4人目 コック

4人目 コック



おれはサンジ、超一流の海のコックだ。

東西南北全て海の食材が集うという伝説の海、オールブルーを見つけるという夢を持った麦わらの一味のクルーの1人でもある。


この一味の連中は本当に旨そうにメシを食う。

ゴム人間で一味の船長のルフィは船一番の大食漢でさらに盗み食いの常習犯だ。

「うめェ~!!」と毎回満面の笑みで本当に旨そうにゴムの体で伸びる頬をパンパンに膨らませる勢いでメシをほおばる、好物は肉全般が大好きで骨付き肉にしてやると尚喜んでくれる、つまみ食い盗み食いはいただけねぇが作り甲斐のあるやつだ。

ただ、他のやつのメシもうっかりすると食っちまうし、ゴムで伸ばした手で遠距離からでもつまみ食いをしようとするから困ったもんだ。


筋肉バカのマリモは気に喰わねェ奴で、リクエストを聞いても「酒」と一言しか言わない。だが酒の肴に合うものを出してやったりすると普段の仏頂面が嬉しそうな顔になるし意外だが案外綺麗に食べる、ルフィの次にメシをよく食うのはこいつだ。海獣が出れば真っ先に切りに行くし何枚卸しにしろと言えば、普段はおれの言うこと全てに反抗すると言っても過言ではないゾロが、この時だけは言うことを聞く。意外と好物は分かりやすいやつだった。


麗しの美人航海士はフルーツ、特にナミさんのお母様のみかんを使ったデザートをよく好んでくれた。ソースにすることもあればフルーツの触感が楽しめるお菓子を作れば嬉しそうに女神のような、否女神そのものの神々しく美しい笑顔で「ん!美味しい!」と言ってくれる。ああっ!その微笑みが見れるだけでぼくは幸せ者だ~~!ナミさんの…(以下延々とナミを称える言葉が続く)。


長鼻のウソップはあろうことがキノコが大嫌いだと言った。アレルギーなら無理強いはできないがそうじゃないなら話は別だ。キノコには種類にもよるが食物繊維たっぷりで栄養たっぷり、冷凍保存をすれば長期保存だってできる素晴らしい食材だ。一味に入ってからあらゆるキノコ料理を出してやった、最初はキノコと形が分からないように細かく刻んだ、あらゆるキノコ料理の数々を出してきた。おれの旨すぎる料理にキノコと気づかせずに食べて毎回アイツが「おのれ策士め~!!」と言って叫んでいたのが懐かしい。今では旬の魚と一緒にキノコ炒めを食べている。


一味の非常食……っていう冗談はもうやめよう、チョッパーは甘いものが大好きだ。初めてチョコレートを作った日は目がめちゃくちゃキラキラして口周りを汚しながらルフィに取られねぇように食べていた、だが結局一緒の隙をつかれてルフィがチョッパーの分も摘まんでしまい、あまり甘い物を好まないゾロが自分の分を分けていた。あのクソギツネとのデービーバックファイトの時に出ていた屋台でわたあめという存在を知ったチョッパーは、ことある事にわたあめを所望し「わたあめサンド」というサンドイッチまでおれのレパートリーに加わった。チョッパーの二つ名が「わたあめ大好き」というのも納得だ。


知的でミステリアスな美人考古学者のロビンちゃん、真剣なその大人の横顔を見ながらコーヒーとサンドイッチを献上すると「ありがとうサンジ」とはにかみながら少女のような笑顔を見せてくる、そしてそのお口でサンドイッチをゆっくりと咀嚼して「おいしいわ」と褒めてくれる。その大人と少女のギャップにおれはいつでもメロメロだぁ!だって君の瞳は~(以下延々とロビンを称える言葉が続く)。


海パンが普段着というか一張羅、変態が誉め言葉のサイボーグのフランキー。腹がコーラを入れられる冷蔵庫という暑い日に便利な体を持ったアイツはハンバーガーやフライドポテトが大好物だ。文字通りコーラが動力原で(むしろどういう原理なんだ?)コーラ以外を動力にすると性格が変わるという面白体質らしく仲間になりたての頃は一度見たことがあるチョッパーが主体になって緑茶だの紅茶だのコーヒーやミックスジュースとか色々と試してはルフィとウソップと共に笑い転げてフランキーには「おれで遊ぶなぁ!!」と怒られていたこともあった。


死んで骨だけルフィの念願だった音楽家のブルック。やつはとにかく食べ方が汚い。なぜあんなに顔面を汚して食べれるんだ??あいつがいれる紅茶は悔しいがおれよりも香り高く上品で、あいつがいれた紅茶にあう料理を作るのも楽しみの一つだが、あの食べ方だけは許せない。それなのに好物はカレーなため、とにかく汚れが目立つから綺麗に食べれるようにマナーを存分に叩き込んでやった。なぜ骨なのに食事もとれて排泄もできるかという疑問については考えないことにした。本当にアイツの口はどこに繋がっているのが不思議だ。



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コックとして一味の仲間の好物は全部分かる、ルフィはとにかく肉、ゾロは海獣の肉と酒に合うものあと白米、ナミさんはフルーツ、ウソップは旬の魚とくに秋のサンマ、チョッパーは甘い物、ロビンちゃんはサンドイッチ、フランキーはコーラにあうハンバーガーやフライドポテト、ブルックはカレー。そんなあいつらの好物を、そしておれの好物を、新しい島について始める冒険の時に、その土地の食材をアレンジしながらも弁当として渡す。冒険の後に帰ってくる綺麗に食べつくされた弁当箱を見ておれはいつも嬉しくなる。


皆を腹いっぱいに食わしてやるのがおれの役目だ。

そんなくおれの仲間には食べることができない仲間がいる。

小さなリトルエンジェル、人形のウタちゃんだ。


初めて会ったのは|東の海《イーストブルー》、おれが副料理長をしていたバラティエだ。


ルフィのバカがウチのレストランに大砲をぶつけて雑用として雇い入れた時のこと、ルフィの様子を見に料理を食べに来たナミさんに抱っこされていた。

可憐なレディに可愛い人形はお似合いだ~と思ったら『キィ』とペコリと頭を下げて丁寧に挨拶をしてくれた。


よくよく話を聞くと幼少期のルフィとずっと一緒にいるという。人形に性別なんてあるのかと思ったが女の子だというウタちゃんはルフィよりもよく働いてくれた。


雑用だったアイツが客の料理をつまみ食いしたり、皿を割ったりととにかく店にとってマイナスなことしかしないので借金返済まで長いことをウソップ達に伝えた時、ウタちゃんは閃いた!と言わんばかりにウサギの耳のような髪をピョコンと立てて、ウソップからハンカチを借りて汚れないように、配慮した上でテーブルに乗ったと思えば挨拶をしたときの少し軋んだ音とは違う、綺麗なオルゴールの音を響かせた。


明るく楽し気な曲、心に染み入るバラードなど、その音楽を聴いた客は曲を聞き終わるまでともう少しだけと言って、ワインや食後のコーヒーや紅茶にデザートの追加注文をしたり、会計の時に良い曲を聞かせてもらえたといつもよりも多めにチップをはずんでくれたりとルフィに払う予定の1日分の給料分いや、それ以上の働きだった。


「絶対おれの方が稼いでるっ!」

「「「いや、絶対ウタの方が稼いでる(ぜ)(だろ)(わよ)」」」

悔しがるルフィに呆れながらツッコミを入れるゾロとウソップとナミさんの横で、ウタちゃんは手を顔の横に持ってきてルフィに向かってフリフリとしていた。おれは最初ルフィを慰めているかと思ったがルフィ曰く「負け惜しみじゃねーぞ!!明日も勝負だウタ!!」なんて言っていたからあのポーズは慰めているわけではないと知った。


綺麗な音を奏でる人形を欲しがって、ルフィに課した借金を帳消しにするどころじゃない金額を提示してきた客もいた。その金額に他のコックが目がくらみ、うっかり許可を出そうとしたが、それはルフィが「おれの仲間はやらん!!」と断固拒否していた。ちなみにナミさんはクソジジイに交渉してウタちゃんの働く時間を決めて、給料もちゃっかり請求していた、そんな抜け目のないナミさんも素敵だ~!


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おれが一味に入ってから皆に料理を毎日振舞うことになった。ウタちゃんはおれが料理を作っている姿を見るのが楽しいのかよくキッチンに来てくれた。

バラティエでは多くのコックと一緒に作っていたから少し騒がしいくらいの調理場が静かに感じていたから、興味津々に料理を見るウタちゃんに一つ一つ説明しながら作るのは楽しかった。ルフィを筆頭につまみ食いをしにくる連中もいるからウタちゃんがそれに気づいて追い出してくれることも本当に助かった。


一度、ルフィ達に食料をほぼ全部食べられた時など、どうしたものかと落ち込み悩んだ。そんな時、睡眠を必要としないウタちゃんが食料庫を守ってくれていた。他にも夜の見張り当番の仲間に料理を届けてくれたり、料理の皿を出したり、洗い終わった皿を拭いてくれたりビニールの手袋をしてレタスやキャベツを千切ったりと、ちょこちょこと愛らしい動作でお手伝いをしてくれるその姿は、まさしく天使だ。


味覚で楽しめない代わりに視覚と聴覚で楽しませようと、ナミさんも好きなフルーツで気合を入れた飾り切りを披露した時は、その過程もキラキラとした雰囲気で見てくれて、盛り付け終わった後もパァァァァ!!っという効果音が聞こえてきそうなほど喜びを表してくれた。


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シャボンディ諸島で一味は一度大きな敗北をした。立ち止まり力をつけたあの地獄の2年間。サニー号へと帰ってきたおれは別の地獄を覚悟したがそれはエリトルエンジェルのおかげで回避された。


「よし……開けるぞッ!!………??あれ?冷蔵庫が整理されてる!?」

「キィ♪」

「!?も、もしかしてウタちゃんが??……あ、ありがとう~!やっぱり君はエンジェルだぁ~!!」

「キィ~♪」


照れているのか頭に片手をあてるその小さな仲間は2年間の間に冷蔵庫の中身も整理してくれた、 正直保存食以外は腐っているだろうと、冷蔵庫の中身の腐敗と食材への申し訳ない気持ちを覚悟してだけに助かった。

それだけじゃなくキッチン、調理器具もダイニングも男部屋も風呂も、サニーのことをウタちゃんが守っていてくれたんだ。


魚人島から新世界最初の島パンクハザードでの冒険を終え、懐かしいクンフージュゴンやらシーザーの誘拐などのトラブルを乗り越えたどり着いたドレスローザ。

料理と女の良い匂いがするこの国ではなんとウタちゃんのように生きたオモチャが沢山いた。

ルフィが楽しそうに「ここってウタの故郷か?おめぇの父ちゃん母ちゃんいるのか?」って声をかけていたがウタちゃんはルフィの肩で髪を垂れ下げて首を横にふって否定していた。警戒したようにキョロキョロと辺りを見るウタちゃんがどこか怯えているのが気になった。


そして情熱的な踊り子ヴァイオレットちゃんの情報でサニー号にいるナミさんとおまけ共を助け、ローに先に進めと言われ一旦電伝虫で仲間と情報共有した時だ、ウソップ達からある衝撃の事実を聞かされたのは。


『ドレスローザにはウタのように動くオモチャが住人のように沢山いる!だけどっ……こいつらは本当は人間なんだっ!!』


そうウタちゃんが実は人間であることだ。


おれはずっと、ずっと食べたくても食べれない思いを彼女にさせてしまっていた。

結局一味は一旦別行動をとることになったが、おれはウタちゃんと約束をした。


「おれ達は先に進む!ゾウで会おう!それとウタちゃん!」

『キィ?』

「元に戻れたら、おれがほっぺの落ちそうなくらい旨いメシをたっくさん作るから!食べたいもの沢山考えておいてくれよな!」

『!キィ』


それなのに、目の前にもう二度と現れるはずのない過去が頼んでもいないのに迎えにやってきた。


ゴメン、本当にゴメンなウタちゃん。君の為に料理をしたかった。本当はケジメをつけてすぐに戻りたかった。だけど、おれは偉大なクソジジ……オーナーゼフを死なせたくない。おれに料理を教えてくれた、おれを人にしてくれた、おれの父親をあの騒がしくも憎らしい暴力コックのおれの家族を、見殺しには出来ない。


どうか、おれを置いて先に進んで欲しい。

君の口から「おいしい」という言葉を聞いてみたかった。君の唄う歌を聴いてみたかった。









ホールケーキアイランドにて


ルフィを蹴った、暴言も吐いた、そして人間に戻っておれに会いたいと言ってくれた君にも「おれから君に食わせるもんはない」なんてことも言った。


美味しい料理を食べさせると約束したのに、破ってしまった。挙げ句の果てにぐちゃぐちゃで雨に泥にまみれた冷たい弁当を食べさせてしまった。

君の好物だって知らないおれなのに、君は嬉しそうに、本当に幸せそうに食べてくれた。


「これ皆が好きな奴!これはルフィの骨付き肉にこっちはゾロの好きな海獣のお肉、ナミが好きなミカンにウソップの好きな焼き魚!チョッパーの好きなチョコレートにロビンの好きなサンドイッチにフランキーの好きなハンバーガー!これカレーコロッケ?カレーってこんなに美味しいんだ!ブルックもこれなら嬉しいね!こっちはサンジの辛口パスタだね?ピリッとしててこれも美味しい!!」


い一味の好きなものばかり詰め込んだ料理を一つ一つ美味しい美味しいと言ってくれる、そうかおれはアイツらの好物を作ってたんだ、だけどここには……


「サンジの海賊弁当食べてみたかったの!いっつも美味しそうだなって目で楽しんでたけど食べてみると口の中もお腹も楽しいでいっぱい!!ありがとうサンジ!」


その満面の笑みに、全身からあふれるパァァァ!という嬉しそうなオーラに確かに既視感を感じた。

ああ、彼女は間違いなく麦わらの一味の天使のオモチャだったウタちゃんだ。

小さなリトルエンジェルは麗しいヴィーナスだった。

今度こそ、君に美味しい料理を食べさせたい。

何がいいだろう?色鮮やかなフルーツの飾り切りであんなに目を嬉しそうな雰囲気をオモチャの時から魅せてくれた君だ、チョッパーによく作るわたあめにも興味をしめしていたし、生クリームもキラキラと星が輝くような目で見ていたからクリームとフルーツを沢山のせたパンケーキなんてどうだろう?そうだ、君の好みの目玉焼きの焼き加減も知りたい、嫌いな食べ物はあるか?あっても大丈夫、おれが嫌いな食べ物も好きになれるように調理してみせるから。


そして、今度こそ君の歌声を聞かせて欲しい、きっと君の歌声は世界が羨むほど美しいんだろうな。



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