2年後に、シャボンディ諸島で

2年後に、シャボンディ諸島で


1

 マリンフォード頂上戦争ー四皇・海軍本部・七武海による大戦争は四皇『白ひげ』ことエドワード・ニューゲートとその2番隊隊長ポートガス・D・エースの死という形で幕を下ろした。

 その知らせは瞬く間に世界へ伝わり各地に飛ばされた麦わらの一味にも届いたが、ここシャボンディ諸島に一人取り残された人形もまたその中継を見つめていた。


 頂上戦争終結から数日後、私はシャボンディ諸島の路地裏で呆然としていた。脳裏に浮かぶのはエースの死の瞬間ばかり。

 エースは…最初はルフィに乱暴してて苦手だったけど本当は優しくて頼れる兄さんだった。腕が千切れかけた私を大急ぎでマキノさんの所へ連れて行ってくれたり、ゴミ山ではぐれた時は三日三晩探して見つけてくれた事もある。


 そんなエースが死んだ。それもルフィを庇って、ルフィの目の前で。その時私はなにもできなかった。エースが死ぬときも、ルフィが崩れ落ちるときも、私はただ見ることしかー


 …でも一番苦しんでるのはルフィのはずだ。


 ルフィに会いたい。慰めの言葉も言えない私だけどせめて側に居てあげたい。でもどうやって?私の体ではサニー号に辿り着くのも数日かかるだろうし、そもそもどこに居るのかも分からないのに。

 辛い。悲しい。なのにこの人形の体は涙ひとつ流せないし顔を歪ませる事もできない。それが悔しくて私はギイギイと不協和音を鳴らした。


 すると私の鳴らした音に気付いたのか1人の男の人がこちらへ近付いてきた。

「くまから君は飛ばしていないと聞いていたが…こんな所にいたのか。私の見聞色も衰えたな。」

 この人は…海軍から私たちを守ってくれてた人だ。海賊王ロジャーの右腕で名前はレイリー。私を探してたみたいだけどどうしてだろう?

「単刀直入に言おう。私はこの後ルフィ君の所へ向かうつもりだが君も着いてくるかね?」

…!こちらとしては願ってもいない提案だ。私は全力で首を縦に振る。

「…予め忠告しておくが今の彼は肉体的にも精神的にもかなり危険な状態だろう。君が行っても事態が好転するとは限らないが…それでも行きたいか?」

「キィ!」

「ふむ…その心意気や良し!ならば早速出発するとしよう。ああちなみに行き先の女ヶ島は凪の海域内にあるから海王類と出くわすかもしれんが些細な問題だな。」

 …え?

 結局船が壊れた私達は泳ぎながら海王類と戦う羽目になるのだがそれはまた別の話。


2

 頂上戦争から数週間の女ヶ島にて麦わらのルフィはハートの海賊団達の治療により一命を取り留めた。

 しかしその心に刻まれた傷は決して癒える事なく、彼は己を罰するかのように暴れ続けていた。


「何が海賊王だ……おれは!!!弱い!!!」

 岩を殴る。頬をつねる。頭を地面に打ち付ける。数え切れない程の自傷行為で得たのはこれが現実だと知らしめる残酷な痛みだけだった。

「もう止せルフィ君!それ以上自分を傷つけるな!」

「ジンベエ…!おれの体だ…おれの勝手だろ…!」

「…なら止めるのもワシの勝手じゃ!」

 暴れるルフィを取り押さえジンベエは諭す。

「今は辛かろうがルフィ…それらを押し殺せ!失ったものばかり数えるな!確認せい!お前にまだ残っておるものは何じゃ!」


「………………仲間がいる゛よ!!!」


「…ならば会うてやれ!君の仲間じゃろう!」

「………………え」


 振り向くとそこにはー10年間共に過ごした最初の仲間が居た。

「ウ………タ……………」

「…………ギィ」

「ウ゛タ゛ァ!!!ごべんおれエースも゛!おまえだぢも!たずげられなぐでごべん゛!!」

「…ギィ…!ギィ…!」


 2人は強く抱き合い、かくしてルフィとウタは再会を遂げたのだった。


3

 レイリーさんの話で覚悟はしていたはずだった。それでも…実際のルフィは想像を遥かに超える有様だった。顔は涙でぐしゃぐしゃで、叫びすぎて声はガラガラで、傷の付いてない所は一つも無かった。私を抱きしめてからもずっとごめんと繰り返すばかりで、その声を聞くたびに私の心も痛んだ。

 でもそれじゃダメだ。私はルフィを支えるためにここに来たんだ!

 泣きじゃくるルフィをポンポンと叩いて地面に下ろしてもらった私は棒で文字を書く。


『そばに』

『いれなくて』

『ごめん』


 一文字づつ不器用な字でも私の気持ちを伝えたい。


『でも』

『るふぃが』

『いきてて』

『よかった』


 私にウタと名付けてくれたあなたまで失いたくない。


『じぶんを』

『せめないで』


 もうこれ以上自分を傷つけないで。


「うん……うん……そうだなウタ。おれもお前が無事でよかった。ありがとう。」


「気持ちの整理は済んだか?」

「レイリー⁉︎…ああもう大丈夫だ!ありがとな、ウタを連れてきてくれて。」

「なに、礼なら結構。君はこれからどうする?」

「シャボンディ諸島に帰る!あいつらと約束したんだ!」

「今の君達が新世界へ行ってもまた同じ事になるぞ。繰り返す為に集まるのか?」

「…!」

「私から一つ提案がある。乗るかそるかは勿論君が決めろ。」


4

 その日の夜、私はルフィと2人で寝転んでいた。こうして過ごしているとコルボ山にいた頃を思い出す。あの頃はサボもエースもまだ生きていて…こんな日が来るだなんて想像もしていなかった。


「なぁウタ、おれ考えたんだ。」

 ポツリと呟くようにルフィは言った。

「おれは…ひとりじゃ生きてけねェし好きなやつと一緒に冒険してえ。だからおれが仲間を守れるよう強くなりゃいいと思ってた。でも…おれはまだまだ弱かった。もっと、もっと、もっと強くならなきゃまた失っちまう。……だからレイリーの言ってた話、乗ることにしたよ。」

 レイリーさんの言ってた話とはシャボンディ諸島での集合を2年後にして各地で修行をして新世界に備えるというものだ。私もそれに賛成だ。もう2度とこんな辛い思いはしたくない。

「悪いな、おれのわがままに付き合わせて。でも誰にも負けねえぐらい強くなるから…冒険はちょっとお預けだ!」

「キィ!」

「そうだ、ウタはどうすんだ?行くとこねえならおれと一緒に修行するか?」


 そうだった、ルフィのことで頭がいっぱいで私はこの後どうするか考えてなかった。

 私はどこへ行くべきだろうか。

 私に何が出来るだろうか。


 私はー


5

 数日後、私はサニー号の上でほうきを片手に掃除していた。

『そっか、ウタはシャボンディ諸島に戻るのか。』

『キィ』

『じゃあサニー号のことよろしくな!おれも修行して強くなって帰るから待っててくれ!』

『キィ!』

 そう言ってルフィは笑顔で送り出してくれて、私は改めて幼馴染の成長を実感した。あんなに泣き虫で寂しがり屋だったルフィが立派になったなぁ。なんてちょっぴり上から目線で評価してみる。


 私がシャボンディ諸島へ戻ろうと思った理由は2つ。

 1つはこの数日間1人で過ごして私はルフィに凄く依存していたと気付いたから。人形になって10年間ずっと私はルフィと一緒に過ごしていた。そのせいでルフィがいないと心が不安定になりロクに動けなくなっていたのだ。

 もう1つは今の私に何が出来るか考えた結果サニー号を守る事だと思ったから。仲間達が修行してるならそれを信じて帰る場所を守るのが私の役目だ。


 私はまた1人ぼっちになっちゃったけど…みんなと過ごした日々も、ルフィと交わした約束もこの胸の中にある。だからもう寂しくはない。



 頑張ってね、ルフィ、みんな。

 私は待ってるよ。2年間このシャボンディ諸島で!


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