ツんぴゅい…っ

ツんぴゅい…っ


 ────トレーナーさん。


 何度も僕のことを励ましてくれて、笑わせてくれて、時には僕のために泣いてくれて、僕の夢を隣で一緒に目指してくれた……。

 こんな僕のことを支えてくれた、大切な人。

 いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていて……。

 ……いつの間にか、トレーナーさんに特別な気持ちを抱くようになっていた。


 初めての気持ちだった。けど、その気持ちが何なのかは理解できていた。

 でも、僕はまだ中学生で、トレーナーさんは大人。僕がそれを伝えたところで、トレーナーさんを困らせることにしかならない。それに、僕なんかに好かれても、きっと迷惑だろう。

 あんな素敵なトレーナーさんには、きっと僕なんかよりも相応しい人がいる。

 だから、苦しいけど、この気持ちは胸の中に留めておこうと……そう思っていた。


 ……思っていたのに、一度意識してしまってからは、ずっとトレーナーさんのことが気になってしまって……トレーナーさんも、僕の隣に立とうとする。

 たとえ距離を離しても……たとえ身を隠しても……トレーナーさんは当たり前のように僕の隣に立って、僕を支えようとした。

 離れなきゃいけないと思っていても、トレーナーさんが僕を見つけてくれるのが、たまらなく嬉しかった。


 だけどあの日、トレーナーさんと姉さんが話しているのを見かけたあの日……。トレーナーさんと話す姉さんの顔が、どこか嬉しそうに見えたあの日……。

 ……思ってしまった。


 ────本当は、僕以外の子にもこんなことをしてるんじゃないかって。


 トレーナーさんは、優しいから……僕にしてくれたことは、トレーナーさんにとっては当たり前のことで……。

 トレーナーさんにとって、僕は特別でもなんでもなかったんじゃないかって……。


 一度そう思ってしまうと、そのことで頭がいっぱいになって。

 そんなことないって自分を励まそうとしても、ますます不安が大きくなるばかりで……。


「今日も頑張ったな、シュヴァル」


 そう言って、トレーナーさんは僕の頭をなでる。

 いつもなら嬉しかったはずのそれが、今では、怖くて、苦しかった。


 ……限界だった。


「……もう、やめてください」


 思わずトレーナーさんの手を払いのけて、拒絶した。


「えっ?」


 ハッと我に返り、トレーナーさんの顔を見た。

 トレーナーさんは、困惑した表情で僕のことを見ていた。それがなんだか、腹立たしく感じて……。


「……ないで……」


「シュヴァル? いきなりどうしたんだ?」


 ……もういいや、全部言っちゃえ。


「僕の気も知らないで!!」


「シュヴァル?」


「そうやって誰にでも優しくして……! 他人の事ばっかり気にして……! 本当は僕のことは特別なんかじゃないくせに!! 僕の気持ちも知らないくせに!!!」


「シュヴァル……」


 目から熱い水が滴り落ちて、それが視界を覆って、目が開けられない。

 暗い。

 苦しい。


「僕は……! こんなに……トレーナーさんのこと……ずっと……」


 言葉が出ない。

 暗くて、苦しくて、怖くて……。


 その瞬間、僕の身体を温かくて重いものが包み込んだ。


「ごめん、シュヴァル、全然気付かなくて。ずっと苦しかったんだな」


 温かくて、僕よりも大きくて、ずっと隣にいてくれたトレーナーさん。

 その温もりと匂いで、僕の心は静まっていった。


「でも安心してくれ、俺はああいうことはシュヴァルにしかしたことないし、これからもシュヴァルにしかしないつもりだ」


「……え?」


 トレーナーさんの言葉に、唖然としてしまう。

 僕にしか、したことがない……?


「じゃ、じゃあ姉さんと話してたのはっ……」


「ああ、彼女にはシュヴァルのことで色々と相談に乗ってもらってたんだ」


「え……そ、それじゃあ……」


 それって……僕の勘違い……?


「いいか、シュヴァル。俺にとって君は特別で、大切な存在だ」


「ひゅい!?」


 そ、それって……!?

 というか、ちょっと待って? 冷静になってみると、僕、今トレーナーさんにハグされてる!?

 しかも、耳元にトレーナーさんの口があるから、声がすぐ近くで……!


「信じてもらえないなら、どれだけ君が大切か、信じてもらえるまで話すよ。そうだな、まず何よりも……」


「ま、待ってトレーナーさん! もうわかったから……! 僕のことが大切なのはわかったからぁ……っ!!」


 それから、ハグされたまま1時間以上、耳元で僕の好きなところを語られた。

 好きな人からの好意の数々に耐えられず、解放される頃には普通の会話もままならない状態になっていた。なんだったら、途中で気絶してたかもしれない。

 だけど、最後にトレーナーさんに言われたことははっきり覚えている。


「もし卒業してもその気持ちが変わらなかったら、その時は改めて伝えて」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あの日から、僕は少し変わることができた。

 トレーナーさんは、僕を好きでいてくれた。僕も、トレーナーさんを好きでいていいんだと知った。

 そして、僕が卒業するまで、トレーナーさんに、僕を好きでい続けてもらおうと思うようになった。


「……トレーナーさんって、僕のこと、す、好きすぎじゃないですか……?」


 だからこうやって、トレーナーさんに意識してもらうことにした。

 僕が気持ちを伝えるまで……ずっと……僕のことを好きでいてくれるように……。

 その時まで……何度も……何度でも……。


「ああ、勿論大好きだぞ!」


「ツんぴゅい…っ」


 その前に、僕が耐えられないかも……。

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