玲王は頬を伝う涙を手の甲で拭い、躊躇いながらも凪の頬にそっとキスをした
最後のお願いであるキスをするということは、凪との別れを受け入れるということ
そして、溢れる感情を素直に口にした
玲王「俺が好きなのは元の凪だけど、それでも…お前のことも大好きだから」
凪「うん…」
頬へのキスは親愛の証
もちろんそれは、目の前にいる凪は玲王にとって本命じゃないということだ
あとわずかで居なくなる自分を喜ばせるために、今だけは優しい嘘をついてくれたっていいのに
でも、こんな風にどこまでも真っ直ぐで、最後まで正直に自分と向き合ってくれるところが玲王らしいな、と凪は思う
だからこそ、自分のことを「大好きだ」と言ってくれた玲王の言葉は決して嘘じゃないのだろう
玲王「今日一日すげぇ楽しかった、絶対に忘れない」
凪「…うん、俺も」
唇が触れ合いそうなほど近くで、凪はそう告げた
凪「じゃあ、一緒にベッドで横になって」
玲王「え?」
手を引き、そのまま一緒にベッドに上がろうとする凪に玲王は驚く
玲王「えっ、あ、なんで…?」
凪「だって、記憶取り戻した時に意識失って倒れたりしたら危ないでしょ」
玲王「あ、なるほどな…」
その行為の理由に納得がいった玲王は、凪が誘う通りベッドへ乗ると、二人分の重みでマットが深く沈んだ
凪「じゃあ、昨日の夜…俺が玲王の湯たんぽになってた時みたいに、抱きしめさせて」
窓を背にした凪が手を広げてその腕の中に玲王を迎え入れ、玲王は凪の首元に顔を埋めるようにして黙ってそこに収まった
凪「…ねぇ、この新しいベッド、ダブルサイズだっけ。やっぱ狭くない?玲王の家のベッドと比べたら」
玲王「そっか?前置いてあったシングルで二人で寝たこともあるし…大丈夫だろ」
凪「俺と?その時、ちゃんと寝れたの?」
玲王「えっと、その時は…」
初めてこの部屋に泊まった日、停電して真っ暗な中でシングルサイズのベッドに二人で寝た時のことを、玲王は思い出してみる
玲王『この大きさに俺ら二人は無理だって』
凪『大丈夫だよ。レオが窓側に寝て、俺が横に寝て挟んだらレオは落ちないから!』
玲王「まぁ…くっついて寝たし、なんとかな…朝起きた時に、布団は全部凪に取られてたけど」
凪「何それ」
凪『あー!目ぇ逸らしたからレオの負け』
玲王『ちょっと待てよ、近づくのは反則だろ!』
凪『何?いっつもおんぶの時こんくらい近いじゃん。動じる玲王が自意識過剰なんじゃないの?』
玲王『バカ、正面からはちげぇんだって…』
玲王「…ははっ」
ベッドの上で凪から急ににらめっこしようと言われ、向かい合って見つめ合って、顔が赤くなったのを見られまいとしていた時のことを、玲王は懐かしく思い出していた
凪「何…また思い出し笑いなんかして。ここでもやっぱ、俺との思い出があんの?妬けるんだけど」
玲王「…あ、ワリ。元の俺に…嫉妬とかする?」
ニヤけてしまう口元を押さえた玲王が、凪を見る
凪「そりゃ、するよ。俺は玲王の思い出の中の人になっちゃうけど、元の俺は…玲王と同じ時を生きていけるんだよね、って」
凪が正直にそう言うと、玲王の表情は暗がりでハッキリとは見えないものの、その眉が少し哀しげに下がったような気がした
凪「…ごめん。しんみりしながらお別れしたくないから、気にせず最後まで笑っててよ」
玲王「…んな無茶言うなよ」
既に別れを意識してしまっているのに、笑顔でいるなんて無理だ、と玲王が言う
凪「んー…じゃあ、今日の反省会しよっか。今日一日、楽しかった?」
玲王「うん。オソロコーデで街行って、したことねえゲームして、ずっと食べたかった店のスフレパンケーキも食えたし…初めて凪とプリクラ撮ったりとか。あの時、急にキスされたのは…ちょっとビックリしたけどな」
不意打ちのキスプリを思い出した玲王が、仕返しのようにして凪の鼻をつまむ
凪「ほ、ほへんなはい…」
玲王「ハハ、でも、全部がスゲェ楽しかったよ。あのサボテンダーも、ちゃんと大事にするからな」
玲王の手が離れた自分の鼻を、凪が涙目でフニフニと揉む
凪「あ、そーだ…あの子にも、名前つけてあげて」
玲王「えー?何にすっかな…じゃあ、お前のサボテンがチョキだから、俺のはパーとか?」
窓辺のチョキを見ながら、玲王が冗談ぽく言う
凪「何それ、安直すぎない?しかもちょっとバカっぽいし」
玲王「安直とかお前に言われたかねーよっ」
凪「え?チョキはいい名前じゃん」
時間に追われることなく、こんな他愛のないやり取りを玲王とずっとしていられたら
毎日がどれほど楽しいだろう
凪が玲王の髪をサラリと撫でる
凪「この変わった髪型とか、髪の色…本当は、最初見た時から玲王にピッタリだなって、そう思ってた」
玲王「ホントかよ?」
疑いの眼差しで玲王が凪を見上げる
凪「うん…でも、その時は照れて言えなかった」
玲王「そっか」
今更になって、素直な想いが凪の胸に次々と溢れ出してくる
凪「今思えば、もっと照れずに、素直に玲王の色んなところを好きだって伝えてれば良かったな…」
玲王「…大丈夫、十分伝わってるよ」
凪が伝えきれなかった想いを汲み取るようにして、玲王がその背中を優しく摩る
凪「…ねぇ、玲王」
玲王「ん?」
凪「俺が名前呼んだらさ、俺の名前呼び返してくれない?」
玲王「うん」
凪「安心して、眠れるように」
玲王「…わかった」
いよいよお別れの時が来る
凪は玲王の匂いに集中するため、そっと目蓋を閉じた