトくん……」

僕は口を開く。

「なんで、走れなくなった僕の事を好きでいてくれるんですか?」

と僕は訊ねた。

「ん? どういう事?」

「だって、僕……は……」

そこまで言うと僕は俯く。その先の言葉が出てこないのだ。

「俺はアズールと一緒にいられるだけで幸せだから」

そう言ってボルトくんは微笑む。その笑顔を見ると胸が締め付けられるような感覚がした。……彼は本気で僕の事を想ってくれていると思ったからだ。そう思うと涙が溢れる。それをボルトくんは手で拭ってくれた。


「俺さ、ずっと思ってたんだけど……俺達って本当に似た者同士だよな」

「……ええ」と僕は静かに同意する。「……だから、好きになったんだ」

そしてそのまま僕を優しく抱き寄せてきた。

「……僕、ボルトくんの事が好き。大好きだよ」

あの時から言えなかった言葉をようやく口にする事が出来た。悲しくないのに涙か止まらない。僕はそれを見られたくなくて、彼の胸元に顔をうずめた。


「うん。俺も」

とボルトくんも呟き、僕を抱きしめる力を強める。

僕達が辿った運命はかくれんぼの様だ。ひたすら上手く行く方法を探して行って、迷って、ようやく見つけた。この心地良さを、幸せを、手放したくない。僕は彼の背中に手を回し、ぎゅっと抱きついた。

「ずっと……一緒にいてください……」

「おう」

と彼は力強く答えてくれた。それだけで僕は十分だった。これ以上何もいらないと思えるほど幸せだったから……だから僕達はきっと大丈夫だと思った。これからもずっと一緒に居られるのだと確信があったから……だから今はこれで充分だった。


「夜明けまでここに居たいです」

と僕が言うと彼は微笑んで「ああ」と言ってくれた。

しばらく2人で砂浜の上に座り、身を寄せ合ってたわいもない話をしていたらすっかり体が冷えてしまった。


「何か飲み物買って来ますね」

と僕が立ち上がると彼も立ち上がったのだが……何故か僕の手を掴んで離さない。不思議に思って彼の顔を見ると真剣な眼差しで僕を見つめていたので思わずドキッとした。しばらく見つめ合ったあと、彼は口を開く。


「……キスしたいって言ったら怒る?」

そう言われた瞬間僕は顔を真っ赤にしながら固まってしまった。

「……別に怒りませんが……」

と僕が言うと彼は嬉しそうな表情を浮かべ、僕に顔を近づけてくる。唇が触れ合った瞬間、心臓が高鳴った。

「寒いから」

と僕は言い訳みたいに呟いて……彼の首に手を回す。そしてそのまま抱き寄せるようにしてボルトくんと密着した。彼の鼓動が伝わってくる。僕と同じくらい早い……それがとても心地良くて自然と笑みがこぼれてしまった。


「……寒いね」

と僕が言うとボルトくんは

「そうだな」

と言ってさらに強く抱きしめてくる。お互いの体温で溶け合ってしまうんじゃないかと思うくらい密着して……僕らだけの空間を作り出した。このまま時間が止まればいいのに、なんて叶わぬ願いを抱きながら僕らはしばらくの間海を眺めていたのだった。


「………すぅ」

夜明けを待ち侘びながら海を眺めているとボルトくんが寝息を立てていた。

「……ふふ」と思わず笑みが零れた。普段の彼からは想像出来ないような無防備さである。僕はそんな彼の頭を撫でる。

「おやすみなさい、ボルトくん」

……きっとこれから先、どんな未来が待っているかは分からないけれど、この人と一緒に居られるのならそれを選んだのは自分なのだから……後悔はないはずなんだ。だから今はただ幸せに浸っていたい。

僕はただひたすらに海を眺めた。左肩に温もりを感じながら。月を覆っていた雲は消え、月明かりが海を照らす。波の音が心地良くて、時が止まったかの様に感じる。そんな幻想的な空間の中……僕らの夜が明けるまであと数時間。

「アズール、起きろ」

ボルトくんの声で目を覚ます。どうやら少し眠ってしまったようだ。日が登り始めているようで水平線から少しずつ明るい光が差し込んでくるのが見えた。少し前まではその光ですら眩し過ぎて嫌になっていたのだが……今はとても美しいものに感じ、その光に魅了されてしまった。


「綺麗ですね」

「そうだな」

お互いに顔を見合せて笑い合う。それだけで幸せを感じる事が出来た。


僕はそっとボルトくんの手を握った。彼は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに微笑んで握り返してくれた。この温もりさえあれば僕は生きていける……そう思えたのだ。これが僕の、僕達にとっての暁。



「……寝ちゃった」








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