3章⑤

3章⑤

善悪反転レインコードss

※3章はこんな雰囲気かなと自分なりのイメージを形にしてみたssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。


※ヤコウの妻関連でヤコウ編DLCで判明した事実を一部盛り込んでいます。

※引き続き推理している的な要素を描写していますが、素人が雰囲気を演出する為に捻り出した産物です。

 薄目で読んで頂ければ幸いです。



 カマサキ地区の巨大ディスプレイで、臨時ニュースが流された。今回はニュースキャスターが対応しているのは、メディア越しの保安部からの圧は一回目で済ませたのと、フブキが現場に出払っている為だろう。

 ドーヤ地区のレジスタンスのアジトで、レジスタンスのメンバーが計三名死体となっていた事。その容疑者としてシャチが指名手配されていた。

 そして、シャチの逃亡に協力する者達については一切触れられなかった。

 弛みのような温情。次こそはシャチを引き渡せという交渉の余地。情けを施す以上は断れば容赦しないという最後通告だった。

「……もう、いい。保安部に出頭する」

「…え?」

「このままだと、お前さん達まで危険な目に遭うのは時間の問題だ」

『オ、オッサン!? まだ90分映画が始まってからまだ30分ぐらいの段階だから! 残り60分はどーすんのさー! 同時上映で60分の別映画を放映しろと!? そんなの聞いてなーい!!』

 シャチは、そのニュースを目にして力なく呟いた。

 犯人か否か、まだ明らかにしていない段階での、シャチ本人による出頭。それは、真実の所在など関係無く、事件が強制的に収束される、ある種の禁じ手だった。

「シャチさん! あなたが犯人じゃないなら、絶対に駄目です!」

「これだって嫌だよ! ヨミー様に怒られるでしょー! アンタが犯人で罪に耐えかねたから出頭したって確証はあったのかって詰められちゃう!!」

「……あァ」

「…ヨミー様に意見を仰ぐ時間ぐらいは、あるでしょう?」

 だから、その場に居たシャチ以外の全員が総出で待ったを掛けた。

「……そ、そう、か?」

 まさか全員から即座に断られるとは予想外だったようで、意表を衝かれたシャチは結果的に思い留まってくれた。

 ユーマ以外の者達でさえ、ヨミーに判断を仰ぐという体裁でシャチの迷走を止めていた。



 その道中、ユーマは自動販売機に意識して視線を遣り、息を呑んだ。

「セ、セスさん。スワロさんが言ってた爆弾って、何かに擬態されていましたか?」

「…何です、急に」

 突然の質問だったが、セスは訝りながらも、それが必要ならばと応える。

「……確か、一見、小型カメラに見えたと言っていましたね。盗撮用かと怪しんで近づいた結果、爆弾だと分かったそうです」

「小型カメラに見えたんですね!?」

「それが…何、か…」

 自販機を凝視しながら、確認作業を模して、セスの言質を敢えて取った。

 理屈を付ける為だ。知っているはずのない出来事に嘴を挟むのであれば、できる限り整合性を取りたい。

 無理な時は破れかぶれになる。だが、毎回破れかぶれになっていては、却って信頼を損なう。

 世界探偵機構に所属する予知探偵のような例外を除けば、頼れる予言者などと扱われたりしない。ファンタジー的な解釈では得体の知れない化け物のように見られ、即物的な解釈では保安部との内通を疑われる。


『で、問題はどうするかってコトじゃん!』

 爆弾をせっかく見つけたのだが、ここで思わぬ障害にぶつかった。

 元居た世界と違って、ユーマでは爆弾を無力化できないのだ。

『この世界じゃ通信機もらってないよね? ミニゲームをクリアすれば解除できますって流れが消滅してるよ! 解除方法が全く違うよ!』

(スワロさんは、自前で何とかしたんだっけ……)

『うんうんそうだねー! でも居ないね、この場に! ここに超探偵が三人も居るんだしさ、誰か一人ぐらい爆弾を解体できるスキル持ってない!?』

「あ、あの! 誰か、解体処理できる方は居ますか!?」

「これ無理」

「あァ……」

「…私には、できません」

『駄目だった! 根暗アグレッシブすらも! 雰囲気的に機械に強そうなのに駄目だった!!』

 他の超探偵三名にも協力を仰いだ。

 だが、爆弾を解体できるか否かという呼びかけに対し、答えは無慈悲だった。

「…ユーマ。他にも爆弾は設置されているでしょうか? 確証は横に置いて、結論だけをお願いします」

「そ、……それは……」

「…言質を取ろうとしなくても、いいですから。小細工はやめて、正直にお答えなさい」

 けれども、他の解決方法を提示してくれた。

 マルノモン地区の水没を『予言』したという前提が作用し、整合性を取ろうとした小細工を看過され、今は説明できなくても良いからと追及を重ねられる。

 「追々説明してくれれば構いませんので…」とセスなりに譲歩してくれた上で。

「…………あ、あります」

「…そうですか。では、その全てを回収し、河川敷に行きましょう」

「そこでいっそ全部爆発させるの? 人気がないもんねー」

「…その前に、ヨミー様やスワロに解除可能かどうか調べて頂きますよ。不可能の場合、最終的にはあなたの仰る通りになるかも知れませんね」

「ん? ヨミー様達、河川敷に居るんだっけ?」

「……居ません。別の場所ですので、呼びかけます……まだ走れますか?」

「図々しいんだけどー!? まぁいけるけど」

 爆弾の処理は、それが可能な人に任せる。

 できなかった場合に備え、人気の無い場所で。

 そういった結論で落ち着いた。






 先述の経緯で河川敷に探偵達が揃ったのだが、潜水艦の残骸が浮かぶ川にサーバンの死体が浮かんでいた。

 川に浮かんでいたサーバンの死体がドミニクが泳いで回収し、陸へ上げてくれた。

 探偵達が死体へ干渉できるのは、ここまでが限度だ。

 捜査の攪乱を目論んだのでは無く、生存の可能性を信じての救助活動だったと言い訳ができる、この段階までだ。

「全部解除できる仕組みだ! シャチの扱いはオレが決める、それまで管でも巻いてろ!!」

『あっ! ハサミ使ってる! 体は子供頭脳は大人の名探偵の映画で見たことある爆弾処理の再現シーンだよ!』

 本当なら頭を掻き毟りたそうだったが、それどころでは無いのでヨミーはスワロと共に爆弾の処理に励んでいた。

 雨水発電所での爆発騒ぎからのマルノモン地区の水没。カナイ区の様々な場所に設置された小型カメラを模した爆弾装置。関連が疑わしいレジスタンスの幹部は他殺され全滅。

 ヨミーは真剣な表情をしながらも苛立ちを滲ませていたが、その程度で済むのは逆に凄いと思わされる程度には、今のカナイ区は異常事態に陥っていた。


 『シャチの扱いはオレが決める』。

 単純に言い換えれば、シャチの扱いを勝手に決めるなという事。爆弾の処理に勤しむヨミーを置いて、保安部へ通報して引き渡すだとか、そういった独断専行は控える事。

 わざわざ釘を刺したのは、結論ありきの推理をしても良いのでは、と匙を投げたくなる程度に状況証拠が真っ黒だったからだ。

 あるいは、保安部へ引き渡すにしても自分が指示を出す、という意味に過ぎないのかも知れないが。

「…推理せよ、とヨミー様は仰いましたが、何を推理しましょうか」

 打撲や捻挫で全身を傷めているセスは、ギヨームの体力的にもセスのプライド的にもいつまでも背負われている訳にはいかず、地べたに腰を下ろしていた。

 保安部に一度は捕まり、二階に相当する高さから落下した割には軽傷で済んでいるが、それでも応急処置は必要なはずで。

 けれども、その一番上手い人は爆弾を相手に時間と戦っている真っ只中。だからセスは、ひとまず自力で適当に済ませていた。

「貴様が音頭を取れよセス。私は責任者にはならん、ならねぇからな!」

「……はぁ。元より、そのつもりですが」

 念を押してくるスパンクに、セスは溜息を零しながらも答えていた。

『偉そうなクセして個性的なメンバーを御せられなかった苦労を滲ませちゃって~、まぁコイツの我の強さは四天王の中でもギリギリ弱めだしね』

(四天王だとヨミー所長を省いても一人余っちゃうよ…)

『じゃー、ギザ歯ちゃんとデカブツをセットで』

 一応補足するが、スパンクは充分に我の強い男である。そんな男でさえ貧乏籤を比較的引かされかねないメンバーばかりなのだ。

 ヨミーの指示には従うから奇跡的に組織的に纏まっている者達。

 超探偵とは、斯くあるべきなのか。

 ……等と、超探偵の在り方に思いを馳せている場合では無い。閑話休題するべきだ。

「…ユーマ。思うに、あなたが主導権を結果として握っているようなので、あなたの意見を尊重します」

『村社会で権力を握ってるタイプだけど、この村はご主人様寄りだからいっかぁ』

「ですから、私はあなたに尋ねます」

『おっと? ご主人様寄りの村だよね? なんか威圧感があるぞー?』

 サーバンの死体が発見された。射殺体だった。

 殺害後に川の上流に落とされ、河川敷に行き着いたのか。この河川敷が犯行現場で、そのまま川へ落とされたのか。

 ……そのように、サーバンが殺害されてからの過程を推察するのも大切だが。

 それ以前の段階を、セスはユーマに問い質す。

「この死体の存在を保安部へと届けるついでに、その男も突き出す…という手段もありますが、如何しますか?」

「それは駄目です! まだ、調査が済んでいません」

「……あなたが謎を解く所存ですか?」

「…ボクが、と言うより、ボクも謎を解くべく尽力するつもりです」

「……」

『なんだァ~? 文句でもあるのか、インケン眼鏡!』

 セスから敵意めいた何かを敏感に感じ取り、死に神ちゃんはシュッ、シュッ、と威嚇的行為として恒例のシャドーボクシングをかましていた。

 セスは逡巡するような間を置いた後、頭を振り、ようやっと言葉を紡ぐ。

「…アマテラス急行で、あなたは冤罪に憂き目に遭いました。あなた以外の乗客が全員殺害され、あなたしか犯人があり得ないという状況を拵えられて。……その時を連想しての同情が、あなたの原動力ですか?」

『へぇー。そういう視点あるんだ』

 偶然なんだけどなー、と死に神ちゃんはあっけらかんと言ってのけたが、事はそう軽くは済まない。

 セスの質問の意図は、ユーマが事件に違和感を抱いているのか、それともシャチに同情しているのか、判別したいからだろう。

 どちらとも付かぬのだとしても、せめて塩梅を知りたがっている。

「…………そういう視点も、ありますね」

『オレ様ちゃんと似たようなこと言ってる! 後追いだー!』

「…今、気づいたような言い方ですね。では、事件として、違和感があったのですか?」

「疑問に思う点が、いくつかあります」

「……然様ですか」

 根拠があると分かり、セスは安心したように肩から少しばかり力を抜いた。

「根拠があるのでしたら…情報共有によって、我々も推理が可能ですね。此度の件、早々に片した方が良さそうですから…」

「手伝って、くれるんですか?」

「何です、その言い方…? ……事態は一刻を争うのですよ?」

 協力しないとマズいだろう、と危機感を抱いているらしい。

 プライベートの時もこんな風に積極的なら、気まずくならずに済むのだが。



 爆弾を解除し終え、ひとまずは一件落着。

「解除が可能だった時点で、爆弾を作ったヤツ、もしくは作らせたヤツは解除させる意図があったみてーだなァ」

 解除できたという事は、製作者が解除できるように仕組んだという事。

 解除させる気が無いなら、何をどう処理しても爆発していた。

 ……等という重要な事実を爆弾の解体処理後にさらっと説明され、ユーマは肝が冷えた。

「保安部に爆破予告が届いてるかどうか、上手く聞き出さねぇとな。スパンク、やれ」

「銀行がぶっ飛んだ直後に何をほざいてやがるんだ」

「不満はいい。できるか?」

「できるが?」

「おうおうリスクヘッジしてたか羨ましいなァ、オレの貯金はどうなっちまうんだろうなァ~ッ…反社会的存在(※保安部による認定)の探偵に保険が適応されるか甚だ疑問だぜクソがふざけんなよ…」

 一応の解説だが、マルノモン地区の銀行は現在一時的に機能を停止しただけだ。機能を回復させるまで時間を要するが、預金自体が消滅した訳では無い。

 ただヨミーは過去に保安部から反社会的な存在だと睨まれて以降、世界探偵機構を盾に綱渡りながら銀行を利用している身だ。

 そこら辺で色々あったのだと推察される堪忍ならぬ感情が、恐らくヨミーのメンタルをささくれ立たせていた。


 そして重要な今後の方針。シャチを突き出すのか、シャチを信じて他の真犯人を探すのか。

「カナイ区で何が起きているのか。テメーはその重要参考人だ。これでテメーが真犯人だったら保安部に突き出す前にドブ川にいっぺん沈めてやるからな」

「ひ、引き受けてくれるのか!?」

「はァ? テメーが依頼しといてあやふやな態度取るんじゃねーぞ。ナメてんのか」

「……そ、それもそうだな」

 ヨミーの選択は後者だった。

 もう諦めて出頭した方がいいのでは、とシャチの心に諦念が湧く余地も無く、ヨミーは矢継ぎ早に断言した。

 若干キレ気味なのは、カナイ区で次々と異常事態が発生している所為だ。爆弾の解体処理を終えたばかりで少々気が高ぶっているのもある。

 それでもシャチからすれば、真っ当な調査を挟んでもらえるだけ有り難過ぎる状況だった。

「保安部への対応次第でオレ達の実名は公表され、健気な慈善活動もマッチポンプ扱いってワケだ。クソがよ」

 だが、ヨミーは口では不利を語りながら、清々しいまでに開き直っていた。

 と言うより、堪忍袋の緒が実は切れていた、と表現するのが正しいか。

 川に浮かぶ鉄屑の塊を眺めている内に、更に自制が失われつつある様子だった。

「オレの事務所を二度に渡り滅茶苦茶にした奴らが、この街の治安維持だと? 何のジョークだ、ふざけんじゃねェぞ、オレは依頼を受けるからな絶対に受ける」

「おい義憤で受けるなふざけるな」

「文句があるなら……、金を出す」

 金を出す、の所で一瞬詰まりかけたのは、銀行の件が脳裏に過ったからだろう。

「この男を匿いながら真相を探るなんて真似、金で片付くと?」

「テメー相手なら可能だが? さっきまでの協力的な姿勢はどうした、秋空よりも変化が早いんだが? そう言や、秋空なんてもう三年は見てねぇな」

「…………、結果次第では恨むぞ」

「オレを裏切らねぇなら恨んでもノーカンだ」

「急に重いジャブをかますな、私はそんなもので絆されんからな…」


 シャチの発言の真偽性を確かめるべくスワロに『尋問』させる傍ら、ヨミーはセスに絡んでいた。

「死体を放っておく訳にもいかねぇから、匿名で報告してオレ達はズラかるとして、だ」

 匿名性は意味を成さないだろうし、河川敷で発見された時点でイチャモンの材料ができてしまっているが、今すぐ保安部と接触したい訳が無いので白を切る。

 そのような発言をしながら、ヨミーは、一見、セスの体の応急手当てに不備がないかを確認していた。

「所でセス。言い訳なら聞くぞ」

「ヨ、ミー様……」

 合流するまでの事のあらましを知ったヨミーの目は、全く笑っていなかった。

 セスは汗だくで目を逸らしたがるが、その度にヨミーが両手で顔を横から挟んで無理矢理視線を合わせる。

「理由があるなら言ってみろ。お前のことだ。何となくじゃねーんだろ? ほら。言えよ」

 自分は捕まるけど、あとはよろしく——なんて真似をしようとしたセスは、ヨミーから灸を据えられていた。

 明確な理由があるなら、なおタチが悪いと言いたげなのに、その上で理由を言語化させようとするのだから、かなりのご立腹である。

「…わ、私がおらずとも、支障はない……あっても少ないと判断しました」

「セスぅ?」

 聞き捨てならない台詞が初っ端から飛び出したものだから、ヨミーの声色が1オクターブほど下がった。

「私の探偵特殊能力は、既に保安部に知られていますので…私が居るだけで、全員、共犯扱いになります。それに…能力以外についても、私ができることは、他の者でも代用が可能かと思いまして…」

「人員が欠けてる暇がねぇってのに、自分が不要な理由がそうも明確に浮かぶとは、いい度胸だなクソッタレが」

「ヨ、ヨミー様が言えと命じられたんですよ…!?」

「本当に説明できるヤツがあるかよ。マジでサラッと言語化できちまうのかよ」

「それは…その…」

 若干理不尽な理屈で怒られ、けれども大前提がセス本

人の逃避めいた諦念だったので、セスの反論は歯切れが悪かった。

「……オレは悲しいぜ、セス。オレの元から消える気だったなんてよォ」

「い、いえ…そのような、ことは…」

「『あなたみたいに強くないです』なんて部下どもに辞められた過去がフラッシュバックしちまうわァ、辛ぇわァ、マジでよォ、オレの下で働くより保安部に捕まる方が魅力的だったか?」

「ひ…ッわ、私は、そ、そんなつもりでは…」

「ヨミー様。流石にそろそろ大人げないかと」

 ヨミーが過去に味わった辛酸からシームレスに突飛な言いがかりへと発展した。それは理不尽が過ぎると、横に居たスワロが頃合いを見計らってストップを掛けた。

 スワロから制止され、ふー、とヨミーは息を零した。

「まァ、なんだ。オレも自分の首で責任を取るって言ってきたもんなァ。真似されちまったかねェ? って風に納得しといてやるよ。

 オレの期待、裏切るじゃねぇぞ?」

「……は、はい」

 セスの動機が献身だったなら、まだもう少し湿っぽく寄り添った可能性が……いや、無さそうだ。それでも怒っただろう。

 どちらにせよ、保安部に自ら捕まるなんて正気なのか、仮に献身だとして評価できるものか、とヨミーは憤っただろう。




「ユーマ」

「はい、何でしょうか」

 不意に、ヨミーから呼びかけられた。周囲の者達を巻き込んでの情報共有ではなく、ユーマとの雑談という体で。

「オレは死神の存在には興味ねぇ、が。

 オメーが謎を解く度に起こる、真犯人の怪死。保安部が真実を隠蔽するからこそ、真犯人の死が利いてやがる」

『なんだぁ~? 今ここでオレ様ちゃんが殺ってるコトに因縁つける気か~?』

 これまで謎解きをしてきたその結果を言及され、ユーマは身を強張らせる。死に神ちゃんは威嚇がてらシャドーボクシングを始めていた。

「死んじまえば隠蔽は御破算。解決する、通る、って……思っていねぇか?」

「……それは…」

 ユーマの心情を慮っているのか。精神的な腐敗を懸念しているのか。

 一体どちらの意図なのかと探るユーマの眼差しに、ヨミーはすぐさま明確に答える。

「…心配、してやってるだけだ。寄りかかり過ぎたか?」

「寄りかかり過ぎた?」

「成果を出さなきゃ、って追い詰めたか?」

「……あの、ヨミー所長? ボクのこと、追い詰めたと思っているんですか?」

 ヨミーが言わんとする内容を何となく察して、ユーマは尋ねた。一方、死に神ちゃんはユーマに敵愾心が無いならとシャドーボクシングの所作を止めた。

「オレは、悩みや相談に寄り添うタイプとは程遠いと自覚してる。そのオレに解決してこいと言われて、重荷になったことはあったか?」

『攻めのスタイルってコトでしょ? 悪くないじゃん。他の連中とも相性悪くないし、積極的だから事件までの導入がスムーズでオレ様ちゃん達としてもWin-Winだし』

 ヨミーが自ら述べたヨミー自身の性質は、死に神ちゃんは別に何とも思っていないし、ユーマだって問題点として挙げられても困惑する。

 ユーマは、ヨミーの期待が重荷だと追い詰められた事なんて、一度も無い。

 人は千差万別だ。ヨミーの性質が合わず、追い詰められるような者も居よう。

 だが、それを言い出せば、ヨミーに限った話では無いし、キリだって無いのに。わざわざ、それを自らあげつらうだなんて。

 それは彼なりにユーマを慮っているのもあるが、彼自身が昔舐めた辛酸も関係していそうだった。

「…大丈夫ですよ、ヨミー所長。ボクが、自分の意思で決めたことです。その後に起こり得る顛末も含めて、ボクの選択です」

「……そうか」

 ユーマの断言に、ヨミーは緩く息を吐いた。


「…………なぁ。ユーマ。お前より先に謎を解いたら、誰も死なずに済むのか?」

 思わず凭れ掛かりたくなりそうな、気遣うような声だった。

 悩みや相談に寄り添うのが苦手だと自称するが、ボランティアに積極的な以上は適性が無い訳では無いのだろう。

「……」

『うーん、デッドラインのギリギリだね。アウト判定が下ると、ご主人様はお陀仏だよ』

 ユーマは沈黙してしまった。

 死なせてしまった、という既に起きた客観的な現実は言える。

 だが、疑問に答える事は止めた方が良い。契約違反に抵触する恐れがある。現に死に神ちゃんが危ういラインだと指摘している。

「オレが張り切る甲斐は、ありそうだな」

 死に神ちゃんの契約の論点はユーマ自らが自白したか否かにあるようで、周囲が勝手に悟った場合なら問題は無い。

 だから、これまで保安部の幹部達に突っ込まれても平気だったし、今ヨミーが何かを察したような態度になっても大丈夫だった。


 ◆


「CEO。現在、オレの部下達が対テロリストにと励んでおります。オレは現場にこそ出ずに済む身ですが、緊急時に備え待機しておきたいのですが……」

「キミの部下は全員、自立的に動くじゃないか。確かにキミの許可が必要な場合はあるだろうけど、ここって保安部の本部までそう遠くないでしょ?」

「…ご無体な発言はよしてくださいよ」

 アマテラス本社の某所にて、ヤコウとマコトは対峙していた。

 厳密には、ヤコウはマコトに捕まってしまい、望みもしないのに休憩所で足止めを食らっていた。周囲に社員の姿は、当然、影も形もありはしなかった。

 ヤコウは愛想笑いを保ち続けながら、内心では露骨過ぎる足止めに腸が煮えくり返っていた。


「もう既に御耳に入られたでしょうが、水没したマルノモン地区の住民を避難させたのはヨミー=ヘルスマイル及び超探偵達です」

 ヤコウの説明に、マコトは大して動じない。

「大勢の部下を避難した住民の保護の為にと向かわせましたが、完全に出遅れました。

 ……我々にも面目があります。せめて、原因を突き止め、解決するのが、保安部の役目だと自負しています」

 だから邪魔をしてくれるな、と主張する。

 が、マコトはなかなか放してくれなかった。

「キミが住民の安全に気を遣ってくれるのは有り難いけど、対テロリストに割く人数はあれだけで良かったのかな?」

「CEO。柔軟性に欠けると仰りたいのですか?」

「……いいや。むしろ柔軟過ぎる対応だと評価してるよ。幹部達が全員出払っているみたいだからね」

 だからこうして堂々と接触してんだろうが、とヤコウは内心で毒づく。

 とは言え、幹部達が出払っているのはヤコウの指示でもあるのだ。

 幹部達はヤコウが不在でも自立が可能だ。何なら、ヤコウの『鶴の一声』が響かない分、動き易いまであるだろう。


 保安部はマコト=カグツチを監視しているが、向こうとて同じぐらいに監視してきている。

 見事な敵対関係になってしまったものだ。


 だが、仕方ない。

 カナイ区の“鎖国”を決定した新CEOマコト=カグツチ。彼は、カナイ区を閉ざす蓋だ。退かさねば、このカナイ区は外の光と断たれたまま。陽光を浴びる事もできない。

 マコトが存在する限り、ヤコウの望みは絶対に果たされない。

 ヤコウは人間だ。ホムンクルスと違い、年老いる。それ故に時間が無く、強引で粗削りな手段ばかりを選んできた。

 そうして、ヤコウはカナイ区においては偉くなったのだが、それだけでは目的の成就にはまだ程遠い。

 統一政府と直接やり取りが可能なマコトを相手に、カナイ区でしか権力を握れていないヤコウは後手に回るしかない。多少は外の情報を得られるが、そんなものは誤差だし、結局は後出しで対応するしかない。

 例えば、超探偵達の招集。マコトの思惑ではヤコウの失脚を目論んでの行為だが、ヤコウは彼らにはマコトの思惑を超えてこの街の全てを暴いて欲しいと願っている。


 いっそ、この街の住民は全員化け物で、オレだけが人間なのだと、叫んでしまいたい衝動に時たま駆られるが——。

 ……悪評を散々重ねてきた身。信じてもらう以前の問題だ。

 精神病院に放り込まれて、お終いだ。

 それ以前に、マコトに始末される。

 超探偵が自力で答えに行き着いて、暴いてくれるのが必須だ。


 できる事は限られている。

 それでも、歩みを止める訳にはいかなかった。


「事が大きくなり過ぎて、カナイ区だけでは対処し切れない……なんて悪夢は避けるべきです。カナイ区が無法地帯に陥るなんて、悪夢ですから」

「……そうだね」

 “鎖国”状態では限界があるのだと多くの住民が不満を募らせてくれないものか。

 それ以上に、統一政府が、カナイ区の住民を御せられていないとマコトへの信用を失ってくれないものか、と。

 ……そう、事が上手くいけば良かったのに。

 既に、計画の、ヤコウが付け足した部分は暗礁に乗り上げている。大規模になるはずだったテロは、地区が一つ沈みはしたが死傷者は0。他の爆弾もどうやら探偵に処理されている。

 せいぜい、レジスタンスのメンバーが複数死んだ程度の被害だ。

(儘ならねぇなぁ……)

 二兎を追うような真似をせず、一兎だけを一途に追っていただけなのに、どうしてこうも上手くいかないのか。


「続きは事が終わってからに致しましょう。もうそろそろ、あなた様がなぜオレを拘束するのか、客観的にも理解しかねる段階に入っておりますので…」

「……そうだね。いやぁ、カナイ区でテロが起こってるなんて、気が気じゃなくてさ。呼び止め過ぎちゃったね」

 マコトは一見揚々と手を振ってくる。余裕を見せつけられているようで癪だが、耐えて、呑み込んだ。




 ようやっと保安部の本部に戻り、部長の席に腰を下ろして、ヤコウは気分転換を兼ねて喫煙を始めた。

 元々吸っていたが、近頃は我ながらヘビースモーカーだと自覚している。

 味覚障害を患っている原因は、肉まんを平気な振りをして食べねばならない環境によるストレスだと自己分析しているが、煙草も関係していそうだ。

 より煙の強い葉巻に惹かれた頃もあったが、肺まで思いっきり吸って吐くルーチンが思いの外気に入っていたのだと自覚して以来、口の中でしか楽しめない葉巻よりもやっぱり煙草だよな……で落ち着いた。


 避難民の保護等の為にとマルノモン地区へ出動した保安部員達は、さぞや地獄の空気を味わっている事だろう。

 退職希望者が何人か出るかも知れない。ヤコウは自らの部署の事なのに、他人事のように、無責任に、そう思った。

 これまで、ヤコウが直々に辞職の意思を確認すると、皆、結局辞めないと意見を翻してきた。けれども、今回は規模が規模なだけにどうなるかが未知数だった。

 とりあえず。保安部の威信はまだ必要なので、テロリストの首謀者を逮捕する事でひとまずの決着を付けねばならない。

 ……ヤコウ本人が裏で糸を引く仕掛け人であるのを棚に上げて、だ。


(……『ヨミー』も、そうしたんだろうなぁ)

 椅子の背凭れに思いっきり体重を掛け、天井を見上げる。

 マルノモン地区の住民を避難させたのは、『ヨミー=ヘルスマイル』のホムンクルスだ。

 本物のヨミーがやりそうな事を、ホムンクルスが模倣した。本物と寸分違わず、再現した。

 形だけそっくりな存在が模倣しただけ。

 胸糞悪い。

 欠陥とは言え不死身の化け物でありながら、死にもしない同胞の命を救おうと奔走するなんて、滑稽極まる。


 ——知能を喪失するゾンビ化が事実上の死?

 便宜上、その語句を用いはするけれども、本当の意味では死んでいない癖に。

 脳細胞の再活性化させる薬があれば、知能が戻る望みがある癖に。

(なんで、お前ら化け物にばっかり希望が現れやがるんだよ)

 ヤコウは、今度は打って変わって俯く。シミ一つない、綺麗な机を見下ろす

 ヤコウの思考が怨みの海へと沈んでいくのは、喰い殺された被害者であるカナイ区の住民の無念もそうだし、喰い殺した加害者であるホムンクルス共に希望があるからだ。


 ヤコウは、妻が遺した研究成果のサンプルを意図して隠している。

 ヤコウには、妻の研究の詳細は分からない。だが、マコトから何か知らないかと質問され、マコトから突かれたのだろうウエスカ博士からも尋ねられて、理解した。

 かつて妻が研究していた分野は、再生医療。実現に漕ぎ着ける事ができれば、薬を飲むだけで脳神経を再生させる事が可能……なのだっけ。

 その方面の知識が無いヤコウの勝手な憶測ながら、脳死だと診断を下された者に希望を与え得る研究だったのでは、と思っている。

 それが、理性を失いゾンビ化したホムンクルス共の意識を回復させるのに役立つかも知れない。

 ならば。

 その所在を、誰にも教えて堪るものか。渡して堪るものか。


 ——真に安全策を取るなら、とっとと破棄するのがベストだった。

 けれども、できなかった。

 血も肉も骨もこの世から失われた妻の、形見なのだから。

 だから、隠している。今でも。




(終了)

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