5章・前日譚

5章・前日譚

善悪反転レインコードss

※5章はこんな雰囲気かなと個人的な解釈を形にしたssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。


※ユーマが下水道を通るシーンは、反転ヤコウの正体が明かされるとなると、自動的にこちらの方も触れる事になると思って描写しています。



 ヤコウと面会ができないだろうかと、カナイタワーの最上階へと向かいマコトに直談判した。

 すぐに接触できるアマテラス社関係者であり、最高責任者でもあるマコトから太鼓判を頂ければ、事はスムーズに進むだろう。

「キミには助けられたし、こうして直々にお願いしに来てくれたんだし、叶えてあげたいね。けど、看守も抜いた完全な二人っきりって要望は頂けないよ」

 だが、そうは問屋が卸さなかった。

 ソファに寝そべったままで対応するというとても自由な姿勢ながら、マコトは流石にそれは通らないときっぱりと断言してきた。

「せめてボクが同席するのは駄目なのかい?」

「…駄目、です。二人っきりが望ましいです」

「なら、お断りを入れるしかないね」

「……そう、ですか」

「伝えたいことがあるなら、ボクから伝えておこうか?」

「…いえ。大丈夫です」

 ユーマは残念そうに肩を落とす。

 まだ、この街の住民が真実を知らない現状、ヤコウ以外の誰に聞かれても大問題なのだが、その中でもマコトは特にNGだ。ユーマのヤコウに対する考察が外れていた場合、ヤコウに対してすら問題が生じる。

 そもそも、ヤコウは現状扱いが難しくなっている。保安部部長の職を失したのなら何でもあり、とはならない。仮にも法治国家改め健全な自治区を自称するなら、相応の手続きは踏まねばならない。

 そして、ユーマの要望は、手順を踏んだとて、それを通すのは無理があると窘められるものだった。

 無謀極まる。実際、実行すら叶う事がなかった。強行突破をする事もできない。

『……うっかりこの人に知られちゃったら、諸々の手順とか踏み倒してぶっキルされる案件だよね。こんな風に育てた覚えはないんだけどなー…』

 死に神ちゃんは静観していた。ユーマの行動力に驚嘆しつつ呆れ、マコトから断られた事に落胆しつつ安堵する、相反する感情の流れを表しながら。



 後に思えば。この段階で、何が何でも、ヤコウと話を付けるべきだったのだろうか。

 ……いや。そう、上手く事は運んだだろうか?

 ユーマから答えを言い当てられた所で、それはヤコウにとって小目標に過ぎない。

 ヤコウの最終的な目的は、その先にあるのだから。




 誰にも内緒で用事を済ませ、とぼとぼとした足取りで下水道を通っていたのだが。

「わっ!」

『不意打ち特化のビックリ系ホラー演出! やだぁー、不潔な上にボロボロだなんて』

 通りすがろうとした壁に、突如、亀裂が走る音が響いた。薄暗がりなので目を凝らさねば分からないが、壁に一本の線が一瞬で刻まれた。

 ユーマは咄嗟に身構える。が、それ以上の変化は起こらなかった。

「セメントの異常膨張? ガラガラドッシャーンって崩壊はしないと思うけど、早く帰ろっか」

「ギ、ギヨームさん!?」

「ハロっちゃー。迎えに来たよ」

『ご主人様が単独行動=何かやってるって確信の下で派遣されてきたね、こいつ』

(実際やっていた身からすると、何とも…言えない…)

 そんなタイミングでギヨームと鉢合わせた。

 実はマコトと会っていたし、ヤコウとの面会を望んでいたなんて、馬鹿正直に自分から言える訳も無い。頼むから直接的な質問は来ないで欲しいな…と祈っていた。


 ◆


 失脚したヤコウ=フーリオは、薄暗い独房の中で無力化されていた。

 ヤコウに追従する幹部達は皆、他の場所で収容されている。ヤコウに詳細など知らされているはずも無いが、特異な能力を持つ者ばかりなので、全員個別のはずだ。

 この三年で死に物狂いで我武者羅になって地位を確立したのに、失う時は呆気無いと我ながら無味乾燥に物思う。口惜しんで歯軋りしようにも、心はカラカラに渇いていた。


 では、もう、何もできることはないのか?

 さめざめと嘆くばかりで終わるつもりか?

 ……まだ、生きている癖に。



 その日、珍しくも看守以外の来客が訪れた。

 看守でさえ、ヤコウとの私語は禁じられているという言うのに。最高責任者は預かれるお目溢しが大変多いものである。

「ユーマ=ココヘッドからの歓心を買っている心当たり、ですか」

 最高責任者マコト=カグツチからの質問は、ユーマから心配——執着される心当たりだった。

 わざわざ自ら赴いて現れるくらいだ。恐らく、ユーマが面談を希望する等の尋常ならざる行動力を発揮したのだろう。

 そしてそれをヤコウに察されるのを承知の上で、マコトはこの薄暗い独房へと訪れてきた。保安部の部長だから、なんて動機では片づけ難い違和感を察知したが故、マコトも行動せざるを得ないのだろう。

「……さあ。誰かに似ているとか、そんな所じゃないですか?」

 ヤコウに心当たりは無い。

 このカナイ区に訪れた人間なので優しく接したが、それを言い出せば他の超探偵にも同等の優しさは配ったつもりだ。受け取って貰えたかは別として。

 そして、それだけで、ユーマが自分に興味を持ってくれた……とは、流石に己惚れる事はできない。

 だから、分からない。なぜだか、ユーマはヤコウのパーソナルの部分に興味があるらしい、としか言いようが無い。

「……そうかい」

「おや。もう帰られるんですか? 嘘発見器や自白剤を試さなくてもいいんで?」

「試して欲しいの?」

「…まっさかあ」

 口で言っているだけだ。試されたら、一巻の終わりだ。

「生憎と長居は難しくてね。キミやハララくん達が抜けた穴は大きくて、アマテラス社全体が大忙しになったんだ」

 そう言ってマコトが踵を返した瞬間、ヤコウの眼差しが倦む。

 保安部の部長でありながらアマテラス社を牛耳る寸前まで権力を及ばせていたのが、却ってアマテラス社を混乱させているらしい。

 それでも、意思の統一は比較的容易いだろう。

 ヤコウに屈していた者達は主人を鞍替えするだけだし、風見鶏はマコトの方を見るだけだし、元々マコトの味方だった者達は一層精力的になるだろうし。

 マコト=カグツチの天下になるのは、時間の問題だ。

(……冗談じゃねぇ)

 尤も、だからもう無理だ、と諦める訳が無いのだが。自らの脈拍を実感する度、生きていると思いに耽る度、諦められる筈が無いのだ。


 それに。

 なぜかは分からなくとも、ユーマはヤコウにとても興味を持ってくれていて、ヤコウの動機を真剣に推理してくれている。

 ユーマなら、辿り着いてくれるかも知れない、と期待する程度には。

 そんな希望があると言うのに。

 受け身で待っていられるものか。




(終)

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