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夜闇に包まれた部屋に、足音が響く。男が足を止め、カーテンを開けた。部屋に微かに月光が差し込む。男の視線の先には、満ちる寸前の月が夜空にぽっかり浮かんでいた。

目を閉じ、首にかけたロザリオを両手で優しく握る。静かな時間が、部屋を満たしていく。

男が、ゆっくりと瞼を開く。

「──明日だ」

その声に宿っているのは、確かな覚悟。

「明日で、すべてが終わる。……終わらせてみせる。必ず」

琥珀のような瞳が月光に照らされ、輝いた。

血で滲む視界の中、最期に見た光景は──神秘的にも思えるような、美しいものだった。

富・名声・力。かつてこの世の全てを手に入れた男。──〝海賊王〟ゴール・D・ロジャー。彼の死に際に放った一言は、全世界の人々を海へ駆り立てた。

「俺の財宝か？欲しけりゃくれてやるぜ…探してみろ。この世の全てをそこに置いてきた」

世は、大海賊時代を迎える──

ここは新世界・ゲベット島。この島では毎年、とある祭りが開催されている。その祭りに興味を持った自由奔放な船長、モンキー・D・ルフィにより、麦わらの一味は現在祭りを楽しんでいた。

この街では１５年前、指針を変更しそれに伴って街の姿も変わっていった。中央公園を中心に、まるで波紋のように白い街並みが形成されて行った。太陽光を反射し、美しく輝く白い石畳の街道、その脇には純白のように白い漆喰と深みのある焦茶の木組みの家屋が連なり、その先には中央広場がある。祭りの中心はその中央広場だ。

「うおおおお！すっげェェェェッ！！！」

食事処から漂う美味しそうな匂いや、古書店、宝石店、画廊など様々な店が店頭にのぼりを出して客引きしている。道行く人々もオシャレをして楽しそうに歩いている。その中には子供の姿もあった。

「広場での演目までまだ時間があるな……」

「それじゃ、時間まで各々自由時間って事で！」

サンジの言葉に、ナミが提案する。全員が了承し、各自自分たちが行きたい所へ向かった。

ルフィ、サンジは食事処へ。

ナミは宝石店へ。

ロビン、チョッパーは古書店へ。

フランキーは玩具店へ。

ブルックは骨董品店へ。

ゾロ、ウソップは一足先に中央広場の博覧展へ。

中央広場に集まるのは今から一時間後。それぞれ自由にその時間を過ごした。

時は経ち、一時間後。九人全員が中央広場の花時計の前に集合した。が──

「おいルフィ。こりゃどういう事だ？」

「んむ？」

ルフィは片手で肉を食べ、もう片手で十人目の腕を掴んでいる。

「そいつァ誰だ」

「トラ男！おれの友達だ！！」

「違ぇ」

心底嫌そうな顔でルフィを睨み、掴んでいる手を無理やり剥がす。

「んだよ〜友達だろ〜？」

「違ェっつってんだろ！」

「いい加減諦めろロー。ルフィはそういう奴だ」

「それで？何があって友達になったのよ」

「ああ、それか」

サンジの話によればこうだ。

自由行動に移ってから、サンジはルフィの付き添いで一緒に食事処に来ていた。だが扉を開けた瞬間、部屋中に怒号が響き渡った。

「黙れ能無しが！！！！」

全員の視線が、怒号を放った大男に向けられた。

「お前が下手な真似するから、オレがうたがわれちまったじゃねえか。どう落とし前つけるつもりだ？アﾞアﾞ？！！」

「ごめんなさい、ごめんなさい！！」

大男の前に跪き懇願しているのは、病的なまでに白い肌をした、痩せた少年。

「お願いします、命だけは……！！」

「アﾞ……？オレが誰だか分かってて言ってんのかァ！？」

大男が少年を蹴り飛ばした。すぐ近くにいた客がひ、と小さく悲鳴を零す。

「おい！！」

次に叫んだのは、ルフィだった。

「なんか知らねえけど、なんでそいつ蹴った！！」

「外野が口出してんじゃねえ！！」

大男が椅子を掴み、ルフィへと投げた。客は悲鳴をあげ、隅へと逃げていく。

椅子は回転しながらルフィへと飛んでくる。サンジが脚を振り上げ、蹴り返そうとする。──が、そのまま空を切った。代わりに、ルフィが「あでっ」と抜けた声を上げる。ルフィにぶつかった何かが床にことりと落ちた。拾い上げてみれば、それはただの石だった。

「石……？」

「おい」

怯える客の群れから、突如低い声が響いた。

「そう癇癪を起こすな。揉め事は違法カジノか海でやれ」

「なんだァ？喧嘩売ってんのか！！」

大男の額に青筋が浮き立つ。

「今言ったのは誰だ！出てこい！！ぶっ潰してやる！！」

コツ、コツ……と足音がする。客たちがそこのけそこのけと道を開ける。

現れたのは、190cmはあるだろう長身の青年だった。体は細く、手には黒い布手袋を付け、長い黒髪を斑模様のある白いスカーフで結っている。身につけているロザリオや衣服は司祭のようだ。

「お前か……オレに舐めた口聞きやがった世間知らずは」

大男がズカズカと青年に近づき、威圧する。

「オレに刃向かったらどうなるか教えてやるよッ！！！」

大男が腕を上げ、大きく振り下ろす。青年は微動だにせず、ただそこに立っている。

「っおい、危ねぇぞ！！」

サンジが足を一歩前へ踏み出し、止まった。──目の前で起きた事が、あまりにも衝撃的だったからだ。

「……ぎ、ぎゃあああああああああああ！！！！！！」

大男が悲鳴をあげる。

「オレの、俺の腕があアアアアッ！！！」

ごとりと、鈍い音がした。大男の腕が、床に落ちた音だ。

「おい、大丈夫か！！」

ルフィが大男に近づく。腕を拾い上げ、やべー、と声を漏らす。

青年はただ無感情に、大男を見下ろしていた。その手には、食事用のナイフが握られていた。

サンジは怒りを目に宿し、青年に掴みかかった。

「手前ッ！いくら悪人でも、やっていい事と悪い事があんだろ！！」

「じゃあ、お前らがしていることは〝やっていい事〟なのか？──〝黒足〟」

琥珀のような瞳が、サンジを見据える。

「くっつくかなぁ……」

ルフィが唸りながら断面同士をくっつける。すると、見事に元通りになった。

「うおっ、くっついた！！」

「はァ！？バカな事言ってんじゃねェぞルフィ！そんなんでくっつく訳が──！？？」

振り返ってみれば、言葉の通り綺麗に元通りになっている。

大男はすぐさまその場から逃げ出そうと恐怖でもつれる足で扉へと向かった。

「待て！ゴムゴムの〜〜」

大男が必死の思いでドアノブに手を伸ばす。

「ピストル！！！」

ルフィの腕が大男の後頭部目がけて一直線に伸び、直撃した。

「ぶへぇッ！！」

顔面を扉に打ち付けた大男は気絶し、ズルズルと重力のまま倒れた。

「うっし」

清々したのか、平然と近くの席に座った。サンジも、ため息をついてからルフィの隣に座った。だが、偶然にもその席には先客が居た。

「おい、何しれっと座ってやがる」

 先程の青年が、二人を睨んだ。

「ここお前の席だったのかー？わりーわりー」

そう言いながらも、ルフィは退かず、「腹減ったー！」などと陽気に叫んでいる。諦める様子のなさそうなルフィに、半ば諦めて仕方なく席に着いた。

注文した料理が届くまでの間は、ルフィによる質問攻めだった。

「なーなー、お前、なんて名前なんだ？」

「海賊と馴れ合うつもりは無い」

「いいじゃんか〜教えろよ〜」

駄々をこねるルフィに仕方なく「トラファルガー・ロー」と塩らしく答えた。

「トラフォル……トラ男！」

「はァ！？」

「にしし！トラ男！おれモンキー・D・ルフィ！よろしくな！」

「よろしくな、じゃねえ！！なんだトラ男って！」

「コイツ長ぇ名前は覚えられねえんだ。大目に見てやってくれ」

サンジに諭されるこの間も、ルフィの質問爆弾は止まらない。

「その刀お前のかー？」

「ああ」

「ナゲーな！」

「大太刀だからな」

「オオタチ？なんだそれ」

「コイツみてぇな長い刀のことだ」

「へー。名前とかあんのか？」

「興味ないだろ」

「ねェ！！どこ出身だ？」

「北の海」

「ここに住んでんのか？」

「ああ。十年くらいは」

そこでようやく料理が運ばれてきたからいいが、もしこれ以上続いていたら、殴っていたかもしれない。机の下で秘かに拳を握りしめていたなど、二人は知る由もない。

「ふぅん。それで面白がって連れてきたわけね？」

「背高いですね〜。ロビンさんより高いなんて」

「んだよ、お前も剣士か」

「お前と一緒にするな三刀流」

麦わらの一味も、「まあルフィが信用してるなら大丈夫」くらいで受け入れ、結果的には本人にとっては大変不本意な〝ルフィの友達〟ポジションを勝手に確立させられていた。

「そういや、お前のその刀名前なんだ？位列は」

ゾロが興味を持ったのは、ローが持っている大太刀だ。

「……〝鬼哭〟。妖刀だ。位列は無ェ」

その言葉に、全員が驚いた。

──位列が無い。

「妖刀、ってこたァ俺の〝三代鬼徹〟と同じか。だが、〝位列がない〟刀なんざ聞いたことがねェぞ」

「だろうな。俺も同じだ」

視線を一切合わせず、ただ中央広場のステージを見つめている。

ここまでで分かったのは、トラ男──ローは北の海出身で、十年前からここに住んでいる。大太刀を常に持ち歩いているが、護身用とのこと。司祭のような姿をしているのは、本人曰く「宗教の関係上」らしい。どういった宗派なのかは答えてもらえなかった。

ロビンはずっとローの身につけているロザリオが気になっていた。見たことがないからでは無い。今までその十字架は、廃墟などでしか見たことがなく、こうして生者が身につけているのを見たことがなかったのだ。ロビンはその事をローに訊ねようとしたが、鐘の音に遮られてしまった。

これから行われる演目は、この島の楽団による演奏と、それに合わせて数人のダンスクラブ員が踊るというものだ。気分が上がったのか、広場にいた一人が手拍子をする。すると、それが波紋のように広がっていき、音はどんどん大きくなる。ステージの幕が上がりきると、手拍子が止み、広場が静まる。

数秒の間の後、トランペットの音が数音、それを追うように他の管弦楽器が音を奏で始めた。軽快なステップで踊るクラブ員達。演奏が終わると、広場は拍手喝采、大盛り上がりだった。その後も演奏は続き、ある時は戦いの激しさを、ある時は失った悲しみを音と踊りで表現してみせた。

演奏が終わり、広場から人の姿が消えていく。時刻は、午後二時を過ぎていた。

「いやぁすごかったですね〜あの演奏。そういえば、途中に讃美歌も入ってましたね」

「そう？宗教は詳しくないから判らなかったわ」

麦わらの一味も、演目が終わったあとはまたそれぞれバラバラに過ごしていた。だが自然と集まり、今はロビン・チョッパー・ブルックとゾロ・ルフィ・ウソップ、フランキー・ナミ・サンジ・ローの三組で行動していた。

フランキー、ナミ、サンジ、ローは陶器店に向かっていた。

「お前こっちで良かったのか？」

「麦わら屋から逃げてェ」

フランキーからの問いに不機嫌そうに答える。

「まあそうよね。最初のうちは疲れるでしょうけど、そのうち慣れるわ」

「どれくらいでとかは人によるが、まあお前の性格じゃ慣れるまでに時間がかかりそうだな」

ナミとサンジが励ますようにそう声をかける。

「なら、心配ねぇな」

ぽそりと何かを言っていたが聞き取れず、ナミが聞き返しても何でもねえと返されてしまった。