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ゾロ、ルフィ、ウソップは街の中を歩いていた。ルフィの趣味──冒険だ。

気になる所があれば立ち寄る程度だったが、ほとんどはルフィが食べ物を見つけて食いつくかゾロがどこかへ行くかの二択で、ウソップはそれの回収に忙しくそれどころじゃなかった。今も、ルフィが突然どこかへ行ってしまい、探している最中だった。

「あ、居た！」

ようやく見つけ、ゾロも連れてそちらへと向かう。どうやら、ルフィは誰かと話しているようだった。

「おいルフィ！勝手にどこかに行くなよ！」

息も絶え絶えにウソップが叱るが、ルフィは反省の色を見せない。

「だってよー、久々だったから」

久々、という言葉にルフィの知り合いだと言うことだけが分かり、誰なのかと確認する。

「ギャーッ！！か、かかか海軍んん！？？？」

「ちょっと、あまり大声出さないでください！今プライベートなんですよ！」

まわりが海軍、という言葉になんだなんだと集まり始める。ひそひそと話し声も聞こえる。

「ほら、行きますよ！」

その人物は三人を引き連れ静かな路地へと入った。

「なんで大佐がここにいるんだよー！！」

「今は違いますって！一個人としてこの祭りに来てるんですから！」

「ほんっと久しぶりだよなーコビー！二年ぶりだな！」

ルフィが笑いながら言う。

コビーと聞いて、知らないと答える者は今やもういないに等しい。何せ、あの〝ロッキーポート事件〟で多くの市民の命を守り抜き、ガープに続き〝英雄〟と呼ばれるようになった海兵なのだ。

「ルフィさん以外も来るんですね」

「ルフィのワガママでなー」

もちろん、ルフィが一緒に回るか？なんて誘おうとしたのでさすがに止めた。

一方、ロビン、チョッパー、ブルックは古びた喫茶店に来ていた。店内は珈琲のような深い茶色の木々でできており、多少狭くはあるが客の数も少ないようで支障はなさそうだ。本棚には小難しい本が綺麗に並べられている。

「いい雰囲気ね」

三人はカウンターの席に着き、ロビン、ブルックは紅茶を、チョッパーはオレンジジュースを注文した。

「こんにちは。外の客だろ？」

突然声をかけられ、ブルックが最初に反応した。二席開けて隣に座る二人の青年。一人はサングラスをかけ、シャチの帽子を被っている。もう一人は防寒帽を被っており、帽子には〝PENGUIN〟と書かれている。

「ええ。私はブルックです」

「ロビンよ」

「おれ、チョッパー！」

三人が名乗り、ロビンが視線で二人に名乗るよう言う。

「俺はペンギン。そんでこっちが」

「シャチ！俺達幼馴染なんだー」

「へぇー！！仲良いんだな！」

チョッパーの言葉に、当たり前、とでもいうように胸を張るシャチ。

「実は俺達もここに来るのは初めてなんだ。祭りってよりは人捜しなんだけど……」

「「人捜し？」」

「そ。俺たちの命を救ってくれた恩人を捜してるんだ。顔は覚えてないけど、声は確かに憶えてる。あったら絶対わかるって確信がある」

ペンギンはそれから、過去にあった話を少しだけしてくれた。

「十三年前、俺達はスワロー島って所にいた。色々あってシャチと二人で山の中に小屋を建てて暮らしてたんだ。そんな時、突然デカい猪に襲われて、一度死にかけたんだ」

「俺は脇腹抉られた程度だからまだよかったけど、ペンギンは右腕の肘から下を全部いかれて、さすがにあん時は死ぬんじゃないかって思ったぜ」

「でも死ななかった」

察したように、ロビンが続ける。「貴方達の恩人が救ってくれたから」

「ああ。もしあの時、あの人が救けてくれなかったら俺達は今ここには居なかっただろうな」

「いい話ッ……！私、そういうの弱いんですよ。ヨホホ……」

「その後経過観察にちょっとだけ顔出す程度で、リハビリまで手伝ってくれたのに何一つお返しできず、その人はどこかへ姿を消してしまったんだ」

「十三年前の恩をあの日救ってくれた恩人に返したい……！そのために、俺達は十年前島を出て色々な場所を旅してたんだ。そしたらちょうど一ヶ月前に、ここに恩人と雰囲気の似た人がいるって噂を聞いて情報を集め、今日ここに来たんだ」

話を聞いている間、ずっとブルックとチョッパーは泣いていた。二人はこういう感動話に弱いのだ。

少しずつ落ち着いてきたのか、チョッパーが気になっていたことを二人に聞いた。

「脇腹の抉られた傷も、切断された右腕も、そいつが治したのか？」

「ああ。その時はその人しかいなかったし、それ以降も二人目が現れることは無かったから」

「ってことは、医者なのかな……この島の病院にいるんじゃないのか？」

チョッパーの意見に、二人の顔が不信に曇る。

「それがさ……医者じゃないらしいんだ。その人」

「ええっ！？じゃあお医者さんじゃなくてただの一般人が手術したってことですか！？」

「もう医者をしていないだけかもしれないわ。その雰囲気の似た人の情報と整合性は取れてるの？」

ロビンが話を進めるよう促し、二人もそれに合わせ話を続けた。

「ああ。俺たちのいたスワロー島は北の海にある。その人も、北の海出身らしいんだ。でもそれだけじゃ根拠とはいえないし……」

「他に判っていることは？」

「十年前にこの島に来たってことと、神職に就いてるってことくらいかな……詳しいところは全く」

「じゃあ、教会に行けば……！」

「そう。だからこれから行くつもりなんだ」

ペンギンがマスターに「ごちそうさまでした」と言い、席を立つ。シャチも立ち上がり、扉へと歩き出す。

「……なぁ！」

チョッパーの声に、二人が足を止め振り返った。

「おれたちも、人探し手伝うぞ！」

「……いいのかよ、そっちだって今いる三人だけなわけじゃないだろ」

「いいのよ。まだ自由にできる時間だもの。いいわよね？ブルック」

「ええ勿論ですとも。一緒にお捜ししますよ、貴方達の恩人さん」

三人が立ち上がる。全員、ただの善意による行動だった。

「……ありがとう！ございます！！」

二人は深々と頭を下げた。

こうして、ペンギン・シャチの人探しに協力することになった。

喫茶店を出て、五人は教会へと向かった。教会へはペンギンとシャチが先導した。幸い、この島には教会はひとつしかなく、捜索は容易だった。

「へえ、人捜し……」

教会にいた修道士の一人を呼び止め、聞き込みをしていた。

「うーん、黒髪で、白い斑帽子……知らないな。ごめんな、役に立てなくて」

「いえいえ。お忙しいでしょうに、すみませんね」

「見つかるといいですね」

修道士が手を振り、それにペンギンが振り返す。去っていく背中を見届け、大きくため息をついた。

「見つかると思ったんだけどなあ……」

「……もしかしたら、ですが、今は帽子を被っていなのかもしれませんね。だから見つからないのでは？」

「かもな……」

ガックリとうなだれる二人に、励ましの言葉をかけるよりも先に励ましより効果のある言葉が投下された。

「その人、もしかしたら見つかるよ」

二人が顔を上げる。そこには、先程までとは少し違った雰囲気の幼い顔をした青年が立っていた。

「先程から見ていました。貴方達のその必死さ、努力。このまま見つからないというのは報われないだろうと思い、声をかけさせてもらいました」

「あの！見つかるって、本当ですか？」

シャチが食い入るように問う。

「ええ。僕が知っているという訳ではありませんが、一度聞いたことがあります。十年前にこの島にやってきた青年の話。僕の知り合いが会った事があるそうなので、その方に聞けばわかるでしょう」

予想以上の展開に、ペンギンもシャチも目を輝かせた。

「その知り合いというのは今どこに？」

「この院内にいるでしょうから、呼んできましょうか？」

「お願いします！」

二人は顔を合わせ、にっと笑った。

同時刻。海岸沿いの海鮮料亭の影になる路地に、コビーがいた。片手に電伝虫を乗せ、誰かと通信しているようだ。

「コビーです」

「悪ぃな〜折角の休みなのに〜」

電伝虫の先から、のどかな声が返ってくる。

「いえ。それで、要件というのは」

「……お前、今どこにいる？」

数秒前までののどかな雰囲気とは違い、その声音からは、中将としての威厳ある風格が読み取れた。

「……？ゲベット島ですけど……」

「そうか。なら丁度いい。おれも後で向かうが……」

「この島に何かあるんですか……？」

「ああ。まだ疑惑の段階だが……もし本当なら、その島は〝消える〟」

「消える……！？それって、どういうことですか！？」

コビーの頬を、冷や汗が伝う。

「言葉のままだ。その古代兵器兵器の名は──」

電伝虫越しに伝えられた兵器の名を、頭の中で何度も反芻する。

「──その島には、ソイツが眠っているかもしれないという情報が入ってな。急遽出兵することになった」

「その兵器が、島を消す原因になる、と？」

「ああ。今ゲベット島周辺にいる海兵はお前とおれだけだ。できるだけは急ぐが──頼んだぞ」

「もちろんです」

電伝虫の通信が切れたのを確認し、ポケットにしまった。

「島を消し飛ばすほどの威力を持つ兵器──トラウィス」

兵器の名を口にしてみれば、それだけでもこの任務の重大さが自信に重くのしかかるように感じた。

「今、この島にいる人達を守るためにも、必ず兵器を見つけ出して破壊しないと」

コビーは路地の闇から歩き出て、どこかへと向かった。

フランキー、ナミ、サンジ、ローは陶器店を訪れていた。

とはいっても、まじまじと見ているのはナミ、サンジくらいで、ローは適当に見ている程度、フランキーに至っては興味がないようで暇そうにしている。

「何かしら、これ」

ナミが手に取ったのは、真っ白なティーカップだった。くるくると回してみると、光の反射具合で薄浅葱や卯の花色にも見える。

「キレイ……！」

美しい光沢にすっかり見惚れているナミに、店主が声をかける。

「おや、お客さんお目が高い。それは丁度今日届いたものでしてね。美しいでしょう？この光沢！光の反射具合で様々な色に見えるんです。白さならどの陶器にも負けませんよ」

「へぇ……！」

「本来は装飾品のようなものなので、骨董品店にあるべきなのですが……買取先がここに置いて欲しいと……」

「そうなの？」

「ええ。理由は分かりませんが」

「ふぅん……どうやって作ってるの？」

「さあ……私も詳しくは知りませんが、確か鉛の一種を使っているとか何とか……どうです？」

ナミは少し悩み、値段を聞こうとしてこちらへ寄ってくる足音に気づきそちらへ目をやった。ローが血相を変えてつかつかと近づいてくる。そして、ナミが持っているティーカップを奪い取り──腕を振り上げた。

「ちょっ、あんた何してんのよ！！」

声に気づいたサンジがフランキーより一瞬先に駆けつけた。

「おいロー！」

思い切り振り下ろそうとするローの腕を掴み、どうにか止める。ローは一切こちらへ視線をよこさない。

「止めろ！離せ黒足屋！！」

「落ち着け！何が理由かは知らねぇが投げ割るのはよせ！おいフランキー！お前も手伝え！！」

店主も突然の出来事に何が起きたのか分からず、戸惑っているようだった。ナミは何かおかしいと思い、ローを二人に任せて店主に聞くことにした。

「ねえ店主さん。あれってもしかして何か曰く付きなの？」

「いえ、そんな話一度も……」

「本当に？」

「当たり前でしょう！隠して何になるんですか！」

「…じゃあ何で……」

「あ、そうそう。貴女、〝泥棒猫〟のナミでしょう？となれば麦わらの一味。全員分あった方がよろしいでしょう？」

「えっ、あるの？」

店主は倉庫へ続く扉のノブに手をかけたまま答える。

「ええ。今日は祭りですから、沢山仕入れてますよ。他のも是非」

ドアノブを捻り、扉を開く。

「おい待て！本当に何も知らねぇのか！？それが、どんな代物なのか！どこから買取った！答えろ！！」

必死に叫ぶその声は、憎悪すら含んでいるように感じられた。

ナミ達四人は陶器店を出て、小さな公園に立ち寄った。フランキーは電伝虫でルフィに今あった事を伝え、ナミ、サンジはローに暴挙に出た理由を訊ねていた。

「どうして割ろうとしたの？」

ナミが聞いても、返事はない。

「……お前は、あのティーカップには何かあるって思ってるんだよな？」

サンジの問いに、小さく頷く。

「お前は、あのティーカップの〝正体〟を知ってるのか？」

少し間を置いて、また小さく頷いた。

「その正体については、ただの噂なんかじゃなく、マジなんだな？」

ローが視線を上げ、力強く頷いた。

「そうか……」

「ちょっと！なんで私の時は答えないくせしてサンジ君の時には答えるのよ！」

やはり何も答えない。どころか、また視線を下へ向けてしまった。

「ナミさん、こういう面倒な野郎はYESかNOで答えられる質問なら答えるんですよ」

こそっとナミに耳打ちする。するとナミも納得したように頷いた。

「それじゃ、また視線下げたのは？」

しばらくの沈黙の後、やはり視線を合わせることなく、言った。

「蟻の観察をしている」

「「蟻……」」

予想していなかった答えに、二人の頭の中で〝蟻〟という単語が何度も反芻された。

「おーい！トラ男ー！ナミー！サンジー！フランキー！」

元気いっぱいにやってきたルフィに、三人が同時に視線を向ける。

「ちょっ、早ぇって！待てよ！」

ウソップがへろへろになりながらゾロとルフィの後を追って到着した。

「おうお疲れー」

サンジが適当に労いの言葉をかけ、無事合流した。

「話は聞いたけどよ、なんで呼んだんだ？肉食いたかった〜」

「おいフランキー、おれは別に集まれなんて指示した覚えはねえぞ？」

「そりゃあ、ルフィならコイツも言う気になるだろうと思ってな」

「「いらない気遣いッ！！」」

ナミとサンジからツッコまれだが、来てしまったものは来てしまったのだ。言われようと言われまいと、ルフィは自分のやりたいようにやる。

「トラ男、話聞いたぞ。なんで割ろうとなんかしたんだよー」

もちろん嫌がる。ナミの時以上に、表情に苛立ちが浮かんでいる。

「理由わかんねーけど、そういうのはダメだぞ！！」

「海賊のお前が言うか？」

一切視線を合わせることなくキッパリと告げられたその言葉は、普通ならあまりの重さに、次の言葉を紡げなくなる。

「んー、まあそうだけどよ、お前は海賊じゃねえだろ？ならダメだ！」

「海賊でも駄目なもんは駄目だ。じゃあ何だ、海賊なら島を乗っ取ってもいいのか？違ぇだろ？」

「そういう奴もいる！でもおれは嫌だ！」

その言葉を聞いて、一つの結論に至った。

「……もしかしてだが、お前、自分が嫌かどうかで判断してねえか？」

ルフィが当然、とでも言うような顔をしているので、ローはいよいよ頭が痛くなった。

「とにかく、この話は終わりだ。俺はそろそろ帰る」

「何でだよー、釣れねーなぁ〜」

「そもそも、人混みは嫌いなんだよ」

そう言って立ち上がり、数歩歩いた先でナミがあっ、と声を上げた。

丁度七人の集まっていた場所のすぐ近くには人工池があり、子供たちが水を掛け合って遊んでいた。水玉のシャツを着た少年が、帽子を逆に被った少年の水鉄砲を見て、貸して貸してとじゃれ合った弾みに引き金を引いてしまい、発射された水は誰もいない──はずだった場所へと飛んでいった。

発射口がかなり上を向いていたようで、水はローの結った長髪に当たってしまった。

「あっ！！」

それに気づいた水玉シャツの少年が思わず声を上げる。

「大丈夫？トラ男君──！！」

ナミが駆け寄ろうとして、その足を止めた。ローがそれに気づき、振り向いた。

水の当たった髪が、白く変色している。

「ちょっと、それ……！」

ナミが指差し、それでようやくローも気づいたようで、慌てた様子で口を開く。

「へー、お前ホントは髪白かったのか〜」

ルフィがなんでもないかのように平然と言った言葉に、ローが一瞬固まった。

「なんで染めてんだ？おれいいと思うけどなー白髪！」

そういってニカッと笑うルフィに一味はそういえばこういう奴だったな……と再認識した。

「……お前は、だろ」

「若白髪か？」

「違ェ！！」

ゾロの素からの質問をぶった切り、ため息をつく。

「まあ確かに、その歳で白髪ってなったら気になるヤツもいんのか……苦労すんな、お前も」

サンジはフォローのつもりでそう言ったが、ローからはそうでもねえよ、と返された。

その時、一瞬だけ表情が曇ったように見えたのは、気のせいだと思うことにした。

ロビン、チョッパー、ブルック、ペンギン、シャチはある人物と話していた。

人捜し──ペンギンとシャチの恩人捜し──のために１３年前の記憶をもとに教会の修道士に聞き回っていたところ、ある修道士がそれらしき人物に会った事がある知り合いを紹介すると言ってくれた。そして今、その修道士と話をしている。

「ふむ、なるほど……確かに会いましたよ。たしか──八年前に」

一人の少年が、港を歩いていた。まだ日は昇っておらず、多少冷え込むが少年は慣れっこだった。昔からずっと朝のルーティーンとして港へやってきては朝日を見て帰るのだ。

この時間帯には、港は誰もいない。漁師はもっと早くに海へ出ているし、客船も貿易船も寝静まっている。この静かなひと時が、少年の安らぎだった。

いつも日の出を眺めている、もう使われなくなった桟橋へとやってきた。珍しいこともあったもので、そこには既に先客がいた。背後から見ているので、表情は見えない。だが、少年にはわかった。白いスカーフで結った黒い長髪。二年前、この島にやってきたという青年と同じ容姿だった。

少年はずっと気になっていた。自分よりもずっと年上の青年の事を。GL・新世界、そしてまだ自分が成人していないことが枷となり、まだこの島から出たことがなかった。そんな時、突然現れた北の海から来たという孤高の青年。少年にとっては憧れの的だった。

さらに言えば、島の人でもほとんど会った事がないというその希少性に惹かれたのかもしれない。

「あのっ……！」

青年はゆっくりとこちらへ顔を向けた。その瞳に、光は無い。

「あなたの、名前は」

少しの沈黙の後、返答があった。

──その声は低く、聞く者によっては恨みすら感じさせるようであった。

「あなたも、朝日を？」

「……いや、偶然ここに来ただけだ。邪魔なら退く」

そう言って青年は立ち上がる。

「いやいやいやそんなことないですって！！ あっ、どうせなら一緒に見ましょう！朝日」

少年は熱のこもった声で青年に語り続ける。

「僕、毎朝ここで朝日を見てるんです。元気がもらえますよ。ずっとじゃなくていいんで、今日だけでも！！」

「一人の方が落ち着いて見れるだろ」

「いいんですよ！一度は誰かと見させてくださいよっ！」

少年の必死の懇願に青年は数分後ようやく折れ、少年と距離を空けて桟橋に座り込んだ。

やがて、水平線が金に輝き、太陽が昇ってきた。潮風が吹き、青年の長髪をさらさらと撫でた。

様子が気になって、少年はちらりと青年の方へ視線を向けた。

少年は驚いた。青年の瞳には、先程までなかったはずの光が、僅かながら灯っている。太陽光を反射しただけに過ぎなかったとしても、少年にとっては嬉しかった。

初めて誰かと朝日を見て、初めて外の人と話して、初めてこの青年の曇った瞳にも光が宿ることがあると知って。

「どうです？いいでしょ」

「……悪くはないな」

「またいつでも来てください。──邪魔なら退きますから」

──邪魔なら退く。

一度は自分を突き放そうとした青年の言葉を、こうして言い返せたことに満足し、悪戯に笑ってみせる。しかし、相手の方が一枚上手のようだった。

「そんなことねぇよ」

──そんなことないですって！！

少年は、青年が自分と同じように言葉を返してきたと理解し、その上餓鬼だと嗤うかのように口の端を上げたので、少年には抗う策が思いつかなかった。

話に区切りがつき、ブルックが質問した。

「十年前にこの島へやって来て今まで滞在しているのは、その人だけですか？」

この質問は、ペンギンとシャチから話を聞いた時から引っかかっていたことだ。黒髪で、神職に就いている、十年前からこの島に滞在している人物。もしその人物以外に居ないのだとしたら、二人を彼の元へ案内できる。

「ああ……どうだろ。──知ってる限りではそいつだけだよ」

「じゃあ……！！」

チョッパー達が顔を合わせる。──間違いない。

「その人の名前、もしかして──〝トラファルガー・ロー〟じゃないかしら？」

「多分そう。……うん、そんな感じだったはず」

「「トラファルガー・ロー──」」

シャチとペンギンの心に、じわりと滲むように広がっていく。自分達の命を救ってくれた恩人、トラファルガー・ロー。一体、どんな人物なのか。写真にも映らない、存在自体が幽霊のような男の正体に、少しずつ近づいている。

「これで……！」

その時。

「大変だぁッ！！」

教会に大声が響き渡った。

「──病院が、封鎖された！！」