3章⑦

3章⑦

善悪反転レインコードss

※3章はこんな雰囲気かなと自分なりのイメージを形にしてみたssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。


※謎迷宮を個人的に解釈して描写しています。

※条件が整っていると執筆途中で気づいたので、反転フブキも謎迷宮に参加しています。

※推理していそうな要素を描写していますが、素人が雰囲気を演出する為に捻り出した産物です。

 薄目で読んで頂ければ幸いです。



 死に神ちゃんの力によって、現実世界の時間が停止した。

 その停止した時の中で、謎迷宮を攻略し、真犯人を突き止める必要があるのだが……。


「ドミニクの力でも引っぺがせない~ッ! って言うより、ドミニクの『怪力』が発動してないんだけど!?」

 停止した時間の中で、ギヨームはヨミーが連れてきた真犯人のフードを剥がそうと主にドミニクに命令したが、時間の無駄に終わった。

 時が止まってのに、時間の無駄とはこれ如何に。

 洒落のようで洒落では無いのが厄介だ。停止した時間の中で、謎迷宮をクリアするまでの制限時間が設けられているのだから。

 タイムオーバーを迎えれば、ユーマだけでなく巻き込まれた者達もバッドエンド。現実世界では如何様に反映されるのかは不明だが、確実に碌な事にはなるまい。

『毎回説明してるけど、死に神ちゃんのシマじゃ能力は使えないんだよ。あとこの作品の世界観では時が止まってる=物は動かないだからね、観念してね』

「えー!? 何それー!」

 死に神ちゃんからの解説に、ギヨームは恨めしそうに謎迷宮の入り口を一瞥した。

 自身の探偵特殊能力で、謎迷宮の内部構造を探知して効率良く攻略する——という行為は不可能だと突き付けられ、歯痒そうだった。

 尤も、謎迷宮自体が推理次第で内部構造が変化ないし増築されるトンデモ建造物なので、ギヨームの能力が使えたとしても活かし切れたかは不明なのだが……。

「せめてクソヤローの銃だけでも処理させてよ! このまま時が動き出したらマズいよ、止めた意味ないよ、ヨミー様死んじゃ……わないとしても重傷だよ!!」

『……そこは、まあ、うん。迷宮攻略後に、糸が切れた人形みたいに倒れて無力化されるだろうから、問題ないと思うよ』

「そうなの!?」

『こいつが本当に真犯人なら、最終的にオレ様ちゃんに魂を刈り取られて、ぽっくり逝っちゃうからねー』

 本来の人型の姿となり、ギヨーム達にも視認できるようになった死に神ちゃんは、黙り込んでいるユーマに代わるように謎迷宮の説明をしていた。

 ギヨームは適応が早く、質疑応答に積極的だったので、死に神ちゃんによる解説がスムーズに進行した。既に撮影された映像をスキップさせて飛ばすようなイメージで、かくかくしかじかとテキトーながら核心を踏まえてチャッチャと述べていた。

「……あー、まぁ、ある意味、モチベ的にはラッキーかも? 犯人が分かってる状態で謎を解いてねって状況になったら、心がグッチャグチャになりそうだし」

 粗方説明を聞き終えて、ギヨームはぽつりと呟いた。

 謎迷宮に入る、その前に。真犯人のマスクは剥がせないのか?

 そんな試行錯誤をドミニクにさせていたギヨームは、時が停止した世界ではそもそも物自体が動かせないという現実を受け入れつつあった。

「で、攻略し終わったら、全部忘れちゃうんだね?」

『そーだよ。金ピカも眼鏡ビッチもそうだったんだから。一部例外は……まぁ、たぶんヘルスマイル探偵事務所のヒト達には居ないだろうね』

「ん? 例外?」

『ギザ歯ちゃん達には関係ないよ』

「関係ないならいいや。ややこしくなるし。それより、覚えてる内にちゃんと言っとかないと」

 ギヨームはユーマの方へと向き直って、言う。


「ユーマ。ヨミー様を助けてくれて、ありがとうね」

「……それを」

「ありがとうね!」

 言っていいんですか。感謝していいんですか。

 ユーマは思わずそう言い返しかけたが、ギヨームの二度目の感謝に被せられて掻き消された。

 恐らく、意図的だろう。

 ユーマが迷う暇を惜しんで死に神ちゃんの力を借りた、その理由に思考を馳せた上で。その主目的が時間の停止だと理解した上で。

 だとしても、なぜ台無しにするような真似を……なんて、ギヨームは怒らなかった。

「たぶん、ヨミー様はお礼を言えない気がするからね。死に神ちゃんの言ってた通り、捕まえた真犯人が目の前で死んじゃったら——ま、その辺りの対応は、現実に戻ってからのこれに任せちゃうとして」

 ユーマが悔いているのは、あのタイミングで死に神ちゃんの力を借りたのは正しかったのか、という点だ。

 現実でもう少し抗える余地があって、避けられる道があったのに、それを自らの意思で除外してしまったのではあるまいか、という後悔。

「真犯人の顛末は、どうせ同じだよ」

 そんなユーマが醸す雰囲気を察した上で、ギヨームは敢えて言った。

「複数人を殺害してるし、推定テロにも関与してる。カナイ区外でも極刑だよ。でも、気にしてるね」

「……知っていてやっているのは、事実ですから」

 暗い顔で俯くユーマを慮るギヨームの台詞は、先程の感謝と言い、倫理に抵触するギリギリまで迫り、抉ってくる。

 ユーマが憂う理由が、まさにその点である故に。

「ユーマはさ、カナイ区の法律が終わってる可能性を危惧して、死に神ちゃんと契約を結んだんだよね?」

「……そう、思いますか?」

「じゃないと、ユーマの性格との整合性が取れなくない?」

 ねー、とギヨームはドミニクに同意を求めた。ドミニクは頷いた。

「自分から契約した割には、犯人は法の執行を待たずにコロコロしちゃっても問題なし、イケイケドンドン! ってタイプとは違うよねー。だからね、これ、ユーマのこと結構好き」

「え、っと…」

 自らの意思で死神改め死に神ちゃんと契約しておいて、事件を解く度に煮え切らない態度だと追及してきている——と解釈するには、ギヨームの言い方は場違いな程に長閑だった。

 なぜ、その前置きから、ユーマへの好感度が高いという結論に至るのか。過程が少しばかり飛躍している気がする。

 もしくは、ユーマがある種、鈍過ぎるだけなのか。自問自答しても埒が明かなかった。

『はぁ~??? 雑な接続でご主人様への好意を表現したの今? オレ様ちゃんがヒロイン兼相棒兼指導役で固定してるんだけど?』

「ダイジョーブだよ死に神ちゃん。ラブじゃなくてライクだし、これ的には雑なつもりないよ」

 死に神ちゃんに横から突っ込まれたが、ギヨームは今後起こり得る厄介な絡みを減らす為にもライクという点を強調した。

「あの、ギヨームさん。結構好きって…ボクのことが、ですか?」

「そーそー。死のうがダイジョーブ、全然ヘーキ、って風に思い切りが良かったら、これの好感度はブッチギリだったよ。当然悪い意味で」

 ユーマも、死に神ちゃんがこれ以上拗らせる前にという失礼な動機も込みで質問を返し、話を進めようとする。

 なお、死に神ちゃんから『ご主人様ァ!?』とビックリされながら怒られたし、ギヨームもなぜ紛らわしい点を深掘りしてきたのかと苦笑いしていた。


 謎を解けば、犯人を死に至らしめる。

 そんな恐ろしい力を、人ならざる存在と契約して得ている探偵。

 如何様な人物なのかと、実を言えば探偵事務所の全員から人格面を精査されていた事を、ギヨームの口からきっぱりと断言された。

「ボクはそんな風に見られてたんですか!?」

「ユーマって、鋭いのか鈍いのか、よく分かんないねー」

『やっぱりディストピア探偵事務所だったじゃん! そう呼ぶに相応しいじゃん!!』

 ユーマは当初、元居た世界のヨミー=ヘルスマイル含めた面々との因縁から、この世界におけるヨミー=ヘルスマイル含めた面々の性格を観察していたのだが。

 ユーマの方こそ、逆に観察されていた。

 元居た世界の印象を引きずってヨミーへの失言を犯したのでスワロとのやり取りには注意を払っていたが、文字通り全員から実は注視されていたとは。

 訳も分からず異世界へと飛ばされた直後は視野がどれだけ狭まっていたのかと、遅まきながら痛感させられた。

『オレ様ちゃんのパワーがそんなに注目されてたなんて! 認識されてなかっただけで、オレ様ちゃんはアイドルだった…!?』

「いやー、するでしょ。一番ホットなのは世界探偵機構が派遣してきた対カナイ区の必殺兵器説だよ」

『知らない所で炎上されてた気分だよ!』

(しかも微妙に否定し難い…っ)

 死に神ちゃんが封印されていた死神の書は、世界探偵機構の書庫で保管されていた。ユーマ自身の正体も加味すれば、ホットに盛り上がっている説は正解に物凄く近い。

「ま、安心して! ユーマはイイコでー、悪用しないよねー、って雰囲気に落ち着いてるから! ヨミー様も渋い顔してたしー」

『もしかしなくても、天然ストレートって初期からご主人様に気を配ってた? 善かよ……善だったわ……』

「だから、今回だって、法の手続きを飛ばして始末したいサイコパス的な発想じゃなくて、ヨミー様を助けたかったんだって推測できたし」

「そしてそこに戻るんですね…」

「そりゃ戻るよ。結局、そこの所がユーマの気にしてるトコだしねー」

 回り回って、話題が回帰した。それこそが本題である故に。

「で、これの主張も一周回って戻ってくるよ。ヨミー様助けてくれてありがとう! 現実のゴタゴタが起きたらこれが守ったげるね! 以上!」

 一周回って戻ってきただけとは言うけれども、回るまでの間に補完は成された。

 目の前のギヨームから、この不思議な体験の記憶が失われようとも、ユーマを擁護するのだと太鼓判を押された。ドミニクも異論が無い様子だった。

 ユーマは、想像以上に周囲から買われている。

 如何様な経緯で物騒な力を得たのか、その真偽は定かに非ず。然れども、人柄や事件を解いた後の反応から、自らが齎した結末を許容すれども納得していない。

 その一点を、どうやら甚く評価されているようだった。

「……ヨミー所長からお叱りを受ける時は、助けて頂かなくても大丈夫です。ボクが齎した結果は、ボクが受け止めます」

「えー? 巻き込まれたこれ達にも、その辺の義務はちょっとぐらいありそうだけどなー」

 その事を知っても、仲間内から責められずに済むと安堵したりせず、なおも表情が晴れない。

 そんなユーマだから、殊更味方になろうとしてくれていた。






 今回、死に神ちゃんの力を借りた事について、心機一転には及ばずとも、互いの認識をすり合わせた。

 では、いざ謎迷宮へ——

「皆さん! 今は争っている場合ではありません! ここは協力しましょう!」

「聞いてないんだけど!!! どうして対テロリスト対策班班長が居るのーッ!!?」

 ——出発できず、まだ入り口付近で留まっていた。

 ギヨームが苛々したように爪を噛みながら絶叫している一方で、フブキは使命感に燃えた眼差しでユーマ達に訴えかけてきていた。


 謎迷宮の入口へ入ろうとした寸前、背後から切羽詰まったフブキの呼び声が響き、ユーマ達は驚いて足を止めて振り返った。

 駆け寄ってきたフブキ曰く。突然自分以外の時の流れが停止したので、何事かと原因を探るべくカナイ区中を彷徨っていた折、同じく動けているユーマ達を発見し、合流を図ったとの事。

「わたくしはクロックフォード家の者として、世界の時を凍らせた暗黒破壊神を打ち倒さねばなりません!」

『あ。オレ様ちゃんが黒幕扱い? へー、ほーん』

 遠方からずっと走り続けてきて、息を切らしていたのも束の間。

 クロックフォード家の者としての誇りを胸に抱くフブキの意思表明に、死に神ちゃんは面倒臭そうに説明を放棄していた。

「死に神ちゃん! 教えて! どーいうコト!?」

『ギザ歯ちゃんとデカブツがこうして動けるのは、ご主人様が『能力共有』した影響。で、ご主人様が『能力共有』した相手は、他にもう一人居たんだよねーってのが答え』

「めっ面倒臭いフラグが、実は立ってたの!?」

『死に神ちゃんも今思い出したよ。ご主人様が、あの箱入りビッチに進んで手をニギニギした、忌々し~い思い出をね』

「下心はないって言ってるだろ!?」

「は、箱入りですって!? そのような侮辱を受け、おとなしくしているわけには参りません!」

 ギヨーム、死に神ちゃん、それからフブキ。女三人寄れば姦しいとはこの事か。勝手に話が進んでいく。

 ユーマが辛うじて会話に食らいつく一方で、ドミニクはギヨームが理解しているなら問題無いと思考放棄、良く言えば信頼しているので、普段と変わらず佇んでいた。

「この暗黒破壊神から、正しい時の流れを取り戻さねばなりません!」

 訳も分からず巻き込まれたはずのフブキは、クロックフォード家特有の時に纏わる現象に慣れている為か、ある意味適応が早かった。

 尤も、誤解した状態での適応なので、違うそうじゃないんです…と思わず突っ込みたくなった。

「フ、フブキさん。因果はどちらかと言えば逆です。時が止まったのは副次的なんです…」

「つ、ついでの感覚で時を弄んだんですか!? なんと邪悪な!」

『ご主人様~、もういいじゃん。訂正しないで、この路線でいこうよ』

「う、うぅ……」

 だが、馬鹿正直に『ボクがこの事件の捜査中に『能力共有をした』をした影響です』と説明し、誤解故に協力的なフブキの敵愾心をわざわざ煽るのも馬鹿馬鹿しい。

 その事に思い至るも、じゃあどうすればいいのかとユーマは頭を抱えた。自らが撒いた種とは言え、急に咲いた花を見せつけられると驚くものである。

『いっそ、このノリで一緒に参加させよ。外に置き去りにしてたら、キュウに絡まれて勝手にやられそうで後味悪いし』

 諦めた死に神ちゃんからのアドバイスは、無慈悲だが、これ以上時間を無駄にしたくないなら従うべきだった。

 それに。考えが読めないながら、フブキは保安部の幹部でありながら、なぜだかユーマ達を危険から救おうとしてくれた事があった。

 不明瞭な部分が多いとは言え、幹部の中では危険度が低そうだ。呉越同舟の相手として選んでも、背中を刺されるような事態にならない……はずだ。

「マジで連れてくの?」

「……つ、連れて行きましょう。一人にはさせられません」

「こっちの方が人数が多いし、何とかなるけど……まあいいや。みんなで行くよー!」

 こうして、なし崩し的にフブキも加えたメンバーで謎迷宮を踏破する事になったのだった。

「この遺跡が暗黒破壊神のハウスなのですね! カナイ区の地下で不法建築をしていたとは……はっ! なぜハウスの外に暗黒破壊神が出ているのですか? ハウスを踏破せずとも、ここで倒せば良いのでは?」

「ハウスにギミックが仕込まれてるの! 行くよ!!」

 世界の時が暗黒破壊神(※死に神ちゃんを指す)に支配されつつある、というストーリーが出来上がっているフブキにある程度合わせながら、ギヨームが音頭を取っていた。


 ◆


・シャチは自ら罪を認めた。

→ 事態の収束を急いだに過ぎない 〇


・なぜ事態の収束を急いだ?

→ ユーマ達に被害が及ぶのを避ける為 〇


 推理デスマッチ、VS謎怪人フブキ。

 中央のリングでの戦いで、ユーマは謎怪人フブキから放たれる物質化した言葉を回避する。リアルタイムで反論する点を見抜き、解鍵をセットした解刀で対応していた。

 案内人の死に神ちゃんと同伴者のギヨーム、ドミニク、そしてフブキは、直接的に参加こそできないが、ユーマへのアシストが可能だ。

 理屈はよく分からないが、応援するとユーマにシールドが張られ、当たった攻撃を防げるようだ。

「シャチさんは、犯人ではないのでしょうか?」

「それを、今、確かめてるトコだよ…」

 監視も兼ねて隣に居るギヨームは、フブキが驚いたように声を洩らす度に困惑していた。

 敵方だから情報漏洩を防ぐ為に道化を演じている、のでは無い。スワロの力を借りずとも分かる。

 事件が悪趣味な遊園地のように再構築された謎迷宮で、謎怪人として現れるだけ事件に関わっておきながら、フブキは本気で驚いていた。

 最終手段として推理をかなぐり捨ててフブキを尋問して情報を得る、という手段は非現実のようだとギヨームは分からせられ、ドン引きしていた。


・……まだ、シャチ犯人説は否定されていない。

→ (解鍵未使用) (回避)


 ユーマが謎怪人フブキを退けた、かと思いきや。

 二体目の謎怪人が現れた。

 ユーマはこれより、二方向からの物質化した言語を回避しながら、この二体を撃破しなければならない。

「死に神ちゃん!! 謎怪人が追加されたんだけど、団体戦開始なの!? これ達も参戦するべき!?」

『解刀がないと太刀打ちできないから、入場しても怪我するだけだよ!』

「一対多数!? 向こうばっかりバトル要員増えるの!?」

『強い絆で結ばれてるっぽいのを隠す気もないみたい! それが反映されてる! ご主人様、ルナティックモードが始まるよ!』

 謎怪人フブキは味方の到着に気力を取り戻したようで、「回復してんじゃねー!!」と外野でギヨームがキレ散らかしていた。

「絆ぐらいこっちにもあるしー! 即席の絆もあるしー! おい対テロリスト班班長!! 手伝え!!」

「ユーマさんを応援すればいいんですか?」

「そうだよ!!」

「空き缶! 空き缶ないの!? 投げたい!!」

『ないし、あってもダメージ与えらんないよー?』

「これの気が済む!!」

 シールドが使用できる回数を増やし、ユーマの耐久力を高める。それがギヨーム達にできる助力で、誰よりもギヨームが意欲的だった。

 その一方、ギヨームの素行の悪さがだんだんと諸に露出しつつあった。ユーマの為なのだが、なまじ理由があるだけにヒートアップしている。

 ギヨームが箍を外しかけるとドミニクの脳細胞は働きたがりになるようで、彼はリング上のバトルだけでなくギヨームの言動にも注視しつつあった。


 斬り伏せ、論破するべき台詞の候補の他に入り混じる、要点から遠く懸け離れた会話。

 謎怪人フブキの挙動が先程までと変わった。しきりに今日の予定がどうだの、何の事件を取り扱っているのかだの、要点からは遠く懸け離れた会話を振り始めた。

 垂れ流された雑談が、物質化された言葉の川が、濁流のように押し寄せてくる。

『組むと厄介になるタイプの謎怪人だったみたい!!』

 量に波があり、時に回避するのが不可能になるが、そんな場合はシールドを展開できれば持ち堪えられる。

 今回はアシスト要員が多いので、使用制限が実質的に緩んでいる。その一回目は、死に神ちゃんによるものだった。

「応援! 応援して! ほら! 時の運航を守るんでしょー!?」

「え、ええと! ユ、ユーマさん! フレー、フレー! フレー!」

「……ボクは、何をさせてるんだろう」

 ただ。推理デスマッチ中に、こんな事を考えている余裕は本来無いのだが。

 その多数存在するアシスト要員の一人が、保安部所属のフブキ。そのフブキをモチーフにした謎怪人との推理デスマッチで、フブキに応援させている、屈折した状況。

 フブキ本人の自覚の有無は二の次として、彼女の保安部に所属する者としての自負を踏みつけにしているような、妙な罪悪感が湧いてきたのだった。

『ご主人様! 雑念を捨てて! 尊厳破壊系の高度なプレイをしてるみたいって興奮してんじゃないよ!!』

「死に神ちゃんこそやめてよ急に変な言い方してくるのは!」

 無論、そんな雑念に囚われていたら推理デスマッチで敗北し死が迫りかねないので、死に神ちゃんからニッチな方向性ながら叱られたのだった。




・この事件の真相は、正当防衛。

 イルーカによって幹部達を皆殺しにされた後、最後の一人だったシャチがイルーカと揉み合った末に銃を奪い、イルーカを殺害。

 シャチはイルーカの罪も背負おうとしている。

→ 否。それではイルーカが左利き用の銃で犯行に及んだ事になる 〇


・イルーカは銃の名手。利き手の誤差はその腕前で解決できた。

→ 排莢口の位置に問題が生じる。撃った直後の熱を持った薬莢が顔面もしくは体にぶつかってしまう 〇


・では完全にシャチによる犯行しかあり得ない。

 シャチがイルーカから銃を奪い、犯行に及んだ。

→ 否。それだとシャチが右利き用の銃で犯行に及んだ事になる。シャチが握っていたのは左利き用の銃だった。 〇


・シャチ犯人説は未だ否定されていない。シャチが犯人である事に矛盾が無い。

→ (解鍵未使用) (回避)


 一旦はイルーカによる凶悪な犯行だと誘導させ、それをユーマ自身に否定させた上で、改めてシャチ犯人説しかあり得ないだろう? と厄介な理論武装で畳み掛けようとしてきた。

 真実は空高くに存在するのでは無く、最初から地面に落ちていたのだと突き付けるような、認め難い原点回帰。

 そして、それに対して、ユーマは。

「…………確かに、そうかも知れない」

「ユーマッ!!?」

「……あァ?」

『えっ!? ご主人様、どういう了見!? 解鍵まだいっぱいあるよ! とりあえず全部ぶつけてみない!? ワンチャン突破口できるかも!!』

「わたくし思ったのですが、なぜ暗黒破壊神が味方のような言動を……?」

 ユーマが諦めるように、受容するように、首肯したものだから。

 ユーマらしくないとほぼ全員が驚き、ギョッとして各々反応を返した。約一名だけ反応が異なるのは、この際横に置いておくとして。

 敗北=死。そうなればユーマのみならず、一蓮托生の死に神ちゃん、同伴者のギヨーム達も巻き込んで、全員が全滅しかねない。


「——あなたが本物のハララさんの謎怪人だったら、反論し切れなかったかも知れない」

 けれども。

 実はそうでは無いのだと、すぐに分かる事となる。

「だけど、今ボクがリング上で戦ってる相手はデスヒコく…さんの謎怪人だ」

『えっ、マジ?』

 謎迷宮では、謎を解く事こそが最大の武器に成る。

 謎怪人ハララは一つ息を吐き、「……なんで分かるんだってーの」と吐き捨てながら、姿も口調も声質もガラリと変えた。

『あ、ホントだ! 擬態してたみたい』

「デスヒコって、あの変装が得意な? ……そいつが出てくんの? ここで」

「そう、みたいですね…」

 シャチ犯人説を唱えていたのが謎怪人ハララではなく、変装が得意なデスヒコをモチーフにした謎怪人デスヒコだった。

「待って、待って、待ってよー?」

 ——その差異は、前提を引っ繰り返す。

「アジト内に、いーっぱい、保安部の下っ端モブ達が居て、ドミニクにぶっ飛ばしてもらったよねー? 木を隠せる森、いっぱいあったねー?」

 強過ぎる技能を有するが故の弊害と言うべきだろうか。

 いずれの事件にも大なり小なり保安部の介入が存在するものだが、デスヒコが関与する場合は頭一つ分ほど飛び抜ける。

 デスヒコがその時、その現場に居た。ただそれだけで説明が付いてしまう。

 シャチが犯人でも矛盾は無い。だが、そもそもの土台がシャチ以外の者でも犯人として成立し得る。故に、シャチしかあり得ない、と断言する事はできない。

「全力で隠蔽しに掛かってるじゃないのーっ!」

 謎怪人の変容が意味する所をユーマに続いて察したギヨームは、「ワンサイドゲームふざけんなーッ!!」と滅茶苦茶にキレ散らかしていた。

「映像記録に碌なのが残ってなかったのも、あのボロい金庫が空っぽだったのも、ドサクサに紛れて回収したんでしょーっ!!」

「まあまあ、お姉様。落ち着いてください」

「横から急に変な設定ぶっこまないでくれる!?」

 本来、フブキは探偵達から詰問されて然るべき立場の人物だ。

 だが、真性の天然とは恐ろしい。フブキに直接情報を聞き出すより、謎迷宮を解明した方がスムーズだと周囲に確信させていた。

「アンタの頭の中じゃ今お話どうなってんの? これとアンタは姉妹になったの!?」

『案外真面目に付き合うんだね、ギザ歯ちゃん』

「コイツと話を合わせとかないと敵対されそうなんだけど!」

『そこは、いやー、どうだろ? そうかな……そうかも……』

「死に神ちゃん雑じゃない!?」

「あ、あァ……あァ……」

「みッ、皆さんッ! 今はそれどころじゃありませんので! 力を! 貸してください!」

 ユーマの推理デスマッチの傍ら、外野が騒がしくなった。

 味方からのアシストがないと、特に謎怪人フブキによる言葉の川を捌き切るのは至難だ。今回はせっかく数で持ち堪えられるのだ、使わぬ手は無い。

 だから意識が横道に逸れるのはこれ以上は勘弁してくれ、とユーマは乞うように叫んだ。




(終)

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