5章⑤
善悪反転レインコードss※5章はこんな雰囲気かなと個人的な解釈を形にしたssです。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
※4章反転ヨミー生存ルート兼本編クルミが参加するルートを採用しています。
※情報の整理回みたいになりました。
※『長話をしてる場合じゃない…』『だがここで最低限一段落つけておかないと…!』『最低限以外はまた後で触れるとして…』といった気持ちと戦いながら書きました。
※みんな賢くて凄いなぁ 追いつかねぇ でも書きたい
そんな感じで雰囲気なりに纏めています。
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未だ、立ち入り禁止区域の、壊れた雨雲発生装置の付近にて。
超探偵達に追い詰められたヤコウによる暴露——やっと言えたという情念を迸らせた叫びが、カナイ区中に一斉に発信された事に端を発して。
いきなりだが、ユーマと、致し方なく腹を据えたマコトと、それからクルミも加えての暴露大会が始まった。
所謂、『皆さん、大事なお知らせがあります×3』であった。
本当にいきなりである。
いやいや、そんな自己満足めいた吐露をしている場合では無いのでは。積もる話は、現在進行形の事を済ませてからでも構わないのでは。
……等という反論は、暴露された真実の濁流によって掻き消された。
……現場の超探偵達が時間を稼ぐか、もしくは保留的解決としてヤコウを生きたまま捕らえてくれる事を半ば強制的に祈らされ、愕然とさせられた。
真実を呑み込めるか否かに関係無く、既に取り返しが付かないという、身も蓋も無い酷薄な現実の壁が聳えていた。
否。壁では無く、これは、ふるいだ。
自分が、自分達が、カナイ区の住民が、人に非ざる者である事に錯乱するようであれば、
カナイ区外の住民との今後の関係も。
全部、即決できなければ、『解決編』から置き去りにされる。
後ほど精神的に回復してからでは遅過ぎる。今、この瞬間に決断できなければ論外なのだ。
現在のカナイ区の住民の正体が、三年前に秘密の実験場で生み出された欠陥ホムンクルス。それだけでも頭が痛くなるのに、その真実は序の口に過ぎなかった。
マコト=カグツチの正体。そこから派生して、ユーマ自身の正体までもが判明した。
からの、そのユーマは、実は似て非なる別の世界から飛ばされた異世界人だったというファンタジーな告白で思考を横から殴打された。この世界に本来居たはずのユーマの所在については全くの不明、故に保留にせざるを得ない。
不老不死の人造人間なんて与太話だけでも眩暈がするのに、別方向からこれまた別の与太話に襲われ、『混ぜるな危険』なんて主に洗剤の説明書で見かける構文を連想しかけた。
「……人間のおじいちゃんを食べてしまったのは、ホムンクルスの私だったかも知れません。それも含めて、少しずつでも、受け入れることを……私は、選びました」
色々な暴露を経た上で、最後にクルミ自身の心情が吐露された。
クルミの——別の似て非なる世界から飛ばされた、殺人事件の被害者にならずに済んだ世界線のクルミ=ウェンディーによる告白は、人ならざる紛い者の心構えだった。
(……意外と前向きに生きられるんだな)
尤も、彼女は厳密には余所の世界の住民で、世論の流れとて余所の世界のものだが。そんな身も蓋も無い注釈を添えながら、ヨミーはそう思った。
「私以外の、みんなも……。混乱は生じていましたが、暴動までは発展せず、多くの人達が適応しようと頑張っていました」
「…………そういう可能性も、あり得るんだね」
暴露した側なのに、ユーマとクルミが晒した情報が情報だっただけに、同時に暴露される側にも立たされたマコトの態度は、どうにも煮え切らなかった。
鎖国などをしてまで現カナイ区の住民を守ろうとした者にしては——現カナイ区の住民に真実を受け止めて貰える可能性を知ったにしては、素気無くこそは無かったが、かと言って聞き入っている程でも無く、言い方は歯切れが悪く中途半端だった。
「……マコトさん。どう、思っていますか?」
「…うーん。保留かな。今起こっていることを解決したあとに、また、改めて決断するよ」
「……急、ですもんね。すみません、焦って色々と詰め込んじゃって…」
「……あぁ、気を遣わせちゃったね」
その中途半端さを感じ取り、クルミが気まずそうに尋ねる。世界は異なれどカナイ区の住民から気遣われ、マコトはやんわりとした言い返しに努める。
やはり、その態度は煮え切らない。耳を傾けこそするが、失礼にならない程度の曖昧な反応しか示していない。
結局の所、余所の世界の話だよね、という諦念めいた前提が拭い切れていない。
薄情に映りかねないが、碌にディスカッションを経ずに結論だけを手渡された所で、許容できるか否かはまた別の話だ。
その花がどれだけ美しくとも、美しいという感想を抱く以上の段階へと踏み込む為には——如何様に根付き、葉が生い茂ったのか、何かしらの納得を得ねばならない。結局の所、過程が必要なのだ。
……マコトだけでは無い。
別の世界からの来訪者であるユーマとクルミを除いた全員が、結論だけを与えられ、空白の過程を埋めるべく、皆、大なり小なり痛む頭を働かせていた。
この場に居合わせたのは、ヨミーだけでは無い。日光アレルギーの対策にと日陰へ移動させたが、そのついでに後ろ手に拘束しておいたハララとヴィヴィアも居る。二人とも、感情が相殺された難しい表情をしていた。
有り合わせのその辺の縄を使ったので、しないよりはマシとは言え、拘束がいつ解かれるか気が気でない。力ずくで何とかできちまうよな、というのが本音だ。
もう既に解いていて、機を窺っている可能性を検討しつつ、自分達の身に降りかかった真実の重みに抗うのは、なかなかに頭を酷使させてくれる。
「ふざけんなよ、クソが……」
暴露された情報は三者三様ながら取捨選択が済まされたにも拘わらず、ヨミーは——及び、日光で弱った隙にと後ろ手を縄で拘束したハララとヴィヴィアも——情報の整理に迫られていた。
情報の量も質も、馬鹿みたいに特大スケールだった。
「早く向かわなきゃならねーのに……」と苛立ち混じりで吐き捨てながらも、言葉の威勢とは裏腹にヨミーの顔色は悪く、表情も虚脱感そのものだった。
ヨミーはちらりとハララとヴィヴィアを一瞥する。
錯乱状態に陥っていないのは、有り難い……とは、一概には断言し難い。なまじ頭のキレる部類に入るあの二人が、如何様な結論を出すかによって、今後の面倒事の種類も度合いも変わるのが厄介だ。
尤も、それを言い出せば、ヨミー自身も、知らされた真実に対して如何様な結論を出すのか? という問題に直面しているのだが……。
「オレ達の頭の良さに甘えやがって、オメーら……ッ」
忌々し気に吐き捨てるが、覇気が欠けていた。
自分は、自分達は、今このカナイ区で暮らす者達は、正しく換骨奪胎そのものである。
その真実に膝を折らずに済んでいるのは、耐えているだとか、心の強さだとか、そんな精神論では無い。
ただの一般人なら、いっそ流されて溺れてしまうのも、無責任ながら一つの選択としてあり得ただろうが。望まずともこの場に居合わせ、しかも奇跡的な理由から正気を保っていられる欠陥ホムンクルスの一人として、ヨミーは踏ん張っていた。
……意地だろうが、虚勢だろうが。張っていなければ、ふとした弾みで壊れかねなかった。
「…そうやって強がれるなら、大丈夫そうだね」
「…………大丈夫そうに、見えてんのかよ」
「今はね」
マコトからの言葉は、労いのようで、淡々とした客観的な評価でしかない。相変わらず、付けている仮面以上に胸の内が不透明な男だ。
頭がパンクしそうな情報過多だ。おかげで泣き言を垂れる選択肢を最初から奪われている。膝を折っている場合では無いと奮い立つより他に無い。前向きと言えばそうだけれども、精神的な健全性が欠如していた。
……健全で、いられるものか。
だが、この状況で錯乱しようものなら、本当に置いて行かれかねない。可哀想なカナイ区の住民、あとはボク達が解決しておくよ——なんて丁重に労わられて、あとは、全部、お任せ。
居合わせた意味が無いではないか。屈辱極まりない。
……いやいやいやいやいや。
無自覚でも人を喰っていたと判明し、そして自らが偽者だと分かった割には、状況に追いつこうと努力できるとは、非人道的な余裕ではあるまいか? まあ、本当に人間では無いのだが。
精神構造の面も人間と同じのはずなのに、なぜこうも落ち着けるのか。
ここは、パニック状態になり、置き去りにされるのが、人間らしい所作、ではあるまいか?
人を喰っていても、自分が偽者でも、実は然程ショックを受けていないのか?
——理知的であろうとする自戒に対する疑心暗鬼が膨らんで、それが思考のリソースを無駄に無意味に無作為に食い荒らしていく。これを蟻走感と称するのだろうか。虫唾が走る。
今、優先するべきは、将来を見据えた上での現状の対処。
欠陥ホムンクルスである自分達の、将来を見据えた……——
(…………、まずい)
情報過多により感情が麻痺している状態での思考は、合理の皮を被った強引な発想へと傾き、あるまじき方向へと淀んでいく。
それを明確に自覚するも、矯めようとする理性は、その大元である良心的感情までもが麻痺している所為で、機能がとても弱まっている。
真実を知る段階がもっと早かったら。
具体的には、ヤコウ達の失脚の原因となったあの件よりも前に、知っていたら。
自分は、ヤコウを失脚で済ませるのでは無く、息の根を止めようと画策していた可能性があった。
その場合、マコトに利用され尽くされそうな悪い想像しかできないのに、それでもなお、あり得た話だと思えてしまう。
欠陥ホムンクルスの立場としては、生き残りであるが故に復讐を選んだヤコウの存在はデメリットでしかない。現に行動に起こされた以上、始末せねば安心できない。
アイデンティティーの拠り所をホムンクルスに置くと 思 考 の 方 向 が … …
「み、皆さん! ストップ! ストップ!!」
突如、クルミが声をを張り上げた。
現実の時間でたかが十数秒程度黙りこくられた程度にしては、その声色は悲鳴のように切羽詰まっていた。
マコトもそうだけれども、ヨミーもハララもヴィヴィアも、皆が黙考している。それが、決して良くない状況なのだと感覚的に理解したが故、思考の制止を目的として思わず叫び出したのだ。
「…い、今は、ヤコウ所…さんを、止めに行きませんか? そのあとのことは、捕まえてから…に、しませんか?」
ただ。皆の精神状態が、思考が危ういと客観的に感づき、歯止めを掛けようと行動できるのは、悪意的な表現になるが第三者だからだ。
第三者の視点からの冷静な俯瞰とは、当事者との温度差をそのまま指す。
尤も、それを思いはしても、明確に敵対しているならまだしも、わざわざ口に出すのは憚られた。
「……僕達としては、そのあとが肝要だ」
だから、保安部所属のハララが、なあなあで誤魔化そうとするクルミに反論しても、流れとしては致し方ない。だろうな、と思った。
「その後を保障されるとは限らない以上、僕達はむしろ邪魔するが?」
「…ハララくん。あのヤコウくんが人間ってことは、ホムンクルスの方のヤコウくんがどうなっているのか、分かった上での発言なんだよね?」
「……それは…」
この仮面野郎、強引に掌握しようとしてやがる。
ハララの言葉を窮させるべく十中八九真実であろう推測を振ったマコトに対し、ヨミーはまるで常識人のように内心で呆れる。
「十中八九、殺してどっかに埋めたんだろうなァ。知能が下がろうと一日後には復活するんだ、コンクリートなり何なり混ぜ込んだ」
その癖、実態としてはマコト寄りの立場で口を挟んだ。
別にマコトの側に立った訳では無い。断じて。ただ、つい先程までの思考は、到底あのヤコウに対して好意的とは言い難く、ハララ達の肩は持てなかった。
「明確な悪意を以てして三年間も演技を続けていたんだ。こちら側としては看過できないよ」
「……彼の、立場を思えば……それ以外の、道はなかった」
未だヤコウを慕う狂犬だが、ヤコウの偽装工作によって何を犠牲にされたのかを推察できたが故、ハララは多少言い淀んでいた。
その代わりにと言わんばかりに、ヴィヴィアが反論してくる。
「照らしてくれる光は、もう、この世に、なかったんだ。だから、彼は、暗い道を進んだ。道かも分からぬ道を拓いた」
「……暗いって理解はできてるんだね」
歯切れが悪くなったハララとは相反するように、ヴィヴィアは雄弁になった。今度はこっちが元気になったか、とマコトは嘆息していた。
「…もし、知っていたら。あなたは、彼を処分していただろう?」
「失敬な。初手から命を奪うような真似はしないよ」
「廃人になってもらったり、とか?」
「彼の物分かりの良さ次第で待遇は変わるから、断言は難しいね」
「…………分かり切ってるよね?」
「……ヴィヴィアくん。もう一度言うけど。ホムンクルスの方のヤコウくんがどうなったのか、推察できた上での発言だよね?」
「そんなの、とっくに知ってたよ」
「……へぇ?」
おい。急に爆弾を落としやがって。
ヴィヴィアとマコトの不毛なディベートを、できるなら関わりたくないと言わんばかりの渋い顔で眺めていたヨミーは、これは他人事ではいられないと真顔になった。
彼の光とやらを奪ったのは他ならぬ自分達だろうに、ヴィヴィアはなぜ自己矛盾で立ち止まる事も無く、弁護できるのか。
堂々と言い切れるだけの理屈も、筋合いも、建前も、道理も、何もありはしないのに。感情という一点だけで、それら全てを無視して前進できるとは。
そんなの。
「おいヴィヴィア。いつから、どれだけ噛んでた?」
そんなの、考え、受け止め、許容する時間がたっぷりとあったからだ。
即決せよという前提故に苦しむ者達の中で、ヴィヴィアが迷いなく断言できるのは、折り合いを付けるだけの時間があったのだ。
もはや勘による当てずっぽうだったが、ヴィヴィアは一瞬黙した。かと思えば、「…見てただけだよ」と拍子抜けするくらい馬鹿正直に答えてくれた。
「空白の、一週間の直後。部長を探す為に『幽体離脱』をして……街中を探し回って……その時だったよ。尤も、私が見たのは、彼の妻……の、ホムンクルスを処理している現場だったけどね」
「ヴィ、ヴィヴィア! お前……!」
「もう、黙ってることに意味がなくなったから、ね」
困惑するハララを見て、自分がしっかりせねばと明後日の方向にやる気を漲っているのか、ヴィヴィアはすらすらと自供した。
「今にして振り返れば、自分の居場所を確保する為に、自分と自分の妻のホムンクルスを何とかしていたんだね…」
「『何とか』ってね。そんな曖昧な言い方してるけどね。殺害及び隠蔽。大スキャンダルだよ?」
「……そうだね」
「そうだね、ってねぇ…はぁ」
マコトがヤコウを“殺処分”する気でいるのだと、それが鮮明になったが故に、ヴィヴィアは暴露した。
真実がどうであれ変心はあり得ないが? と威圧する為に、今更切っても無意味なカードをわざと切った。
暴露大会が盛り上がってしまい、一方的に受け身で情報を纏める側に立たされたヨミーはまた一つ溜息を零した。
「一応聞いとくけど、黙ってろって脅されでもしたの?」
「……どちらでもいいだろう? 私の決断は変わらないのだから」
「…うーん。話が通じ辛いタイプとは認識してたよ? だけど、ここまでとは。ボク、頭が痛くなってきたかも」
マコトを弁護する訳では無いが、マコトがちょっとぐらい弱音を洩らすのも分かるぐらいには、ヴィヴィアは意固地だ。
絶句するハララの様子からして、本当に秘密を隠し続けてきたのだろう。その上で協力し続けてきただけあって、今更その程度? と言わんばかりの余裕を——
…………、いや。
よく観察すると、こめかみから脂汗を滲ませている。動揺が、身体の変化として確かに表れている。
その上で、ヤコウを庇っている。人間の方のヤコウを。
「知っていて、私はここに居る。気持ちは変わらないよ」
……いっそ、錯乱してくれれば、スムーズな展開に運べたのに。
だが、悪質な事に、より一層覚悟を固められてしまった。一度は地盤が緩みかけた証左だが、生憎と大して励ましにもならない。
ハララを鼓舞する意図までは無かろうが、こうもブレない姿を示されるとハララの方まで腹を決める可能性が高い。
ここで膝を落とせば置き去りにされる。その焦燥感に追い立てられているのは、何もヨミーだけでは無い、という事だ。
なまじ錯乱を抑えられ、先の未来を考慮できる頭脳を持つ者達が、幸か不幸か、この場には集まっている。
一応、後ろ手に縛っているが、ハララとヴィヴィアが相手だと思うと不安しか無い。何度でも言うが、実はいつでも動ける状態で、反撃する機を窺うついで程度で議論が展開されているだけかも知れない。
この三年間に色々とあり過ぎて荒事に多少慣れさせられたが、己は元々荒事が不得意なのだ。勘弁して欲しい。
事実との乖離? そんなものは知らない。何が悲しくて戦闘を想定せねばならないのだ。
……尤も、荒事が苦手だった記憶は、存在こそしても、自分のものでは無いのだが。
存在するが自分のものでは無い記憶の深掘りを、意図して遮断する。感情の麻痺の如何に関係無く、閉ざしておかねば、動くどころかこの場で頽れかねない。
「…ユーマくん。みんなに言って、良かったんだよね?」
「……、ああ」
不穏な方向へと傾き続ける討論に気圧されるように、思わずユーマに弱音を零してしまったクルミだったが、相談されたユーマは少しの間を置いて応えた。
クルミが前向きな未来の可能性を提示できたのは、ユーマが打ち明けた事によってバトンを渡されたからだが、とんでもないキラーパスである。
前向きな可能性自体は喜ばしい。だが、それを示す為にしたって、余所の世界からの正真正銘のマレビトだと明かすのは相当リスキーである。
「…なぁ。聞くが、オメーら、この事態を解決する為に……ヤコウと話してぇのか?」
「ボクは、……向かいたい、です」
正直な所、この世界の住民たる自分含めマコト、ハララ、ヴィヴィアの討論が纏まっていない段階で尋ねるような事では無いのだが。取っ散らかるし。尤も、纏まるものでも無いのだが。
兎に角。迷いを含みながらでも言い切るユーマに、ヨミーはどうしても尋ねたかった。
「ユーマ。愛する隣人だったかどうかは知らねーが、似てるだけで別人なんだぞ」
元居た世界で何があったのか、元居た世界のヨミーやらヤコウやらがどのような人物なのか、その仔細まではユーマは明かさなかった。度が過ぎればただのノイズだ。別に構わない。
だが、伝えられずとも、何となくだが、分かる事はある。
ハララ達とよく似た人々と良好な関係を築いていたのであろう、それ故の思い入れ。誤った肩入れでは無く、保安部に売り込むような真似などしなかったのだから、悪し気に言い捨てる道理は無い。
だが。他人事の癖に入れ込み過ぎだな、と。麻痺していた感情が感覚を取り戻して疼き始め、八つ当たりじみた苛立ちが募る。
自分の部下に対して内と余所の線引きに反吐が出そうだ。出そうなだけで、実際には出ず、体内で薄汚く凝るばかり。
自分は、自分達は似て非なる被造物。その真実を突きつけられ、健全でいられる訳が無いと悲鳴を上げる心が、本来なら無関係であるユーマの事情を感情的な引っ掛かりだけで関連付ける。
「情報提供には感謝するが、今この状況はオレらでケリをつけるべき。そういう分別が要るんじゃねぇの?」
……いっそ最後まで黙り続ける潔癖な自己保身を働かせていれば、オレはまだ純粋に味方でいられたのに。胸の中を引っ掻き回されて、腹が立つ。
嗚呼、クソみてぇな八つ当たりだと自覚して、また反吐が出そうだ。実際には出ずに済む白々しく空々しい実態が尚更腹立たしく、故に自虐するべきなのに、何割かがユーマへと向かいそうになる。
八つ当たり以外の表現が浮かばない。
「それでも、向かう気なのか?」
言葉では取り繕いながらも、不快感は拭えなかった。
ユーマの隣で気まずそうにしているクルミにも、悪いと思いながら不快感が疼く。
自分の部下とその仲間で、けれども余所の世界からのマレビトで、だが無責任に真実を打ち明けた訳が無く、しかし余所の世界からの無関係な別人という事実は拭えず。
……スケールが馬鹿みたいに大きい所為で、自分は馬鹿みたいな迷走をしている。己の醜態を直視するのは、抵抗感が酷かった。
本心を隠しているつもりだが、きっと、つもりの域に過ぎない。今の自分の表情は、酷く見苦しく歪んでいる気がした。
煮詰まったヨミーの心中に応えるように、ユーマは口を開く。
お前の意見はどうなのだと肩を掴んで当事者として尋ねるような真似をされても、迷いはあっても動じていなかった。
「…元居た世界の、皆さんによく似た人達への感情を引きずっていることは、決して否定できません」
律儀だな、と思った。顔も声も同じなら意識せざるを得ないだろうに。
それから、揚げ足取りになるが、便宜上とは言え、“人”と形容するのか、と思った。これについては自身のささくれた心が勝手に引っ掛かりを覚えているのが大きい。
「……同じような真似を、しようとしているって思うと……他人事とは、思えないんです」
随分と感情に寄った意見だ。
お人好しの性質を洩らすのとは訳が違う、ユーマの本心だ。
元居た世界でも、この世界と似たような大騒動でも起きたのか。それとも、事件自体は別だが、本質は同一だった何かでもあったのか。
別人でも、“同じ”じゃないか、と。
そう思わせるだけの、琴線に触れるだけの何かがあったのだろうか。
「ちょっと横から失礼」
「アマテラス社の関係者同士で議論してろよ、急に突っ込んでくんじゃねぇよ、収拾付ける気がねぇのか?」
「一度に複数が同時に議論する推理系協力ゲームみたいなノリだよ。ちゃんと成立するって」
「纏められるヤツが居ねぇと大事故の予感しかしねーし、纏められるヤツが正解とも限らないだろ、それ」
「えぇー、ゲームが元ネタだよ? 野暮なツッコミし過ぎたら楽しくないよ? …ひょっとしてヨミーくん、元ネタ知らない? だったらごめんね、一人で盛り上がっちゃって」
「……チッ」
ユーマが何を考えているのか、こっちは真面目に知りたいのに。横から水を差され、ヨミーは声を荒げかける。
だが、マコトとて真面目なはずだ。未だ仮面を被っているし、口調もお惚け風だが、ユーマへの敵愾心は本物だ。ならばこそ、彼とてユーマの考えを知りたいはずだ。その点でヨミーと、と言うかこの場に居る殆どの者達と利害は一致するはずだ。
「探偵は感情を殺して真実と向き合うべき。キミの居た世界でも、世界探偵機構の指標は同じだよね?」
「…ああ、そうだ」
ユーマがマコトには素らしき砕けた口調なのは、二人の特殊な関係に基づくのかも知れない。
「これまではこの世界のユーマとして動いていたって納得できる。けど、自ら余所者だと打ち明けたんだから、これ以上の関与は私情だと明言するも同然。そこの所、はっきりとした言い分を頼むよ」
配慮という名目で取り繕っていたヨミーよりも遥かに潔く、それ故に容赦の無い追及だった。
「生憎だけど、その追及は交わすよ」
「ふーん。どうやって?」
だが、それに晒されてもユーマは言い返せる。
重過ぎる秘密に耐え切れず、真実を打ち明けるという名目で楽になりたかった軟弱者に非ず。再三の説明になるが、彼なりに機を見て判断を下した。
ならばこそ、窮せずに答えられる。
「ボクは世界探偵機構を辞めるつもりだ」
「……あれ。そうなの?」
「…探偵まで辞めるってわけじゃないけどね。だから、規約で突かれても、あんまり意味はないんだ。ボクは、ボクのやり方でやるってだけの話だから」
「それはそうだ。暖簾を腕で押すのも手間が掛かって億劫だしね」
マコトは肩を竦め、ひとまずは納得して引き下がった。
「ボクは、これまで通り当事者として関わります。ヤコウ部長を、あの人を、止めます」
ヤコウへの処遇で二極端に陥っている中で、ユーマはそう言った。
「…止めるってのは? ボクやヨミーくんと同じ意見ってこと?」
「……あの人が、思い留まってくれれば。それがボクの考えだ。その後、然るべき裁きを受けるかどうかも含めてね」
マコトからの確認により引き出されたユーマの言葉は、字面だけなら欠陥ホムンクルスを容認する秩序派だった。
「ただ、本当にあの人を極刑に処すかどうかは、要検討して欲しい。あの人は、0か1の選択をする。止まることを選んだら、もう、みんなに危害を加えるような真似は、しないよ…」
「それは、キミが居た世界のヤコウくんの言動を鑑みての言葉?」
「…………だと、思う」
「……まぁ。検討だけなら、安いもんだからね」
歯切れの悪い部分は、ヤコウが本当に止まってくれるのか分からないという本心が滲み出ている証左。
絶対に生かすようにと極端な言い分をしないのでは無く、できなかった。
時に誠実さは交渉の武器に成り得るが、どう転ぶやら。
「なァ、ユーマ。そっちの世界のヤコウは、元気にやってんのか?」
「…お答えすることはできません」
「……質問を変える。やりたいことを、やれたのか?」
「……最後は、そうだったんだと思います」
「オメーは納得できたか?」
「…………いいえ」
「…………そうか」
ヨミーは静かに嘆息する。
詳細を知ってやる義理は無いが、向こうのヤコウは破滅を厭わぬ最期を迎えたようだ。
状況は違えど、本質が同じであるならば、こちらのヤコウの視野とて我が身の破滅を厭わないのだろう。
そんなヤコウを止めたがるのなら、生半可な覚悟である訳が無い。
だが、それを示されたからと言って、はいそうですかと忠義の狂犬が引く訳が無い。ハララとて、動揺こそしているが寝返る気配は感じられない。
「…ユーマ=ココヘッド。あの人のやりたいにやらせる。そんな選択は、キミの中には存在しないのかい?」
だから、つまりは、マコトとは別のアプローチからヴィヴィアと討論する気だ。
ヴィヴィアもそれを理解したのだろう。不愉快そうに眉を薄っすらを顰め、盛大に溜息を零している。
「キミは、キミの居た世界でのあの人と過ごし……思い入れがあるんだろう?」
「……ええ、ありますよ」
「それを踏まえての、感情を以てしての答えが、あの人を否定すること?」
ヴィヴィアの声は酷薄に冷めていた。
価値基準をヤコウに置く以上、味方になるかどうかが足切りのラインだ。
それ以外の全てが滅茶苦茶に蹂躙されてしまった以上、それに縋るしか無いような憐れさも感じられた。
尤も、憐れと称するには、抜き身の刃のようなので、ちっとも可愛らしく無いのだが。
「…ヴィヴィアさん、ハララさん。ボクと、共犯者になってくれませんか」
「……話し合えば、何とかなる。その慢心を堂々と晒すようになったね?」
方向性こそ予想通りだが、言い方は恐れ知らずだった。ヴィヴィアの溜息の種類も変わり、重く、薄っすらと軽蔑が混じる。
高みの見物をさせて頂こうか、とヨミーは半ばヤケになりながら成り行きを見守る事とした。
(終)