5章⑥

5章⑥

善悪反転レインコードss

※5章はこんな雰囲気かなと個人的な解釈を形にしたssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。

※4章反転ヨミー生存ルート兼本編クルミが参加するルートを採用しています。


※経緯で不穏な空気が漂ったりしますが、最終的にはビターエンドに到着する予定です。



「提案なんだが、オレ先に行ってていいか?」

『曲がりなりにも部下がこれから頑張ろうってタイミングで!?』

 “共犯者になってください”と、ユーマがヴィヴィアへとその旨を告げた矢先、ヨミーは静かにそう言い、二手に別れる事を望んだ。

「……ヤコウを放置できねぇだろ」

 ヨミー自身、敢えて空気を読んでいない自覚があるようで、多少は悪いと認識しているような口振りだった。

「今頃のこのこと現れても、とは思うが、最低でもオレぐらいは行かねぇと締まらねぇだろ」

『ま、まぁ、ゲーム的には、勝手に解決してる最終章とかアリ? 尻すぼみじゃないのさ、ってのは否めないけど……いやでも待ちなよご主人様の味方がここから一人減るのは嫌だけど!?』

 この場の全員が雁首を揃えて立ち尽くす構図は流石に限界だと、彼は訴えていた。


「ユーマ、オメーはヴィヴィアとレスバしてろ。オレはハララを連れて現場に直行する」

『悪魔ちゃんを連れてくの!? マジで!?』

「…僕を連れて行く? 正気か?」

『み、味方が減るのは嫌だって言ったよ? 言ったけどさー! 悪魔ちゃんと一緒に画面からフェードアウトするなんて、命知らずな! 責任は取れないよ!?』

 死に神ちゃんのツッコミの直後、ハララが意外そうに目を見開いた。

 ヨミーは幾許か逡巡した後、改めて「…ああ」と頷いた。

「どうした。行きたいんじゃねぇのか」

「……僕の近くを歩けるのか?」

「手段や経過の話なんぞ、のんびりくっちゃべってんじゃねーよ。上司に唾吐かれる為に来いっつってんだよ、それでも行きてぇだろうがよ」

 これまでの敵対関係を思えば、雪融けと称するのも歪過ぎる急ごしらえの和解だ。しかし、それはそれとしてヨミーは腹を括っていた。

「僕達を足止めした方が有益じゃないのか?」

 ならば容赦しない、と言わんばかりにハララも反論する。

 ヨミーの提案は、時間が惜しいので兎に角ヤコウの所へ向かおう、という単純明快なものだったが、そう容易く唯々諾々と頷かれるはずも無かった。

「探偵見習い……いや、ナンバー1がボク達を懐柔しようと目論むのも、要はそういうことじゃないのか?」

『ご主人様が口八丁で足止めできると過大評価してるの!? 今まで何を見てきたのさ!』

(…さ、さすがに、そんなにポンコツじゃなかっただろ?)

『バリキャリでもなかったでしょうが! 右往左往しながら何とかゴールに到着する有様ばっかだったじゃん! ナンバー1フィルターで上げ底評価されちゃってるね、間違いなく!』

 ユーマに流れ弾が飛んできたが、元を辿ればユーマが自らの正体を明かしたが為に要らぬ議論を招く余地を生じさせたので、そういう意味では自業自得である。

「適当ほざいてんじゃねーよ。逆だろ、逆」

 尤も、ヨミーはハンッと鼻で笑って一蹴したが。

「ヤコウが捕まるのは確定。暴力に頼っても仕方ねぇ、最高権力者様やナンバー1様に媚びを売らなきゃならねぇと分かってる。その賢い頭で。賢い癖に。考えられる癖に。

 ヤコウがやりたいようにやったと理解してる癖に、その幇助もしやがった癖に、虚勢を張りつつ処遇の善処を卑しくも乞いやがって。

 ……目を覚ますとか、期待しちゃいねぇがな。どうでもいいがな。

 一人でもヤコウシンパが残ってりゃいい、オメー一人消えても関係ねぇ。だから、来いよ。ハララ」

 行動としては、真実を知ったハララをヤコウと引き合わせる為のものだった、が。

 以前から、ヨミーは軽蔑の念を碌に隠そうともしなかったが、それでも一応は抑えている部分があったのだと分からされる程度には、非常にうんざりとした言い方だった。


「再三言うが、ヤコウは捕まる。超探偵達は逃さねぇ、自殺させねぇ。急にヘリが登場するなんざ、ふざけた展開で梯子を外されかけても…まぁ、大丈夫だろ」

「…ないと思いますよ、それは」

 ヨミーの戯れ言めいた杞憂を、ユーマは一刀両断する。

「あの人にそれが可能な繋がりがあったら、ハララさん達に複雑な気持ちを抱きながらも、甘えて凭れ掛かる真似はしない…ですよ」

 ユーマの脳裏に元居た世界での、辛く、苦く、忘れ難い思い出が過る。

 ヤコウという者は、派遣された超探偵達を利用し、自らの本懐を果たした。その結末を自らの死で閉ざしたのは、巻き込んだ超探偵達への贖罪だったのか、それとも探偵の生き様を穢した事への罪悪感、もしくは逃避だったのか。彼の魂は動機を語らずに逝き、遺された物からの推察を強要された。

 ヤコウの本質が同じでも、世界は異なり、故に立場も事情も状況も異なる。そうなれば差異が生じても止むを得ないが、もしも、それでもなお同じだったとして。

 ——求められるのは推測だ。故に、応えられる範疇も、推測の域に留まる。

 この世界のヤコウにとっても、頼れるのはハララ達……同一のDNAを持つ存在達だけだったのだろう。感情の出所や種類は異なれども。

「……だよなァ。この発想はまずナシでいいよな」

 自身の戯れ言めいた杞憂を切られ、ヨミーは清々したように息を緩やかに吐いた後、今一度、ハララへ呼びかける。

「順当に生きたまま逮捕される。少なくとも今暫くの間は、命は無事だ。だから喧嘩せず、一緒に、仲良く、会いに行こうじゃねぇか」

「……」

 ヨミーのハララへの説得は、切れ味を多分に含んで鋭利だったが、敵意は無いが故、傷つけまいと角だけは丸く削っていた。

 ハララは逡巡する。覚悟が定まっていないような態度は軟弱にも思えるが、ヴィヴィアはそんなハララに悪感情を示すでも無く、不気味なくらい黙して見守っていた。

「いいことばっかだろ? オレ改め極刑賛成派も一人減るんだぞ。しかも穏健派のユーマに託した上で、だ」

『……ご主人様。都合の良い妄想押し付けてんじゃねーよって不満があるなら今の内に訂正しときなよー?』

 水を差すように死に神ちゃんが突っ込むが、ヨミーの説得は実際に詭弁と化していた。

 確かに、ユーマはヴィヴィアに話を持ち掛けたけれども。それとこれとを一緒くたにされている。

 ヤコウの処遇を、アマテラス社の最高責任者が居るとは言え、この場の者達だけで勝手に決めて良いはずが無い。カナイ区の住民達とのコンセンサスが欠落した、マコトによる独裁と成ってしまう。

 ユーマが穏健派だと嘯かれているが、そのユーマの主張は『カナイ区の住民が真実を受け止めて前へ進む』なのだ。ヤコウに同情的だが、都合の良い存在では無い。カナイ区の住民が決断した事ならば、強く物申す事は無い。

 ヨミーは平然と御託を並べている。好意的に表現するとハララの同意を得て、延いては場を纏める為だが、同時に恣意的な編纂でもある。

 だから、言わせた儘で良いのかと、死に神ちゃんは少しばかり案じていた。

(……話は、するよ。これまで散々関わっておいて、今になって、どうしたらいいのって困惑して余所の世界の住民ヅラをするなんて無責任だしね)

『あー、まぁねー。散々墓穴掘ってきたもんねー。けど、敢えて飛び込まないという路線は……あ、うん、ないよねー。デスヨネー』

(どうすればいいか分からないとか、そんな泣き言を垂れる為にカミングアウトをしたんじゃないしね。泣きたいのは、むしろみんなの方のはずだ)

『その絶妙な冷静さは図太いとも言うよ、すっかり成長しちゃってさ』

 ほろり、と死に神ちゃんは軽く感動したような泣き真似をする。

『まあ、他のヒト達も天然ストレートの意見に異議を唱えてないし。別にそれでいいよってコトなんだろうね。同意なのかヤケッパチなのかタヌキなのかは知んないけどねー』

 確かに、マコトとヴィヴィアがヨミーに反論していないのは、消極的ながらヨミーの案に乗っていると言えよう。

『ただ、絵面がすっごい地味だね。推理系ゲームの弱点が諸に出てるよ。それを補う為の謎迷宮だってのに、最終章では推定ナシかー…。

 アクション要素を評価してる層からの低評価が恐ろしいよ、お願いだよクソゲー扱いしないで! 今までの頑張りも込みで評価してー!』

 何やら口数が物凄く多いが、何だかんだと愚痴りながらも、字面から読み取るのは難しながら、死に神ちゃんはユーマの意向に賛同してくれていた。



 幾許か経過し、ハララは殺していた息を零す。

「……ただ、目的地が、同じというだけだからな」

 そう呟き、ヨミーの説得に応じた。

「部長だけじゃなく、デスヒコ達の様子も確認したい。僕達の性質上、死にはしていないはずだがな」

 掘り下げれば詭弁に過ぎないと分かっていながら、ハララはそう選択した。

 ヤコウの妻及び自分殺し——正確な意味を辿ると、ホムンクルスなので、ややこしいのだが——に動揺する自分が残り続けても、ヴィヴィアをアシストできない、下手なブレーキは邪魔なだけだ、とハララなりに判断したのだろう。

「おーおー、賢明な御判断に感謝するぜ。テメーらもいいな? 合意と見なすからな?」

「ボクは構わないよ」

「…………ハララくん。部長とのお話、頼んだよ。私は、彼と、ちょっと、話をする、から…」

『貧血ヴァンパイアのギリッギリで許すしかないねっていうイライラ、率直にヤなカンジだね。天然ストレートと悪魔ちゃんが消えた後、八つ当たりをされるのにご主人様の魂を賭けるよ』

(変な賭けはやめてよ…)

『一蓮托生だからオレ様ちゃんも一緒だよ』

(そもそも賭け自体をやめてくれない?)

 着々と同意が形成される。一番の懸念だったヴィヴィアからも、未練がましいながら、じっとりと睨まれながらも、同意を得られた。

『ご主人様、心を強く持っ……、待てよ? なんか、だんだんと腹が立ってきたぞー?』

(…うん?)

『よく考えたら理不尽じゃない? ご主人様に八つ当たりってマジかよコイツ…身長差もあるけど、頭が高いんだよなー…』

(い、いや……この世界でもちょっと厄介だけど、急に色々と知らされた割には話が通じる方じゃないかな)

『けどワンパンで黙殺させても文句言えないよね? ご主人様だから対話が成立するんだろうがよォーっ!』

(急にどうしたの!? ボクにヴィヴィアさんを殴れってこと!? お断りだよ!)

『ナンバー1の記憶はなくても自覚はあるでしょ! 世界中から命を狙われてきた実績と貫禄を見せてやれーッ!!』

(シンプルに嫌だよ! それに、あのヴィヴィアさんが話そうって心向けを示してくれてるんだよ!? それをわざわざ破綻させて損なわせてもしょうがないだろ!)

 死に神ちゃんが自身の言葉通り本当に腹を立てて歯軋りする。ユーマを想っての反発だし、だからこそのヴィヴィアへの手酷い物言いも、元居た世界から続く彼への馴れ馴れしさ故だと苦しいながらフォローはできなくも無い。

 とは言え、過激には変わらないので、ユーマは内心で突っ込んで事を荒立てる気は無いと改めて決意を表明した。

 なお、自身の特殊能力の関係で霊感があり、死に神ちゃんの存在を認識しているヴィヴィアは、どうやらユーマが死に神ちゃんと積極的に意思疎通を交わしているらしいと察し——相談と言えるほど大仰では無いのだが——、ますます不機嫌そうに纏う空気を重く湿らせていた。



 結論として、話が通じる内に頷け、という圧を互いに醸し合いながら、最終的に本当にその通りに話が纏まった。

 目を輝かせ……否、ギラつかせながら、必死になって理性を働かせるのは、誰もが些細なミスで台無しにするのを避けているからだ。感情的に怒り狂っては駄目だ、と感情的に恐れるが故に成立する、理性的な結論だった。

 ヤコウ——自分達が奇跡的に喰い殺さずに済んだ、ただ一人の生き残った人間。

 その命運、その扱いは、今後の自分達の人生ならぬホムンクルス生に影響する。良くも悪くも、大なり小なり。皆がそう認識している故、大胆に見える者とて、その実は慎重になっている。

 特例的に寛大な処遇を施すにせよ、後ろめたさから存在ごと隠蔽するにせよ、白々しく開き直って苛烈に処断するにせよ——如何なる方法であれ、向き合わざるを得ない、生きている罪過だ。

 事が大々的に露見した以上、尚更、一方通行の感傷で終わらせて良い問題では無かった。ヤコウだけは死者ではなく、生者なのだから。


 そのような空気の中で、クルミがおずおずと挙手した。

「わ、私も、行っていいですか?」

「…クルミちゃん?」

 ユーマは驚いて声を上げる。クルミの立候補の意味を掴みかねたからだ。

「お邪魔にはならないようにします。そこに居るだけになって、何しに来たんだ、って有様になりそうですけど…」

 ユーマ以外の者達も、なぜクルミが? と疑問符を浮かべていた。

 現場に駆けつけて以降のスタンスに引け目を感じるような発言をしているが、それ以前の話である。

「テメーはこっちのヤコウと面識ねぇだろ。ユーマならまだ分かるけどよォ」

 その疑問を最初に切り出したのはヨミーだった。突き放したような物言いだが、事実である。

「ユーマの傍に居た方が良くねぇか? …そっちのヤコウと余程親しかったのか?」

「この世界のヤコウさんのことは話でしか知りませんし、ユーマくんの傍には居たいです。元居た世界のヤコウさんとは、お世話にはなりましたねって関係ではあります」

 ヨミーが言語化した疑問に対するクルミのアンサーは、その通りだと肯定するものだったり、煮え切らなかったり。それら自体は理由を補完するものでは無かった。

「けど、順番に説明していきますね。まず、ユーマくんは大丈夫ですよ」

「ユーマの力になりたい、せめて傍に居たい、って考えはねーのかよ」

 クルミが優先するのはユーマなのでは、という直球な問いかけに、クルミは「…ちょっと迷いましたよ」と笑う。

「この人と再会したくて外へ出ようとした矢先、この世界に飛ばされましたしね」

『ペ、ペタンコ……隙あらばアピールするその卑しいムーブは気に食わないよ? 邪魔だと思ってるよ? でもさ、距離を置くならまぁいいやってレベルであって、別にガチで消えろとまでは……』

 死に神ちゃんが物騒な意味で心配しているのは、ハララと一緒にこの場から消える=闇討ちされフェードアウトする危険性がある、という危機感の為だろう。

 その心配が杞憂だったとしても、まだ腑に落ちない。この世界に迷い込んで間もないクルミが積極的に関わる理由としては、まだ納得し難い。

「どんな時でもユーマくんと一緒に居るだろう、って風に思われてたみたいですけど、そうとも限らないと言いますか」

「ほう?」

「皆さん、ヤコウさんに向き合おうとしています。明るい意味とは言えないのは分かっていますけど、誰も軽んじていないことは分かります」

「…下手に扱えねーよってだけだが、まぁいい。続けろ」

 今自らに向けられる困惑も含め、これまで皆から向けられてきた感情を整理しながら、その理由をクルミは述べる。

「生き残った人間が、自分の世界を壊したホムンクルスに、何を思うのか。

 ……皆さんはとても真剣です。私だって、その事に真剣にならなきゃいけないんだって自覚させてくれるくらいに。

 会ったことがなくても、世界は違っても、私だってカナイ区のホムンクルスです。自分の正体を受け入れて、前向きに生きると決めました。

 他人事でも、無関係な世界の話でもありません。ここに飛ばされた以上、面識はなくとも、自分がホムンクルスである以上は、無関係だと切っちゃ駄目なんです」

 知的好奇心でも、遊びでも無いのだと、真摯に訴えかけていた。

 理由や意味は無くとも、薄くとも、ホムンクルスである以上は義務がある。それが理由だ、と。

「ですから、行けるなら、行った方がいいかなって思うんですが……どう、でしょうか?」

 結局の所。覚悟だろうが何だろうが、所詮は自己満足、個人的な心の問題に過ぎないと却下されれば、それまでだ。

 しかし、そのように腐すのは身も蓋も無くなる。誰も彼もに刺さり、身動きが取れなくなる。

「……日光除けのアイテムだけ寄越せって言ってもいいんだがなァ」

「その前振りは、期待してもいいですか?」

「食いついてくるじゃねぇか。

 ……この世界のオメーは死んでるからな。間違いなく混乱を招く。それを回避する為に適当な嘘で誤魔化すが、上手く乗れよ」

「は、はいっ! …えっと、ハララさん、どうでしょうか?」

「……勝手にし給え」

『いっそ、このノリで貧血ヴァンパイアも“じゃあ私も”っつって同行して、地味な絵面確定のシーンが潰れたりしないかなー…あ、特に何も言わないんだ、コイツ…』

 仕方ないな、とヨミー達に思わせる程度には心を動かす事に成功し、クルミは安堵していた。



「…気を付けてね、クルミちゃん」

『お、おお。マジかぁ…』

(……死に神ちゃん、ちょっと冷静になろうよ。ハララさんはそこまで理不尽じゃないから)

『性格に相違がないとしてもさ、こっちの世界の悪魔ちゃんは語らいとか交流イベントなかったからね? お腹をコチョコチョして探ってやりたいよ』

 クルミを行かせて良いのか。残って欲しいと乞えば、彼女は恐らく聞き届けてここに留まるだろう。

 どちらにするか悩んだが、最終的には彼女の意思を尊重した。

「……うん。行ってくるよ、ユーマくん」

『っかー! いちいち卑しい! 画面外に行ったからって消えるんじゃないよ!? 自分が決めたコトなんだからちゃんと自衛してよね!』

「…………で。いいよな?」

 ユーマがクルミへ見送りの言葉を送った矢先、ヨミーは急かして確認を取ってくる。多少の紆余曲折を経て纏まった話が、ふとした拍子に瓦解しては堪らないのだろう。

 このまま、無言で頷いて、ヨミー達を見送って良い、のだが……。

「ヨミー所長。彼女のこと、よろしくお願いします」

「何とかしてやるから、いちいち言ってくんじゃねーよ」

 ヤコウは、世界が違えども、言葉で止まるような人では無い——と、思うのだが。これに限った事では無く、思いはするが言いはしなかった。

 心理面であれこれ共有せざるを得ない死に神ちゃんだったら仕方ないし、向こうから質問されたなら相応に返すが、自発的に介入するのは憚られた。

 とは言え、これからヴィヴィアと話し合う以上、ユーマの個人的な塩梅による匙加減だと言ってしまえば、それまでなのだが。

 強いて言い訳を形作るなら、説得が通じるかは怪しいです、なんて意味合いの発言、実力行使を後押しするようで物騒だ。

 言葉で止まるとは思えないが、だからって何も言わないで良いはずがない。そんなの、諦めたようで、寂し過ぎる。

「…あまり、肩を張り過ぎないでくださいね。超探偵の、皆さんも……混乱はしているでしょうが、ヨミー所長の敵になることはない、と思いますから」

「……そうか」

 ぶっきらぼうな相槌だ。ヨミーが若干、機嫌が悪くなったように感じた。

『会うの気まずがってるね、コレ。まー、でしょーね』

(でも、じゃあみんなと関わらないように、ってのも……)

『これ以上はやめとこうね。どこ踏んでも爆発するセンシティブ地雷原、爆発の回数を少なくしないとご主人様の身が持たないよー』

 死に神ちゃんは、しー、しー、と口に指を当てる真似をしていた。





 斯くして、即興で奇妙な組み合わせが出来上がり、ヨミー、ハララ、そしてクルミの三人はひとまず現場へ向かう流れとなった。

 マコトはヨミーへ車の鍵を渡し、その場所を教えるついで、「キミの部下達のことだからね。任せたよ」とわざわざ念押ししていた。それは気遣いと言うよりは忠告に近く、いちいち言及された苛立ちからかヨミーはムスッとしていた。


「……私は、彼だけじゃなく、あなたとも話をしないといけないのかな?」

「あ、ボクはスキップ可だよ。キミの意思を尊重するから」

「…………そう」

 ヨミー達が発ってから程無く、ヴィヴィアは判定役の如く佇むマコトへ事前の確認を取っていた。マコトの素気無い返答に、ヴィヴィアの返事もまた素っ気無かった。

『あー、始まるー。しんどくて大変なのに絵面が地味な対決が始まっちゃーう』

(……何だか、マコト冷たいね?)

『お相手を押し付けられちゃったね』

(……)

 マコトの対応は、対ホムンクルスにしては素っ気無く、拒絶めいている。ヴィヴィアを敢えて焚き付けているにせよ、随分と頑なだ。

『ぶっちゃけ冷静になれよって呆れてますけどね、オレ様ちゃんは。頭に血が上り過ぎでしょ。ガチで論破するべきはご主人様じゃなくてアッチでしょー? だーれも軌道修正する気がないのー?』

 死に神ちゃんがヴィヴィアに対して先程から理不尽だとキレてメンチを切っているが、致し方無い。

 世界探偵機構のナンバー1だから説き伏せる価値がある、という理屈は、分からなくも無いが、優先度が一番高い訳でも無い。

 ユーマの立ち位置は、あくまでも外部組織の実力者だ。しかも、ユーマ本人は別世界の住民。挙げ句の果てには、世界探偵機構を辞める予定まである。

 そうなれば、実際の決定権を握っているマコトの方が、ヴィヴィアとしては何としてでも説き伏せたい対象のはず。マコトに取りつく島が無いにしても、だ。

 ヤコウの未来が懸かっている点をフォーカスすれば、ユーマに構って憂さ晴らしなんて、らしくない稚拙さである。

 ヴィヴィアの行動原理を思えば、齟齬が生じている気がした。

『面倒になったら切り上げて良くない? ご主人様だってモジャモジャ頭と話をしたいでしょ?』

(……この感じだと、面会室で、になるかも知れないなぁ)

『それより早くに話せるなら、それに越したことはないんでしょ? 取捨選択は程々にしときなよ。もうね、ご主人様がどこまで背負って関与するかっていう塩梅だからね』

 ヴィヴィアの行動原理に推測を及ぼしながら、ユーマはやりたい事の多さと実際にできる事の少なさのギャップにも眉を悩ましげに薄っすらと顰めていた。


「…………私も行くと言わなかったのは、逃避だと、思うかい?」

 ヴィヴィアがそう尋ねてきたのは、クルミの意思表示が挟まった所為だろう。

 反応を窺ってくる暗い眼差しを前に、「…いいえ」とユーマは首を左右に振った。

 たったそれだけの短い否定をヴィヴィアは数秒掛けて頭の中で咀嚼してから、また新たに切り出す。

「共犯関係になりたい、なんて言っていたけれど。私の思う共犯とは、殺害の現場を共有することにより生じる絆。それを容易く言葉にできるのは、凄いね」

『絆……キズ、ナ……? …突っ込まないでおくね』

 ヴィヴィアの目に浮かぶのは、苛立ちと、怒りと、ほんの少しの迷い。

「……森での怪死。それを無視して、湖の上で、ボートにでも乗って揺蕩うのも、悪くはない…けど」

『何をほざいてんだオマエーッ!! 悪いに決まってんでしょうが! 冷やかしは帰りなッ!!』

 不可解にも、妙に手緩い鱗片を垣間見せてくる。

「静謐な森の中で、その静けさを引き裂くように、叫び続けて欲しい、かな。なぜ、鳥が囀らず、静かなのか、答えて御覧よ。

 空想故の解釈の余地を、キミは、どう手折り、へし折るの? 真夜中に鳥の亡骸を指差して、キミはどう答えるの?」

 しかし、鱗片は泡沫に過ぎず、水泡に帰す。

『ご主人様! 翻訳ヨロシク!!』

(沈黙や保留は嫌…って、こと、だろうね)

『オッケー、って何がオッケーじゃい注文付けんじゃないよバカタレーッ!!』

 だが、泡沫と言えど幻では無く、一瞬でも確かに感じ取れた。ヴィヴィアなりに何か思う所があって、それが例え僅かでも浮かび上がっていた。

「朝日が訪れる前に、小鳥の死を教えるキミは…私に、何を示してくれるのかな…?」

 傾向として、ヴィヴィアは、心情の具体的な明言を避けたい時、特に幻想的な言い回しを多用する。この世界でもそれは同じ。

 ならば、今のヴィヴィアは、何かを特に誤魔化し、秘めているという訳で。

 それは意図的な攪乱のようであり、ヴィヴィア自身が自らの心を言語化し損なっている証左のようでもあった。

「ねぇ。小鳥は、なんで死んでるの?」

『マザーグースに著作権はないんだから固有名詞を避けなくてもいいだろしゃらくせぇー!』

 霧の正体を掴めと乞われたような、滅茶苦茶な要求だ。

 しかも、ヴィヴィアは霧の真っ只中で佇んでいるのに、ユーマよりも把握が稚拙。自分自身の事でありながら明確な言語化ができず、あるいはわざと忌避している。

 にも拘わらず、解いて御覧と挑発するのだから、何と言うか、他者との相性の良し悪しが極端になり易い感性と態度である。

『面倒臭いけど、真面目に付き合うの?』

(ヴィヴィアさん自身、分からないことが多過ぎて混乱してる、んだと思う。第三者の…ボクの推測を聞くことで、整理しようとしてる…?)

『自分でも答えの分かってないクイズかー。何がしたいの? キレていい?』

(……もうキレてるよね?)

『十段階中の六段階目ぐらいだから。あと四回は変身を残してるからヨユーヨユー』

(いつの間に六回も変身してたのさ…)

 ヴィヴィアから、何を望まれているのか。

 理解して欲しいのか。導いて欲しいのか。助けて欲しいのか。抉って欲しいのか。打ちのめして欲しいのか。傷つけて欲しいのか。


「何も語らぬ小鳥の死骸にしか見えないし、囀りは何も聞こえない。けれども、キミには何が見え、何が聞こえるの?」

 何を望まれるにせよ、暴く事で、結果として彼の望みは成就するのだろう。




(終)

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