99回諦めて

99回諦めて


 呼んではいけないと思った。たとえ藍染らの謀反発覚と同時に疑いが晴れているとはいっても、尸魂界がろくに調べもせずに拳西さん達を裏切り者扱いしていた事実は変えられない。言葉にして嫌いだと言うのはひよ里さんだけだが、拳西さん達も皆、死神が嫌いで当たり前だ。それに俺は拳西さんにとっては仇の東仙さんをこの上なく慕ってしまった。


だから呼んではいけないのだ。

 生きていてくれただけで十分だと思った。

 生きていけると……、思った―――。




―――― 「空きとなっていた三隊長の人選を完了した。正式な就任は1週間後、隊長・副隊長立会の任命式をもってとする。よってお主らの隊長権限代行も同刻をもって失効とする。」

「「承知いたしました。」」

吉良と共に総隊長に頭を下げる。


「お主らには苦労をかけたの。何か訊きたいことはあるか?」

「…いいえ、このようなことになった隊を率いてくださるというのは相当なご覚悟をしてくださったことと推察いたします。ならばどのような方であれ、微力ながら全力で補佐させていただくまでです。」

「……僕も檜佐木副隊長と同じ意見です。」 


「……そうか。檜佐木、吉良、お主らには本当にすまぬことをした。許せ。特に檜佐木は……」


それが育ての親を奪ってしまったことへの詫びと東仙を檜佐木に討たせてしまったことへの詫びであることは明らかだったが、檜佐木も吉良も何も返さなかった。



††††††

―――― 任命式までの1週間で、任命後の引き継ぎが上手くいくように書類等を整理していく。

もちろん他隊とのやり取りの記録なども含むため同じく引き継ぎを行なうことになる吉良と檜佐木が共に相談することも多かった。


 大丈夫ですか、と吉良は檜佐木に訊けずにいる。上司でもあり兄と慕ったギンの死はイヅルにとってもショックではあったが行動理由を聞けば納得はできた。それにそもそもギンが乱菊をどれだけ大事にしていたのかなんて長く共に暮らした自分がいちばん知っているはずなのに、乱菊を殺してでも止めろなんて言うこと自体がおかしいと気づけなかった自分はどうかしていたと、その点を悔やむばかりだ。


けれど東仙は……。

たがそんなことを今更つついても仕方がない。東仙とも、…そして拳西とも関わりのない新隊長が着任し環境が変わるというのなら、檜佐木も区切りをつける機会になるかもしれない。今はただ新隊長が良い人物であることを願うばかりだ。


「なんか考え込んでるけど心配事か?」

「ああ、いいえ、そういうわけじゃないです。すみません。」

「ならいいけど、あんまり頑張りすぎるなよ?」

「檜佐木さんにはそれ言われたくないですね。」

「なんでだよ。そういえばお前、綾瀬川に謝ったか、気絶させたこと。」

「は?なんで僕が謝るんです?明らかに悪いのはあっちでしょ。」

「そうなんだけどさ、まあお前も言ってた通り綾瀬川も動転してたってことで折れてやればどうだ?こんなことで後々まで空気引きずったら損だぜ?」

「嫌です。他のことには引きずらないようには気をつけますけど僕から詫びる気はありません。」

 結構頑固だよなお前、と零す檜佐木に吉良は貴方が人が好すぎるんですよと胸中でのみ返しておいた。



††††††


 「緊張しておられるか。」

 控えの間で声をかけてきたのは長らく山本の副官を務め当然ながら以前拳西達が隊長であった時もその立場にいた雀部である。

「緊張、じゃねぇな。」

そういうものではない、と拳西は自分の胸中を確かめて口にする。隊長に再びつくことの緊張でも、あの子にもう一度会うことの緊張でもない。

そうではなくて……。

「今の自分がアイツに何をしてやれるかって思ってな…。」


99年、離れていた。

多くのことが変わるには十分な時間だ。

「何言ってるの、拳西はいいじゃない。《証明》を貰ってるんだから。」

 同じくどこか硬い表情で苦笑しながらローズが言う。僕の場合は憶えていてくれるかどうかからだよ、と。

「何言うとるん。あの子らそんな薄情やないやろ、乱菊もな…。」


平子が意識して明るく笑い飛ばした。





「これより新隊長就任の儀を執り行う。3名の者、中へ!」


山本の声に従い扉が開けられる


 瞬間、修兵の時間が止まり、音が、消えた。


白い隊長羽織

背に染め抜かれた『九』の文字

銀色の髪


呼吸が、止まる

音の無い刹那に、全身で自分の鼓動だけを聞く


血が、全身を巡る


「三番隊 鳳橋桜十郎、五番隊 平子真子…」


「九番隊」


世界に音が、戻ってくる


「…六車拳西。以上の三名を各隊新隊長とする!」


「檜佐木?」

向かい合う形になっている日番谷隊長に困惑気味に呼ばれた。何を困惑されているのだろう?

「隊長、いいんです。これでいいんですよ。」

 日番谷隊長にそう告げる乱菊さんが泣きそうになりながら微笑んでいる。

綺麗だ、と思ったと同時に己の頬を何かが伝っていることにようやく、気づく。


ああいけない。泣くなって言われてるのに。泣かないって決めてるのに。

涙を止めないと…。


「修兵…。」


 他の全ての音をかき消して、それしか聞聞こえなくなる

それ以外の景色が消える


「修兵…。」


もう一度、呼ばれた。これが夢なら目が覚めた瞬間、俺はきっと死んでしまう。


微笑う、顔が見える…。


「大きくなったな、修兵。」


「っ、…けっ…ん……っ」


夢すらも殆ど見なくなってどれくらい経っていたんだろう?


「ただいま、修兵。」


 頭の中の時計が壊れてグッチャグチャになる


『何のケーキがいいんだ?』 

『ん〜と、いっぱいがいい!』

『檜佐木く…っ!』

『蟹沢!!』

『そうか、お湯に浸かったことねぇから怖いんだな。じゃあ一緒に入るか。これはお風呂って言ってな水浴びだと風邪ひくからお湯なんだ。』

『ごめん、なさい。』

『謝らなくていい。知らないことはゆっくり知っていけばいい。』

『すまない。六車隊長は帰ってはこない。けれど君のことは、私が必ず護るよ。』

『けんせー、かえってくるもんっ!』

『そう、だね、帰ってくると、いいのだけれど……。』


『東仙隊長、これから貴方の副官として、精一杯務めさせていただきます!』

『君の力は知っているから心配はしていないよ、ただ昔から君は頑張りすぎるから無茶をしてはいけないよ、修兵。』

『…そこで名前で呼ぶのはちょっとずるいです、東仙さん。』

『君だって隊長ではなく東仙さんって言っているよ?』

『修ね、おっきくなったらきゅうばんたいのね、ふくたいちょーになってけんせーとおしごとする!』

『どうしてっ!どうしてこんな!どうして拳西さんたちを!俺にはわかりません東仙隊長!貴方が何を怖れているのかっ!』


『刈れ 風死…』


『生きてんだ、嬉しいだろ?笑え』

『泣くな』


『大丈夫だ、泣くな、修兵…』


背を擦りながら何度も言われた。


大丈夫だ、泣くな。


魔法の呪文だった。


大丈夫だ、泣くな…。



「ただいま修兵。待たせてごめんな。」

「―――っ、――っぁ、」


もしもこれが夢じゃないのなら、いやもしも夢だとしても、言いたいことも言わなければならないことも沢山あったはずなのに言葉が何ひとつ出てこない。


「いっぱい頑張って、いっぱい悲しかったな。そんな中でも俺を憶えていてくれて、ありがとうな。」

「わすれ、っ、ない!忘れるわけ、ないっ!」


『けんせー、けんせーだっこ!』


「ああ、おいで、修兵。」


頭の中の時計はグチャグチャのまま

記憶の通りに広げられた腕


もうなんだって、よかった。


 目の前の人に縋り付いた瞬間、膝が折れた

それでも受け止めてくれた人の肩に顔を埋める。

「ただいま」


耳元で声がする。

温かい。

「おっ、おかえっ…なさいっ!」


99年願い続けて諦めて百年目に、やっと言えた―――。



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