3章③
善悪反転レインコードss※3章はこんな雰囲気かなと自分なりのイメージを形にしてみたssです。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
※反転フブキの部下であるモブが割と喋ります。
※反転フブキの時を戻す能力は完全に秘匿扱いだろうなと思って書いています。
※善悪反転世界の反転ハララの能力の表記は『サイコメトリー』のようなのでそちらを採用しています。
※書いてから気づきました。この世界のマコトはクロックフォード家とのお話で心労が凄いと思います。
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雨雲発電所での爆発騒動から端を発して排水機能が停止。マルノモン地区は水没の憂き目に遭った。
ユーマの予言めいた推測が無ければ、そしてそれを信じなければ、避難誘導に奔走するどころか後の祭りになってから事の顛末を知って絶望していただろう。
ヨミー主導の避難誘導は、幸運にも上手くいった。
爆音が轟いた直後に水没が目に見えて進行する様に住民は騒然としていたが、ヨミーの名が甚く効いた。
他の超探偵でもヨミーの協力者だと名乗れば効果が顕れたのだから、我ながら長年に及ぶ無謀な探偵活動が実を結んだようだと実感させられた。
「……以上だ」
避難活動を終えた後、遅まきながら駆けつけた保安部員達を率いる責任者へと、ヨミーは事の経緯を説明した。
普段は住民を抑圧する保安部だが、今回は事が事だからと住民の保護や原因の究明に勤しんでいた。
尤も、日頃の行いと、ヨミー達が活躍を終えてからのこのこと現場に駆け付けたので、住民達からの視線が針のように刺さっていた。
「避難誘導を主導したのは、お前か。ヨミー=ヘルスマイル」
「…そうだが?」
責任者と相対するヨミーは、憮然とした面持ちで応じながら身構える。
鎖国以来、いや、ヤコウが豹変して以降、保安部から自らの名を呼ばれる時は碌でも無い事ばかりだった。
……しかし、今回は、どうやら流れが違う。
「……そうか」
責任者の零した安堵の溜息に、おや、とヨミーは片眉を上げかける。
責任者は、流石に言いがかりを付けるのは難しいと苦々しく引き下がる……のでは、無く。住民が被災を免れた事への安堵と感謝を洩らしていた。
背後で臨戦態勢を取りかけていたスワロとセスも、その機敏を感じ取ったのか纏う空気が少しばかり和らいだ。
比較的仲裁する立ち位置に収まりがちなスパンクも動向を注視している。
「今回のこと、感謝す——」
「——皆さーん! 遅れてしまって申し訳ありません! 来ましたよー!」
「っ! フ、フブキ様!?」
今回ならば、例え誰に監視されていようが、堂々と感謝を口にできる。彼は、そう思って言葉にしようとしたはずだ。
だが、そんなタイミングで、悪名高い幹部の一人が場違いな明るい声と共に現れた。
そのおかげで中断された感謝の念を、途中で遮られても正しく受け取ったヨミーは、空気も読まずに登場した天真爛漫な女性を一瞥した。
テロリスト対策班班長フブキ=クロックフォード。
ヤコウが重宝し、ヤコウを慕う幹部の一人が現れた事で、流石に住民達も我に返り蒼褪めて目を逸らす。
他の幹部と比べて無害で穏健そうな雰囲気のフブキとて、結局はヤコウに忠実な駒という前提は覆らないからだ。
「わたくしが遅れている間、仕切ってくださってありがとうございます」
「い、いえ。自分は、職務を全うしているに過ぎません」
冷え切った場の空気にまるで気づかない態度で、フブキはのほほんと現場の責任者に感謝の意を述べていた。彼女の周囲にだけ花が咲いているようで、場違いにも程があった。
「これからは、わたくしがこの場の指揮を……と言いたい所ですが、わたくしは班長として、この事態を招いたテロリストを捕まえねばなりません。住民の皆さんへの対応、よろしくお願い致します」
「は、はい。お任せください……!」
フブキの部下でもある彼が前のめりに応じるのは、フブキへの委縮もあるが、この場を自分に任せて貰える安心感もあったからだ。
……仕事のやり易さという意味では、フブキの存在が圧になる方が民衆を御し易いだろうに。こんな男が保安部に在籍していたとは。ヨミーは密かに驚く。
「フブキ様。状況を説明しま……」
「ご安心ください! 経過は伺っていますので、説明の手間は煩わせませんよ!」
「……そ、そうですか? 畏まりました」
フブキがさらりと言ってのけた内容に部下は身も心も引いていた。フブキが誰に聞いたのか、容易く予想が付く故だろう。
「もう大丈夫ですよ、さぁ行ってください」とフブキは責任者にこの場から去らせた後、「ヨミーさん!」とわざわざ名指しで呼びかけてくる。
「住民の皆さんの避難誘導をしてくださったのは、あなただと伺っております。お礼を申し上げます!」
「……そりゃ、どうも」
有難迷惑だが指定された以上、無視できない。返しかけた踵を元に戻し、ヨミーは嘆息した。
向こうは雑談のつもりだとしても、こちらは戦闘の如き心境という格差が隔たっていた。
「もう知ってるだろうが、全員生きてるぜ」
「ええ、ええ。喜ばしいことです」
「そうかよ。ヴィヴィアの野郎、ずっと“見て”たのか」
「えぇ、と、それは……い、今は見ておりませんよ! ヴィヴィアさんは多忙ですからね!」
「だろうな。便利過ぎて、汎用性が高過ぎて、じゃあどこへ派遣するかって部分で飼い主の程度で知れる。本人の判断力も常時試されるし、あれもう過労死ラインに達してんじゃねーの?」
「わたくしは犬も猫もインコも好きですが、ヨミーさんはどんな動物にご興味がおありですか? ライオンは如何でしょうか?」
「……それよりも、だ」
魚雷の件とか色々あったのに、よく普通に話しかけられるもんだな。
ヨミーは思う所が物凄くあったが、フブキのニコニコとした笑顔や溌剌とした挨拶、それから遠回しな皮肉一つで話題が明後日の方向へぶっ飛んだものだから、少しばかり脱力した。
フブキは馬鹿では無い。馬鹿だと軽んじるには、光るものがあり過ぎる。ただ、その光り方は予想外な事が多い。ユニーク過ぎると言うか、何と言うか。兎に角、苦手である。
「通りすがりの一般市民による救助活動はこれで終いにして、あとは保安部に任せてーんだが?」
「ええと……あの、ヨミーさん」
ヨミーは僅かながら喧嘩腰で応じるが、フブキはまだ用があるようで躊躇いがちにこう言ってくる。
「感謝状に興味はありませんか?」
「要らねぇ。辞退する」
急になんだその提案は。感謝状とは何だ。思いつきで存在しない規則のレールに乗せようとするな。
ヨミーは少々苛立ったが、当然フブキはそんなヨミーの気持ちなどお構いなしに、提案を簡単には取り下げずに粘る。
「ヨミーさんはラベルがお好きなんですよね? その割には、瓶やペットボトルのラベル収拾には消極的なようですが……」
「いや違ぇよオレにそういう収集癖はねーから。オメーが言いたいのはアレだろ、肩書きが大好きだから世界探偵機構に所属したんだろうって話をしたいんだろ?」
「え!? わ、わたくし、そんなこと、考えていませんでしたけど……?
も、もしや、わたくしの思考を先回りなさったんですか!? 要注意人物だとハララさん達が警戒しているだけはあります……!」
「いいから。ほら。オレが肩書き大好き野郎だから、それでどうした? 何が言いたい?」
「わ、分かりました。それがわたくしの言いたいことなのですね。では、言いましょう」
ヨミーの背後で、スワロも、スパンクも、そしてセスも戸惑いながら状況の推移を静観していた。
余程のお人好しか、ある程度の付き合いで人となりを察していなければ、フブキとの会話は長続きしない。
「活躍を終えた後、活躍を知らぬ者に如何に偉大さを知らしめるのか。それに必要なのは勲章です!」
「その勲章代わりが感謝状ってか?」
「そう! そうです! わたくし、頑張って作りますよ!」
「いや。要らねぇ。お断りだ」
仮に規則上に実在したとして、真に受ける訳が無い。方向性が違うだけで、実質逮捕と大差が無い。
……の、だが。フブキはマジで言っている。
「ですけど、実物としての労いは欲しくありませんか?」
「遠慮する。オレの趣味じゃねぇ」
第一、受け取ってどうするのだ。
保安部からの感謝状を、現状のカナイ区で受け取って、保安部との仲良しこよしをアピールして、何になる。メリットどころかデメリットが突き抜けている。
「そう、なんですね……残念です」
フブキはがっかりしている。善意を装った露骨な誘導だと邪推したくなるが、フブキは本気だ。おちょくっているような丁寧さだが、決して慇懃無礼に非ず。
実態が変貌する以前から保安部と付き合いのあるヨミーは、その独特な態度がフブキらしいのだと理解していた。理解した上で、こいつ苦手なんだよな……と思っていた。
だが、スワロ達からすれば天然を演じて保安部の本部へ実質連行するつもりかと苛立ちが溜まっていよう。長居は無用だ。
「あの、ここに居る皆さんで全員ですか? 一人、二人……ええっと、合計で七人でしたよね? 一人、二人……二人の、次は……。
……あっ! わたくしのお仕事! 急ぎませんと……! 失礼します!」
ヨミー達を順番に指差して数えていたフブキは、自らの仕事を思い出して数えるのを止め、身を翻し、来た道を戻って行った。
ヨミーは振り返る。案の定、スワロ達は、先程のやり取りは何だったのだ…? と各々が困惑を醸していた。
フブキ=クロックフォード。その姓は世界一有名なので、彼女がかのクロックフォード家の縁者なのは一目瞭然だが、今求められている説明はその点では無い。
明確な敵対関係で在りながら親しげだった、一見すると不可解な性格や言動について、だ。
「感謝状という建前で、ヨミー様を保安部本部へ連行しようとしたんですか?」
「いや。オレに用があるなら、ンな建前を使わずに力ずくでやる。あれはあいつなりの善意で、裏も何もねーよ。本当に手作りの感謝状を用意するタイプだ」
「…人数を数える素振りをしていたのは…ギヨームないしドミニク、あるいはユーマを探していたんですか…?」
「いや。単に人数が少ねーなって思って数えてただけだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」
「……所長。本当に幹部だったんだよな? 影武者じゃないんだよな?」
「クロックフォード家の御令嬢だからなァ、影武者が居てもおかしくねぇんだがなァ。ご本人様だ」
吃驚する程に裏が無く、疑心暗鬼に陥るだけ無駄だと解説する。ただそれだけの行為なのに、どっと疲れる。
「彼女が幹部なのは、昔から所属していた縁でしょうか?」
スワロの尋ね方が煮え切らないのは、フブキが想定をある意味上回っていたからだ。
ハララやヴィヴィア、デスヒコ相手なら程度が知れるだの狂犬だのはっきりと物申せるのだが、フブキには躊躇われる。カテゴライズ的には敵だし、容赦する気は無いのだが。
話が通じないから見下しているとか、そういった次元では無く……文字通り、空気が違うのだ。
あんな善良そうな女性がヤコウの直属の部下なのが、却って薄気味悪いのだ。
「仲良しごっこの延長線。……以外にも、恐らく、何かの能力を持ってるとは思うんだが」
なぜフブキが幹部なのかという疑問に答える、そのついで。フブキの人となりを直接見て知ったスワロ達に対し、確証は無いが疑念を抱いているのだと明かした。
フブキも何らかの異能を有しているはずだ、と。
「…アマテラス社は、世界探偵機構と張り合うように…能力者を優遇し、雇用する…その方針を掲げていましたね。彼女も、それで入社を?」
「いや。かの大貴族の令嬢だから歓迎された。そういうことになってる」
「そうじゃないと、所長は考えてるんだな?」
「……疑ってるだけだ。確証はねーよ」
ヴィヴィアの『幽体離脱』、デスヒコの『変装』。暴力装置であるハララでさえ『サイコメトリー』を持つ。
ならば、最後の一人であるフブキとて、何か持っているはずだ。そう勘繰るのは、決して不自然では無い。
「……所長。言っちゃ何だが、『幽体離脱』がバレても問題ねぇって思うような連中でさえ隠したがるような能力を、あのフブキとか言う女が持ってるってのか?」
「…あくまで可能性だ」
だが。
だったら、なぜ、三年以上もカナイ区で活動し続けて、誰もその片鱗に気づかないのか。幹部達が表向きにはいがみ合おうが横で繋がっているのは明白で、それ故の隠蔽があるにしても、だ。
第三者に見られずに済むような能力なのか。
それとも、邪推が過ぎるだけで、家柄と忠誠心を評価されているのか。
それでも納得できなくは無い。
フブキの存在一つで、カナイ区の鎖国にあたり、クロックフォード家から何かしらの横槍が入ったはずだと推察できる程度には重要人物だ。
まだカナイ区が平和だった頃のフブキ曰く、後継ぎとして相応しく成長させる為ならば厳しくできる両親だったようだが、最低でも生存確認はしたはずだ。
その辺りの事情に主に対処したのはCEOだろうから、ヤコウには直接関係無い。だが、無関係でも無いだろう。
……嗚呼。全く。結局、考え付くのは『隠しているかも知れない』という可能性の補強ばかり。
確固たる証拠には成り得ない。
具体的な能力の考察ですら無い。
「結論の出ねぇ、オレの疑問はここまでにするとして。それより、ユーマ達だな。マルノモン地区を沈めたテロリストとして逮捕されるのは、恐らくは……」
結論の出ない疑問に、ひとまず蓋をする。
ドーヤ地区のレジスタンスのアジトへ向かったユーマ達と合流しなければ。
向こうで何が起こっているのかは未だ知らないが、確実に何かが起きているはずだ。
◆
レジスタンスのアジトに到着後、「これとドミニクとは別行動! ユーマは状況を調べといて!」と叫びながらギヨームは一足先にアジトへと突っ込んだ。見張りをドミニクに薙ぎ払わせながら。
知恵を振り絞らずとも力ずくで何とかなる絵面には、ある種の爽快感があった。
『デカブツはご主人様のセコムじゃなくて囮になるんだって!』
(陽動…で、合ってるよね?)
『たぶんねー。あのギザ歯ちゃん、咄嗟の判断力がパネェー。それが吉と出ますよーに!』
ユーマも遅れながらアジトの中へ入り、屋上を目指す。
陽動は効果を発揮していた。保安部員達は暴れるドミニク及びギヨームに気を取られ、物陰に身を潜めるユーマにまるで気づかない。
ドミニクの巨体で潜伏は厳しいし、ならばいっそ暴れてしまおうという作戦は功を奏していた。ギヨームもギヨームでちょこまかと逃げるのが非常に上手だった。
『保安部員達をちぎっては投げたのは誰ですかって聞かれたら、ご主人様は言い逃れできるよ! やったね!』
(な、何も良くないけど!?)
『えー? 心配してるのー? 最終的には何とかなるでしょ。元居た世界でもたまに暴力あったじゃん、主に悪魔ちゃんの』
ただ。もしかして、アジトに駆け付けた保安部員を全員倒すつもりかと。それは果たして陽動と呼んで良いのかと。
そんな疑問が、ふと過ったりしたのだった。
(っ! マ、マーグロー、さん……)
『出たね。恒例の被害者が違うって展開』
その部屋に居た保安部員達も、緊急事態だからと仕方なしに陽動に引っ掛かっていく。
その部屋の床で、射殺体となったマーグローが倒れ伏していた。
元居た世界では騒動後、自らが営む骨董品屋に身を潜めていた彼は、この世界では他殺体となっていた。
屋上への扉を開ければ、左手に銃を持ったシャチが蒼褪めて立ち尽くしていた。
保安部がいつ駆けつけるか分からないのに、酷く狼狽している。
……無理も無かろう。イルーカ、そしてイカルディの射殺体が倒れ伏しているのだから。
(イルーカさん、それに……イカルディさん、も)
『へぇ? この世界じゃ、こいつ死体になってるんだね』
イカルディが他殺体で現れた事に、死に神ちゃんは意外そうにそう呟いていた。
『殺したてでアリバイを作る余裕がなかったのか、それともハメられたのか。どっちだろ?』
死に神ちゃんは、ひとまず思いつく二つの可能性を列挙する。
シャチが狼狽しているのは、幹部の死体が転がっているからか。それとも、始末した直後にユーマが現れたからか。
シャチが幹部三名を撃ち殺した犯人なのか。真犯人に嵌められただけなのか。後者の場合、推定だが死体で発見されなかったサーバンが疑わしい。
何が真実なのか。これから証拠を集め、推理し、導き出さねばならない。
「ユ、ユーマ……だったよな」
「……、はい」
駆けつけたのが保安部員では無くユーマだった事に、シャチは顔面を蒼白させながらも意表を衝かれていた。
ユーマがこうも容易く屋上へと入れたのは、鍵が掛かっていなかったからだ。
つまり、シャチが内側から鍵を掛けていなかったという事。保安部が来るかも知れないと怯えていたにも拘わらず、だ。
破られるのが時間の問題にしても、時間を稼げば非常階段から降りて逃亡できるだろうに。
逃げもせず、立ち尽くしていたのだ。彼は。
「シャ、シャチさん! 何があったのか、説明…してもらうことは、できますか?」
「…………気絶して、目を覚ました時には、このザマだった。なんでか、覚えてねぇが……銃を握って、倒れていたんだ」
ユーマから促され、シャチは茫然としながらも答えてくれた。横で死に神ちゃんが『ふにゃっとした証言だけど、一応解鍵にしとくよー!』と言っていた。
それから、シャチが握っていた銃はシャチ自身の所有物なのか、シャチは左利きのようだが、握っている銃も左利き用なのかどうか、確認を取った。
「ご協力、ありがとうございます。……最後に、一つ。あなたは、犯人ですか?」
『オオカミ相手に、あなたは安全なオオカミですかって尋ねる羊ちゃんってこんな感じかな? フツーならラム肉一直線ルート驀進だよ』
最も犯人だと疑わしい相手への、単純過ぎる質問。だが、これが最も重要なのだと言って、ユーマはシャチの返答を待った。
シャチはまだ混乱が収まらない様子だが、幸いにも錯乱にまでは至っていない。
あるいは、錯乱している場合ではないと理性がブレーキを掛けているのだろう。
「……ち、がう。オレじゃねぇ……ッ! オレは、誰も殺してねぇ……ッ!」
——ここで正気を失ってはならないと防衛本能が働いている。そう思わせるような、真に迫った声色だった。
実際、シャチが幹部達を殺した罪を着せられた被害者であるならば、このタイミングしか無いのだ。探偵が差し伸べてくれる手を、握り返せるのは。
この瞬間に通りがかった船に手を伸ばさねば、沈むだけだ。
「それが真実なら、大丈夫ですよ。ボクは……ボク達は、探偵です。真実を明らかにします」
現に、ユーマは真摯に応じた。
シャチへの事情聴取を済ませた後、イルーカ、そしてイカルディの死体も検分する。どこを撃たれたのか。何か違和感はないのか。
今度こそ謎迷宮を使わずに解決できる望みに懸けて、つぶさに観察する。
『それにしたって、ギザ歯ちゃん達が到着してからでも良かったのにさー。この人が犯人だったら、背中を向けた瞬間にズドン! だよ』
(だから、その時は死に神ちゃん教えてねって言ったじゃないか…)
『背後を任せるなんて頼まれてオレ様ちゃんの胸は確かにキュンキュンしたよ? 西部劇のガンマン並みの機動力を発揮して回避する気なのかってテンション上がってポップコーン食べたくなったよ?』
(……そんな、かっこいい話じゃないよ。怪しい動きがあった方が、むしろ話が早く済むって打算だよ)
『ナンバー1としての記憶が無くても自覚が湧いたせいか、なんか凄い手段に出られるようになったね? で、収穫なし。唖然として棒立ちしてるだけだったね。そう都合良く展開はスキップできないか~』
検分ができるのは、ギヨームとドミニクの陽動が上手くいっているのが大前提だった。
上手く行き過ぎて、ユーマが想像していた通り、このアジトに居た保安部員達は全員伸されていた。
アジト内を静かにしてから程無くして、ギヨーム達も屋上に到着した。
ギヨーム達も途中でマーグローの死体を確認していた。だからなのか、屋上に更に死体が転がっていても、然程驚きは無さそうだった。
「ユーマ。レジスタンスのリーダーはシロだってハッキリしてんの?」
「……それを、今、調べています」
「…へー、そっかそっかー」
ただ。
ユーマの視点では、死に神ちゃんに背後の視界を任せ、わざと背を向ければ何か反応するだろうか……と、賭けに出て、対真犯人用の罠を張っていただけなのだが。
そんな事、分かりようも無いので。
ギヨーム達の視点からすれば、自分達が屋上に駆け付けた時、ユーマが銃を持ったままのシャチに背を向けて死体の検分をしていた光景に肝を冷やした。
そりゃあ、シャチも唖然とするだろう。
彼が真犯人なら、あまりの間抜けさに立ち尽くしていたのだろう。冤罪を着せられた被害者なら、その信頼が心に響いた事だろう。
「えーっと、あと五分だけね。モタモタしてて応援が来ちゃったら、さすがにしんどいからねー」
「はい!」
ユーマなりにシロだと確信しているならまだしも、これから調べるなんて返事が返ってきたものだから、ギヨームは笑えないながら一周回って感心していた。
幹部の射殺体。生存しているリーダーは銃を構えている。弾倉は死体の数だけ使用されている。
状況的には、シャチは真っ黒である。
探偵たる者、他の可能性も検討するべきであるとは言え、本当に実行している。それがユーマだった。
「ドミニク。気になるコト、あるの?」
「……あァ」
「じゃあねー、ユーマに教えてあげてね。ユーマがもう気づいてるコトだったとしても、新しい気づきがあるかも知れないし」
ドミニクは、イルーカの射殺体をじっと見ていた。
ドミニクは考えるのが苦手だが、何も考えないなんて極端な男では無い。何か気づきがあったのなら、じゃあ教えてあげて、とドミニクの背を叩いて促した。
ドミニクをユーマの所へとわざと向かわせても、シャチは特に動こうとしない。単体となったギヨームを人質に取ろうともせず、棒立ちだった。
たぶん犯人じゃなさそう、とギヨームは感覚的に思った。
ドミニクとのコンビが印象的だからこそ、ギヨームは一人になった時こそ狙われ易い。人質にしてドミニクへの牽制にしようと目論む者は飽きる程に居た。
その手段を取らないのならば。状況証拠は真っ黒だが、ギヨームの心象的にはシャチは白寄りになった。
とは言え、白とは限らない。
人質は悪手だと俯瞰して判断しただけかも知れない。
無防備なユーマの背中を撃たなかったのも、アジト内で暴れていたドミニクが現場に駆けつけた場合を憂慮したのかも知れない。
悪い意味ながら、まだ可能性は潰えていないのだから。
「えーっと、シャチだったよね? とりあえず、一緒にヨミー様の所に来てもらうからね」
「…保安部に突き出さねぇんだな」
「アンタがやったんなら行き着く所は同じだからねー? 人殺しで底辺のクズテロリスト野郎って分かったら突き出すよ」
「……人殺しだと疑われるのは仕方ねぇが、テロリスト扱いはやめてくれ。この街に被害を出すような真似はしてないんだ。……尤も、説得力なんぞないだろうが」
「……」
「……まだ言いたいことが?」
「…ん-、何でもないかな」
テロリスト扱いは言い過ぎたか、とギヨームは大人しく引っ込んだ。
同時に、思う。ユーマの予言めいた推測が当たっていた場合、犯人だと疑わしいのは誰なのか。それは目の前の人物である。揺さぶりを掛けたら、どんな反応をするだろうか。
……いや。その話は、ユーマの予言めいた推測が当たっていたと確証を持ててから進めるべきだ。
現時点では、もしもユーマの推測通りにテロとしか思えない手段でマルノモン地区が水没していたら? という憶測に過ぎないのだから。
(終)