3章⑥
善悪反転レインコードss※3章はこんな雰囲気かなと自分なりのイメージを形にしてみたssです。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
※反転フブキが二周目仕様で勘が良くなっています。
※反転ヤコウが自分なりに考えて行動していますが、その結果、傍からはユーマ達を追い詰めています。
※謎迷宮への過程は、真犯人視点だと死に物狂いだし凄く抵抗するだろうな……と思った結果です。
※ミステリーっぽい要素は素人が雰囲気を演出する為に捻り出した産物です。
薄目で読んで頂ければ幸いです。
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現状を把握し、情報を纏める為にと一旦全員集合したが、一ヵ所に固まっていては保安部に発見される恐れが高まるばかり。
これまでとほぼ同じ振り分けで二手に別れて行動し、それぞれ真実を追おうと話は纏まった。
なお、軽傷を負ったセスだったが、応急処置でまた歩けるようになった。本来ならもう少し休ませるべきだが、状況がそれを許さないし、本人も再び足を動かす事に異論を唱えなかった。
「言っとくが勝負じゃねーぞ。誰が先に解いても恨むなよ」
「ん-? 台詞とは裏腹に、ヨミー様、自分が絶対に解くんだーって気概に満ちてません?」
「オレの嫌われっ振りを舐めるなよ。今度こそ処刑されるかも知れねぇ最悪の未来が見えかけてんだぞ、萎えてる場合じゃねーだろうが」
ギヨームから突っ込まれても、ヨミーは開き直っていた。いっそ自虐の域に達しているが、それでも好戦的な姿勢を曲げようとしない。
「ヨミー様。刀折れ矢尽きようとも、私は御傍におりますよ」
「いやそこは逃げ…………ンな目で見るなよ、クソが」
献身的な台詞を述べながらスワロがヨミーの肩に手を添える。よくよく観察すると、指先がヨミーの肩に喰い込んでいた。地味に痛そうだった。
「あ、セス。テメーは向こうだぞ」
「…………畏まりました」
「えー!? ヨミー様ぁ、勘弁してくださいよー! もう背負うのは嫌なんですけどー!?」
「もう、自力で歩けますが…?」
「だとよ。……セス。無理にこっちと通信しようとしなくていいからな」
「…はい」
『余ったヤツを少ない方へ引き渡してる感がバリッバリ出てるね。学校での二人組作るネタの変則的バージョンだ~』
シャチの身柄はヨミー側が保障する事となった。曰く、いざという時、最終的な決定権を持つヨミーが傍に居た方が好都合との事だ。
その反動による人数調整でセスがこちら側に組み込まれた。ギヨームは嫌そうな素振りを見せるものの本気で嫌がっている訳では無さそうで、けれども一方でセスのテンションがダダ下がりになっていた。
現状行き先の宛ては無いので、カマサキ地区を彷徨っていた。雑多なこの地区は、程々な目晦ましになってくれる。
「……あなたが、纏め役ですからね。任せますよ」
「オッケーイ、オッケーイ」
『陰キャ側がやたらと気にしてるモンだよねー。陽キャ側は大して気に留めてない』
ユーマ、ギヨーム、ドミニク、そしてセス。この面子のリーダーは、一応はギヨームとなっていた。
「どこへ、向かっているのですか…?」
「どこでもないよ。適当。アテがないからグルグルしてる」
「……はぁ」
「あ、肉まんの屋台」
セスの溜息もサラッとスルーして、ギヨームは屋台を指差した。
「みんなー、お腹になんか入れとく?」
ギヨームが指差した屋台は大盛況。人だかりができていた。
どの地区にも肉まんを扱う店ないし屋台が存在するのだが、どの時間帯でも盛況だ。例外と言えば、高級な肉を使っているのに不人気という悪い意味で評判なギンマ地区の店ぐらいだ。
「…私は、遠慮します」
「……ボクも、今はいいです」
「えー? セスは羊羹がお腹に残ってるんだろうからいいとして、ユーマも? 緊張感で胃が縮んじゃってる? 食べれる時に食べといた方がいいよー」
「……」
このカナイ区の真相をなまじ知るユーマの胸中に、重石が一つ乗った。
いや。元々存在していた重石に、意識して向き合わされた。
『まあ、肉が嫌いじゃないなら、ギザ歯ちゃん以外の人達だって最低でも一回は食べてると思うよー』
死に神ちゃんが、違うそういう意味じゃない…という方向性ながらフォローを入れてくれた。
積極性の高いギヨームで無くとも、カナイ区のソウルフードだと評判ならば、と味見がてら手を出すのは何ら不自然では無い。
『食べちゃった感想はこの超探偵達が各自で決着を付けるコトだからねー? そこは元居た世界と一緒だよ』
保安部の件でただでさえ背負い込みがちなユーマへと、死に神ちゃんは敢えてそう言った。
「シャチの証言を整理すると、爆弾を自作できそうなのはサーバンでー、銃をバンバン撃つのが得意なのはイルーカでー、イカルディは水辺なら割と無敵でー……でも全滅しちゃってるんだよね」
「…関係者は全滅。レジスタンスの下っ端でも調べます? それとも、一旦立ち止まって、辿った順序を遡ります?」
「ドーヤ地区にまた行くのー?」
「……あなたがそうしたいなら、そうすれば良いのでは?」
本来、各地に散らばり、単独で未解決事件の解決に勤しむ超探偵が、一ヵ所に集まって協力する。それが叶えば、事態は存外スムーズに進むものだ。
カナイ区に本来なら何十名もの超探偵が招かれる予定だったのも、保安部の妨害を見越していたのが大きいとは言え、皆が連携すれば相応の成果を見込めるからだ。
尤も、個性が豊か過ぎる超探偵が足並みを揃える事が絶対条件だが。
「あぁ、あと、成金ハゲからも情報あったけど、内輪揉めしてる可能性あったのかなー?」
先導するギヨームが呟く。
雨水発電所及びマルノモン地区での騒動やら、シャチの証言やら、幾つかの情報を共有したのだが。
その中には、スパンクが骨董品屋に立ち寄って入手した情報もあった。
その店はレジスタンスの幹部マーグローが店主を勤めていた。
スパンクが訪れた時、マーグロー本人は不在だったが、代わりに店番をしていた者がスパンクに何枚かの資料を渡した。
それは、帳簿の写しの一部分だった。それだけでも金の流れが不自然だと一目瞭然、と言うよりも特に不自然な部分を意図して写した物だとスパンクは言っていた。
「あのオジサン、知らないって答えてたけどさ。本当だったらあとで落ち込みそー。幹部がリーダーに隠れてコソコソしてたってさぁ、あのオジサンは傷つくタイプでしょ」
「なおさら、何があったのかを突き止めないといけませんね」
「…はぁ。各々の幹部が、何を考え、どう動き、なぜ死んだのか、突き止める必要がありますね……精査の対象に下っ端まで加わる場合、骨が折れますよ…」
「折れないでよー。また背負うの疲れるし」
「……慣用句への揚げ足取り、やめてくれません? いつまで引きずるんですか」
リーダーだったのに知らなかった。リーダーとしての沽券と言うより、リーダーの癖に……とシャチは自責しかねない。
尤も、シャチがもしも無実だったらという前提が成立して初めてまともに心配できるのだが。現時点では可能性の一つに過ぎず、本線に置く事は難しい。
「…マーグローさんは、内々に解決したかったんでしょうか?」
「かもね。まさか、あのおじいちゃん本人が着服? 横領? みたいなマネをしてたセンはないよねー? 店番任されてた人に託してて、その人はコピーをそのままくれて——」
「あのーっ!! 危ないですよーっ!!!」
突如、女性の声が響いた。それも、ユーマ達へと向けられた叫びだった。
『ゲェッ!! 箱入りビッチ!!』
声のした方を向けば。
フブキが、タクシーから降りてきていた。「お釣りは要りません!」と薄いながら厚みのある札束をタクシー運転手へと渡す律義さを経ながら。
保安部の幹部が、たった一人で、何の武器も持たず、一見無防備な姿で走り迫ってくる。
「こ、これが! これが相手するから、ってもう来ちゃった!! ア、アンタ、な、何よー!?」
ギヨームは少々悩みながらも、自分自身で対応すると決め、駆け寄ってきたフブキの相手をする。
無防備に見える、しかも戦闘訓練とは無縁そうな女性に下手にドミニクをけしかければ、客観的には悪者に映って事態が悪化するかも……とギヨームなりにリスク回避を気に留めた結果だった。
セスやユーマなら絵面的にまだマシだが、ギヨームもちょっとヤケクソ気味になっていて、もう自分で相手する! という心境になっているのだろう。
「ギヨームさんですね! ちょうど良かったです!」
「何が良かったの!?」
「皆さーん! 下敷きになる前に、さぁ、ここから逃げましょう!!」
「なんでアンタが心配すんのよーッ!!」
フブキに腕を掴まれたギヨームは「引っ張られるー!」と叫びながら、程々に脱力してわざと引っ張られていた。揉み合いをする気は無いらしい。
とは言え、フブキの敵意も突拍子も無い行動にギヨームは不可解そうにしていた。
「あー…えーっと…みんなー、一応、こっちに来るー?」
「そうです! 一緒に説得しましょう!」
「何なのー、この流れ…」
従うのか? そんな雰囲気が、残されたユーマ達の間に広まっていた。
『もうすぐ何かの下敷きになるから、逃げろ』。
フブキの伝えたい内容は以上の通りになるが、フブキは敵陣営だ。罠を疑うのは仕方ない。ギヨームがピリピリしたり、ドミニクが息を荒げるのも止む無しだった。セスもじいっとフブキを睨んでいる。
飛んで火に入る夏の虫のような有様なので、ここで取り押さえる案も無くは無いのだが……。
『ちょ、ちょちょちょ。箱入りビッチは何しに来たの? 敵だよね?』
(…フブキさん個人は、ボクらが相手でも死人が出るのを良く思っていない、みたいだ)
ユーマはフブキの意図を考える。
「あの、フブキさん!」
考えながら、行動に移す。
駆け寄り、ギヨームと一緒にフブキに対応するという体裁で、フブキの片手と“自分の手を繋いだ”。
「フブキさんは、ボクに力を貸してくれる、ということでよろしいでしょうか?」
「え、えぇと、そのつもりですが……だ、大胆な殿方ですね…」
ユーマからいきなり発揮された積極性に、フブキは恥じらって頬を赤らめた。間近で敵の照れ顔を見る破目となり、ギヨームは少しばかり白けていた。
『なぁに、この光景…オレ様ちゃん、ちょっとキレちゃいそうだよ…説明する義務を果たしてよ、ご主人様…』
(え!? いや、そういうんじゃないから!)
死に神ちゃんの声にドスが滲んだ一方、ギヨーム以下三名の超探偵達はユーマが何をしようとしているのかを察していた(ドミニクもカウントするのは怪しかったが、ひとまずは気づいている事にしておく)。
(元居た世界で、マコトから『能力共有』された時のことを思い出してね。力を貸される側にその自覚がなくても、同意を得られれば……あるいは、って)
相手が探偵でなければ意味が無い、という条件があったらお手上げだが。
異能を有するのは、探偵の肩書を持つ者に限らない。試す価値はある。
『ほ~ん? その推理を確かめる為に、この箱入りビッチと手を……ほ~う? ほ~う???』
(死に神ちゃん、機嫌直してよ! そういうのじゃないから!)
これから即物的な危機が訪れると言うのなら、フブキの能力を共有する事でユーマが主導的に回避できるかも知れない。
手を繋ぎ始めてからをスタート地点として、そこまでなら時を戻せるかも知れない。
その可能性に賭けているのだと、騙すも同然なので気が引けるが変な意味では無いのだと、ユーマは説明するのだが、死に神ちゃんは『ヤマが当たったらようござんすね~』と拗ねて口笛を吹いていた。
◆
守られるようにハララの傍に居たフブキは、突如、通りがかったタクシーを捕まえ、目的地を告げて出発。
目的地は、カマサキ地区で潜伏していたギヨーム=ホールを始めとした超探偵達。
超探偵達に注意を促し、建造物から落ちてきた大量の釘入りの木箱の直撃を回避した。
そのまま落ちるか、迎撃するように破壊すれば、周辺に釘が勢いよく飛び散って惨状が引き起こされる、悪質な事故。
幸い、見た目通りの力持ちであるドミニクが、ギヨームやユーマ、それからフブキの計三名によるワチャワチャとした指示によって木箱を難なくキャッチしたので、事故は未然に防ぐ事ができた。
——元々の時間の流れでは、木箱を受け止めるのではなく破壊した為に大惨事となった。
死者こそ出なかったが、大量の釘が一度に飛散し、木箱を破壊したドミニク=フルタンクも含めて全員が負傷した。
こちらからすれば、ギヨーム=ホールの判断ミスと言い捨てて済むような事態だった、のだが……。
血生臭い惨状を知らされたヤコウは、粛々と対応した——のでは無く、フブキに悪質な事故を回避させるようにと命じた。
命じられた通り、フブキは時を遡り、悪質な事故を回避させた。
「っ、フブキ!」
「……ハララ、さん」
「説明してもらうぞ!!」
「……」
遅まきながら追いついたハララから説明を求められたが、フブキは口を噤んだ。
遡る以前の時を観測できるのは、フブキだけ。フブキが黙っていれば、保安部の部長らしからぬ判断を下したヤコウの姿を己一人の胸に封じておける。
客観的には醜態としか言いようの無かった、あの姿。フブキが時を戻せば無かった事になるとは言え、フブキだけは記憶していると言うのに。
教えた所で、ハララ達がヤコウを見放すとは到底思えないが、それでも。
「秘密の計画に、必要なのだそうです」
「……部長の命令か?」
「……はい」
「…………そうか」
伝えてもヤコウへの心証に差し支えの無い部分だけを伝えた。
——あの狼狽を思えば、ヴィヴィアが独断を下した時、可能ならば時を遡って阻止したかったのだろう。
フブキだからこそ推察が可能な事実についても、フブキの胸の中に留まった。
事実を把握できても、ヤコウの思惑が全く見えない。徒にヴィヴィアを傷つけるだけで終わるだろうと予測してしまった為だ。
「ユーマさんという御方、もしや、わたくしの生き別れのお兄様かも知れません」
「……今度は、何だ?」
フブキの爆弾発言に、踵を返し共に帰ろうと促そうとしたハララは立ち止まった。
「わたくしが時を巻き戻したことを、把握されていたような、そんな気が致します」
クロックフォード家の者は時に纏わる異能を持つ。
フブキの場合、時を戻す事ができる。
理解者は一族の者しか居らず、逆流した時の中での出来事は自分一人しか体感し得ず。
それ故、つい先程まで一緒に居たユーマ=ココヘッドへの、強烈な違和感が拭えなかった。
「っ、馬鹿な!!」
フブキの推察は、ハララが思わず驚いて叫んでも無理の無いものだった。
「わたくしが実家に居た頃を思い出したんです。わたくしだけが観測し得る時の逆流を、共に体験できずとも、察してくれている、あの空気を」
「そ、れは、確かなのか!?」
「は、はい。とても懐かしかったです…」
とても感覚的で、フブキにしか完全には理解し得ない根拠だった。
だが、ハララは未だ信じ難そうに瞳を揺らしながら、完全に否定し切る真似はせず。けれども、鵜呑みにするにはハードルが高かった。
「ヤツがクロックフォードの血縁者かどうかは分からないが……、分かった。覚えておこう」
重要な論点は、ユーマ=ココヘッドがまさかのクロックフォードの血縁者か否か云々では無い。
ユーマ=ココヘッドは、フブキの力を察したのか。本来なら観測し得ぬのに。
本来ならばあり得ない。だからこそフブキも生き別れの兄ではあるまいかと突拍子の無い発想へと至った。
その、あり得ない事が、起きたのだとしたら……。
紆余曲折を経てハララがフブキの回収に成功してから少しが経過した頃、デスヒコから通信が入った。
フブキが助けたユーマ達は、憎らしい哉、順調に保安部を撒いているらしい。
《追い詰めたと思ったら、あり得ねーパワーで無理矢理道を作るしよぉ! 鬼ごっこかよ、腹が立つ……!》
あいつらも指名手配すればやり易いのに、とデスヒコが通信機の向こうで不満そうに愚痴る。
ヤコウが超探偵達に妙な手心を加えているのは暗黙の了解だ。保安部が動員されているとは言え、メディアの力で雁字搦めにするのを避けている。
「まぁ、デスヒコさん。すっかり姿形が変わられて。種族を転換する儀式を受けられたのですか?」
《お嬢! これ通信機! 電話の仲間みてーなヤツだから! お嬢の部下も使ってるだろ!?》
「おや、まぁ。わたくしの知る電話とは形が違いますので、機械のお友達と話されているとばかりに思っていました」
《お、お嬢。ついでに聞くけどよ。直近でテレビ局に行ったよな? そこのことは、どう思ってる…?》
「皆さん、カナイ区に情報を伝えるべく、忙しなく働いておりましたね。機械のお友達、ではなく電話などを使いながら!」
《そ…そうか…》
「フブキ、デスヒコ。そろそろ本題に戻るぞ」
フブキが会話に加わった事により本題から逸れかけたが、ハララが軌道修正した。
《あの見習いの野郎、マジで『能力共有』してんだなって思ったわ》
「ヴィヴィアから報告されてただろう?」
《されてたけどよ! そういう意味じゃなくて、実際にこの目で見たって意味だって!》
「だったら最初からそう言え」
ハララから呆れたように返され、デスヒコは正しく意味を伝えようと訂正していた。
《あのデッケー男と『能力共有』してもメリットねーじゃん、馬鹿力が取り柄なのに片手が塞がれたらデメリットじゃねーか、って思ってたんだけどよ……》
「言っておくが、ドミニク=フルタンクは推定身体能力を向上させる異能の持ち主だ。応用で防御力も上げられる」
《ゲッ、マジかよ!?》
「だから背中側への攻撃を目論んでも、あまり効果はない」
《う、うぐっ》
「今回、ユーマ=ココヘッドはドミニク=フルタンクの背後側をカバーする為に立ち回ったんだろう? 目的はキミ達を怯ませる為だろうな」
《……さっきの説明的に守ったセンは薄そうだし、そうなるか。成功しても効果は、っいやいやいや! 一人ぐらいは捕まえられたかも知れねーし、やっぱムカつく!》
ハララと通信機越しのデスヒコのやり取りを傍で聞いていたフブキは、遅まきながら反応する。
「ユーマさんは性別を問わず積極的な殿方なんですね!」
《ん? お嬢、どーいう意味で言ってんだ?》
「殿方と手を繋がれていたのでしょう? イメージよりも情熱的な御仁のようですね」
「あまりいい意味じゃないぞ。手を繋いでいる間だけとは言え、同じ能力者が二人も同時に存在することになる。超探偵側としても、能力の真偽を説明する手間が省けるのは便利なはずだしな」
「へえ——えっと————、あ」
フブキは、悪質な事故を回避するべく超探偵達の所へ赴いた際、“ユーマから手を繋がれ、力を貸してくれと乞われた”のを思い出した。
あの時は、頼み事をするついで、真剣さを伝えるべく、情熱的な方法を取ったのだろうとしか思わず——それから、異性から真っ直ぐとした目で射抜かれながら手を繋がれた事にドキドキしてしまって。
「え、っと。ハララさん、デスヒコさん。緊急の相談が、あります」
「……フブキ?」
《んぁ? どうした、お嬢。ずいぶん思い詰めた声みてーだが》
今、フブキの胸中は、スンッと冷めていた。それに引きずられて笑顔も固まり、隣のハララも通信機の向こう側のデスヒコも訝っていた。
ユーマをクロックフォードの血縁者ではないかと疑った、そもそもの理由。実家に居た頃を思い出すという、フブキの主観に頼り切った——フブキにしか分かり得ない、言語化し難い違和感。
その違和感が正しいのだという前提で推測できるのは、フブキだけであった。
ヤコウからの命令を叶えようとフブキなりに動いた結果、ユーマに秘密を知られた可能性があるという儘ならぬ事実を、ひしひしと感じながら。
ヤコウは、偉い立場の人間らしく部長の席に腰を下ろし、ハララからの電話を受けていた。
「分かった。今後は特に気を引き締めて取り掛かってくれ」
ユーマにフブキの能力を知られた危険性がある。
最後に時を戻したタイミングが、ユーマと手を繋いでからなので、その懸念を取り除く為に行動する事は不可能。
以上の二点を報告されたが、ヤコウは瞠目こそすれど狼狽を抑えていた。
この時間軸で起きた出来事だけを並べるなら、フブキが勝手に超探偵達を助けた所為によるものだったが、ヤコウは冷静だった。
(上手い言い訳を付けててくれよ、“オレ”……)
フブキが超探偵を助けた理由を推察し、ヤコウは既に消え去った時間軸の自分自身に対して、遅過ぎる祈りを念じた。
(しかし、ユーマくんよ。その機転は何なんだ? だいぶおかしくないか?)
それから、ユーマ=ココヘッドの事を思う。
制度上の問題で探偵見習いを名乗っているだけで、もう超探偵を名乗っていいんじゃないかな、とヤコウは恐怖とも期待ともつかぬ感情で身震いした。
程無くして、ヴィヴィアが訪れてきた。
今回は現場に出ず、自らの肉体を本部に置きながら、幽体離脱でカナイ区を観察しているのだが。
その作業を一旦中断し、ヤコウへと直談判に参った理由がフブキの件なのは察せられた。
「ヴィヴィア。ユーマくんを逮捕させて欲しいのか?」
「……テロリストだと報道された者を庇っている以上、理由は充分です」
「そうしないと、お前、今度こそユーマくんを殺すのか?」
「……」
「命令違反しておいて図々しい要求だな。懲りねぇな、本当に…」
ヤコウは溜息を吐きながら、幹部達からの献身を利用し甘えてきたツケが回っているのをひしひしと実感していた。
なまじ自立的なものだから、ヤコウの為ならばヤコウの命令違反も厭わない。
そんな幹部達だから、ヤコウはこれまでやってこられた。
そして現在、裏目に出かけている。
特にヴィヴィアは、自身が処刑されようとも特にユーマを抹殺するべきだと決意を固めている。
命令で押さえつけても、その命令を無視しかねない。何なら既に無視され、布石を打たれた可能性だってある。
自業自得だが、胃が痛かった。
けれども、自分が撒いた種なのだ。芽吹かせてしまった以上、己が手で収穫しなければ。他人に収穫させて、取り返しが付かなくなったら、もう笑えない。
「……CEOが近過ぎるし、迂闊な真似はできないんだぞ? お前の命一つじゃ絶対に贖い切れない」
お前の身が破滅すれば済むと思うなよ、と念押ししながら、ヤコウは迷うように、仕方なさそうに言う。
「分かったよ。重要参考人として話をしよう。逮捕じゃないからな? ちょっとお話をするだけだからな? 形式上の通り、丁重に扱うからな?」
「……ええ、分かりました」
身から出た錆とは言え、本当に分かっているのかと不安になりながら、妥協案を提示した。
恐らく、ヴィヴィアからすれば妥協とすら言えないレベルの、ヤコウに都合が良過ぎる案だ。
ユーマに説教する程度でヴィヴィアが納得するとは思えないが、この辺りでそろそろヤコウが直接介入しておかないと、ユーマのみならず超探偵達の命まで危ない。
(心から相談できる味方が欲しいぜ、本当に…)
自分一人の考えでは限界を感じる。
尤も、それは全てを諦めて投げ出す理由足り得ないのだが。
◆
巡り巡って、マルノモン地区。
住民の安全な場所への退避は終わり、あとに残されるのは水没した地区。密封性が高い故に浮かぶ金庫に始まり、様々な物が浮かんでいる。
「ユーマくーん! 重要参考人として、ちょーっと来て欲しいんだけどー!」
背水の陣だった。泳いで逃げるのは絶望的だ。死に物狂いで泳いだとして、保安部の目の前で堂々とそんな真似をしてもさっさとボートを用意されて追われて終わりだ。
ヴィヴィアと複数の保安部員を引き連れたヤコウは、片手をメガホン代わりにするように口元に添えていた。
保安部部長が直々に登場し、ユーマ本人を名指しした。
仮にこの場から逃げ果せても、捕らえるまで逃がさない姿勢を示された。
「この前、一緒にご飯食べただろ!? ああいう食事会、またやろう! 建設的で健全な話し合いをしよう! あのテロリストを庇う理由があるってんなら、ちゃんと聞くから!!」
ヤコウの説得は、この状況下で全く以て信用ならなかった。
「これ達も同席を所望するーッ!!!」
「返して…くださいよ…あと、そんな勝手に自滅するようなこと、言わないでください…!」
ギヨームは隣のセスから拡声器を分捕り、威嚇するように叫び返していた。セスは蚊の鳴くような声で抗議するが、当然の如く流された。
要求されているのは、実質的な投降なのか、本当に話し合いなのか。
後者のような話し振りで、前者を求められている。それが客観的な事実だった。
「いっそ、あのクソダサパーマ野郎を……倒しちゃう? やっちゃう?」
「や、めなさい…今は、それは悪手ですよ…」
「何言ってるの!? もっと大きく! お腹から出して!」
「でしたら、返しなさい…」
ギヨームはユーマを単独で引き渡す気は無いが、同時に武力行使が脳裏にちらついているらしい。セスが声が届かないながら諫めつつ、拡声器を奪い返した。
「それは、ボクの推理を聞いてもらえる、という意味でよろしいでしょうか?」
「……うーん」
当の本人であるユーマが尋ねれば、ヤコウは勿体ぶるように黙考した。
「ユーマくんが推理を披露するにあたって、ヨミー達にも集まってもらいたいな。匿われているテロリストも含めて、全員」
「ボ、ボク一人じゃ駄目なんですか?」
「キミが推理で誰かを死なせる所、オレは見たことないんだよね」
「……あの。ヨミー所長をわざわざ呼ぶのは、シャチさんを連れてくるついで、ですか?」
全員をわざわざ呼ぶなんて、一網打尽か、袋叩きか。悪い予感しかしなかった。
ヤコウが述べた理由は、シャチは分かるにせよ(分かりたくもないが)、ヨミー達まで連れてくる理由足り得ない。
「ついでと言えばそうだし、この機に共有しておかないか? 見たことがあるヤツ、ないヤツ。そんな差を取っ払っちゃおうよ」
「……」
「キミは何も疚しいことをしていないし、死ぬのはどうせクソッタレな人殺しだし、いいだろ?」
真犯人の死を当たり前の前提に置き過ぎている発言に、ユーマは絶句する。
「正直、キミの力って要検証なんだよね。真犯人を殺す能力なのか、キミが犯人だと思い込んだ相手を殺す能力なのか、試してみたいもんだよ」
『オレ様ちゃんの謎迷宮は! 真犯人を当てないとクリアできない仕様だから!!』
「まぁ、後者にせよ、キミが正しく推理すれば問題はないんだが」
『後者の説は全く違う! お門違い! この素人! この世界じゃ探偵ですらないモジャモジャ頭!』
死に神ちゃんは抗議するが、当然その声はヤコウには届かない。
「…そんな要望に、ボクが応えると思うんですか?」
「応えてくれないとオレが困るんだよ~」
ユーマが一丁前に反論するのでヴィヴィアの圧が増すが、ヤコウは困ったように笑うばかりだった。
「正直に言うと、探偵事務所を全壊させるような件がまた起きて欲しくないから、オレがこうして直々に介入しているんだし……」
凄まじい煽りだった。
多少緊張感の緩んだ問答をしていたギヨームとセスが、真顔になる程度には。ドミニクもカチンと来ていて、息を荒げている。
「魚雷の件、ごめんな。みんな生きてて良かったよ」
取ってつけたようなフォローを添えられたが、何の慰めになると言うのか。遠回しな脅迫に聞こえた。
『オレ様ちゃんはスプラッターが好きだけど、コイツはディストピア系が好きなのかなー。なんか、そういう違いを感じる』
一触即発の空気の中、死に神ちゃんはヤコウへの感想を言った。
死が好きでも無いのに死を望んでいると評していた。
『ご主人様。謎迷宮はもう使えるけど、どうする? もーちょっと様子見する?』
(……)
『決められないなら、オレ様ちゃんが決めてもいい?』
それは暗に、この空気は死に神ちゃん的にもヤバいのだと感じ取っているという事。
そのような中でユーマが決めかねているなら、死に神ちゃんが勝手に始めたという体裁を取れるという逃げ道を用意してくれていた。
の、だが。
「待ちやがれクソ野郎がァッ!!!」
ちょっと待てと言わんばかりに、淀んだ空気を一変させる声が、場に響き渡った。
とても聞き馴染みのある、我らがヘルスマイル探偵事務所の所長の大声だった。
「うちの探偵どもを脅してんじゃねーぞ、ヤコウ! 事件はもう終わったんだよ!!」
「……はい?」
ヨミーが、フードを深く被った何者かを引きずりながら現れた。その者は後ろ手を縄で縛られていた。ヨミーがやったのだろう。
たまにフードの隙間から顔らしき部位がチラ見するが、強盗の犯人のように黒いマスクを被っていて顔を判別できない。
空気を読まない、空気を破壊しかねない人物の登場に、ヤコウは完全に白けたように間の抜けた声を洩らした。
「そいつは?」
「真犯人だ!!」
「…………あれ。じゃあ、ユーマくんの推理ショーは?」
「ンなもん中断だボケが!!!」
「……へぇ」
見た所、ヨミー一人だけだった。敢えてバラバラになっているのか、真犯人を追う過程ではぐれてしまったのか。十中八九後者だろう。
つい先程捕まえたばかりなのか、ヨミーはぜぇぜぇと息を切らしていたが、ヤコウの全く面白く無さそうな顔に、軽蔑するように鼻を鳴らしていた。
ユーマが謎を解く前に事件は解決した。
これにて一件落着。
保安部との交渉は大いに揉めるだろうが、真犯人が見つかった以上、ガタガタは言わせない。
……そうなってくれれば、良かったのだが。
「って、暴れんじゃねぇよ、大人しくしやがれ! って、いつの間に硝子なんか持ってやがった、縄切るな、馬鹿、クソが! おいおい天下の保安部様よォ! 見てねーで手伝えよッ!!」
「ヨミー様、これが手伝いまーす」
ヨミーは、恐怖に駆られたのか必死に暴れる真犯人を取り押さえ続けようと必死だった。
本当に真犯人という確証を得なければ、ヤコウの命令が無いなら、保安部がなかなか動かないなら、しょうがない。
そう言わんばかりに、ギヨームが手伝おうと近寄った。
「ッ!! て、め! まだそんなもん、隠し持ってやがったのか!!」
その直後、ヨミーは近づこうとするギヨームを片手で制しながら、もう片方の手で、真犯人の懐から銃を奪い取ろうとした。
その直後。後ろ手に縛られた縄を幾らか切り、力ずくで解く事に成功した真犯人は、ヨミーから銃を奪い返そうとして——
今回は謎迷宮を使わず終い。死に神ちゃん本人の嗜好としては残念だが、ユーマの心情を慮ればこれで良かったのだろう。
そんな風にぶーたれようとした死に神ちゃんは、息を呑んだ。
(——ッ、死に神ちゃん!)
『え、ええ、ええーっと! 分かったよ!!』
未だ顔が見えぬ真犯人が、無事にヨミーから銃を奪い返す事に成功した直後、ユーマは咄嗟に判断を下した。
(……)
『…ご、ご主人様』
真犯人がすぐ目の前に居たにも拘わらず、使ってしまった。
(終了)