t棘の浜 新6話
「『俺が敵に回る可能性』だ。」
「うそ……よね?」
「いいや、可能性は低いが起こり得る事態だ。」
大前提の崩壊に二人は絶句した。
「順を追っての長ったらしい説明が必要になる。だから今日は後回しだ。」
男は膝を曲げ、目線を二人の高さに下げて言った。
「今日の目的は茂の伸びしろを計ること! 今はこれが最優先だ。」
「全く才能が無いってなったら……。」
「ん~、手助けを用意する必要が出てくるから……どのみちリスクが上がるだけだな。」
「うう……。」
茂は責任の重さに若干怯んだ。
「まずは何ができるのか洗い出そう。どこでもいいから棘出してみろ。」
男の指示を受けて、茂は掌を差し出した。掌の中心に白い円が浮き上がり、その中心が少しだけ浮き上がった。針、突起、棘。中心から現れたそれは、長さ、太さ、鋭さを変化させ、その淵が円と重なったところで、白い円錐形の棘となった。
「よし、始めるか。まずは……
———「これで最後だ。砂は単体で出せるか?」
「やってみる。……! 駄目だ。やろうとしても一瞬棘になる。」
「なるほど。では、検証結果を纏めると、茂の棘は
出現前に茂の体表に白い円が現れてそこから棘が出る、
直線と弧を描くタイプの2種類がある、
茂自身が望むか壊れるかすれば棘だった部分が砂に変化する、
枝分かれ可能で分岐先だけを壊しても元の棘は壊れない、
ざっとこんなもんか。」
「ハァ……。疲れた……。」
茂の腕は約40分間の検証の最中、棘を支え続けたことにより疲弊しきっていた。
「腕だけか? 加奈もだが、頭痛や関節痛はないか?」
「オレはうでだけだよ。」
「私は全く。」
男は安心した表情で口を開いた。
「今後次第だが、今の段階では手助けはいらないだろう。」
二人は短い溜め息をして、緊張を吐き出した。
「言い忘れていたが、お前らに絶対に守ってほしい事がある。いいか、もし俺の知らない能力の仕様を見つけたとしても、絶対に俺に言わないでくれ。」
「なんで?」
唐突な要求に、加奈が疑問符を浮かべた。
「確かに情報の共有は大切だが、俺が敵に回ったときはそれが仇となる。切れる手札は多い方がいいだろ?」
「? じゃあ、私の課題なんてもっと話したら駄目じゃない!」
「そういうことになるな。」
そう言って男は立ち上がり、後ろで結んでいたエプロンの紐をもう一度きつく締め直した。
「茂、狙うのは足だ。間違っても胴や頭を貫くな。だが、殺す気でかかってこい。」
茂は恐怖した。先ほどまでの男の顔付きとは全く違う。男は憎悪と見紛う程の殺意を発していた。
「せ、せんせ、」
「今すぐだ。」
走り出す。自分の意思なんざ関係なく、本能が動けと言う。掌に現れる円。体勢を低くし、膝をめがけて延ばされる腕。振るっては避けられ、振るっては避けられ、痺れを切らし、ついに棘が顔を出す。鈍い音がして、地に刺さる棘。
「終了だ。」
男はがら空きの茂の背に手を置き、勝利を宣言した。その手と声はいつもの穏やかなものに戻っていた。だが、茂の緊張は解けなかった。
「うわぁぁ!」
「ぐぁっ!」
茂は一瞬で棘を砂に変化させ、掬った砂で目つぶしを敢行した。終わったつもりになっていた男にぶつけられる砂。ぶつけてから我に帰った茂。
「せ、先生、ごめん……。」
「いや、今のは俺が悪い……茂は将来有望だな……ハハ。」
「傍から見れば結構面白かったわよ?」
茂に課せられた第二の課題。その最初の課題は一人ツボにはまっていた加奈の一人勝ちという予想外の結果に終わった。