何かがおかしい舞踏会

何かがおかしい舞踏会


 美しい女神達の天井画が描かれたダンスホールでは、色とりどりのドレスに身を包んだ女たちがその美しい天井画の下で舞踏会に興じていた。

 女たち、というのはいささか誤解が招かれる表現であり、詳しく言うならば女だけだった。舞踏会に必要なはずの男はおらず、散見される燕尾服に身を包んだ人影も全て男装した女であった。

 そして、ここにいる全ての女達は、同じ性別である女を目当てに舞踏会に参加している。一夜の契りを交わす相手を探すもの、スールとして一生の契りを交わす相手を探すもの、果てには自分の全てを捧げて一生を尽くす相手を探すものすらいた。

 人気のある人物がホールの真ん中でダンスを披露すれば黄色い声が湧き、そんな人気のある人物とダンスを踊っている相手には嫉妬の視線が注がれる。

 中にはスールの絆を見せつけるためにダンスを踊るペア、相手をすぐに見つけて舞踏会を抜け出したり、壁の花になりながら密かにキスをする者もいた。

 そんな、煌びやかな世界の中に僅かに齟齬と淫靡な雰囲気がある奇妙な舞踏会、そこに音楽という花を添えるのは9人のドレミコードとその妖精達だった。燕尾服を着るのはクーリア、グレーシア、ファンシア、キューティアの四人。演奏しやすくするために動きやすいドレスに身を包むのはビューティア、エンジェリア、エリーティア、ドリーミア、ミューゼシアの五人だ。

 そして、舞踏会に参加しているのにダンスに興じず、そんな彼女達の演奏をうっとりとした表情で眺め続ける子達もいた。

 いつもの服に身を包んだ宣告者の巫女は飲み物片手に彼女達全体を羨望のまなざしで見つめ、軌跡の魔術師はダンスを踊りながらドリーミアに熱い視線を送り続け、召命の神弓-アポロウーサはダンスのお誘いを無視しながらグレーシアにうっとりとした表情で熱い視線を送っていた。

「ドリーミア、見られていますね」

 演奏中、ミューゼシアがドリーミアにそう囁く。その言葉でドリーミアがホール中央で踊る軌跡の魔術師の視線に気が付くと、顔を赤らめ視線を逸らしてしまう。

「もう……あの人ったら……」

 演奏する手はよどみなく、しかしドリーミアの奏でる音色は明らかに、大多数に届けるものからただ一人の女に向ける物へと変わってしまう。

「あはは。所で、グレーシアを見つめる子は恋人かい?」

「違う」

 クーリアがドリーミアに小さく笑いながらそう言うと、グレーシアは涼しい顔で演奏を続けながら返す。そして、ちらと流し目でアポロウーサに視線をやると、彼女は喜色満面の笑みになって小さく手を振り始める。

「違うのか。じゃあ、貰っても良いかな?」

 クーリアがアポロウーサに視線を向けて誘う様にウインクをしたものの、彼女は一切それに気が付かず、グレーシアの演奏する姿を見つめ続ける。しかし、アポロウーサの周りにいた子がクーリアにウインクされたと勘違いして黄色い声が上がってはいた。

「振られてしまったな。随分と好かれてるじゃないか」

「……別に」

 グレーシアがぶっきらぼうに言うが、僅かに口角を上げる。彼女をよく知るものが見れば嬉しそうにしていると分かっただろうが、流石に演奏中のドレミコード達がその珍しい表情を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 やがて、舞踏会は終わりドレミコード達は万雷の拍手にお辞儀をして、ステージからはけていった。

 ステージ裏の楽屋では、各々が楽器を置いて燕尾服やドレスを僅かに崩して、こもった熱を逃がしていく。演奏中ではおくびも見せなかったが、ハードな演奏に皆が汗をかき息を切らし切っていた。

「あー……疲れたぁ!」

 エンジェリアが両手を上げながら、下品に床に寝転がる。ビューティアがそれにムッとした表情をしたが、そうしたい気持ちも十分に理解できたので特に注意はしない。

 そんな彼女の横に座ったエリーティアがエンジェリアの頭を撫でながら、水分補給を始める。

「はぁ~……、今日は寮に帰ったらすぐに寝ちゃいそうですね」

「一緒に寝ようね」

「はい」

 エンジェリアがエリーティアの腰にまとわりつきながらそう言うと、エリーティアは笑顔で頷き、口を湿らす程度に含んだ水分をエンジェリアへと口移しをする。

 そして、そんな彼女達にわき目も振らずにドリーミアはいそいそと支度をして、楽器ケースを持って楽屋から出て行こうとする。

「私は軌跡の魔術師さんの所に行くから。それじゃあ、おやすみなさい!」

「おやすみなさい」

 他の皆が手を振って返すと、ドリーミアは小走りで出て行ってしまう。

 その次に動いたのがファンシアで、彼女は燕尾服の蝶ネクタイを緩めながら楽器ケースを背負う。

「じゃ、ボクは女の子捕まえてくるよ。上手くいったらその子の部屋に泊まるから」

「幸運を祈ってるよ」

 ファンシアにクーリアがそう返すと、ファンシアはぐっと親指を立ててナンパの旅へと出かけていく。

 後に残されたドレミコード達がゆっくりと帰る準備をしていると、ふとミューゼシアがキューティアへと話を振る。

「そう言えば、キューティアは未だに女の子を抱いたことがありませんでしたね?」

「え?あっ、はい。何となく違和感があって……」

 キューティアは少し驚いた顔をしながら、そう小さく首を傾げる。女の子の抱き方を学びに学園へ通っているはずなのに、心のどこかで『それはおかしい』と叫ぶ自分がいたのだ。

 その言葉に、眉をあげたのはクーリアだった。

「駄目じゃないか。もう女の子のエスコートの仕方の授業はやったんだろう?」

 そう言うなり、クーリアはスールの契りを結んでいるビューティアの腰に手を回し、彼女の頬にキスをして見せる。しかし、汗のにおいを気にしたビューティアはそんなクーリアをすぐに押しのけようとした。

 クーリアがそんないけずなビューティアに構い始めると、ビューティアは話題を強引に進めることでクーリアからのアプローチを拒否してしまう。

「そうだ、グレーシア。キューティアに女の子の抱き方を教えてあげなさい」

「え?」

「ほら、ダンスも踊らずに私たちを見つめていた子がいただろう?あの子を使ってさ」

 グレーシアが素っ頓狂な声を上げると、クーリアがビューティアの言葉を奪って口を挟む。クーリアは宣告者の巫女のことを指して言ったのだが、アポロウーサのことだと勘違いしたグレーシアは、見るからに不機嫌そうな表情になって低い声で返す。

「オレにも予定があるんだが」

「クーリアが言っている子は違いますよ、グレーシア。宣告者の巫女さんのことです」

 剣呑な雰囲気になりかけたところで、ミューゼシアが慌てて勘違いを正しにかかる。しかし、その言葉でクーリアがグレーシアが勘違いしていたことを悟ると、「ふぅん」といたずらっ子のような表情になる。

 そんなクーリアに気が付いたグレーシアはばつが悪そうな表情をして、キューティアの腕を掴む。

「わかったよ。ほら、キューティア、行くぞ」

「え?あっはい!」

 引っ張られたキューティアは慌てて楽器ケースを手に取り、グレーシアに連れられて楽屋から出て行くのだった。

 そして、楽屋から出て、ダンスホールの裏のスタッフ出入口まで行くと、そこにはアポロウーサがいた。彼女はグレーシアが出てきたのに気が付くと、パッと華が開いたかのような表情になり、己の想い人に抱き着こうとする。

「グレーシア様!」

「ウーサ」

 お互いの名を呼べば、二人は軽くバードキスをする。そして、グレーシアがアポロウーサの腰に手を回し、アポロウーサがグレーシアが腕に自身の腕を絡める。一気に甘い雰囲気になると、キューティアは居心地が悪そうに肩をすくめた。

 アポロウーサはそんなキューティアに気が付くと、グレーシアにしな垂れかかりながら彼女の肩に頭を乗せるように首を傾げる。

「グレーシア様。その子は?」

「キューティア。妹分」

「は、初めまして!」

 キューティアはグレーシアの余り見たことがない一面を見たことと、アポロウーサのような美しい女が媚びる様子に顔を赤らめながら挨拶を返す。

「可愛らしい子ね」

「まあね」

 二人はそんなキューティアのことを優しい表情で見つめる。そして、グレーシアは先ほど頼まれたことを思い出し、これからの予定が潰れてしまうことをアポロウーサに伝える。

「この子にセックスの仕方を教えないといけなくなったんだ」

「まあ」

 アポロウーサは二人きりになれなくなった事に残念そうな表情を見せたが、すぐに気を取り直す。

「先達の義務だから仕方がないか」

「それで、宣告者の巫女って子を抱かせようかなって」

 グレーシアが他人のことをまるで物のように扱うような発言をする。しかし、アポロウーサは何事も無かったかのように思い出すようなそぶりを見せ、キューティアは『本当にいいのかな』という表情をする。

「ああ!あの子ですか。さっき、ホールで一人きりでいたのを見ましたよ」

「そう。じゃあキューティア、ナンパしてきな」

「はい!」

 キューティアは気負ったような表情で返事をするが、アポロウーサはそんな彼女の頭を撫でながらアドバイスをする。

「学んだとおりにやればいいし、多分あの子はドレミコードの皆様にあこがれているから簡単だと思うわよ」

 キューティアはそのアドバイスに頷くと、ホールへと足早に行き、扉を開く前には、がっついた様子を無くすために優美な歩みになっていたのだった。

 一夜のお誘いが成功したのは言うまでも無いだろう。

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