5話
夕方。
「ごめんなさーい。お隣のユラサでーす。迎えに上がりましたー」
玄関の方から扉を叩く音と声がした。気付いた勇者ファルが向かって扉を開けると。
「あ、こんばんはファルさん。今日は本当に助かりました! これつまらないものですが……」
「そんなご丁寧になさらなくても」
平身低頭で頭を下げながら菓子折りを差し出すユラサにファルも受け取りながら同じく頭を下げる。
「マースはどこにいますか? すぐに連れて帰りますので」
「あーリビングにいますが……たぶん呼んでも動かないと思いますよ」
「……?」
「そうですね、ちょっと上がってもらえますか?」
「……すいません、失礼します」
疑問符を浮かべながら、申し訳なさそうにファル宅に上がるユラサ。二人がリビングに入ったところで目にした光景は。
「大丈夫か、大丈夫か!?」
「うるさい、気が散る。これくらい…………ん、余裕だし」
「おおっ!! 来た!! めっちゃ高くなったな!!」
「次、あんたの番だから」
「分かってるっての! よし、次はこれを乗せて――!!」
マースとナミカが二人協力してつみ木をどれだけ高く重ねられるか挑戦しているところだった。
「先ほどから二人ともつみ木に夢中でして。何度か崩れているんですが、今がちょうど一番高く積み上げられているみたいですね」
「……集中しているみたいだし連れて帰るのもまだ無理そうですね。それにしてもお宅の娘さんの……」
「ナミカです」
「ナミカちゃんと今日一日ですごく打ち解けてるみたいね」
「何やら波長が合ったんですかね。マース君には本当仲良くしてもらってありがとうございます」
「いえいえそんな、こちらのセリフですよ」
二人が話している間もマースとナミカは集中している。これでは話しかけるのもままならない。
「……その提案なんですが、このまま夕飯も一緒に食べていきませんか?」
「えっ!? いや、そんな、そこまでご迷惑はかけられませんよ!!」
「迷惑なんてそんなことありませんよ。ナミカのためなんです」
「………………」
「ちょっと事情があってナミカを幼稚園に通わせて上げられなくて。同年代の友達が出来ず、家でこもりがちなナミカとここまで仲良くしてくれたのはマース君が初めてなんです。少しでも一緒に居させてあげたい……ってのは迷惑ですかね」
「……あー、うーん、はぁ……分かりました。夕食の準備ってもう出来てますか?」
「……? いえ、今からですが……」
「でしたら私が作ります。キッチンと食材借りてもいいですか?」
「そ、そんな! 手を患わせるわけには!」
「今日一日マースを預かってもらったお礼を私もしたいんです。それとも……迷惑でしょうか?」
「うぐっ……分かりました。でしたら手伝いくらいはさせてください」
「そんなことさせたらお礼にならないじゃないですか。私、仕事で騎士団の厨房に勤めていて料理はお手の物なんです。家と同じキッチンですので使い方は分かりますし、使って良い食材だけ教えてもらえれば」
「冷蔵庫に入っている食材なら何でも使って良いですが……その手伝いもいらないなら、俺は何を……」
「何もしなくていいですよ。料理をしながらマースたちにも気を配れますし。今日一日二人を見守っていて疲れたんじゃないですか。少しだけかもしれないですが休憩しててください」
「それは……」
『何もしなくてもいい』
ユラサが何気なく言ったその言葉が勇者ファルの胸にストンと刺さった。
求められてばかりのこれまでの人生でそんなこと言われたこと無かった。
「一気に大きいのを積み上げる!!」
「いや、土台をしっかりさせた方が良い」
「ん、肉も野菜もある。だったら献立は……」
「………………」
ファルは言われたとおり何もすることなく、ただただぼーっとその様子を眺めているのだった。