酔漢の刃
そこそこ閲覧注意。
生ゴミの腐乱臭と背中の疼痛が最悪の目覚めを運んできた。
『おい!わしのふかふかの布団はどこじゃ!』
鶴の姉ちゃんが縫い上げた一張羅は見る影もなく、酒精と吐瀉物で汚れたスーツ姿の飲兵衛をかの幕末の人斬りだと判断できる人間は皆無に等しい。
布団代わりのゴミ袋から起き上がりつつ鈍った思考のネジを巻く。ビール瓶が倒れる音。どうもぶつかったらしい。些細な苛立ちを吐き捨てるよう吐瀉を地面に散らす。
『しっかし、渋谷の街はここまで暗ちょったか。わしらの時代よう暗ろうないか?』
特異点の喧騒に釣られて既に24時間。なすべき仕事も仕えるべきマスターも分からず無計画な街歩き。公園、カフェ、学校、パチンコ、居酒屋、繁華街、居酒屋、居酒屋。
モダン・ボーイであった酔漢は街灯すら消えた渋谷の街を当てもなく放浪していた。
『ねぇ、おじさん。こんな夜中に歩き回ったら危ないよ』
どの公園で野宿するか。そんな思考が子供の声で断ち切られる。利発そうな緑髪。元気溌剌を体現した少女が丑三つ時に1人。無意識に手元に魔力が集まり出す。
『おう、すまんすまん。じゃあ、死ね』
ガキン。刃によって弾かれた金属片が火花を散らす。飛び込んで来た大振りの鋏だった刃物はもはや砕かれ粉々だ。動揺する少女をよそに人斬りは踏み込み、鋭い一閃。
『うっ、うぁああ、…くっ…うぅ…』
『童は刃物で遊べられんとおかあに教わらんちょったか?』
少女の下の血だまりが月光に照らされる。飄々とした男とは対照的に少女ははや這う這うの体。何とか生み出された人間大のナイフを少女の腕ごと容赦なく切り落とす。
『ぐっ…はぁ…あ…ぁ……』
『へ、雑魚が』
捨て台詞を残し、人斬りは闇に紛れる。
渋谷の黒洞々たる街並みすら気にせず、仕えるべき主を探す旅は尚も続いていく。