帰宅後めちゃくちゃ以下略

帰宅後めちゃくちゃ以下略



 ちゅ、と額に柔らかな熱が落ちて、目を細めた。細い指先がその場所を撫でるように触れ、その心地良さに自然と笑みがこぼれてしまう。

「……ふふ」

 自然と頬が緩んで微笑めば、さっきよりずっと赤い顔のかわいい恋人。いつも片方の髪をヘアバンドで上げている彼女は、今日ばかりは綺麗に結い上げたアップスタイルの赤い髪に、4号から贈られた白い花の髪飾りをつけている。先を越されたと遅れて用意した銀のイヤリングは今、彼女の耳で照明の明かりを弾いて揺れていた。

 きらり、耳飾りに埋め込まれたカットガラスの眩しさに、思わず目を閉じる。

「な、何かへん、でしたか……?」

 不安そうな声に、ぱっと目蓋を上げた。きらびやかな会場の明かりに、可愛いスレッタの顔が霞む。思わず手を伸ばせば、華奢な指先がそれをとらえた。

「ちがうよ」

 4号とは違い素手のまま、彼女のそれに自分の指を絡めてみる。少しばかり膝を折り、さっきスレッタが口付けてくれた額を、彼女のものにコツンと合わせた。

「うれしいなぁ、って」

 さっき4号からキスされてた時、嫉妬してたの気づいてた?

 そう続ければ、優しい彼女は口ごもる。―――思い出すのは、ついさっきのこと。今日の僕らは揃いの黒の燕尾服に、装飾はいつも通りの識別代わりのピアスのみ。ただ一つだけ、たまには印象を変えようと前髪を後ろに流してみたのだった。

 普段はせいぜい、邪魔な横の髪を耳にかける程度。前に彼女の可愛いお願いを聞いて編み込みをしてもらったこともあったが、本当にその程度だ。影武者がご本人様と違う髪型に変えることは許されない。

 随分と雰囲気の変わった僕らを見て、スレッタは固まったあと、かっこいいです! とその場で飛び跳ねた。普段は髪に隠れた僕らのおでこに許可を取って触れ、何がそんなに珍しいのかと思うほど撫で回す。僕の額に触れ、それから4号にも。

 無邪気な子どものようにはしゃぐ彼女のおでこに、何の前触れもなく4号がキスしたのは、その直後だった。

「それもあります、けど……」

 くい、と絡めた指先を引かれて耳を寄せれば、桜色の唇がそうっと囁く。

「……きす、されて嬉しかったので……わ、私も、したくなっ、て」

 反射で彼女を思いっきり抱きしめなかった僕を、誰か褒めてほしい。

「……そっか」

 ここがまだ会場からほど近い通路で、目の前を沢山の人々が行き交っていなかったら、抱きしめてそのまま“お返し”しているところだった。彼女のように言うなら“すっごい方”のやつ。普段ところ構わず彼女を口説くわキスするわで、次は何をやらかすのかと周りをビビらせている4号のことを言えなくなってしまう。

 まぁ、人通りのあるところでキスをしたという点ではスレッタも同じかもしれないがそれはそれ、これはこれだ。可愛い女の子が背伸びして恋人にするのと、デカい男が目を白黒させてる女の子にするのとじゃ全然印象が違う。

「ありがとう。……すごくうれしい」

 するりとこぼれた言葉は、紛れもない本心だった。余裕があったらこれにかこつけて愛の言葉でも囁きたい所だったが、残念ながらそこまで頭が回らない。惜しいなぁ、せっかく4号がいない絶好のチャンスなのに。

「よ、良かったです……えへへ」

 無邪気な笑顔にたまらなくなって、さっきのお返しのようにその耳へと唇を寄せる。

「あとでここにも、してくれる?」

 そう言って自分のものではなく、彼女の唇に指を添える。―――おでこだけでなく、唇にも。普段はちょっと心配になるほど鈍感な彼女も、さすがに意味を察したらしい。目の前の耳がじわじわと赤く染まり始めた。

「…………はぃ」

 小さな返答に満足して離れれば、指先に彼女の桜色が移っていた。あ、しまった。グロスを塗っていたのか、どうりでいつもより艶めいていて美味しそうだと思った。

 ふと視線を向けた先には、よれたグロスに慌てている様子の彼女。気づかずキスして口紅が取れてしまった時のようなそれに、おもわず息をのむ。

「お待たせ。……何してたの」

 しかもタイミング悪く、4号が戻ってきてしまった。

「……5号、きみ」

「いや、違うって4号。……その目やめて。本当に何もしてないから」

 真っ赤な顔の彼女、やけにキラキラした桜色の僕の指先、よれたグロスに覆われた彼女の唇。証拠は上がっているような状態だが悲しいかな、僕は本当にキスなんてしていないのである。スレッタがおでこにしてくれただけで。

「お、おかえりなさい! 電話、何でした?」

「……ここではちょっと。一旦部屋に戻ろう」

「待て待て待て! ちょっと待って4号、落ち着いて。本当に何もしてないから、ね? だよね? スレッタ」

 仕事にかこつけ部屋に連行されそうになったスレッタの肩から、4号の手を引き剥がす。不服そうな氷の視線を受け流し、必死にスレッタに同意を求めた。

「え、……ぁ、」

 しかし何を思い出したのか、初心なスレッタはますます顔を赤らめて俯いてしまう。

 待ってスレッタ、その反応は良くない。すごく良くない。

「……電話の内容は、今日の任務の中止。ターゲットが急用で不参加になったらしいから、好きにパーティーを楽しむか普通に帰ってこい、だって」

「それ、別に個室行かなくても小声で話せる内容だよね?」

「……だったら何」

 だったら何じゃないよお前はさぁ!

 髪を掻き回してそう叫びたい気持ちになったが、せっかくスレッタが褒めてくれた髪型を崩してしまうのは惜しい。相変わらず命令には基本従順なくせに、スレッタのことでは暴走しがちな同胞を必死に宥める。個室にスレッタを連れていって、一体何する気だよ4号。いやだいたい想像はつくけどさ。

「……スレッタは? 僕はどっちでもいいけど、立食パーティー楽しみにしてたよね?」

 食べることが大好きなスレッタは、仕事と言えど高級ホテルの美味しいご飯が食べられそうなことに心を踊らせていた。突然話を振られた彼女は目をぱちぱちさせて、少し照れながら口を開く。

「あの……せっかくならパーティー、参加したい……です」

 鶴の一声、ならぬスレッタの一言である。流石の4号もそれを聞いて、くるりと行き先を変えた。

「今日のメインターゲットはいないけど、参加者の中に他にも怪しい人物は沢山いるから。あまり僕から離れないようにして」

「あっ……はい!」

 4号に腰を抱かれたスレッタは、嬉しそうに大きく頷く。あの笑顔はたぶん、エスコートされていることより美味しいご飯が食べられることが理由だろう。色気より食い気な可愛い女の子の後ろ姿を、僕も慌てて追いかける。

「僕も忘れないでほしいなぁ。場所取りしておくから、最初は4号と料理を取っておいで」

 それでいいよね? と隣のそいつに視線を送れば、少しばかり嫉妬を滲ませつつも小さく頷かれる。なんだかんだで、誰よりスレッタのことが大事という点では通じあっている僕らである。

「ローストビーフ、ミルフィーユ、あとシューマイ? っていうのもあるみたいで……」

 楽しそうに指折り数える彼女に落とされた4号の視線も、穏やかなものに変わっていた。その優しさを少しでも周りに配ってくれてもいいと思うんだけどなぁ、とぼやきながら、僕も静かにその隣に並ぶのだった。



(なんやかんやでペイルを退社した様がしれっと救っていた4号と行く宛てのない5号とついでにスレッタちゃんを勧誘し、裏で腐った世界を変えるため手を回している世界線)


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