𝕆ℕ𝔼ℙ𝕀𝔼ℂ𝔼　𝔽𝕀𝕃𝕄　𝕎ℍ𝕀𝕋𝔼

「病院が封鎖！？」

ナミが電伝虫に向かって叫んだ。

「そうなんだ。だからこれから行ってくる！」

「行ってくるって、病院に？」

「ああ」

「無理よ！いくら医者とはいえ……！」

「きっと何かあったんだ。だから、行かないと」

ナミがはあ、とため息をつく。

「ロビンとブルックには倒れている人を中央広場に運んでもらう。だからナミ達には広場で応急措置をしておいて欲しいんだ」

「わかったわ。……チョッパー、一人で行くわけじゃないんでしょ？」

「ペンギンとシャチが一緒に来てくれるって」

ナミは首を傾げる。

「ペンギンと……シャチ？」

すると、別の人に変わったのか、電伝虫の声が明るくなった。

「こんちゃー！俺シャチです！！ナミさんs」

「ペンギンですー！チョッパーさん、ちゃんと危険な目に遭わないよう警戒しときますからご安心を痛だだだだッ！！！」

「……本当に、大丈夫かしら」

「「ダイジョーブですッッ！！」」

そこでプツッと通信が切れた。不安要素が消えた訳では無いが、とりあえず、今は任せるしかない。こちらも、大変なことになっていてそれどころじゃないのだ。

「緊急事態！」

ナミの呼び掛けに、全員が耳を傾ける。

「病院が封鎖されてるって！！」

「「「「「はァ！？？」」」」」

作業しながら耳を傾けていただけのゾロもバッと振り返り、驚きを顕にした。

「つか、どこ行きやがったんだ……あのヤローッ！！」

サンジが苛立ちながら中央広場へと駆け込む。

広場には何十人という数の人が横たわっていた。子供から大人、高齢者まで。性別問わず、毛布の上に寝かされていた。

彼らは、突然倒れたのだ。最初は一人が息苦しさを訴え、それからどんどんと広がっていき、今では広場中倒れた人だらけだ。

彼らの共通点。それは──〝肌が白く変色している〟ことだった。

ナミはチョッパーに電伝虫でその事を伝えた。「何かの病気なのかもしれない」と。

肌が白く変色する。その特徴的な症状を引き起こす病など、一つしか無かった。

──珀鉛病。

１６年前、北の海のある王国を襲った、強力な感染症。感染者の皮膚は白く変色し、時が経つにつれ変色部分は広がっていく。やがて髪も白くなり、痛みに苦しみながら死んでいく。その感染力と特徴的な症状から、感染者はこう呼ばれ、迫害された。

――ホワイトモンスター。

病院前に設けられた鉄柵の前に、チョッパー、ペンギン、シャチが辿り着いた。

「あの」

チョッパーを抱えたペンギンが柵の前に立つ防護服姿の警備員に声をかける。

「何だい君たちは。今病院には入れないよ」

「そこをなんとか。……せめて、理由だけでも」

すると警備員は少し考えるように黙り込み、三人に近づくよう手招きした。

「本当は外部に言っちゃいけねんだが、教えてやるよ。──ありゃ〝珀鉛病〟だ。一国を滅ぼした恐怖の感染症が、ここで復活したんだ」

「やっぱりか……いつから患者が？」

「本当は二年前くらいからあったんだ。俺が知ってる限り、島民の八割はどこかしらの皮膚が白くなってる。病院じゃ間に合わないし、そもそもこの島に来るヤツが少ないからって重症者優先に隔離してたんだ」

「なのに祭りを開いたのか？」

チョッパーの鋭い一言に、警備員が息を詰まらせた。

「感染者が増えるかもしれないのに、何で！」

「……島の管理者が、そうしろ、と………っ最初は俺達も反対したんだ。そんなの危険すぎる。……本当に、申し訳ない」

「アンタの言う、島の管理者ってのは何処に居んだ」

シャチが怒りを込めた声で問い詰める。

「………この島の、外だ」

三人はそれでもう理解出来た。島の管理者の目的は知らないが、自分だけ珀鉛病から逃げたようだ。

「街中でも倒れてる人がいるんだ！今中央広場に集めてる、どうにかならないか？！」

「手伝ってやりたいがこっちももう手一杯だ…！医者も数が足りない……！」

「重症者だけでも……！！」

警備員は暫くずっと唸っていたが、ポケットをごそごそと漁り、電伝虫を取り出した。

「掛け合ってみよう」

三人の顔が一気に晴れた。

「「「ありがとうございます！！」」」

ペンギンとシャチは今日は誰かに感謝してばかりだな、と思ったがそんなことはどうでも良くなるくらい、希望の光に歓喜していた。

中央広場。ロビン、ブルックが無事合流し、麦わらの一味全員の安否確認が完了した。

「人が多すぎるわ……」

「何ヶ所かに分けないと、そろそろここも埋め尽くされちゃう」

ナミが額に滲む汗を吹きながら言った。

そこへ、海兵らしき青年が一人、中央広場に駆けつけた。

「誰！？」

「コビーです。此処にいるのは偶然ですが……まさか、こんなことになるとは……」

広場を埋め尽くすほどの発症人の数にコビーは驚いた。ここに来るまでにも何人も倒れている人を見かけ、応急措置を施したが、あまりにも数が多すぎる。おそらくは──この島にいる人間のほぼ全員が発症している。

「そちらの船医は？」

「今はいないわ。病院に行ってる」

「病院に？閉鎖されたと聞きましたが……」

「閉鎖までするんだから何かあるだろうって」

「そういう事でしたか……電伝虫で連絡を取れませんか？──伝えなければならないことがあるので」

一方、ブルック、フランキー、ゾロ、ルフィはローの捜索に出ていた。いくつも路地を曲がり、街灯の無い道を進んだ。気づけば教会付近まで来ていた。

「見つからねえなあ〜」

「二手に別れた方が良かったんじゃねえか？」

「ゾロさんよく迷いませんでしたね〜、前から二番目で走ってるのに」

「スーパー大丈夫だ！……多分な！！」

曲がり角を曲がったところで、丁度教会の鐘が鳴った。

「鐘……？ってことはここ教会か」

「さっき来ましたよ此処。ロビンさん達と一緒に」

「真っ白だな〜」

あははは、と笑うルフィ。

「でもこの辺の建物は中央広場周辺と比べて白いものが少ないですね」

ブルックがそう呟いた時、ゾロが刀に手をやった。それとほぼ同時に、ブルックも仕込み刀に手を置く。

「……誰か居んな」

しかし、そこにあるのは夕暮れの静けさだけ。教会の影が伸びきって路地を夜闇へと連れ去ろうとしている。

一瞬、視界に青い膜のようなものが映った。それと同時に、耳元を重い音が通り過ぎた。

「能力者か」

刀を握る力が自然と強くなる。一体どこから現れるのか、意識を研ぎ澄まして探る。

こつ、と足音がした。

「そこかァッ！！」

ゾロが刀を抜き、斬りにかかる。確実に斬ったはずだというのに、ゾロの一振は空を斬った。

背後に移動した気配に振り返る。──敵に背を向けるなど、莫迦な奴もいたものだ。

「〝二刀流　弐斬り〟──！」

構えを取った次の瞬間には、もうそこには誰もいない。気配は再び移動し、協会の入口前に立っている。

暗闇に目が慣れてきて、ようやく襲撃者の姿がみえた。

襲撃者は黒いマントを羽織り、フードで顔を隠している。首元にかかったロザリオが、どこかから光を反射して、きらりと輝いた。

「誰だお前！！」

ルフィが叫ぶ。勿論、返答はない。どころか、気にもしていないようだ。

「何も言わねぇなら、俺達の敵ってことでいいんだな……？」

全員がすぐ攻撃できるよう警戒する。だが、襲撃者は一切動じない。

最初に動きだしたのはルフィだった。初撃は見事に躱され、襲撃者はまた姿を消し、フランキーの背後に現れる。ブルックが斬ろうと刀を抜くその一瞬で、また姿を消す。今度はゾロの目の前に現れた。この期を逃さまいとゾロは瞬時に刀を振る。襲撃者の首を掠めるすれすれでまた姿を消し、中央に現れる。

「そんなに怖ェか？」

ゾロがニヤリと笑って挑発する。その隙に、ルフィが襲撃者を殴ろうと再び拳を握り腕を伸ばす。それを襲撃者は最小限の動きで躱してみせた。腕を伸ばした勢いで、通り抜ける瞬間に僅かに風が起こり、その風が襲撃者の黒いフードをふわりと剥がした。だが顔が見えるより先に、襲撃者は再び姿を消し、教会前に現れた。

襲撃者の手元で、何かがきらりと鈍く光った。

「──おい、アイツなんか持ってんぞ！！」

気づいたゾロが忠告する。その言葉を遮るように、襲撃者は刀を構え、突きの動作を四度。

一瞬、違和感を感じたが、気にすることなく四人は一気に襲撃者に向かって駆け出した。

刹那、視界に映る景色が変わった。そこは教会前ではなかった。

遠くから、ナミがこちらへ駆け寄ってくる。

「おかえり。どう？見つかった？」

「いや、見つからなかった！！」

そう言うゾロの横で、ルフィが落ち着いた様子で話す。

「いやぁ〜驚きました。まさか襲撃に遭うなんて。誰なんでしょうあの方」

「攻撃の予備動作だけですぐ瞬間移動しやがる。そこだけは弱っちいな」

「……あのさ、アンタ達、なんでそんな口調違ってんのよ」

「は？」

「はい？」

「違ってなんかねェだろーオレはいつでもスーパーだぜ〜！！」

「どうしたんだ？ナミー」

ナミの顔が、どんどん青ざめていく。

「どうなってんのよこれーーーっ！！！！」

「「「「入れ替わってる！？？」」」」

サンジが四人に話したのは、最初はあくまでも可能性だったが、それなら確かにこれだけ口調が違っているのにも理解ができる。

「試しに、自分の名前言ってみろ」

「ゾロ」

「オレはフランキーだ！！」

「ブルックです」

「モンキー・D・ルフィ！！海賊王にな」

「ほらな、違ってんだろ」

ゾロと名乗ったのはフランキーで、フランキーと名乗ったのはブルックで、ブルックと名乗ったのはルフィで、ルフィと名乗ったのはゾロ。

正直、もう地獄である。

「ややこしいわね……ウソップ！なんか良い案ないかしら」

「ん〜……あ、じゃあこうしたらどうだ！」

そう言って四人の似顔絵を段ボールに描き、ゴムをつけてそれぞれの頭に巻いた。

「どうだっ！！」

「いいわねー！一目見てわかるわ！」

こうして、無事見分け問題は解決した。

ゾロは始終、何か悩むような顔をしていた。

こちらへ飛ばされる一瞬前に見た、襲撃者の正体となるもの。

襲撃者の持つ刀は、既に抜き身ではなく鞘に入れられていた。鞘には白色の十字のような模様がいくつも描かれており、紅色の緒が巻かれていた。

ゾロは記憶の中から〝ある人物〟の鞘の特徴を探り出す。

「──なァ、勘違いならいいんだが」

ゾロの声に、その場に集まっていた全員が反応した。

「確か、トラ男の持ってる大太刀──〝鬼哭〟の鞘って、白十字に紅い下緒だったよな」

「あー、言われてみれば、そう、かも？」

「よく覚えてたなクソマリモ。あってんぞ」

「それがどうかしたの？」

「──襲撃者、トラ男かもしれねェ」

森の奥、ひっそりと佇む古びた塔に、沈みかけの陽の光が差し込んだ。光は室内にいる三人を照らし、影を作り出した。

「だから何度も言ってんだろ。諦めろ」

「諦められませんって！まだ１３年前の恩を返せてません！」

「恩なんかお前らに売った覚えは無ェ。勝手に着いてきたのはそっちだろ」

「それでもいいですよ。……俺たちは俺たちで、勝手に恩返しさせてもらいますから」

木製の扉が、キイ、と音を立てた。

それっきり、音はしなかった。

四人が入れ替わる三十分程前、閉鎖された病院の鉄柵前。

ペンギンとシャチは先程突然走り去ってしまったので、今はチョッパーと警備員しかいない。

「すぐ戻ってくる、とは言ってたけど……」

警備員の電伝虫の通信が切れる音がして、顔を上げた。

「どうだったんだ？」

「病院からの返答はこうだ。──重症者優先に、病院側での療養・隔離に対し尽力する」

それは、珀鉛病に罹患した街の人達を救う第一歩となる返答だった。

「本当か！！？」

「ああ。お前の誠意が向こうに伝わったこと、そして、お前が医者だったことがきっかけとなったんだろうな」

病院も、既に珀鉛病や他の病気の患者で手一杯だった。だから、受け入れ許可と引き換えに、船医だというチョッパーに手伝って欲しいと要求した。勿論、チョッパーはその要求をのんだ。

「タヌキも医者になれるんだな」

「タヌキじゃない！トナカイだ！！」

チョッパーは電伝虫ですぐに中央広場にいる仲間にその事を報告した。

「わかったわ。でも、こっちも人が多くて……時間がかかりそう」

「白い部分が多い人を優先して運んでくれ」

「任せなさい！！」

ナミの元気いっぱいの声に安堵の息をこぼす。

「そうそう、海兵さんがチョッパーに話があるって」

「エェッ？！おれ、なんかしたっけ……」

通話相手が変わったことで、電伝虫の表情も変わった。想像していた海兵の顔よりも、随分と人懐っこい表情をしていた。

「こんにちはチョッパーさん。コビーです」

「コッ、コビー！！？〝英雄〟がおれになんの用だよ〜っ！！」

「船医である貴方に話があります。今周りに人はいますか？」

真剣な声に、焦る気持ちを抑え、返答する。

「一人だけ……」

「その方には申し訳ありませんが、一旦離れて誰も居ない所に行ってください。話はそれからします」

コビーからの指示に、わかった、と返事をし、警備員に訳を伝えてその場を離れた。

「それで、話ってなんだ？」

コビーは一度深呼吸し、それから言った。

「珀鉛病の〝真相〟についてです」

「真相……？」

チョッパーが知っている限りでは、珀鉛病は北の海のとある内陸国で爆発的に感染した病気で、患者は迫害され、その国は珀鉛病により滅んだという事くらいだ。真相とは、一体どういうことなのか。

「──珀鉛病は感染症ではありません。あれは、珀鉛という鉛によって引き起こされる、鉛中毒です」

「……！じゃあなんで感染症だなんて言われてるんだ！？」

「そこが問題なんです」

コビーの声に影が差す。

「世界政府も王族も、珀鉛に毒性があることを知っていました。その上で、国民に掘り起こさせていたのです。──珀鉛によってもたらされる巨万の富に目が眩んで」

「そんな……！！」

「体に溜まった珀鉛は子供へと受け継がれていき、百年という長い時間をかけて一斉に中毒症状を発症しました。年齢問わず発症したことにより、隣国が感染症と勘違いしてフレバンスを隔離したんです。隣国は国から出ようとする彼らをまるで化け物のように迫害し、射殺した。……抵抗しようと全面戦争が起こったものの、世界政府は隣国の味方をし──白い町は、国民と共に炎の中で滅亡しました」

真相は、自分の知っている事実とはまったく異なっていた。──悲劇の王国・フレバンスの滅亡は、珀鉛病による全滅ではなく、隣国の迫害と射殺、世界政府と王族が金に目が眩んだ結果だった。

「そして今、また珀鉛病がこの島で発症しています。ここには、珀鉛なんて一欠片も無いはずなんです。……つまり」

「ここに珀鉛を持ち込み流出させた奴がいる……！！」

背筋がぞわりとするような感覚があった。それと同時に、心の中に、黒い炎がうねり、静かに燃え上がるように感じた。

「我々の目的は三つ。珀鉛を持ち込み流出させた犯人の捕獲と珀鉛病の治療法を探し出し、治すことです」

「三つ目は何だ？」

しばらくの沈黙の後、重い言葉が紡がれた。

「〝古代兵器〟の破壊です」

「古代兵器……！？ここにあるのか！？？」

「はい。とはいっても、まだ裏は取れていないので、これから調べていきますが……情報によれば、その兵器があればこの島は文字通り消えます」

「消える！？」

「その兵器の名は──」

〝トラウィス〟